長い廊下を四人はひたすら走る。
後方からはシャドウたちの足音が途切れることなく追い掛けてくる。
さらに、その奥から響く重々しい地響き。
ゴォン……ゴォン……。
一歩踏み出すたびに校舎全体が震えていた。
雷斗は後ろを振り返りながら叫ぶ。
「まだ追ってきやがる!」
ウルフは前を向いたまま答える。
「振り返るな!走れ!」
知も必死に足を動かす。
アビスギアは既に腕時計へ戻っていたが、右腕にはまだ熱が残っている。
しばらく走ると、四人は中庭へ飛び出した。
中央には、現実世界で見たものと同じ龍の彫刻が施された巨大な鏡が静かに佇んでいた。
クイーンが鏡へ駆け寄る。
「出口です!」
鏡面へ触れると、水面のように波紋が広がった。
しかし、その瞬間。
「帰るのかい?」
小田上の声が校庭へ響く。
屋上には腕を組んだ小田上が立っていた。
その背後には、黒い霧に包まれた巨大な影。
輪郭しか見えない。
それでも、人ではない何かだと本能が理解する。
知は思わず息を呑んだ。
小田上は笑みを浮かべたまま続ける。
「今日は見逃してあげる。」
「でも次に来る時はもっと楽しませてよ。」
そう言って知の右腕を見る。
「その面白い力ごとね。」
ウルフは舌打ちする。
「行くぞ!」
雷斗、知、クイーンの順に鏡へ飛び込む。
最後にウルフが飛び込むと、鏡面は静かに元へ戻った。
◇◇◇
生徒会室。
目を開けると、そこには夕日に照らされた見慣れた部屋が広がっていた。
荒れ果てた校舎はない。
シャドウもいない。
壊れた窓も、割れた机も何一つ残っていなかった。
「戻ってきた……。」
雷斗が肩で息をしながら辺りを見回す。
「全部元通りじゃねぇか。」
知も右腕を見る。
アビスギアは再び腕時計へ戻っていた。
だが。
右腕へ触れると確かな重みを感じる。
「夢じゃない……。」
その時、生徒会室の扉が開いた。
入ってきたのは、歴史教師の長谷川善吉と公民教師の新島真だった。
もちろん怪盗服ではない。
いつもの教師としての姿だ。
善吉は廊下を確認すると扉を閉める。
真はカーテンを閉め、人目がないことを確認した。
善吉は小さく息を吐く。
「これで大丈夫だな。」
雷斗は驚きを隠せなかった。
「先生……さっきの!」
善吉は軽く笑う。
「学校では長谷川先生って呼べ。」
「話はそれからだ。」
真も静かに頷く。
「ここで見聞きしたことは、絶対に他言しないでください。」
二人は真剣な表情だった。
知も雷斗も自然と背筋を伸ばす。
善吉は鏡を見つめながら口を開いた。
「お前たちが迷い込んだ世界。」
「あれは俺たちも調査している場所だ。」
「正式名称はまだ決まっていない。」
「だから公安では仮に『鏡界』と呼んでいる。」
知は鏡へ視線を向ける。
「あそこには何があるんですか。」
真が答える。
「シャドウ。」
「そして、人の認知によって形作られた異世界です。」
雷斗が腕を組む。
「じゃあ小田上は。」
善吉は表情を曇らせる。
「分からねぇ。」
「被害者なのか。」
「黒幕なのか。」
「今はまだ判断できねぇ。」
知は今日の出来事を思い返す。
小田上は役員シャドウを従えていた。
普通の人間には到底思えない。
しかし確証はない。
真は静かに続ける。
「だからこそ調査が必要です。」
「私たちは教師として、この学園へ潜入しています。」
善吉は二人を見る。
「お前たちも協力してほしい。」
雷斗は即答した。
「もちろんです。」
知も頷く。
「自分も協力します。」
善吉は少しだけ笑った。
「助かる。」
「ただし無茶だけはするな。」
「あの世界は、命を落としてもおかしくない場所だ。」
その時だった。
知の右腕が微かに震える。
カチッ。
腕時計の文字盤が一瞬だけ青白く光る。
『ペルソナメダルを確認』
知は思わず腕を見る。
「反応した……。」
善吉と真も気付く。
知がゆっくり腕時計へ触れると、黒い光が溢れた。
腕時計はアビスギアへ変形する。
さらにスロットから一枚のメダルが姿を現した。
中央には黒い一角獣。
『個体名《バイコーン》』
知はメダルを見つめる。
「これが……。」
雷斗も興味津々で覗き込む。
「すげぇ。」
「本当に出てきた。」
善吉は目を見開く。
「……やっぱりか。」
真も静かに頷いた。
「倒したシャドウを鏡化しているんですね。」
知は二人を見る。
「これって何なんですか。」
善吉は少し考えてから口を開く。
「まだ断言はできねぇ。」
「だが、その能力は俺たちが知っているペルソナ使いの中でも前例がない。」
真は知の右腕を見つめる。
「この力が今回の事件を解く鍵になるかもしれません。」
善吉は腕を組む。
「だからこそ、このことは誰にも話すな。」
「小田上にも。」
「学校の誰にもだ。」
知はメダルを握り締めた。
「……はい。」
まだ何も分からない。
鏡界とは何なのか。
小田上は何者なのか。
そして、自分に託されたこのアビスギアとは。
だが一つだけ確かなことがある。
この力は、まだ始まったばかりだった。
8話!