休日の昼下がり。
ライーザは気分転換も兼ねて、ホグワーツ城の外をゆっくりと散歩していた。
湖面を渡る風は穏やかで、水辺には柔らかな陽光が降り注いでいる。
ふと、賑やかな声が耳へ届いた。
「やめろよ!」
「ははっ、そんな顔するなって!」
聞き覚えのない少年達の笑い声。
続いて少女の怒鳴り声が響く。
「やめなさいよ!」
ライーザは足を止め、声のする方へ視線を向けた。
湖畔の開けた場所。
そこでは5人の一年生が向かい合っていた。
黒髪の少年を、4人の少年達が取り囲んでいる。
赤毛の少女が、その間へ割って入ろうとしていた。
「だから言ってるだろ」
眼鏡を掛けた少年――ジェームズが、不満そうに肩を竦める。
「俺達は例のあの人に連なる闇の魔法使いを退治してるだけさ」
リリーの表情が険しくなる。
「退治?」
「前に見たんだ」
ジェームズは黒髪の少年を指差した。
「こいつ、マグル生まれのハッフルパフとレイブンクローの同級生相手に闇の魔術で威圧してた」
その場の空気が一気に張り詰める。
「しかも、『ホグワーツに相応しくない下等動物ども』なんて面と向かって言ってた」
ジェームズは真っ直ぐセブルスを見る。
「俺達がやってるのは正義だ」
リリーは勢いよくセブルスへ向き直った。
「……本当なの?」
問い掛ける声は震えていた。
「セブ、本当にそんなこと言ったの?」
セブルスは唇を噛み締めたまま、顔を逸らす。
否定しない。
その沈黙だけで十分だった。
リリーの表情から怒りと失望が入り混じった色が浮かぶ。
その一方で、ジェームズ達もなお挑発的な視線を向け続けていた。
「(駄目ね)」
ライーザは小さく息を吐く。
「(このままじゃ収拾がつかない)」
魔法は使わない。
使う必要もない。
1歩踏み出すだけで良かった。
「え?」
最初に反応したのはリーマスだった。
気付いた時には、ライーザの身体が目の前まで迫っている。
腕を軽く取られ、重心を崩された。
「わっ――!」
そのまま芝生へ転がされる。
受け身を取れる程度に力は抜かれていた。
「なっ!?」
続いてシリウスが反応するより早く、足を払われる。
体勢を崩したところを肩で支えられ、そのまま地面へ寝かされた。
「くっ!」
ピーターが慌てて飛び退こうとした瞬間。
腕を取られ、軽く引かれただけで尻餅をつく。
痛みはない。
ただ、立ち上がる隙がなかった。
「何だお前!」
ジェームズが咄嗟に拳を振るう。
ライーザは半歩だけ身体を開き、その腕を流す。
次の瞬間。
「うわっ!」
綺麗な一本背負いが決まり、ジェームズの身体が宙を舞った。
勢いは殺されている。
芝生へ転がった本人も、驚いた顔で目を瞬かせるばかりだった。
最後に残ったセブルスは反射的に身構えた。
しかしライーザは拳を振るわない。
距離を詰めると、その腕を軽く制して体勢を崩し、無理なく地面へ押さえ込む。
「……これで終わり」
わずか数十秒。
魔法を一切使わず。
リリーを除く5人全員が、芝生の上で身動きを封じられていた。
湖畔には静寂が戻る。
リリーだけが呆然と立ち尽くし、ライーザと倒れた5人を交互に見つめていた。
*
芝生へ座り込んだ5人を見回し、ライーザは静かに息をついた。
「さて」
その一言だけで、その場の全員が自然と姿勢を正す。
まず視線を向けたのは、ジェームズ達4人だった。
「事情は分かったわ」
穏やかな口調だった。
だからこそ、余計に耳へ入る。
「マグル生まれの子達が被害を受けたことも。その子達を思って行動したことも」
ジェームズは黙ったまま頷く。
「でも」
ライーザの声が少しだけ厳しくなる。
「これはやり過ぎ」
4人とも言い返さない。
「相手が間違っているからといって、自分達だけで裁いていい理由にはならない」
ライーザは1人1人の顔を見渡した。
「教師に相談する」
「必要なら寮監の先生へ話す」
「校長先生の判断を仰ぐ」
「そういう手段だってあるでしょう?」
リーマスが申し訳なさそうに目を伏せる。
シリウスも腕を組んだまま何も言わない。
「正義感を持つことは悪くない」
ライーザは続けた。
「でも、その正義感が暴走したら、今度は貴方達が誰かを傷付ける側になる」
ジェームズは拳を握り締め、小さく俯いた。
「……はい」
短い返事だった。
「少しは自重しなさい」
「それと、自分達だけで解決しようとしないこと」
「教師達の力も借りながら解決する方法を考えなさい」
4人は顔を見合わせる。
やがてジェームズが代表するように口を開いた。
「……分かった」
ライーザは小さく頷く。
今度は身体の向きを変えた。
「セブルス」
名前を呼ばれた瞬間だった。
先程まで、どこか勝ち誇ったような表情を浮かべていたセブルスの笑みが固まる。
ライーザが自分を見る。
それだけで空気が変わった。
「え……?」
一睨み。
それだけでセブルスは思わず息を呑んだ。
「その顔」
ライーザは静かに言う。
「自分だけ怒られないと思っていたでしょう」
「ち、違――」
「違わない」
ぴしゃりと遮る。
「貴方も」
一歩近付く。
「立派に説教される側」
セブルスは完全に面食らっていた。
「(何でだ)」
「(僕は被害者なのに)」
そんな思いが顔へそのまま出ている。
「貴方がマグル生まれの子達へ闇の魔術で威圧したこと」
「『ホグワーツに相応しくない下等動物』と言ったこと」
「否定しなかったわね」
セブルスは唇を噛む。
「その魔法至上主義」
「その血統で人を見下す考え」
ライーザの声に迷いはなかった。
「今のうちに矯正しなさい」
セブルスが顔を上げる。
「そのままだと」
ライーザは真っ直ぐ彼を見る。
「いつか取り返しのつかないやらかしをする」
その言葉は、ライーザ自身の未来を知るが故の警告だった。
だが。
セブルスには伝わらない。
「(何で……)」
理解できなかった。
目の前にいるのはスリザリンの7年生。
しかもクィディッチキャプテン。
当然、自分の味方をしてくれると思っていた。
少なくともルシウスなら、まず自分を擁護してくれる。
そう信じていた。
なのに。
ライーザは違った。
マローダーズも叱る。
そして自分も叱る。
「(理解する気がないんだ)」
セブルスの胸の中で、その結論だけが膨らんでいく。
「(ルシウス先輩と違って……)」
「(この人は僕を理解する気なんてない)」
ライーザは、そんなセブルスの表情を静かに見つめた。
何を考えているか、おおよその見当はつく。
「(……余計な方向へ受け取ったわね)」
本当なら。
どうすればいいのか。
何を改めればいいのか。
相談してくれれば、いくらでも話すつもりだった。
だが、その言葉は飲み込む。
今この場で続けても、感情的になっているセブルスの耳には届かない。
ライーザは小さく息を吐き、六人へ視線を巡らせた。
「今日はここまで」
「全員、一度頭を冷やしてきなさい」
湖畔には再び静かな風が吹き始めていた。
*
その日の夕方。
ライーザが図書館からスリザリン寮へ戻ろうとしていた時だった。
「ライーザ先輩!」
後ろから小走りで近付いてくる足音に振り返る。
そこには、少し息を切らしたリリー・エバンズが立っていた。
「リリー?」
「あの……」
リリーは一度深呼吸すると、真っ直ぐライーザを見つめた。
「今日は、本当にありがとうございました」
そう言って、深々と頭を下げる。
ライーザは少し困ったように微笑んだ。
「お礼には及ばないわ」
リリーが顔を上げる。
「私は、あの場を収めたかっただけ」
「でも……」
「それに」
ライーザは続けた。
「私が直接相談に乗れるのは、あと一年だけだから」
「え?」
「来年には卒業するでしょう?」
リリーは「あっ」と小さく声を漏らした。
7年生と1年生。
在学期間は1年しか重ならない。
「卒業したら、今みたいに顔を合わせて話す機会はほとんどなくなる」
ライーザは穏やかな口調のまま言う。
「手紙くらいなら、いつでも返せるけどね」
リリーの表情が少し明るくなる。
「だから」
ライーザは優しく微笑んだ。
「困ったことがあったら相談しなさい」
「1人で抱え込まないこと」
「ありがとうございます!」
今度の返事には迷いがなかった。
リリーは嬉しそうに笑う。
「また、お話ししてもいいですか?」
「もちろん」
ライーザは頷く。
「歓迎するわ」
その日を境に。
2人は定期的に手紙を交わすようになった。
学校での出来事。
授業の話。
友人とのこと。
他愛もない近況報告から、時には真剣な悩み相談まで。
卒業後も、その交流は途切れることなく続いていく。
*
後年。
シリウス・ブラックは、当時を振り返ってこう語っている。時期は1995年3月。ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、ルーカス・アシュフォード、ギルバート・マーシャルとホグズミードにて会った時にである。
「あの頃の俺はさ」
苦笑しながら頭を掻く。
「上級生とはいえ、スリザリンの女だからって舐めてたんだ」
少しだけ空を見上げる。
「従姉達ともよく喧嘩したけどさ」
ベラトリックス。
アンドロメダ。
ナルシッサ。
「誰が相手でも、あそこまで一方的にやられたことはなかった」
あの日、湖畔で起きた出来事。
魔法1つ使わず。
護身術だけで、自分達4人を瞬く間に制圧した7年生。
「正直、衝撃だったよ」
シリウスは苦笑を深める。
「あの1件以来かな」
「少なくとも俺は、ライーザには頭が上がらなくなった。多分ジェームズとリーマスもじゃないかな?リリーは完全に赤子れの先輩になってはいたけどな」
そう言って肩を竦める姿には、苦々しさよりも、どこか懐かしさが滲んでいた。5人ともなんとなくだが想像は出来た。
*
余談。ライーザ以外ならどう対処するかを記載
ルシウス
その場では4対1の状況を問題視し、まずは監督生権限でマローダーズ4人からそれぞれ5点ずつ減点措置を行う。
とはいえ、本音と建前がモットーなスリザリンの観点で言えば、セブルスのやった事はナンセンスというか本末転倒でしかないから(先の、セブルスが起こしたマグル生まれの件に関しては初めて聞いたとき、何やってんだあのバカ(無論セブルスを指してる)はと頭を抱えた程)、流石にルシウスとしても看過できない。
すぐ後に、有無を言わさずに「来い」と言ってセブルスを半ば無理矢理引っ張って連れ去る。尚、リリーは特に問題起こしてないからスルー。
そしてスリザリンの談話室にてセブルスに対し、その思想は持つのは構わないが、もう少し賢くやれ。無駄に敵を増やすと今回みたいな目に遭い続けるぞ、と警告。
ついでに純血の維持を継続したが故に没落し、最終的に男系が断絶したゴーント家のケースも引き合いにだす。
最後に処世術身に着けるなりしろ、純血貴族のパーティーに参加し、動きを見て盗むとかしろ。その手伝いを必要なら私が手配したって良いと注意はする
イーサン
リリー以外の5人を無言呪文による浮遊で逆さ吊りにして無力化。
その状態で淡々とライーザと同じ内容の説教をする(感情はこもってない。能面みたいになる)。
説教終了後、「今は頭を冷やせ、バカ共」と言って呪文を解除。為念、受け身による衝撃緩和できるように配慮はする。
その後リリーへ向き直り、「ミス・エバンズ。ウチのバカが申し訳ない事をしたね」と謝罪。
同時に「嘆かわしい事だが、今のスリザリンにはセブルスなど比にならない程の思想の持ち主が少なくない。君は教師陣からのウケも良いと聞く。それで嫉妬して君に危害を加える存在が現れるかもしれない。その点は気を付けてほしい」と自分が知りうる限りの情報提示して警告。
同時に体勢を持ち直したマローダーズ、特にジェームズに視線を向けて「もっと真っ当な方法で彼女を守るんだな、特にジェームズ・ポッター」と目配せ。
ジェームズもイーサンの意図をくみ取り、望む所だと返す。イーサンはジェームズの覚悟の返答を受け、良い目だ、それで良いと内心呟き、立ち去る。要所要所で、後に生まれてくる長男ルーカスの要素を披露する