天才も、一人じゃ勝てない ~努力する少年の挑戦~ 作:ささき2026
全国大会は、夏に、開催される。
その会場に足を踏み入れた瞬間、翔たちは、息を呑んだ。
これまで戦ってきた、どのグラウンドとも、格が違った。青々と敷きつめられた天然芝。空を突くような、立派なスタンド。そして――全国各地を勝ち抜いてきた、猛者たちの、ぎらついた眼差し。
その一人ひとりが、自分の地区では、頂点に立った、選ばれし者たちだった。
「……空気が、違う」
橘晴斗が、ごくりと、喉を鳴らした。
いつもは自信家の晴斗ですら、その、張りつめた空気に、完全に呑まれていた。
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スタンドの一角。
カメラを構えた、一人の若い女性が、弾けるような笑顔で、レンズに向かって、話しかけていた。
「はいっ、みんなー! 元気ー!? 朝倉ひかりでーす! ついに来ました、全国大会!!」
彼女――朝倉ひかりは、二十二歳。このクラブの、卒団生(OB)だった。
大学で、スポーツジャーナリズムを学び、卒業後は、サッカー系YouTuberとして、活動している。登録者は、約十五万人。クラブへの恩返しにと、公認で、試合や練習を撮影し、その魅力を、全国に発信し続けていた。
「今日は、我らが天野川SCが、初の全国! しかもね、みんな……今年のチームには、"とんでもない子"がいるんですよ……!」
ひかりが、カメラ越しに、にやり、と笑う。
その隣に――見知った顔が、腰を下ろした。
「相変わらず、テンション高いわね、ひかり」
「あっ、栞!」
新田栞だった。カメラではなく、ペンと手帳を手にした、その姿。
ひかりと栞は、大学時代の、同級生だった。二人とも、スポーツジャーナリズムを志し、けれど――卒業後、選んだ道は、分かれた。
栞は、新聞記者へ。言葉と、記録で、選手を伝える道を。
ひかりは、YouTuberへ。映像と、熱量で、サッカーを広める道を。
同じ夢の、違う形。それでも、二人は、今も、親友だった。
「栞も、来てたんだ。まさか……あの子の、取材?」
「ええ。3年生のときから、ずっと追ってる子。……ひかりも、狙いは同じでしょ」
「もっちろん!」
ひかりが、ぐっと、こぶしを握る。
「あたしはね、あの才能を――全国のみんなに、"見せたい"の。栞は、"記録する"人。あたしは、"伝える"人。役割分担、ってやつ!」
「ふふ。ライバルじゃなくて、共犯者、ね」
二人は、顔を見合わせて、笑った。
スタンドの、別の場所には――ソフィアが、天野川家の人々と一緒に、応援に来ていた。
「翔ーー! 頑張ってーー!」
その声に。ひかりの、鋭い目が、ふと、留まった。
(……あの子。金髪の子)
ピッチを見つめる、ソフィアの目。それは、ただの応援では、なかった。選手の動きを、一つひとつ、真剣に、分析している。素人の目では、ない。
(サッカーを、深く知ってる子だ。……翔くんの周りには、面白い人が、集まってくるなぁ)
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ピイイイッ――!!
キックオフの、ホイッスルが、夏空に、鳴り響いた。
天野川SC、全国大会・初戦の、幕が上がる。
『きたーーっ!! 全国、初戦、キックオフ!!』
ひかりのライブ配信が、熱を帯びる。
最初の数分、翔は、あえて、動かなかった。ボールを受けても、堅実につなぎ、相手の動きを、ひたすら、観察する。
『……おや? 翔くん、今日は、静かですねぇ。でも、これ――"見てる"んです。相手の、クセを、全部!』
数分で。翔は、相手の死角を、ほぼ、把握した。
そして――前半十五分。
「晴斗、右!」
翔が、晴斗を右サイドに張らせ、相手の守備を、片側へ、寄せる。その、がら空きになった逆サイドへ――
「今っ!!」
ゼロステップ。
『――っ、来た来た来たぁぁっ!! ゼロステップ!! 抜いたぁぁっ!! 速い、速い、速すぎるぅっ!!』
『ここです、視聴者のみんな! 今のは、スピードじゃないんです! 最初の"一歩"! 相手の重心を、完全に外してる! だから、追いつけないっ!!』
翔が、独走。そして、放たれる――
レーザーショット。
低く、鋭い弾道が、GKの反応を置き去りに、ゴール右隅へと、突き刺さった。
『ゴオオオォル!! 決めたぁぁっ!! 天野川翔ォーーッ!!』
【コメント欄】
「速すぎるだろ」
「小学生……?」
「鳥肌たった」
「なんだこの子」
「うおおおっ、コメント欄、大騒ぎ! そうだよね、びっくりするよね!!」
ひかりが、カメラに向かって、叫ぶ。
栞は、その隣で、静かに、ペンを走らせていた。熱狂を、映像で伝えるひかり。その熱を、言葉で、永遠に刻む、栞。
(……いい試合を、記録できる)
栞の口元にも、微かな、笑みが浮かんだ。
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初戦は、快勝。二回戦、三回戦も、天野川SCは、勝ち上がっていった。
翔は、毎試合、相手を観察し、死角を見つけ、そこを、突いた。
だが。
「認めよう」
栞の隣で、いつのまにか観戦していた、彼女の上司――編集長の小田切修が、腕を組んだ。
「あの10番は、本物だ。全国でも、通用している。……だが、次の相手は、別格だぞ」
小田切が、トーナメント表に、目をやる。
その先に、書かれていた名。
全国最強クラブ。そして、その、心臓ともいえる、一人の選手。
――九条蒼真。
「……来た、か」
ひかりの、いつも明るい声が、めずらしく、引き締まった。
「九条くん。……全国の、絶対王者。翔くん、次は――本物の、壁だよ」
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その夜。宿舎で、翔は、眠れずにいた。
そこへ、静かに、扉が開いた。
「翔。眠れないのか」
水城大和と――神谷蓮だった。二人は、6年生。このクラブの、絶対的な、支柱。
「……はい。明日の相手のことを、考えてて」
蓮は、翔の隣に、腰を下ろした。そして、自分の手首に巻いた、あの、赤いリストバンドを、見つめた。
「翔。お前は、あの頃より、ずっと、強くなった。仲間を、見るようになった」
蓮の声は、静かで、けれど、熱かった。
「でも、覚えておけ。明日の相手は、全国最強だ。お前が、どれだけ成長しても……勝てないことが、あるかもしれない」
「……」
「だがな」
蓮が、翔の目を、まっすぐ、見た。
「負けることが、終わりじゃない。――負けて、何を、学ぶか。それが、お前を、"本物"に、するんだ」
翔は、その言葉を。深く、深く、胸に、刻んだ。
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翌朝。
全国大会、準々決勝。
ピッチに、両チームが、整列する。
翔は、相手チームの中に、一人の少年を、見つけた。
背番号10。線の細い、優しげな顔立ち。けれど――その瞳の、奥に。静かで、深い、底知れぬ闘志が、宿っていた。
九条蒼真。
二人の、10番の視線が。ピッチの上で、交差する。
九条が、わずかに、頭を下げた。翔も、それに、応える。
言葉は、なかった。けれど、その一瞬で。二人は、互いが、ただ者ではないことを、悟っていた。
スタンドで、ひかりが、ごくり、と、息を呑んだ。
「……始まる。日本サッカーの、未来を背負う、二人の、10番の――最初の、激突が」
栞は、何も言わず。ただ、その、運命の瞬間を、ファインダーに、収めていた。
そして――
ピイイイッ――!!
運命の再戦を告げる、ホイッスルが、鳴り響いた。
次は今日の16:30に投稿します。
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