天才も、一人じゃ勝てない ~努力する少年の挑戦~ 作:ささき2026
次の、特訓の日。
ソフィアは、いつもより、明らかに、気合いが、入っていた。
「翔! 今日は、いよいよ――新しい技を、教えるからね! あなたのレーザーショット、すごく速くて、鋭いでしょ。でも――速いシュートは。正面から、飛んでくれば、いいGKなら、止められる。だから――発想を、変えるの。ゴールを、直接、狙わない」
「狙わない?」
「ポストや、相手の足に――わざと、当てる。跳ね返ってきたボールを、味方が、拾って。もう一度、シュートする」
翔は、その理屈を、頭の中で、組み立てた。
――直接狙えば、GKが、対応できる。でも、跳ね返りなら、GKは、一度、態勢を崩している。そこに、二の矢、三の矢を、放てば……防ぎきれない。
「合理的だ」
翔が、淡々と、そう言った、その瞬間。
ソフィアが――待ってました、とばかりに。ぐっと、拳を、握りしめた。
「でしょう!? そして、この技には――"最高の名前"が、あるの!」
ソフィアは、すっ、と、一歩、下がった。
夕陽を、背に。芝居がかった仕草で、胸に、手を当てる。
声に――ありったけの、情感を、込めて。
「一五七五年……長篠の、戦い」
(……始まった)
「織田信長は、三千挺の、鉄砲を、三列に、並べ……絶え間なく、弾を、撃ち続け! 無敵と謳われた、武田の、騎馬隊を――打ち破った……!! 撃って、下がり、次が、撃つ。途切れぬ、連射こそが……鉄壁を、崩す!!」
夕陽を浴びて。ソフィアの瞳は――完全に、潤んでいた。歴史のロマンに、心の底から、酔いしれていた。
「その名も――」
彼女は、ばっ、と、手を、掲げた。
「"種子島、三段撃ち"ぃっ!!」
決まった。……という、顔だった。
────────────────────────────
翔は。
しばらく、黙っていた。
ソフィアの、渾身の決めゼリフの余韻が――黄昏の公園に、静かに、漂う。
そして。翔は――真顔のまま。口を、開いた。
「……三段、撃つの?」
ソフィアの、満面の笑みが。ぴしり、と、固まった。
「……え?」
「一回じゃ、なくて。三回、撃つってこと?」
翔の関心は。ネーミングのロマンには――一ミリも、向いていなかった。
ただ、淡々と。技の、"仕様"を、確認していた。
ソフィアは。こめかみが、ぴくり、と、引きつるのを、感じた。
(そこ……!? 長篠の戦いは……!? 信長は……!?)
けれど――ここで、引くわけには、いかなかった。彼女は、決死の覚悟で、武将トークを、続行した。
「そ、そう! 一の矢、二の矢、三の矢! 信長の、鉄砲隊のように! 途切れなく――」
「一の矢が、僕のレーザーショット。二の矢と、三の矢は、味方が、拾って、撃つ。……でも」
翔が、地面を見つめ、考え込む。
「ポストに当てる、角度の、再現性が、問題だ。毎回、同じ場所に、跳ね返らせるのは、難しい。……あと、相手の足に、当てる場合。意図的に、ぶつけたと、判断されると――反則を、取られる可能性がある」
――と。
ソフィアは、心の中で。深く、深く、頷いた。
(……それ。実は、私が、一番、気にしてたこと)
「……翔。それ、私も、同じこと、考えてた。だから――相手の足に当てるのは、あくまで、自然な流れの中で。狙って、当てに行くんじゃ、なくて。シュートコースに、相手がいたら、あえて、強く蹴り込んで、跳ね返りを、拾う。……危険なプレーには、しない」
「それなら、現実的だ」
翔は、ようやく、納得したように、頷いた。
そして――ぽつり、と、付け加えた。
「種子島三段撃ち、っていう名前は……長いから。試合中、味方に、伝わるかな」
ソフィアは。
とうとう――がくっ、と。膝から、崩れ落ちそうに、なった。
(そこを、気にするの……!? 私の、渾身の、命名が……!)
けれど、翔は。いたって、真剣だった。茶化しているわけでは、ない。本気で、実戦での、運用を――心配していた。
……二人とも、終始、大真面目だった。
だからこそ。その、決定的に噛み合わない温度差が――黄昏の公園に。なんとも言えない、可笑しみを、残していた。
「……わかった。試合中は――『三段撃ち』だけで、いいから」
ソフィアは。半ば、諦めたように。けれど、どこか、可笑しそうに――そう、言った。
────────────────────────────
名前の温度差は、さておき。特訓そのものは――真剣だった。
翔は、ゴール脇のポストを、目標に。レーザーショットを、叩き込んでいく。
最初は、跳ね返りの方向が、まるで、安定しなかった。数センチ、当たる位置が違うだけで、跳ね返りは、まったく別の方向へ、飛んでいく。
ソフィアは、膝のために、激しくは、動けない。けれど――跳ね返りの、軌道を、見極め、修正点を、伝える。その役割は、彼女にしか、できなかった。
「翔! 今のは、ポストの、少し内側に、当たった。だから、ゴール前の、中央に、跳ね返った。狙うなら――そこ!」
何百本と、蹴るうちに。翔の中で、跳ね返りの、"法則"が、見えてきた。
それは。翔の、分析力と。母譲りの、正確な、ボールコントロールが――噛み合って、初めて、可能になる。繊細な、繊細な、技術だった。
────────────────────────────
クラブの練習で。翔は、種子島三段撃ちを――チームメイトと、試し始めた。
「みんな、聞いてくれ。僕が、わざと、ポストに、シュートを当てる。跳ね返りを、二人目、三人目が、拾って、押し込む。跳ね返りの位置は――僕が、計算する。蒼は、ここ。晴斗は、ここに、走り込んでくれ」
これまでの翔なら。自分の頭の中だけで、完結させていた。けれど、今は――自分の計算を、味方に、共有し。味方を、その位置へと、走らせていた。
そして――ある、一本。
翔が、ポストに、狙い澄ました、レーザーショットを、叩き込んだ。
ズガンッ!!
ボールが、ポストの内側に当たり、ゴール前の中央へ、鋭く、跳ね返る。
そこに――森本蒼が、走り込んでいた。
蒼が、押し込もうと、する。だが――GKが、反応! 蒼のシュートは、弾かれた。
その、弾かれたボールの、先に――
「もらったぁっ!!」
橘晴斗が、いた。
晴斗が、三の矢を――ゴールへ、突き刺した。
ゴール。
一の矢。二の矢。三の矢。
途切れない、連射が――ついに、ゴールを、こじ開けた。
「決まった……!」
蒼と、晴斗が、ハイタッチを、交わす。
翔も、静かに、手応えを、感じていた。
(これが――三段撃ち。僕一人じゃ、絶対に、決められなかった、ゴールだ)
ベンチで見ていた、監督が――小さく、唸った。
(また、新しい形を、持ってきたか。……あの子は、こうやって。一人で勝つ選手から、"チームで勝つ選手"へと――変わっていく)
────────────────────────────
その夜。翔は、ソフィアに、三段撃ちが決まったことを、報告した。
電話の向こうで、ソフィアは――飛び上がって、喜んだ。
「やった!! ついに、決まったのね!! どうだった、長篠の――」
「蒼と、晴斗が、決めてくれた。二人とも、すごく、喜んでた」
翔は――ソフィアの「長篠の」を、また、さらっと、素通りした。
ソフィアは、電話の向こうで、苦笑した。
(この子……ほんとに。ロマンには、興味ないんだから。……でも)
その、噛み合わなさが。なぜか――嫌では、なかった。むしろ、翔らしくて、可笑しくて――愛おしかった。
「翔。私、これからも――あなたに、技を、教えるね。漫画や、アニメや……本物の選手の技、いっぱい、知ってるから。あなたなら、きっと、全部――現実に、できる。……ただし!」
ソフィアの声が、いたずらっぽく、なった。
「分身したり、ボールから、炎が出たりする技は――無理だからね! あれは、漫画の中、だけ!」
翔は。真顔で、答えた。
「当たり前だ。物理的に、不可能だ」
ソフィアは。電話の向こうで――ぷっ、と、吹き出した。
「あはは! ……だよね! 翔なら、そう言うと思った!」
世界を知る少女が、ロマンを込めて、技を、名づけ。世界一を目指す少年が――それを、淡々と、現実に、変えていく。
その、繰り返しが。これから先も――翔を、高みへと、導いていく。
────────────────────────────
風林火山。種子島三段撃ち。
ソフィアが、翔に、授けた、二つの技。それは、どちらも――"チームで、勝つ"ための、技だった。
全国大会で、九条蒼真に、突きつけられた――「一人では、勝てない」という、現実。
その答えへと向かう、道を。ソフィアは、"技"という、形で。翔に、示してくれた。
(来年は……6年生だ)
ふと、翔の胸に――寂しさが、よぎった。
(蓮さんと、大和。二人は――今年で、卒業する)
翔が、3年生のときから。ずっと、そばで、支えてくれた。エースと、親友。
その二人との、最後の時間が――もう、すぐ、そこまで、来ていた。
そして。その、別れの日に。
蓮が、翔に――"あるもの"を、託すことに、なる。
背番号10の――リストバンドを。
次は今日の16:30に投稿します。