天才も、一人じゃ勝てない ~努力する少年の挑戦~   作:ささき2026

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第19話 全国という名の海 朝倉ひかり 九条蒼真 登場 挿絵あり

 

 

 全国大会は、夏に、開催される。

 

 その会場に足を踏み入れた瞬間、翔たちは、息を呑んだ。

 

 これまで戦ってきた、どのグラウンドとも、格が違った。青々と敷きつめられた天然芝。空を突くような、立派なスタンド。そして――全国各地を勝ち抜いてきた、猛者たちの、ぎらついた眼差し。

 

 その一人ひとりが、自分の地区では、頂点に立った、選ばれし者たちだった。

 

「……空気が、違う」

 

 橘晴斗が、ごくりと、喉を鳴らした。

 

 いつもは自信家の晴斗ですら、その、張りつめた空気に、完全に呑まれていた。

 

────────────────────────────

 

 スタンドの一角。

 

 カメラを構えた、一人の若い女性が、弾けるような笑顔で、レンズに向かって、話しかけていた。

 

「はいっ、みんなー! 元気ー!? 朝倉ひかりでーす! ついに来ました、全国大会!!」

 

 彼女――朝倉ひかりは、二十二歳。このクラブの、卒団生(OB)だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 大学で、スポーツジャーナリズムを学び、卒業後は、サッカー系YouTuberとして、活動している。登録者は、約十五万人。クラブへの恩返しにと、公認で、試合や練習を撮影し、その魅力を、全国に発信し続けていた。

 

「今日は、我らが天野川SCが、初の全国! しかもね、みんな……今年のチームには、"とんでもない子"がいるんですよ……!」

 

 ひかりが、カメラ越しに、にやり、と笑う。

 

 その隣に――見知った顔が、腰を下ろした。

 

「相変わらず、テンション高いわね、ひかり」

 

「あっ、栞!」

 

 新田栞だった。カメラではなく、ペンと手帳を手にした、その姿。

 

 ひかりと栞は、大学時代の、同級生だった。二人とも、スポーツジャーナリズムを志し、けれど――卒業後、選んだ道は、分かれた。

 

 栞は、新聞記者へ。言葉と、記録で、選手を伝える道を。

 

 ひかりは、YouTuberへ。映像と、熱量で、サッカーを広める道を。

 

 同じ夢の、違う形。それでも、二人は、今も、親友だった。

 

「栞も、来てたんだ。まさか……あの子の、取材?」

 

「ええ。3年生のときから、ずっと追ってる子。……ひかりも、狙いは同じでしょ」

 

「もっちろん!」

 

 ひかりが、ぐっと、こぶしを握る。

 

「あたしはね、あの才能を――全国のみんなに、"見せたい"の。栞は、"記録する"人。あたしは、"伝える"人。役割分担、ってやつ!」

 

「ふふ。ライバルじゃなくて、共犯者、ね」

 

 二人は、顔を見合わせて、笑った。

 

 スタンドの、別の場所には――ソフィアが、天野川家の人々と一緒に、応援に来ていた。

 

「翔ーー! 頑張ってーー!」

 

 その声に。ひかりの、鋭い目が、ふと、留まった。

 

(……あの子。金髪の子)

 

 ピッチを見つめる、ソフィアの目。それは、ただの応援では、なかった。選手の動きを、一つひとつ、真剣に、分析している。素人の目では、ない。

 

(サッカーを、深く知ってる子だ。……翔くんの周りには、面白い人が、集まってくるなぁ)

 

────────────────────────────

 

 ピイイイッ――!!

 

 キックオフの、ホイッスルが、夏空に、鳴り響いた。

 

 天野川SC、全国大会・初戦の、幕が上がる。

 

『きたーーっ!! 全国、初戦、キックオフ!!』

 

 ひかりのライブ配信が、熱を帯びる。

 

 最初の数分、翔は、あえて、動かなかった。ボールを受けても、堅実につなぎ、相手の動きを、ひたすら、観察する。

 

『……おや? 翔くん、今日は、静かですねぇ。でも、これ――"見てる"んです。相手の、クセを、全部!』

 

 数分で。翔は、相手の死角を、ほぼ、把握した。

 

 そして――前半十五分。

 

「晴斗、右!」

 

 翔が、晴斗を右サイドに張らせ、相手の守備を、片側へ、寄せる。その、がら空きになった逆サイドへ――

 

「今っ!!」

 

 ゼロステップ。

 

『――っ、来た来た来たぁぁっ!! ゼロステップ!! 抜いたぁぁっ!! 速い、速い、速すぎるぅっ!!』

 

『ここです、視聴者のみんな! 今のは、スピードじゃないんです! 最初の"一歩"! 相手の重心を、完全に外してる! だから、追いつけないっ!!』

 

 翔が、独走。そして、放たれる――

 

 レーザーショット。

 

 低く、鋭い弾道が、GKの反応を置き去りに、ゴール右隅へと、突き刺さった。

 

『ゴオオオォル!! 決めたぁぁっ!! 天野川翔ォーーッ!!』

 

【コメント欄】

「速すぎるだろ」

「小学生……?」

「鳥肌たった」

「なんだこの子」

 

「うおおおっ、コメント欄、大騒ぎ! そうだよね、びっくりするよね!!」

 

 ひかりが、カメラに向かって、叫ぶ。

 

 栞は、その隣で、静かに、ペンを走らせていた。熱狂を、映像で伝えるひかり。その熱を、言葉で、永遠に刻む、栞。

 

(……いい試合を、記録できる)

 

 栞の口元にも、微かな、笑みが浮かんだ。

 

────────────────────────────

 

 初戦は、快勝。二回戦、三回戦も、天野川SCは、勝ち上がっていった。

 

 翔は、毎試合、相手を観察し、死角を見つけ、そこを、突いた。

 

 だが。

 

「認めよう」

 

 栞の隣で、いつのまにか観戦していた、彼女の上司――編集長の小田切修が、腕を組んだ。

 

「あの10番は、本物だ。全国でも、通用している。……だが、次の相手は、別格だぞ」

 

 小田切が、トーナメント表に、目をやる。

 

 その先に、書かれていた名。

 

 全国最強クラブ。そして、その、心臓ともいえる、一人の選手。

 

 ――九条蒼真。

 

「……来た、か」

 

 ひかりの、いつも明るい声が、めずらしく、引き締まった。

 

「九条くん。……全国の、絶対王者。翔くん、次は――本物の、壁だよ」

 

────────────────────────────

 

 その夜。宿舎で、翔は、眠れずにいた。

 

 そこへ、静かに、扉が開いた。

 

「翔。眠れないのか」

 

 水城大和と――神谷蓮だった。二人は、6年生。このクラブの、絶対的な、支柱。

 

「……はい。明日の相手のことを、考えてて」

 

 蓮は、翔の隣に、腰を下ろした。そして、自分の手首に巻いた、あの、赤いリストバンドを、見つめた。

 

「翔。お前は、あの頃より、ずっと、強くなった。仲間を、見るようになった」

 

 蓮の声は、静かで、けれど、熱かった。

 

「でも、覚えておけ。明日の相手は、全国最強だ。お前が、どれだけ成長しても……勝てないことが、あるかもしれない」

 

「……」

 

「だがな」

 

 蓮が、翔の目を、まっすぐ、見た。

 

「負けることが、終わりじゃない。――負けて、何を、学ぶか。それが、お前を、"本物"に、するんだ」

 

 翔は、その言葉を。深く、深く、胸に、刻んだ。

 

────────────────────────────

 

 翌朝。

 

 全国大会、準々決勝。

 

 ピッチに、両チームが、整列する。

 

 翔は、相手チームの中に、一人の少年を、見つけた。

 

 背番号10。線の細い、優しげな顔立ち。けれど――その瞳の、奥に。静かで、深い、底知れぬ闘志が、宿っていた。

 

 九条蒼真。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 二人の、10番の視線が。ピッチの上で、交差する。

 

 九条が、わずかに、頭を下げた。翔も、それに、応える。

 

 言葉は、なかった。けれど、その一瞬で。二人は、互いが、ただ者ではないことを、悟っていた。

 

 スタンドで、ひかりが、ごくり、と、息を呑んだ。

 

「……始まる。日本サッカーの、未来を背負う、二人の、10番の――最初の、激突が」

 

 栞は、何も言わず。ただ、その、運命の瞬間を、ファインダーに、収めていた。

 

 そして――

 

 ピイイイッ――!!

 

 運命の再戦を告げる、ホイッスルが、鳴り響いた。

 

 

 




次は今日の16:30に投稿します。
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