天才も、一人じゃ勝てない ~努力する少年の挑戦~   作:ささき2026

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第12話 勝ち進む者の死角

地区大会、初戦。

 

翔は、ピッチに立つ前、これまでとは違う落ち着きを感じていた。

 

去年の初めての公式戦では、手のひらに汗をかいていた。けれど今、翔の頭の中は、冷静に整理されていた。

 

頭の中の声が、試合前の方針を整理する。

 

——わからない相手には、まず情報を集める。動き方、癖、強みと弱み。それを掴んでから、仕掛ける。

 

キックオフ。翔は、最初の数分間、あえて派手なプレーをしなかった。ボールを受けても、堅実につなぎ、相手の動きを、ひたすら観察した。

 

数分で、翔は、相手の死角を、ほぼ把握した。

 

前半十分。翔は、観察を終え、初めて仕掛けた。

 

足の遅い右サイドバックの前で、ゼロステップ。一瞬で置き去りにする。そのまま中央へ切り込み、ボールウォッチャーの二人の隙を、ファントムターンでかわす。

 

そして——シュート。低く、速い弾道のボールが、ゴール左隅に突き刺さった。

 

ゴール。翔の、公式戦での初ゴールだった。

 

ベンチが、沸いた。蓮が、誰よりも大きな声で叫んでいた。

 

その試合は、3-0で勝利した。二回戦、三回戦も、翔のチームは、危なげなく勝ち上がっていった。

 

翔は、毎試合、相手チームを観察し、死角を見つけ、そこを突いた。味方には、事前に「あの選手は、ここが弱い」と伝え、声をかけ続けた。

 

チームは、見違えるように機能し始めていた。

 

「翔、お前、監督みたいだな」

 

ある試合の後、橘晴斗が、半ば呆れたように言った。

 

「試合中、ずっと指示出してるじゃん。あの選手はここが弱い、お前はこう動け、って。でも、お前の指示、当たるんだよ。だから、聞くようになった」

 

翔は、その言葉に、わずかな満足を覚えた。

 

(僕の分析が、当たる。みんなが、それを聞いてくれる)

 

それは、確かな成長だった。

 

けれど——その満足の中に、小さな影が、潜み始めていた。

 

頭の中の声が、ふと、そのことを指摘する。

 

——分析が当たり続けている。だが、それは、相手のレベルが、まだそれほど高くないからかもしれない。

 

(……でも、当たってるのは事実だ)

 

翔は、その指摘を、無意識のうちに、軽く受け流した。

 

地区大会、決勝。相手は、去年、翔のチームが破れなかった「FCオリエント」の、一つ下のカテゴリーのチームだった。

 

試合が始まった。オリエントは、組織的なパス回しで、翔のチームを揺さぶってきた。

 

けれど、今年の翔は、違った。相手の組織の「綻び」を、冷静に分析した。

 

「晴斗、右サイドに張れ。陸、お前は、左から中央へ走り込め。オリエントは、左のカバーが遅い」

 

味方が、その指示通りに動いた。

 

前半二十分。翔の読み通り、オリエントの左サイドに、わずかな隙が生まれた。翔は、そこへ、決定的なパスを通した。走り込んだ風間陸が、それを受けて、シュート。ゴール。1-0。

 

後半終盤。翔は、再び、相手の死角を突いた。ファントムターンで、相手の中盤を一人かわし、ゼロステップで、もう一人を置き去りにする。そして、ペナルティエリアの角から——レーザーショット。

 

低く、速い弾道のシュートが、ゴール右隅へ。ゴール。2-0。

 

試合は、そのまま終了した。地区大会、優勝。去年、粉砕されたオリエントへの、見事なリベンジだった。

 

表彰式で、翔は、チームメイトたちと、優勝トロフィーを掲げた。

 

風間陸が、涙ぐみながら言った。

 

「翔のおかげだ。お前が、ずっと指示してくれたから」

 

「僕一人の力じゃないよ。みんなが、走ってくれたから」

 

それは、翔の本心だった。けれど、心のどこかで、もう一つの声が、こう囁いていた。

 

(僕の分析が、当たった。僕が、チームを勝たせた)

 

その声は、まだ小さかった。けれど、確かに、翔の中に存在し始めていた。

 

スタンドから、新田栞が、それを見ていた。

 

栞の、記者としての勘が、何かを感じ取っていた。

 

(あの子の中に、少しだけ、危うさが見える。分析が当たり続けて、それを、自分の力だと思い始めているのかもしれない)

 

栞は、それをメモに書き留めた。

 

『地区大会優勝。翔、目覚ましい成長。ただし、要観察。』

 

家に帰った翔に、父・恒一郎は、ふと、こう尋ねた。

 

「翔。今日、お前が勝てたのは、なぜだと思う?」

 

「分析が、当たったから。相手の弱点を見つけて、そこを突いた。あと、みんなが、走ってくれたから」

 

「順番が、逆だな」

 

恒一郎の言葉に、翔は、顔を上げた。

 

「お前は、『分析が当たったから』を、先に言った。『みんなが走ったから』を、後に言った。本当は、逆かもしれない。みんなが走ってくれたから、お前の分析が、初めて意味を持った」

 

翔は、その指摘に、すぐには反応できなかった。

 

分析が当たり続けた、地区大会。その成功体験は、翔に自信を与えると同時に、小さな「過信」という種を、心の奥に植え付けていた。

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