天才も、一人じゃ勝てない ~努力する少年の挑戦~   作:ささき2026

13 / 24
第13話 届かないパス

夏。地区大会優勝の余韻が、まだチームに残っていた。

 

翔は、その夏、新しい挑戦を始めていた。

 

きっかけは、ある練習試合だった。翔は、ピッチの中央でボールを持ったとき、ふと、これまで誰も通したことのないコースが「見えた」。

 

(逆サイドの、一番遠いスペース。あそこに、味方が走り込めば、相手の守備を、完全に崩せる)

 

それは、コートの幅を、目一杯使ったパスだった。右サイドから、左サイドの最も遠い場所へ。常識的には、そんなパスは、まず通らない。

 

けれど、翔の目には、そのコースが、はっきりと見えていた。翔は、迷わず、そのパスを蹴った。

 

ボールは、コートを大きく横断し——誰もいない、左サイドの遠いスペースへ、転がっていった。

 

味方の誰も、そこに走り込んでいなかった。ボールは、むなしくタッチラインを割った。

 

頭の中の声が、冷静に分析する。

 

——今のパスは、味方の分析不足じゃない。そもそも、誰もあのスペースが「使える」と思っていない。僕にしか、見えていないコースだ。

 

それは、翔の分析力が、また一段、上のレベルへ進んだ証だった。けれど同時に、味方との「ズレ」が、これまで以上に大きくなったことも、意味していた。

 

その「遠いパス」を、翔は何度も試した。けれど、ほとんど通らなかった。

 

「翔、お前、また無理なパス出してるぞ。あんな遠くに、誰が走るんだよ」

 

橘晴斗が、半ば呆れたように言った。

 

翔は、その言葉に、考え込んだ。

 

ある日の練習後、翔は、水城大和に、その悩みを打ち明けた。

 

「大和。僕の遠いパス、どうしたら通ると思う?」

 

大和は、少し考えてから、言った。

 

「うーん。俺は、後ろから見てるから、お前が何を狙ってるか、わかるんだ。でも、前にいる味方は、お前の背中しか見えないだろ? お前が見てるものを、味方も見えるようにするには——時間が、かかるんじゃないかな。何回も、何回も、同じパスを出して、味方が『あ、翔はここを狙ってるんだ』って、身体で覚えるまで」

 

翔は、その言葉を、静かに受け止めた。

 

これまで、翔の分析は、すぐに結果を出してきた。けれど、この「遠いパス」だけは、すぐには結果が出ない。何度も失敗を重ねて、味方との信頼を、少しずつ積み上げていくしかない。

 

後に「ワイドビジョンパス」と呼ばれることになる、その技術。それは、小学校編では、まだ完成しない技だった。味方が、翔の発想についてこられない。成功率は、最後まで低いまま。けれど、この夏に翔が蒔いた種は、いつか、大きく花開くことになる。

 

その週末、天野川家では、久しぶりに家族全員が揃った夕食が開かれた。

 

姉の明日香が、ヨーロッパへの料理留学を、本格的に考え始めているという話をしていた。

 

「翔のサッカーも、同じじゃない? 言葉が違っても、ボールを蹴れば、伝わるものがあるでしょ」

 

翔は、その言葉に、はっとした。

 

(言葉がなくても、伝わるもの……)

 

頭の中の声が、その言葉を、サッカーに置き換える。

 

——僕の「遠いパス」も、言葉で説明するだけじゃ、伝わらない。でも、何度もボールを蹴り合えば、いつか、言葉なしで伝わるようになるかもしれない。

 

「姉ちゃん。それ、ヒントになった」

 

秋が、近づいていた。全国大会の予選が、もうすぐ始まる。

 

ある日の練習後、新田栞が、グラウンドを訪れた。

 

「翔くん。一つ、聞いてもいい? あなた、最近、自分の分析を、信じすぎてない?」

 

その問いに、翔は、言葉に詰まった。

 

「地区大会で、あなたの分析は、たくさん当たった。それは、素晴らしいこと。でも、当たり続けると、人は、自分の見ているものが『絶対正しい』と思い始めることがあるの。あなたの『遠いパス』も、本当に正しいのか、もう一度、考えてみて。味方が見えていないのは、味方が悪いんじゃなくて、そのパスが、今のチームには、まだ早すぎるのかもしれない」

 

翔は、その言葉に、深く考え込んだ。

 

頭の中の声が、栞の指摘を、整理しようとする。

 

——僕は、自分の分析を、信じすぎているのかもしれない。「遠いパス」が通らないのは、味方のせいだと、無意識に思っていた。でも、本当は、僕の判断が、チームの段階に合っていないのかもしれない。

 

地区大会の連勝が、翔の中に植え付けた「過信」。その存在を、栞は、誰よりも早く見抜いていた。

 

「栞さん。僕、考えてみます」

 

「うん。考えて。あなたは、考えることができる子だから」

 

そして、その全国大会には、翔の運命を変える、もう一人の人物が、現れようとしていた。スペインから来た、一人の少女。

 

その名を、ソフィア・アルバレスという。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。