天才も、一人じゃ勝てない ~努力する少年の挑戦~   作:ささき2026

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第18話 食卓と、ペン先の決意

 

 ソフィアが、天野川家に招かれたのは、よく晴れた、日曜日のことだった。

 

「いらっしゃい、ソフィアちゃん!」

 

 玄関を開けた明日香が、満面の笑みで、出迎える。

 

「お邪魔します。……あの、これ。よかったら」

 

 ソフィアが、少し照れながら、差し出したのは――スペインの、伝統菓子だった。

 

「ポルボロン、っていうお菓子です。口の中で、ほろっと、崩れて……すぐ、溶けちゃうんですよ。私の、大好物で」

 

「わあ、嬉しい! ありがとう! ……後で、みんなで、いただこうね」

 

 リビングに通されたソフィアは――ふと、足を、止めた。

 

 壁一面に、たくさんの、家族写真が、飾られていた。

 

 そのほとんどを撮ったのは、妹の美羽だという。夜の庭で、母と、まだ幼い翔が、向き合う写真。ピッチで、躍動する翔の姿。家族みんなで、笑い合う、食卓の風景。

 

(……あったかい、家族)

 

 ソフィアは、その、一枚一枚を。優しい目で、見つめた。

 

「あ、ソフィアお姉ちゃん!」

 

 奥から、美羽が、駆けてきた。手には、いつもの、カメラ。

 

「来てくれたんだ! ねえねえ、あとで、私の撮った映像、見て! この前の試合の!」

 

「うん、ぜひ! ……美羽ちゃん、映像、撮るの、上手だもんね」

 

「えへへ。まかせて!」

 

────────────────────────────

 

 キッチンでは。エプロン姿の明日香の隣で、翔が、所在なさげに、立っていた。

 

「今日はね、腕によりを、かけるからね! 和食も、スペイン料理も、両方! ソフィアちゃんに、教わりながら!」

 

 明日香は、料理人志望。それも――「世界で活躍する料理人」を、目指している。その腕前は、家族の、お墨付きだった。

 

「翔、ぼーっと、してないで。手伝いなさい」

 

「……何すれば、いい」

 

「じゃあ、この、ジャガイモ、洗って」

 

 ソフィアも、エプロンを借りて、加わる。三人で、キッチンに、並んだ。

 

「まずは、トルティージャ・エスパニョーラ。ジャガイモと、卵の、分厚いオムレツです」

 

 ソフィアが、手際よく、ジャガイモを、薄切りにしていく。

 

「ここで、焦っちゃ、ダメなんです。母が、いつも言ってました。――『弱火で、待つのが、一番難しい』って」

 

 その言葉に。ふと、翔が、反応した。

 

「……それ、サッカーと、同じだ。焦らずに、待つのが、一番難しい」

 

「あら。翔、いいこと言うわね」

 

 明日香が、感心する。

 

「料理も、サッカーも――本質は、同じ、なのかも、しれないわね」

 

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 やがて。食卓に、料理が、並んでいく。

 

 明日香の作った、出汁の効いた、味噌汁。ふっくらと炊けた、白いご飯。彩り豊かな、野菜の煮物。焼き魚。そして――ソフィアと作った、黄金色の、トルティージャ・エスパニョーラ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「わあ……! すごい……!」

 

 ソフィアが、目を、輝かせた。

 

「明日香さん……これ、本当に、全部、手作りですか!? お店みたい!」

 

「ふふ。まだまだよ。私、“世界で通用する”料理人に、なるのが、夢だから。これくらい、当たり前じゃなきゃ、ね!」

 

 家族全員と、ソフィアが、食卓を、囲んだ。

 

「いただきます!」

 

 まず、ソフィアが、味噌汁を、一口。

 

「……っ、美味しい! この、出汁の味……深い……! スペインには、ない味です……!」

 

「でしょ? 昆布と、鰹節で、丁寧に、取ったの」

 

 次に、煮物を、口に、運ぶ。

 

「野菜が……とろとろ! 甘くて、優しい味……! どうやったら、こんなに……!」

 

「弱火で、コトコト、じっくりね。……ソフィアちゃんの、トルティージャの話と、同じ。焦らず、待つの」

 

 妹の美羽も、夢中で、頬張っていた。

 

「お姉ちゃんの、ごはん、世界一!」

 

「あら、美羽。嬉しいこと、言ってくれるじゃない」

 

 父の恒一郎も、満足そうに、頷く。

 

「うむ。明日香の料理は、年々、腕を上げているな。……これなら、世界でも、通用する」

 

「もう、お父さんったら。……でも、ありがと」

 

 明日香の頬が、少し、赤くなった。

 

 そして――翔も。黙々と、けれど、誰よりも、たくさん、食べていた。

 

「翔、あんた、食べすぎ。……でも、いいわ。いっぱい食べて、大きくなって、世界一に、なりなさい」

 

「……うん。姉ちゃんの、ごはんは、うまい」

 

 翔の、ぶっきらぼうな、けれど、素直な、一言に。明日香は、ふっと、笑った。

 

 ソフィアは。その、温かい食卓の光景を。まぶしそうに、見つめていた。

 

(……いいな。こういうの)

 

 賑やかで、優しくて。誰もが、笑っている、食卓。ソフィアの胸に、じんわりと、温かいものが、広がっていく。

 

────────────────────────────

 

 食事の、後。

 

「ソフィアお姉ちゃん! 約束の、映像!」

 

 美羽が、タブレットを、抱えて、やってきた。

 

 そこに、映し出されたのは――先日の、練習試合の、映像。ソフィアが、初めて、翔のプレーに、衝撃を受けた、あの試合だった。

 

「これね、私が、撮ったの。お兄ちゃんの、プレー」

 

 美羽は。映像を、再生しながら――その、“クセ”を、次々と、指摘し始めた。

 

「あ、ここ、見て。お兄ちゃん、ゼロステップの前にね……一回だけ、右足の、つま先を、ちょんって、地面に、つけるの。これが、合図」

 

「……えっ」

 

 ソフィアの、目が、見開かれた。

 

「ほら、ここも。……ね? つま先、ちょん、って。……お兄ちゃん、自分じゃ、気づいてないと思うけど。これ、毎回、やってる」

 

 美羽は。映像を、コマ送りに、しながら――淡々と、続ける。

 

「あと、フェザー・ループのとき。お兄ちゃん、蹴る前に、GKの、“足”を、見てるの。顔じゃなくて、足。……たぶん、いつ、飛び出すか、足で、判断してるんだと思う」

 

 ソフィアは。言葉を、失っていた。

 

(この子……“映像”だけで。翔の、プレーの、本質を……見抜いてる)

 

 ソフィアは、戦術と、分析の、専門家だ。世界最高峰を、見て育った、その目は、確かだった。けれど――美羽の、視覚分析は。それとは、また、別種の。恐るべき、鋭さを、持っていた。

 

「美羽ちゃん……あなた、すごいね。私、戦術は、わかるけど……そういう、“フォームのクセ”を、見抜くのは。あなたのほうが、ずっと、上だわ」

 

「えへへ。私、映像、見るの、得意なんだ。一回見たら、覚えちゃう。……お兄ちゃんの、必殺技のヒントも、たまに、私が、見つけるんだよ」

 

 翔が。少し、照れたように、口を、挟んだ。

 

「……美羽の、分析は。たまに、僕より、正確だ。ファントムターンのときも、『目線で、嘘ついてる』って、美羽が、言った」

 

「そうなんだ!?」

 

 ソフィアは。感嘆の、声を、上げた。

 

(翔の、周りには……こんなにも、“翔を支える目”が、あるんだ)

 

 自分の、戦術眼。栞さんの、記録の目。そして――美羽ちゃんの、映像の目。それぞれが、違う角度から。翔という、原石を、磨いている。

 

(私も……その、一人でいたい)

 

 ソフィアの胸に。改めて、そんな想いが、芽生えた。

 

────────────────────────────

 

「ねえ、ソフィアちゃん」

 

 母の陽子が、穏やかに、声を、かけた。

 

「あなた、本当に、日本のことが、好きなのね」

 

「はい。大好きです。……日本と、スペインは。サッカーでも、文化でも――お互いに、学び合えると、思うんです」

 

 父の恒一郎が、感心したように、ソフィアを、見た。

 

「将来の、夢なんです」

 

 ソフィアは、少し、照れながら、語った。

 

「祖父が、スペインで、サッカークラブの、オーナーをしていて……いつか、私が、それを継いで。日本と、スペインを、つなぐ、架け橋に、なりたいんです」

 

 翔は。その言葉を、静かに、聞いていた。

 

 ――僕の夢は、「日本を世界一にする」こと。ソフィアの夢は、「日本とスペインをつなぐ」こと。違う夢。けれど……どこかで、交わるのかもしれない。

 

 そのとき、翔は。まだ、はっきりとは、意識していなかった。数年後――自分が、海を渡り、スペインの地を踏み。ソフィアの夢と、自分の夢が、本当に、交わることになるとは。

 

────────────────────────────

 

 同じ頃。

 

 サッカー専門誌の、編集部。

 

 新田栞は、一枚の写真を、じっと、見つめていた。

 

 先日の練習試合で、撮影した、一枚。前に出たGKの頭上を、羽根のように越えていく、フェザー・ループの――決定的な、瞬間。

 

「……いける」

 

 栞は、ぽつりと、つぶやいた。

 

 栞は、翔が、まだ無名だった、3年生の頃から。ずっと、この少年を、追い続けてきた。けれど――本格的な特集を、組むのは、控えてきた。まだ、その「時」では、ないと。

 

 だが。今は、違う。

 

 翔は、5年生になり。規格外の才能を、はっきりと、世界に向けて、示し始めていた。

 

(今こそ……世に、出すときだ)

 

 栞は、立ち上がり。編集長、小田切修の、デスクへと、向かった。

 

「小田切さん。例の、天野川翔の特集……本格的に、組ませてください。この子は、本物です。3年生のときから、ずっと、追ってきました。そして――もうすぐ、全国大会に、出ます」

 

 差し出された写真を、小田切は、手に取った。しばらく、それを、眺めてから――低く、唸る。

 

「……いい写真だ」

 

「お前……この子に、惚れ込んでるな」

 

「はい」

 

 栞は、迷いなく、頷いた。

 

「この子は……日本サッカーを、変えます。私は――その物語を、最初から、最後まで、記録したいんです」

 

 小田切は、しばらく、栞の目を、見ていた。それから――ふっ、と、笑った。

 

「本物なら……表紙にしろ。ただし――全国大会で、結果を、見せてもらうぞ」

 

「……はい!」

 

 栞は、自分のデスクに戻ると。ペンを、取った。

 

 特集記事の、タイトルは。もう、決まっていた。

 

『未来を変える、10番。――天野川翔という、希望』

 

 ペン先が、紙の上を、走る。

 

(この子は……必ず、全国で、何かを起こす)

 

 それが、栄光なのか。挫折なのか。それは、まだ、わからない。

 

 けれど――どちらであっても。それは、天野川翔という選手の物語の、かけがえのない、一頁になる。

 

 栞は、そう、信じていた。

 

────────────────────────────

 

 その夜。ソフィアが、帰った後。

 

 翔は、玄関先まで、ソフィアを、見送った、そのあと。リビングに、戻ると。

 

 姉の明日香が、洗い物を、しながら、ふと、言った。

 

「ソフィアちゃん、いい子ね。……料理も、美味しそうに、食べてくれたし。美羽とも、仲良くなって」

 

「うん」

 

「翔。……あの子。あんたのこと、本気で、応援してくれてる」

 

 明日香の声は。いつもの、からかうような調子とは、少し、違った。

 

「世界を、見てきた子が。あんたを、『世界一になれる』って、本気で、信じてる。……それって、すごいこと、なのよ」

 

 翔は。静かに、頷いた。

 

 美羽が、タブレットを、抱えたまま、割り込んできた。

 

「私も、そう思う! ソフィアお姉ちゃん、お兄ちゃんの試合、すっごく真剣に、見てたもん。……あの目、本物だよ」

 

 翔は。その言葉を、胸に、刻んだ。

 

 ――家族が、支えてくれる。栞さんが、記録してくれる。そして、ソフィアが、信じてくれる。

 

(僕は……一人じゃ、ない)

 

────────────────────────────

 

 その夜、翔は。自分の部屋で。来たる、全国大会のことを、考えていた。

 

(まずは……全国の、舞台に立つ。そして、自分たちが、どこまで通用するか――確かめる)

 

 ふと。脳裏に、ソフィアの言葉が、蘇った。

 

 ――あなたは、世界一になれる。私、そう、信じる。

 

 その言葉は。あまりにも、遠かった。全国大会ですら、まだ、見ぬ舞台なのに。

 

 けれど――あの、ソフィアの、まっすぐな瞳を、思い出すと。

 

 不思議と。胸の奥から、力が、湧いてくるのだった。

 

(まずは……全国だ)

 

 翔は、静かに、闘志を、燃やした。

 

 そして――翔は、まだ、知らなかった。

 

 その全国の舞台で、待ち受けているのが。後に、自分の、生涯のライバルとなる――一人の、少年だということを。

 

 九条蒼真。全国最強クラブの、背番号10。

 

 二人の、長い、長い因縁の物語が。もうすぐ――その、幕を、開けようとしていた。




次は明日の11:30に投稿予定です。
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