天才も、一人じゃ勝てない ~努力する少年の挑戦~   作:ささき2026

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第20話 涙の意味

 

 

 試合前。ロッカールームに、張りつめた、静寂が、満ちていた。

 

 全国最強。その二文字の重みに、選手たちの表情は、硬い。

 

 そこへ、監督が、ゆっくりと、入ってきた。

 

 元日本代表監督。ワールドカップの惨敗を経て、育成に、人生を捧げてきた、名将。

 

「お前たち……いい顔で、緊張しているな」

 

 意外な、言葉。選手たちが、顔を上げる。

 

「相手は、全国最強だ。組織力では、おそらく、お前たちが、これまで戦った、どのチームよりも、上だろう。……正直に、言おう。今のお前たちが、まともにぶつかって、勝てる相手では、ないかもしれない」

 

 残酷な、事実。けれど、監督は、続けた。

 

「だが、私は――お前たちに、『勝て』とは、言わない」

 

「……っ」

 

「私が、言いたいのは、一つだけだ。――この試合で、"何を、学ぶか"。それを、常に、考えながら、戦え」

 

 監督は、自らの、信条を、口にした。

 

「勝つ前に、人として、成長しろ。……さあ、行け。胸を張って、戦ってこい。お前たちは、もう――私の、誇りだ」

 

 その言葉に。選手たちの目に、力が、宿った。

 

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 試合が、始まった。

 

『さあ、始まりました、準々決勝! 相手は、絶対王者……! 天野川SC、どこまで、やれるかっ!?』

 

 ひかりの実況が、走る。けれど、その声は、開始数分で――固く、なった。

 

 九条率いる、全国最強クラブの強さは、圧倒的だった。

 

 彼らのパス回しは、洗練され、無駄が、ない。一人がボールを持てば、二人、三人が、同時に、次の動きを、始める。まるで、全員が、一つの意志で、繋がっているかのように。

 

 その、中心に。九条蒼真が、いた。

 

『……見てください、この、九条くん。派手なプレーは、一つも、しない。なのに――彼が、ボールに触れるたびに、チーム全体が、"生き物"みたいに、動くんです……!』

 

 前半十分。

 

 九条の、たった一本の、スルーパス。それが、守備の、わずかな隙を、切り裂いた。

 

『……あっ! やられたぁっ! 先制点!! 0-1、天野川、先に、失点ォっ!』

 

【コメント欄】

「王者、強すぎ……」

「これは無理では?」

「翔、頑張れ!」

 

────────────────────────────

 

 翔も、負けては、いなかった。

 

『翔くん、仕掛ける! ゼロステップ、ファントムターン――一人、二人、抜いたぁっ!!』

 

 個人技では、全国最強を相手に、一歩も、引かない。何度も、決定機を、演出する。

 

 けれど――

 

「……っ」

 

 翔が、いくら個人技で、崩しても。その、先が、続かなかった。

 

 翔が、二人、三人と、引きつける。そこで、味方へ、パスを、出す。だが、その味方が、九条のチームの、組織的な守備に、すぐさま、囲まれてしまう。

 

『……あー! また、止められた! 翔くんが、せっかく崩したのに……! これ、翔くんの、問題じゃ、ないんです。相手の、"組織"が、鉄壁すぎる……!』

 

 頭の中の声が、痛いほど、明確に、その差を、突きつける。

 

 ――個人能力では、勝っている。だが、組織力で、負けている。

 

 それは。去年、オリエントに敗れたときと、同じ。けれど――もっと、深く、もっと、残酷な、形だった。

 

────────────────────────────

 

 ハーフタイム。0-2。

 

 うなだれる、選手たち。

 

「今、何が、起きているか。……わかる者は?」

 

 いつもの、監督の問い。翔が、手を、挙げた。

 

「九条のチームは、僕が崩した穴を……すぐに、埋めてきます。一人抜かれても、必ず、別の選手が、カバーに入る」

 

「では――どうすれば、いい?」

 

 その問いに。翔は、答えられなかった。

 

 監督は、静かに、言った。

 

「答えが、出ないか。……それで、いい。今のお前たちには、その答えは、まだ、ない。それが、現実だ。だからこそ――後半、全力で、ぶつかれ。負けるとしても、最後まで、戦う姿を、見せろ」

 

────────────────────────────

 

 後半。天野川SCは、最後の力を、振り絞った。

 

『後半二十分――翔くん、執念のドリブル! 何人抜くんだ、これぇっ!!』

 

 翔の、鬼気迫る突破から。ついに――

 

『決めたぁっ! 一点、返したぁっ!! 1-2ッ!! まだ、終わってないぞぉっ!!』

 

【コメント欄】

「うおおおお!」

「いける!」

「泣きそう」

 

「いけるっ……いけるよ、みんな!!」

 

 ひかりの声が、上ずる。

 

 けれど――そこまで、だった。

 

 九条のチームは、一点を返されても、決して、崩れなかった。冷静に、組織を立て直し、確実に、試合を、支配する。

 

 そして――後半、終了間際。

 

 九条の、芸術的な、パスワーク。

 

『……あっ、これは……止められない――ゴールっ……! ダメ押し、三点目……1-3……』

 

 ひかりの声が、消え入りそうに、なった。

 

 ピイイイッ――!!

 

 試合終了の、ホイッスル。

 

 天野川SCの、全国大会は――ベスト8で、幕を、閉じた。

 

────────────────────────────

 

 ピッチに。翔は、立ち尽くしていた。

 

 全力を、尽くした。個人技では、全国最強を相手に、通用した。それでも――勝て、なかった。

 

 その、事実が。これまでの、どんな敗北よりも、深く、翔の胸を、抉った。

 

 ――ぽたり。

 

 翔の目から。涙が、こぼれ落ちた。

 

 去年も、流した、悔し涙。けれど、今回の涙は。もっと、熱く。もっと、深かった。

 

 その、涙を。

 

 スタンドから、ひかりの、カメラが、捉えていた。

 

 けれど――ひかりは。もう、実況を、していなかった。

 

 カメラを構えたまま。彼女自身の頬にも、涙が、伝っていた。

 

「……悔しいよね。翔くん。……すっごく、悔しいよね」

 

 配信の、コメント欄も。

 

【コメント欄】

「泣いた」

「翔、よく頑張った」

「胸が熱い」

「絶対また上がってこい」

 

 いつのまにか、応援の言葉で、埋め尽くされていた。

 

 その隣で、栞は。カメラも、ペンも、止めて。ただ、じっと、ピッチの翔を、見つめていた。

 

(……この涙を。私は、忘れない。あなたが、いつか、この涙を、笑顔に変える日まで。……私が、記録し続ける)

 

────────────────────────────

 

 そのとき。

 

 一人の少年が、翔の前に、歩み寄ってきた。

 

 九条蒼真だった。

 

 九条は、静かに――翔に、手を、差し出した。

 

 翔は、涙を、拭い。その手を、握り返した。

 

「君は、強い」

 

 九条の声は、穏やかだった。

 

「君の、個人能力は。僕が、今まで戦ってきた、誰よりも……上だ。正直――怖かった」

 

「……でも。勝ったのは、君だ」

 

 翔が、絞り出すように、言った。

 

 九条は、わずかに、微笑んだ。

 

「うん。でも――それは、僕が、強いからじゃ、ない。僕の、"チーム"が、強いからだ」

 

 九条は、自分の、仲間たちを、見渡した。

 

「サッカーは――一人では、勝てない。君は、強い。でも……まだ、それを、本当の意味では、わかっていないんじゃ、ないか」

 

 その言葉は。翔の、心の、一番深いところに――突き刺さった。

 

「また、どこかで」

 

 九条は、背を、向けた。

 

「次は――君が、"チームで、勝てる"ように、なったとき。もう一度、戦おう」

 

 そう言い残し。九条は、去っていった。

 

 翔は、その背中を。涙の滲む目で。いつまでも、見送っていた。

 

────────────────────────────

 

 ロッカールームで。監督が、選手たちの前に、立った。

 

「翔。……お前、今、泣いているな」

 

「……はい」

 

「拭うな。――その涙を、よく、覚えておけ」

 

 監督は、全員を、見渡した。

 

「その涙は。お前たちが、"本気で戦った"、証だ。本気で、勝ちたかったから、悔しい。本気で、仲間と、勝ちたかったから――泣ける」

 

 その言葉が。少年たちの心に、静かに、染み込んでいく。

 

「今日、お前たちは……何を、学んだ?」

 

 翔が。涙を、こらえながら――答えた。

 

「……一人では、勝てない、ということ。本当の意味で、"チーム"で、戦わないと……勝てない、ということ」

 

 監督は、深く、深く、頷いた。

 

「それが。お前が、今日、流した涙の――意味だ」

 

 監督の声が、熱を、帯びた。

 

「勝つ前に、人として、成長しろ。……今日、お前たちは、負けた。だが――人として、確かに、成長した。この悔しさを、知ったお前たちは。昨日のお前たちより――間違いなく、強い」

 

 そして、監督は、締めくくった。

 

「この涙を、忘れるな。そして、次は――"チームで"、勝て。それが、お前たちの……これからの、課題だ」

 

 その言葉は。敗北に、うなだれる、少年たちの胸に。新しい、目標の火を――灯した。

 

────────────────────────────

 

 スタンドでは。ソフィアが、涙を流しながら、ピッチの翔を、見つめていた。

 

 けれど――その瞳の奥には。悲しみだけでは、ない。強い、強い、決意が、宿っていた。

 

(翔は……誰よりも、スタミナがある。でも、味方は、そうじゃない。翔一人が、いくら走っても……チーム全体が、ついていけない。……個人技は、世界レベル。でも、"チームを勝たせる方法"を――まだ、持っていない)

 

 ソフィアの、分析者としての頭脳が。フル回転していた。

 

(でも――翔なら。翔なら、その壁を……越えられる)

 

 彼女の脳裏に。家で読んでいる、サッカー漫画や、バスケ漫画から着想を得た、いくつかの「技」が――浮かび、始めていた。

 

(翔なら……あの技を。現実に、できるかもしれない)

 

 ソフィアの中で。翔を、次の段階へと導く、"計画"が。静かに――動き出していた。

 

 ――涙は、終わりじゃない。

 

 この、悔し涙こそが。天野川翔を、次のステージへと、押し上げる。

 

 その、始まりの、涙だった。

 




いつもありがとうございます。
続きは明日の11:30に投稿します。
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