それは、ライーザ・ディスカビルが4歳の誕生日を迎えた日のことだった。
ディスカビル家の屋敷では、誕生日は決して祝福の日ではない。
将来、家の一員として生きていくための節目。
そして、生き残るための競争へ足を踏み入れる最初の日だった。
長い食卓には父親と母親、そして異母兄弟姉妹達が並んでいる。
十数人から数十人。
年齢も性格も違う兄弟達。
だが共通していることが一つだけあった。
全員が競争相手であることだ。
「4歳になったな」
父親がそう言った。
低く、感情を感じさせない声だった。
「今日から本格的な教育を始める」
「はい、お父様」
ライーザは素直に頷いた。
それが正解だと知っていたからだ。
逆らう理由もない。
少なくとも、この時のライーザには。
食事を終えた後、彼女は自室へ戻った。
窓から差し込む春の日差しが床を照らしている。
静かな午後だった。
そして。
その瞬間だった。
「――っ!?」
頭の中に激しい痛みが走った。
まるで何かが無理やり流し込まれるような感覚。
視界が揺れる。
呼吸が乱れる。
幼い身体が耐え切れず、その場に膝をついた。
「な……に……」
知らない記憶。
知らない景色。
知らない人生。
だが、それは確かに自分のものだった。
学校。
電車。
テレビ。
インターネット。
スマートフォン。
魔法とは無縁の世界。
そして。
映画。
小説。
その中にあった一つの作品。
『ハリー・ポッター』
その名前を思い出した瞬間、ライーザの顔から血の気が引いた。
「嘘……でしょう……?」
震える声が漏れる。
幼い身体の中に、二つの人生が重なっていた。
ライーザ・ディスカビルとしての四年間。
そして前世の記憶。
混乱する頭を必死に整理する。
ここはどこだ。
私は誰だ。
何が起きた。
数十分かけて記憶を整理した結果。
たどり着いた結論は一つだった。
「転生……したの……?」
誰に聞かせるでもなく呟く。
否定する材料は無かった。
むしろ状況証拠は揃い過ぎていた。
魔法が存在する世界。
純血の魔法族。
英国。
そしてディスカビル家。
原作には存在しない名前だが、それは不思議ではない。
ハリー・ポッターの世界には描写されていない家系など無数に存在する。
問題はそこではない。
「今……何年……?」
ライーザは机の上に置かれた新聞へ目を向けた。
まだ幼いながらも文字は読める。
読み書きは既に教育されていた。
日付を確認する。
1958年4月28日。それが、今日の日付だった。
「1958年……」
ハリー達が生まれるよりもずっと前。
ヴォルデモートが力を蓄えている時代。
第一次魔法戦争すら始まっていない。
しかし。
確実に近付いている時代。
ライーザは思わず額を押さえた。
原作を知っている。
だからこそ分かる。
これから先、どれほど多くの人間が死ぬのか。
どれほど多くの悲劇が起こるのか。
どれほど多くの失敗が積み重なるのか。
知ってしまっている。
だからこそ。
「……考えろ」
四歳の少女とは思えない声で呟いた。
「まずは状況確認」
感情的になるな。
焦るな。
まだ20年以上ある。
今はハリーも生まれていない。
ジェームズもシリウスもまだ子供だ。
何も始まっていない。
逆に言えば。
今しかない。
未来を変えるための時間は。
まだ残されている。
ライーザはゆっくり立ち上がった。
窓の外では、ディスカビル家の広大な庭が広がっている。
そこで訓練を受けている年長の兄弟達の姿が見えた。
競争。
実力主義。
敗者は脱落する世界。
そんな環境に生まれてしまった。
だが。
それでも。
「せっかく知っているんだ」
窓の外を見つめながら呟く。
「出来ることは全部やる」
その言葉は誰にも聞かれていなかった。
しかし。
後に『黎明の魔女』と呼ばれることになる少女の、最初の決意だった。
*
前世の記憶を取り戻してから数日。
ライーザは1つの仮説を立てていた。
「(魔力暴発……)」
魔法使いの子供は、ホグワーツへ入学する以前から無意識に魔法を使う。
驚けば物が飛ぶ。
怒ればガラスが割れる。
恐怖を覚えれば思いもよらぬ現象が起きる。
それを魔力暴発と呼ぶことを、ライーザは知っていた。
「(暴発っていうくらいだから、みんな事故だと思ってる)」
しかし、前世の知識と今の自分の感覚を照らし合わせると、一つだけ違和感があった。
魔法が完全に無から生まれているわけではない。
身体の奥底から何かが湧き上がり、それが外へ溢れ出している。
その感覚だけは、はっきりと分かるのだ。
「(だったら……)」
ベッドに腰掛け、小さな掌を見つめる。
「(溢れる前に、自分で動かせたら?)」
魔法は杖を振り、呪文を唱えるもの。
それが魔法界の常識。
だが、暴発には杖も呪文も存在しない。
つまり。
「(最初から魔力そのものは、杖も呪文もなく動いている)」
ならば必要なのは、暴発を恐れることではない。
暴発する直前の感覚を覚えること。
それだけだった。
ライーザは深く息を吐いた。
4歳児の身体では集中力にも限界がある。
だから一度に長時間はやらない。
1日に数分だけ。
毎日欠かさず。
それを繰り返す。
目を閉じ、身体の内側へ意識を向ける。
焦るな。
力むな。
ただ感じ取れ。
胸の奥。
腹の底。
血管を巡るような温かさ。
「…………」
何も起きない。
十分ほど経ち、集中が途切れた。
それでも落胆はしなかった。
「(一日目だ。当然)」
翌日も。
その翌日も。
何も起こらない。
それでもライーザは続けた。
来る日も来る日も、自室で一人。
魔力の流れへ意識を向ける。
家族に知られるわけにはいかなかった。
ディスカビル家は実力主義だ。
優れた才能を見せれば評価される。
しかし、それ以上に「なぜそんなことができるのか」を追及される。
前世の記憶など説明できるはずもない。
だから、この訓練だけは誰にも見せない。
それがライーザの決めた最初の秘密だった。
数週間後。
集中を続けていたライーザは、不意に身体の奥で小さな揺らぎを感じた。
「(今……!)」
反射的に意識を向ける。
ふわり、と机の上に置かれていた紙が数枚だけ浮き上がった。
ほんの数センチ。
次の瞬間には、ひらひらと床へ落ちる。
「……できた」
成功とは到底言えない。
魔法と呼ぶにはあまりにも小さな現象だった。
それでも。
偶然ではなかった。
自分の意思で魔力へ触れようとした結果、生まれた最初の変化。
ライーザは床に落ちた紙を拾い上げ、小さく笑う。
「少しずつでいい」
誰に教わるでもなく。
誰にも気付かれることなく。
ライーザ・ディスカビルは、未来へ向けた最初の鍛錬を静かに積み重ね始めていた。
*
ある日の夕食後。
「お父様」
ライーザが静かに口を開くと、食卓にいた兄弟達の視線が一斉に集まった。
父は食後の紅茶へ手を伸ばしながら、娘へ目を向ける。
「何だ」
「本が欲しいです」
兄弟の1人が小さく鼻で笑う。
「四歳児が本?」
「絵本でも読ませてもらうのか?」
からかうような声。
ライーザは気にも留めなかった。
「どんな本だ」
「魔法界の歴史です。それと古典、言語に関する本も」
一瞬だけ、食卓が静まり返る。
4歳児の口から出るとは思えない要求だった。
父は表情一つ変えず問い返す。
「理由は」
「魔法を使うだけでは、魔法使いとして半人前だと思ったからです」
用意していた答えを、そのまま口にする。
「昔の魔法使いが何を考え、どんな失敗をし、どんな知識を残したのか。それを知らずに新しいことだけ学ぶのは、もったいないと思います」
もちろん、本音は違う。
前世の知識がある以上、ホグワーツで習う内容の一部は先取りできる。
古代ルーン文字も、その存在を知っている。
将来どこかで役に立つ可能性が高い。
だが、それを説明するわけにはいかなかった。
父はライーザをじっと見つめる。
試すような沈黙。
やがて一言だけ告げた。
「よかろう」
「ありがとうございます」
「ただし」
父はティーカップを置いた。
「買い与えた本を飾りにするようなら、それ以降は一冊も与えん」
「承知しております」
その返答に嘘はない。
数日後。
ライーザの部屋へ何冊もの本が運び込まれた。
『ホグワーツ、1000年の歴史』
『近代魔法史概論』
『古代ルーン文字入門』
『英国魔法族史』
積み上げられた本を見上げ、ライーザは思わず息を呑む。
「(……本当に買ってくれた)」
実力主義の家だからこそ、努力するための環境は惜しまない。
結果さえ出せばいい。
父らしい判断だった。
ライーザは最初の一冊を手に取る。
『ホグワーツ、1000年の歴史』
ハリーの時代には、おそらくほとんどの生徒が流し読み程度しかしなかった本。
しかし今のライーザにとっては違う。
「「「(前世では「知っているつもり」だった)」
映画や原作で描かれた出来事だけが、ハリー・ポッターの世界ではない。
千年以上積み重ねられた歴史。
教科書には載らない魔法使い達の営み。
その積み重ねがあってこそ、現在の魔法界がある。
「まずは基礎から」
ページをめくる。
次の日も。
そのまた次の日も。
魔力制御の鍛錬を終えれば、本を開く。
古代ルーン文字では、1文字ごとの意味を書き写しながら覚えていく。
歴史書では、年代と出来事だけではなく、その背景まで考えながら読む。
派手さはない。
目覚ましい成果もない。
それでもライーザは知っていた。
知識は、一度身に付ければ誰にも奪われない。
だからこそ、幼い今だからできることを、一つずつ積み重ねていくのだった。
*
歳月は、静かに流れていった。
ライーザの日課は、この7年間ほとんど変わらなかった。
朝は身体を動かすことから始まる。
前世で知っていたストレッチを基礎に、柔軟性を養い、体幹を鍛える。
最初は幼い身体ゆえ思うように動かなかったが、無理はしない。
毎日少しずつ。
継続だけを意識する。
魔法使いであっても身体は資本だ。
走る体力も、踏ん張る脚力も、咄嗟に身をかわす反射も、最後は鍛錬が物を言う。
派手な筋力ではなく、しなやかに動ける身体。
それがライーザの目標だった。
部屋へ戻れば、魔力制御の鍛錬。
未成年魔法の暴発を利用しながら、少しでも自分の意思で魔力へ干渉する感覚を掴む。
何百回と失敗を繰り返し、それでも積み重ねる。
焦りはなかった。
1年後にできることを、1週間で身に付けようとは思わない。
10年先を見据えて、一歩ずつ。
夜になれば本を開く。
魔法史。
古代ルーン文字。
魔法界の古典。
読み終えた本は何度も読み返し、重要と思った箇所は自分なりに整理していく。
古代ルーン文字も、最初は記号の羅列にしか見えなかった。
しかし意味を覚え、由来を調べ、他の文献と照らし合わせるうちに、一つの言語として理解できるようになっていく。
流行りの呪文を作りたいわけではない。
古代の知識を誇示したいわけでもない。
知っていることで、いつか誰かの残した記録を正確に読み解ける日が来るかもしれない。
その程度の理由で十分だった。
そんな日々を積み重ねるうちに、ライーザは十一歳になっていた。
ホグワーツからの入学許可証が届き、父から一言だけ告げられる。
「明日、必要な物を揃えに行く」
「はい、お父様」
翌日。
ロンドンの喧騒を抜け、魔法使いだけが行き交う通りへ足を踏み入れる。
何軒もの店を回り、最後に辿り着いたのは、年季の入った杖屋だった。
店内には天井まで届く棚が並び、無数の杖箱が積み上げられている。
奥から現れたオリバンダーが、ライーザを見て穏やかに微笑んだ。
「ようこそ」
年老いた職人の瞳が、一瞬でライーザを見抜くように細められる。
「初めての杖ですね」
「はい」
腕の長さや指先を丁寧に測られ、いくつかの杖が差し出される。
1つ目。
何も起きない。
2つ目。
ほんの少しだけ火花が散った。
3つ目。
違和感が残る。
オリバンダーは「ふむ」と小さく頷き、さらに奥から一本の箱を持ってきた。
「では、こちらを。ブナとユニコーンの鬣」
ライーザは静かに杖を受け取る。
黒褐色の木肌は派手な装飾もなく、手へ吸い付くように馴染んだ。
恐る恐る振ってみる。
次の瞬間。
杖先から淡い銀色の光が音もなく広がり、店内をふわりと照らした。
激しい爆発でもない。
眩い閃光でもない。
春の朝日を思わせる、柔らかな輝きだった。
オリバンダーは満足そうに笑みを浮かべる。
「決まりましたね」
ライーザは手の中の杖を見つめる。
初めて手にしたはずなのに、不思議と違和感がない。
まるで長い時間をかけて、お互いを待っていたような感覚。
「これからよろしく」
小さく呟くと、杖先の光が応えるように一度だけ揺れた。
ホグワーツ入学まで、あとわずか。
少女は静かに胸の内で決意を新たにする。
知識も、鍛錬も、覚悟も。
積み重ねてきた11年間を携え、ライーザ・ディスカビルはホグワーツへの第1歩を踏み出そうとしていた。
主人公名:ライーザ・ディスカビル
イメージCV:松本梨香(20代まで:沼倉愛美)
転生時期:1958年4月28日
生年月日:1954年4月28日
所属寮:スリザリン 家系:ディスカビル家は純血主義ではなく、徹底的な実力主義。自分達が強くなるなら、マグル由来のものを積極的に取り入れる。ホグワーツ入学前は必ずプライマリースクールに通わせ、成人したら強い後継者を残す為に十数人、場合によっては数十人いる事もザラな兄弟同士で1人になるまで殺し合せる。余談だがライーザは卒業後は実家に戻ってないから兄弟同士の殺し合いはやってない。後継者争いに勝ったのは父の妾が母親な異母兄フランクリン。しかしライーザ始め、後継者争いに乗り気でない他の兄弟へは遠く英語圏の国やマグル界側へ渡るならどうこうするつもりは無しなスタンスだから、ノータッチ
原作との関わり:学年的にはルシウスと同学年。ライーザとして、そして転生者としての視点で第1次魔法戦争の展開を見ていく 前日談として担う役割:どうにか原作と乖離しすぎない程度に展開を良くできないかアプローチをするが、歴史の修正力や運命力の前ではどうならない事実をこれでもかと突き付けられる。だが、それは決して無意味ではなかった。この後の未来でその成果が、ライーザが後見人を担当する本命作品の主人公【境界の彷徨者】たる二つ名で呼ばれるルーカス・アシュフォードが、ハリー・ポッターと共に活躍する1990年代にて開花する