天才も、一人じゃ勝てない ~努力する少年の挑戦~ 作:ささき2026
ソフィアが、天野川家に招かれたのは、よく晴れた、日曜日のことだった。
「いらっしゃい、ソフィアちゃん!」
玄関を開けた明日香が、満面の笑みで、出迎える。
「お邪魔します。……あの、これ。よかったら」
ソフィアが、少し照れながら、差し出したのは――スペインの、伝統菓子だった。
「ポルボロン、っていうお菓子です。口の中で、ほろっと、崩れて……すぐ、溶けちゃうんですよ。私の、大好物で」
「わあ、嬉しい! ありがとう! ……後で、みんなで、いただこうね」
リビングに通されたソフィアは――ふと、足を、止めた。
壁一面に、たくさんの、家族写真が、飾られていた。
そのほとんどを撮ったのは、妹の美羽だという。夜の庭で、母と、まだ幼い翔が、向き合う写真。ピッチで、躍動する翔の姿。家族みんなで、笑い合う、食卓の風景。
(……あったかい、家族)
ソフィアは、その、一枚一枚を。優しい目で、見つめた。
「あ、ソフィアお姉ちゃん!」
奥から、美羽が、駆けてきた。手には、いつもの、カメラ。
「来てくれたんだ! ねえねえ、あとで、私の撮った映像、見て! この前の試合の!」
「うん、ぜひ! ……美羽ちゃん、映像、撮るの、上手だもんね」
「えへへ。まかせて!」
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キッチンでは。エプロン姿の明日香の隣で、翔が、所在なさげに、立っていた。
「今日はね、腕によりを、かけるからね! 和食も、スペイン料理も、両方! ソフィアちゃんに、教わりながら!」
明日香は、料理人志望。それも――「世界で活躍する料理人」を、目指している。その腕前は、家族の、お墨付きだった。
「翔、ぼーっと、してないで。手伝いなさい」
「……何すれば、いい」
「じゃあ、この、ジャガイモ、洗って」
ソフィアも、エプロンを借りて、加わる。三人で、キッチンに、並んだ。
「まずは、トルティージャ・エスパニョーラ。ジャガイモと、卵の、分厚いオムレツです」
ソフィアが、手際よく、ジャガイモを、薄切りにしていく。
「ここで、焦っちゃ、ダメなんです。母が、いつも言ってました。――『弱火で、待つのが、一番難しい』って」
その言葉に。ふと、翔が、反応した。
「……それ、サッカーと、同じだ。焦らずに、待つのが、一番難しい」
「あら。翔、いいこと言うわね」
明日香が、感心する。
「料理も、サッカーも――本質は、同じ、なのかも、しれないわね」
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やがて。食卓に、料理が、並んでいく。
明日香の作った、出汁の効いた、味噌汁。ふっくらと炊けた、白いご飯。彩り豊かな、野菜の煮物。焼き魚。そして――ソフィアと作った、黄金色の、トルティージャ・エスパニョーラ。
「わあ……! すごい……!」
ソフィアが、目を、輝かせた。
「明日香さん……これ、本当に、全部、手作りですか!? お店みたい!」
「ふふ。まだまだよ。私、“世界で通用する”料理人に、なるのが、夢だから。これくらい、当たり前じゃなきゃ、ね!」
家族全員と、ソフィアが、食卓を、囲んだ。
「いただきます!」
まず、ソフィアが、味噌汁を、一口。
「……っ、美味しい! この、出汁の味……深い……! スペインには、ない味です……!」
「でしょ? 昆布と、鰹節で、丁寧に、取ったの」
次に、煮物を、口に、運ぶ。
「野菜が……とろとろ! 甘くて、優しい味……! どうやったら、こんなに……!」
「弱火で、コトコト、じっくりね。……ソフィアちゃんの、トルティージャの話と、同じ。焦らず、待つの」
妹の美羽も、夢中で、頬張っていた。
「お姉ちゃんの、ごはん、世界一!」
「あら、美羽。嬉しいこと、言ってくれるじゃない」
父の恒一郎も、満足そうに、頷く。
「うむ。明日香の料理は、年々、腕を上げているな。……これなら、世界でも、通用する」
「もう、お父さんったら。……でも、ありがと」
明日香の頬が、少し、赤くなった。
そして――翔も。黙々と、けれど、誰よりも、たくさん、食べていた。
「翔、あんた、食べすぎ。……でも、いいわ。いっぱい食べて、大きくなって、世界一に、なりなさい」
「……うん。姉ちゃんの、ごはんは、うまい」
翔の、ぶっきらぼうな、けれど、素直な、一言に。明日香は、ふっと、笑った。
ソフィアは。その、温かい食卓の光景を。まぶしそうに、見つめていた。
(……いいな。こういうの)
賑やかで、優しくて。誰もが、笑っている、食卓。ソフィアの胸に、じんわりと、温かいものが、広がっていく。
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食事の、後。
「ソフィアお姉ちゃん! 約束の、映像!」
美羽が、タブレットを、抱えて、やってきた。
そこに、映し出されたのは――先日の、練習試合の、映像。ソフィアが、初めて、翔のプレーに、衝撃を受けた、あの試合だった。
「これね、私が、撮ったの。お兄ちゃんの、プレー」
美羽は。映像を、再生しながら――その、“クセ”を、次々と、指摘し始めた。
「あ、ここ、見て。お兄ちゃん、ゼロステップの前にね……一回だけ、右足の、つま先を、ちょんって、地面に、つけるの。これが、合図」
「……えっ」
ソフィアの、目が、見開かれた。
「ほら、ここも。……ね? つま先、ちょん、って。……お兄ちゃん、自分じゃ、気づいてないと思うけど。これ、毎回、やってる」
美羽は。映像を、コマ送りに、しながら――淡々と、続ける。
「あと、フェザー・ループのとき。お兄ちゃん、蹴る前に、GKの、“足”を、見てるの。顔じゃなくて、足。……たぶん、いつ、飛び出すか、足で、判断してるんだと思う」
ソフィアは。言葉を、失っていた。
(この子……“映像”だけで。翔の、プレーの、本質を……見抜いてる)
ソフィアは、戦術と、分析の、専門家だ。世界最高峰を、見て育った、その目は、確かだった。けれど――美羽の、視覚分析は。それとは、また、別種の。恐るべき、鋭さを、持っていた。
「美羽ちゃん……あなた、すごいね。私、戦術は、わかるけど……そういう、“フォームのクセ”を、見抜くのは。あなたのほうが、ずっと、上だわ」
「えへへ。私、映像、見るの、得意なんだ。一回見たら、覚えちゃう。……お兄ちゃんの、必殺技のヒントも、たまに、私が、見つけるんだよ」
翔が。少し、照れたように、口を、挟んだ。
「……美羽の、分析は。たまに、僕より、正確だ。ファントムターンのときも、『目線で、嘘ついてる』って、美羽が、言った」
「そうなんだ!?」
ソフィアは。感嘆の、声を、上げた。
(翔の、周りには……こんなにも、“翔を支える目”が、あるんだ)
自分の、戦術眼。栞さんの、記録の目。そして――美羽ちゃんの、映像の目。それぞれが、違う角度から。翔という、原石を、磨いている。
(私も……その、一人でいたい)
ソフィアの胸に。改めて、そんな想いが、芽生えた。
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「ねえ、ソフィアちゃん」
母の陽子が、穏やかに、声を、かけた。
「あなた、本当に、日本のことが、好きなのね」
「はい。大好きです。……日本と、スペインは。サッカーでも、文化でも――お互いに、学び合えると、思うんです」
父の恒一郎が、感心したように、ソフィアを、見た。
「将来の、夢なんです」
ソフィアは、少し、照れながら、語った。
「祖父が、スペインで、サッカークラブの、オーナーをしていて……いつか、私が、それを継いで。日本と、スペインを、つなぐ、架け橋に、なりたいんです」
翔は。その言葉を、静かに、聞いていた。
――僕の夢は、「日本を世界一にする」こと。ソフィアの夢は、「日本とスペインをつなぐ」こと。違う夢。けれど……どこかで、交わるのかもしれない。
そのとき、翔は。まだ、はっきりとは、意識していなかった。数年後――自分が、海を渡り、スペインの地を踏み。ソフィアの夢と、自分の夢が、本当に、交わることになるとは。
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同じ頃。
サッカー専門誌の、編集部。
新田栞は、一枚の写真を、じっと、見つめていた。
先日の練習試合で、撮影した、一枚。前に出たGKの頭上を、羽根のように越えていく、フェザー・ループの――決定的な、瞬間。
「……いける」
栞は、ぽつりと、つぶやいた。
栞は、翔が、まだ無名だった、3年生の頃から。ずっと、この少年を、追い続けてきた。けれど――本格的な特集を、組むのは、控えてきた。まだ、その「時」では、ないと。
だが。今は、違う。
翔は、5年生になり。規格外の才能を、はっきりと、世界に向けて、示し始めていた。
(今こそ……世に、出すときだ)
栞は、立ち上がり。編集長、小田切修の、デスクへと、向かった。
「小田切さん。例の、天野川翔の特集……本格的に、組ませてください。この子は、本物です。3年生のときから、ずっと、追ってきました。そして――もうすぐ、全国大会に、出ます」
差し出された写真を、小田切は、手に取った。しばらく、それを、眺めてから――低く、唸る。
「……いい写真だ」
「お前……この子に、惚れ込んでるな」
「はい」
栞は、迷いなく、頷いた。
「この子は……日本サッカーを、変えます。私は――その物語を、最初から、最後まで、記録したいんです」
小田切は、しばらく、栞の目を、見ていた。それから――ふっ、と、笑った。
「本物なら……表紙にしろ。ただし――全国大会で、結果を、見せてもらうぞ」
「……はい!」
栞は、自分のデスクに戻ると。ペンを、取った。
特集記事の、タイトルは。もう、決まっていた。
『未来を変える、10番。――天野川翔という、希望』
ペン先が、紙の上を、走る。
(この子は……必ず、全国で、何かを起こす)
それが、栄光なのか。挫折なのか。それは、まだ、わからない。
けれど――どちらであっても。それは、天野川翔という選手の物語の、かけがえのない、一頁になる。
栞は、そう、信じていた。
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その夜。ソフィアが、帰った後。
翔は、玄関先まで、ソフィアを、見送った、そのあと。リビングに、戻ると。
姉の明日香が、洗い物を、しながら、ふと、言った。
「ソフィアちゃん、いい子ね。……料理も、美味しそうに、食べてくれたし。美羽とも、仲良くなって」
「うん」
「翔。……あの子。あんたのこと、本気で、応援してくれてる」
明日香の声は。いつもの、からかうような調子とは、少し、違った。
「世界を、見てきた子が。あんたを、『世界一になれる』って、本気で、信じてる。……それって、すごいこと、なのよ」
翔は。静かに、頷いた。
美羽が、タブレットを、抱えたまま、割り込んできた。
「私も、そう思う! ソフィアお姉ちゃん、お兄ちゃんの試合、すっごく真剣に、見てたもん。……あの目、本物だよ」
翔は。その言葉を、胸に、刻んだ。
――家族が、支えてくれる。栞さんが、記録してくれる。そして、ソフィアが、信じてくれる。
(僕は……一人じゃ、ない)
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その夜、翔は。自分の部屋で。来たる、全国大会のことを、考えていた。
(まずは……全国の、舞台に立つ。そして、自分たちが、どこまで通用するか――確かめる)
ふと。脳裏に、ソフィアの言葉が、蘇った。
――あなたは、世界一になれる。私、そう、信じる。
その言葉は。あまりにも、遠かった。全国大会ですら、まだ、見ぬ舞台なのに。
けれど――あの、ソフィアの、まっすぐな瞳を、思い出すと。
不思議と。胸の奥から、力が、湧いてくるのだった。
(まずは……全国だ)
翔は、静かに、闘志を、燃やした。
そして――翔は、まだ、知らなかった。
その全国の舞台で、待ち受けているのが。後に、自分の、生涯のライバルとなる――一人の、少年だということを。
九条蒼真。全国最強クラブの、背番号10。
二人の、長い、長い因縁の物語が。もうすぐ――その、幕を、開けようとしていた。
次は明日の11:30に投稿予定です。
評価よろしくお願いします。
やる気があがります。