生徒会室の窓ガラスが轟音とともに砕け散った。
飛び散るガラス片の中へ、二つの影が軽やかに舞い降りる。
一人は黒いロングコートに狼のマスクを纏った男。
一人は赤いライダースーツに鉄仮面を思わせるマスクを纏った女性。
その姿を見た小田上は、楽しそうに口元を歪めた。
「へぇ……邪魔が入ったか。」
狼の男は警棒を肩へ担ぎ、不敵に笑う。
「高校生相手に随分好き放題やってくれてるじゃねぇか。」
女性は知と雷斗へ目を向ける。
「二人とも、立てますか。」
知は右腕を押さえながら頷いた。
「……なんとか。」
アビスギアのラインは弱々しく点滅している。
『SP残量低下』
機械音声だけが冷静に状況を告げていた。
雷斗も肩を押さえながら立ち上がる。
「俺はまだやれる!」
女性は静かに首を横へ振る。
「無茶はしないでください。ここからは私たちが時間を稼ぎます。」
小田上は肩をすくめた。
「時間稼ぎ? その二人で?」
そう言って軽く指を鳴らす。
「役員、排除しろ。」
廊下から黒い霧が流れ込み、役員シャドウたちが次々と姿を現した。
十体、二十体、三十体。
生徒会室が黒い異形で埋め尽くされる。
狼の男は鼻で笑った。
「数だけは立派だな。行くぞ、バルジャン!」
蒼い炎が燃え上がる。
炎の中から、長い外套を羽織り、巨大な旗を掲げた革命家のペルソナが姿を現した。
知は思わず息を呑む。
(あれが……ペルソナ。)
狼の男が右手を振り下ろす。
「マハエイガ!」
バルジャンから黒紫の瘴気が解き放たれる。
呪怨の奔流が役員シャドウたちを飲み込み、数体が苦しげな叫びを上げながら黒い霧へと還っていった。
しかし、それでも敵は尽きない。
廊下の奥から新たなシャドウが押し寄せてくる。
「長谷川さん。」
女性が静かに声を掛ける。
狼の男は頷いた。
「ああ、分かってる。」
女性は一歩前へ出る。
「ヨハンナ。」
低いエンジン音が響き渡る。
鋼鉄のバイクを思わせるペルソナが姿を現し、全身へ黄金色の核熱エネルギーを纏わせる。
「フレイ!」
圧縮された核熱弾が放たれ、役員シャドウの群れへ着弾する。
轟音。
黄金色の爆炎が廊下を埋め尽くし、複数のシャドウが吹き飛ばされた。
続けてクイーンは叫ぶ。
「マハフレイ!」
複数の核熱弾が広範囲へ降り注ぎ、シャドウの動きを一気に止める。
雷斗は思わず声を漏らした。
「すげぇ……。」
知も目の前の戦いから目を離せなかった。
自分のエイとは比べものにならない。
これが経験を積んだペルソナ使いの戦い。
だが、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
校舎全体が激しく揺れ始める。
天井から黒い霧が溢れ、生徒会室を覆っていく。
クイーンが周囲を見渡した。
「まずいですね。境界そのものが反応しています。」
ウルフも舌打ちする。
「チッ、これ以上は長居できねぇな。」
その時だった。
知の足元で、先ほどエイで倒したシャドウが黒い霧となって揺らめく。
しかし霧は消えず、一枚の鏡へ姿を変えた。
鏡はゆっくりと縮まり、銀色の縁を持つ円形のメダルへ変化する。
『鏡化開始』
『ペルソナメダル生成』
『個体名《バイコーン》』
『登録完了』
メダルは宙へ浮かび、知の右腕へ吸い寄せられた。
ガシャン。
アビスギアのスロットへ収まる。
黒紫だったラインが淡く揺らめき、新たな紋様が浮かび上がる。
知は驚いたように右腕を見つめた。
「これが……ペルソナメダル。」
その様子を見ていたウルフが目を見開く。
「……おい、今の見たか。」
クイーンも驚きを隠せなかった。
「ええ……シャドウをペルソナへ変えました。まるでジョーカーと同じような能力です。」
ウルフは静かに首を横へ振る。
「いや、少し違う。ジョーカーはシャドウと交渉して仲間にしていた。だが、この子は倒したシャドウを鏡化してメダルへ変えている。能力は似ていても、本質は別物だ。」
クイーンは知のアビスギアを見つめる。
「おそらく八咫鏡に由来する能力なのでしょう。こんな力は私も初めて見ました。」
知は困惑した表情を浮かべる。
「ジョーカーって……誰ですか。」
ウルフは小さく笑う。
「今は知らなくていい。それより生きて帰ることが先だ。」
その瞬間、校舎全体を震わせる咆哮が響き渡る。
ゴォォォォォッ!!
生徒会室の壁が大きくひび割れ、その向こうから巨大な黄金色の瞳がゆっくりとこちらを見下ろした。
知の背筋に悪寒が走る。
(勝てない。)
本能がそう告げていた。
ウルフも険しい表情になる。
「境界のボスまで起きやがったか。」
クイーンは即座に判断する。
「長谷川さん、目的は救出です。これ以上の戦闘は危険です。」
ウルフは頷いた。
「ああ、撤退するぞ。」
バルジャンが再び黒紫の瘴気を放つ。
「マハエイガ!」
シャドウたちの足が止まる。
クイーンが知と雷斗へ振り返る。
「今です、走ってください!」
四人は生徒会室を飛び出した。
長い廊下を駆け抜ける。
背後からはシャドウたちの咆哮。
そして、校舎全体を揺るがす巨大な足音。
まだ姿は見えない。
だが、その存在だけで圧倒されるほどの威圧感だった。
知は右腕のアビスギアを握り締める。
(もっと強くならないと。)
(この力だけじゃ、誰も守れない。)
その決意だけを胸に、四人は鏡界の出口を目指して走り続けた。
7話