大魔王を倒してから10年後…強く成長した大魔道士が、再び!   作:ポップ

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第一話:大魔王を倒してから10年後のお話…

大魔王バーンとの戦いから十年後。

かつて世界を救った少年達は、今やそれぞれの道を歩いている。

 

ダイは天界での生存が確認された。だが、再会の喜びも束の間、彼は人の世界で暮らす事を選ばなかった。厄介な事に、大魔王を倒しても、今度はドラゴンの騎士という存在を恐れる人間が少なくなかったのだ。その後も地上に戻ってくる事はあるが、普段は天界で暮らしている。

 

ヒュンケルは、戦いに傷ついた身体を休めていた。マァムは、その傍らで共に過ごしている。アバンは各国を巡りながら、次の時代を担う者達を導いている。レオナはパプニカの女王として、世界の復興と新たな秩序作りに追われていた。

 

そして――ポップは。

 

「おーい、そこの棚に置いてある剣は初心者用じゃねぇぞ。刃の重心が前に寄ってるから、振り回される奴は買うなよ」

 

実家の武器屋を継いでいた。

とはいえ、ただの武器屋ではない。

 

店先には、初めて旅に出る若者でも扱える短剣や杖が並び、奥の棚には名のある戦士でも唸る様な一振りが置かれている。さらに、店の奥にある鍵付きの部屋には、魔法使い用の触媒、希少な鉱石、魔界産の防具素材まで保管されていた。

 

もはや一介の町の武器屋というより、各国の騎士団や冒険者、時には王族までもが相談に来るという謎の店である。

 

店主の名は、ポップ。

 

かつては臆病で、逃げ腰で、口ばかり達者な魔法使い見習いだった男。しかし、今では世界中に名を知られる、大魔道士だった。

 

「……ま、店番してるだけで済むなら、それが一番平和なんだけどな」

 

客がいなくなった店内で、ポップは肩を回しながら小さく息を吐いた。昔の様に、何かある度に大声を上げて騒ぐ事は少なくなった。もちろん、完全に落ち着いた大人になったかと言われれば怪しい。

 

感謝されれば照れる。

面倒事には顔をしかめる。

危なそうな話には、今でも一瞬だけ逃げ道を探す。

 

だが、それでも。

誰かが本当に助けを求めている時、ポップはもう逃げなかった。

 

その日、パプニカからの使者が店を訪れたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 

「ポップ殿。レオナ女王より、至急の書状です」

 

「レオナから?」

 

ポップは受け取った封を見て、表情を少しだけ引き締めた。ただの近況報告なら、こんな堅苦しい形では来ない。パプニカの紋章が押された正式な書状。

 

それも、至急。

 

嫌な予感がした。

封を切り、中身を読む。

 

そこに記されていたのは、魔界に住むエルフの集落から届いた救援要請だった。

 

バーンが倒れた後、魔界の秩序は大きく揺らいだ。かつて大魔王の名の下に押さえ込まれていた者達が、各地で争いを始めたのだ。

 

大魔王の配下だった魔族達。

独自の支配圏を広げようとする者。

冥竜王の一派を名乗る勢力。

古い怨恨を掘り返し、土地と民を奪おうとする者達。

 

地上に暮らす者からすれば、遠い世界の話に聞こえるかもしれない。だが、魔界にも普通の住民達の暮らしがある。村があり、家族があり、明日を守ろうとする者達がいる。

 

今回助けを求めてきたのは、そんな魔界の僻地に住んでいるエルフの集落だった。勢力を拡大している冥竜王一派達の争いに巻き込まれ、戦える者の多くが負傷。エルフの結界も破られかけている。当然の事ながら、地上の王達に相談する事も出来ず、巡り巡ってパプニカへと声が届いたらしい。

 

「……ったく」

 

ポップは書状を閉じた。

顔には苦笑が浮かんでいる。

 

「レオナの奴、俺が断らねぇって分かってて回してきやがったな」

 

文句の様に言いながらも、すでに杖へ手を伸ばしていた。昔なら、まず誰かを呼びに行ったかもしれない。

 

ダイはどこだ。

ヒュンケルはいないのか。

アバン先生に相談しよう。

 

そうやって、自分以外の誰かを探したかもしれない。だが今は違う。仲間達には仲間達の事情がある。そして、今すぐ身動きが取れて、魔界で戦えるだけの力があり、各国の重鎮とも話が通じて、魔界の事情にも明るい人間。

 

それが、自分なのだと分かっていた。

 

「店、少し閉めるぞ」

 

奥に声をかけると、父親が顔を出した。

 

「またか?」

 

「ああ。まただ」

 

「今度はどこだ」

 

「魔界」

 

父親は少しだけ目を細め、それから呆れた様に笑った。

 

「武器屋の店主が、魔界まで出張か」

 

「最近は珍しくねぇだろ」

 

「普通は珍しいわ」

 

その言葉に、ポップも笑った。

笑いながら、杖を手に取る。

その杖は、かつての旅で使っていたものとは違う。

 

破邪の洞窟の奥深くで手に入れた素材と、魔界の特殊な鉱石を組み合わせて作ってもらった、今のポップ専用の杖だった。

 

大魔王戦の頃、ポップのレベルは五十一。

それから十年。

 

破邪の洞窟へ潜り、アバンが辿り着いた百五十階層を超え、さらに二百階層まで到達した。魔界の紛争にも幾度となく関わり、並の魔族やモンスターでは相手にならないほどの戦場をくぐり抜けてきた。

 

今のポップのレベルは、八十。

 

かつての彼を知る者が見れば、驚くほどの成長だった。だが本人は、自分を特別な英雄だとは思っていない。ただ、逃げ続けるには色々なものを背負いすぎた。

 

それだけだった。

 

「んじゃ、行ってくる」

 

「死ぬなよ」

 

「あぁ。今の俺は武器屋の店主だからな。仕入れも帳簿も残ってんだよ」

 

軽口を残し、ポップは店を出た。

そして、空を見上げる。

 

「ルーラ」

 

呪文と共に、身体が空へ舞い上がった。青空を裂く様に、ポップはパプニカへ向かう。そこから魔界へ渡るための準備を整えるために。

 

世界を救った大魔道士は、今日もまた、面倒事へと足を踏み入れていった。

 

 

魔界の空は、地上とは色が違う。

暗い。

 

だが、それは暗いのではない。

紫がかった雲。

遠くで蠢く黒い山脈。

地平の向こうで流れる、溶岩の川。

 

かつてであれば、ポップもこの景色を見るだけで背筋を震わせていただろう。

 

だが、今は違う。

恐ろしさはある。

油断すれば命を落とす場所だという実感もある。

 

それでも、足は止まらなかった。エルフの集落は、黒い森の奥にあった。だが、ポップが辿り着いた時、そこはすでに戦場だった。

 

「結界が持ちません!」

 

「負傷者を奥へ! 子供達を下がらせろ!」

 

集落の周囲に張られた淡い光の壁が、何度も大きく揺れていた。外側には、魔界のモンスター達が群がっている。

 

獣の頭を持つ者。

骨の様な翼を広げる者。

黒い鎧に身を包んだ者。

 

その奥に、一際大きな影が立っていた。

 

赤黒い肌。

額から伸びる角。

大きな翼。

そして、一目で分かる強者の風格。

 

ただの雑兵じゃない。

あれが指揮官だ。

 

「結界を破れ! 森を焼け! 大魔王なき今、この地は我らのものだ!」

 

魔族の叫びに、周囲のモンスター達が咆哮する。エルフ達の顔に絶望が浮かんだ。その瞬間だった。

 

「悪いな。そこまでにしとけ」

 

声は、空から降ってきた。魔族達が一斉に見上げる。そこには、一人の人間がいた。

 

旅装に近い軽装。

手には一本の杖。

若い。

 

だが、ただの若造とは言えない雰囲気が漂っている。ポップは集落の前へ静かに降り立つと、結界の向こうにいるエルフ達を一度だけ振り返った。

 

「パプニカ経由で話は聞いた。怪我人は奥に下げといてくれ。あとは俺がやる」

 

「あなたは……まさか」

 

年長のエルフが息を呑む。

 

「地上の、大魔道士ポップ様……?」

 

「様はやめてくれ。どうにも慣れねぇんだ」

 

ポップは苦笑した。だが、次に魔族達へ視線を向けた時、その表情から柔らかさが消えた。

 

「聞こえなかったか? そこまでにしとけって言ったんだ」

 

赤黒い魔族が、ポップを睨みつける。

 

「人間が……魔界の争いに首を突っ込むか」

 

「首を突っ込まなきゃならねぇくらい、派手に暴れてる奴がいるからな」

 

「貴様が噂の大魔道士か」

 

「噂がどんなもんかは知らねぇけど、まぁその大魔道士だ」

 

ポップの声は落ち着いていた。昔なら、ここで威勢よく叫んでいたかもしれない。あるいは、強がり半分で相手を挑発したかもしれない。

 

だが今のポップには経験がある。大魔王を倒してからもくぐり抜けてきた、修羅場の経験が。

 

「一度だけ聞いとくぞ」

 

ポップは杖を軽く構えた。

 

「退く気はあるか?」

 

魔族が笑った。低く、濁った笑いだった。

 

「人間風情が、我らに退けと?」

 

「ああ」

 

「この私が、かつて大魔王バーン様の軍に名を連ねたこの私が、人間の魔法使いに脅されると思うか!」

 

魔族の槍に、黒い炎が宿った。周囲のモンスター達も動き出す。ポップは小さく息を吐いた。

 

「そうかよ」

 

そして、目を細める。

 

「なら、仕方ねぇな」

 

ポップの言葉と同時に、魔族が地面を蹴った。巨体とは思えない速度で距離を詰め、空に浮かんでいるポップに槍を突き出そうとしている。

 

ポップは、それを見て迎撃の構えを取る。

 

魔力が膨れ上がり、杖を持っていない掌を上に掲げたその先からは、まるで生物の様に鳴き声をあげている炎の鳥が現れた。

 

それを見た瞬間、赤黒い魔族の顔が変わる。

 

恐怖。

 

そして、信じられないものを見る様な驚愕。

 

「まさか……」

 

それは、ただ燃えているだけの鳥ではない。意思を持つかの様に翼を広げ、灼熱の輝きを放つ破滅の炎。ポップは静かに告げた。

 

「カイザーフェニックス」

 

炎の不死鳥が放たれた。

魔界の空気が焼ける。

魔族は咄嗟に槍を構え、防御の魔力を展開した。

 

だが、炎の鳥はそれを正面から食い破った。

 

「ぐおおおおおおおおおっ!」

 

叫び声が森に響く。魔族の鎧が溶け、翼が焼け、膝が落ちる。それでも赤黒い魔族は、最後の力でポップを睨んだ。

 

「そ、それは……」

 

震える声。

 

「大魔王バーン様の……」

 

言葉はそこで途切れた。

巨体が崩れ落ちる。

指揮官を失ったモンスター達は、一瞬にして統率を失った。

 

逃げ出そうとする者。

怒りに任せて突っ込んでくる者。

身動き出来ず震える者。

 

ポップは杖を掲げた。

 

「逃げる奴は追わねぇ。だが、まだやる気の奴は――」

 

彼の魔力が更に高まる。

 

「まとめて相手してやる」

 

その言葉で、勝負は決まった。残ったモンスター達は、我先にと森の奥へ逃げていった。

 

 

戦いが終わると、エルフ達はすぐに負傷者の手当てへ移った。ポップもまた、集落の広場で膝をつき、怪我人に回復呪文をかけていた。

 

「ベホイミ」

 

淡い光が傷口を包む。血の止まらなかった若いエルフの腕が、少しずつ癒えていく。

 

「……すごい」

 

そばにいた子供が、目を丸くして呟いた。

 

「人間なのに、どうしてそんなに凄いの?」

 

「人間なのに、は余計だぞ」

 

ポップは苦笑しながら、もう一人の怪我人へ手を伸ばす。

 

「ま、専門家ほどじゃねぇけどな。応急処置くらいなら出来る」

 

その言葉に、周囲のエルフ達は顔を見合わせた。今しがた、一撃で敵の指揮官を焼き払い、残党を退けた男が、今度は当たり前の様に負傷者を癒やしている。

 

攻撃魔法だけではない。防御も、治癒も、判断も、すべてが高い水準にある。

 

それが、地上の大魔道士。ポップという男だった。

 

やがて一通りの治療が終わると、年長のエルフ達がポップの前に集まった。先頭に立った銀髪のエルフが、深く頭を下げる。

 

「ポップ様。この度は、我らの集落をお救いいただき、誠にありがとうございました」

 

「いやいや、それほどでも……って言うには、ちょっと派手だったか」

 

ポップは照れくさそうに頬をかいた。感謝される事には、今でも慣れていない。昔なら、ここで調子に乗って胸を張っていたかもしれない。

 

だが今は、助かった命を見て、本当に安堵している。間に合ってよかった。その気持ちの方が強かった。

 

「それにしても、先ほどの炎は……」

 

銀髪のエルフが、恐る恐る尋ねる。

 

「大魔王バーンが使っていたという、あの呪文なのですか?」

 

「ああ。カイザーフェニックスだ」

 

ポップは頷いた。

 

「もっとも、本家本元の威力には届かねぇけどな。あいつのは本当に桁が違った。俺のは、あくまで俺なりに再現して、使える様にしたもんだ」

 

口ではそう言うが、それでも十分すぎる威力だった。かつて大魔王が使っていた必殺の火炎呪文。それを人間であるポップが使う。エルフ達が驚くのも、無理はない事だった。

 

「魔法力の消費もでかいし、連発向きじゃねぇ。けど、メドローアを使うまでもない相手には結構使える。威力の調整もしやすいしな」

 

さらりと言う。

だが、その言葉の中に含まれた意味は重い。

 

メドローアという呪文を使うまでもない。どの様な呪文かは見当も付かないが、つまり、今の一撃ですら、ポップにとっては最終手段ではないということだった。

 

エルフ達は息を呑む。

ポップは、その空気に気づいて慌てて手を振った。

 

「あ、いや、変な意味じゃねぇぞ。メドローアは危ねぇんだよ。相手を消し飛ばすだけじゃなくて、下手すりゃ周りまで巻き込む。こういう場所じゃ、むやみに撃てねぇからな」

 

そう言って、ポップは集落を見渡した。

焼けかけた結界。

傷ついた家屋。

肩を寄せ合う子供達。

 

「守る場所がある時は、強い魔法を撃ちゃいいってもんでもねぇからな」

 

静かな声だった。その言葉に、銀髪のエルフは再び深く頭を下げた。

 

「……重ねて、感謝いたします」

 

「だから、いいっていいって。困った時はお互い様ってな」

 

ポップは少し困った様に笑った。その笑顔は、十年前の少年の頃と少しだけ似ていた。

 

 

その夜、集落では小さな食事会が開かれた。大きな宴というほどではない。戦いの直後で、傷ついた者も多い。失ったものもある。それでも、命が助かった。明日を迎えられる。

 

その感謝を伝えたいと、エルフ達は森で採れた果実や、魔界特有の穀物で作った料理を並べた。

 

「口に合うか分かりませんが……」

 

「いや、美味いよ」

 

ポップは素直に頷いた。魔界の食材と聞けば身構える者もいるだろう。だが、これまで何度も魔界を訪れてきたポップにとっては、もう珍しいだけで済む話だった。

 

もちろん、たまにとんでもない味のものもある。昔、見た目は果実なのに中身が猛烈に辛い魔界の実を食べ、半日ほど水を求めて走り回った事もあった。それ以来、知らない食べ物には慎重になっている。

 

「これは辛くねぇよな?」

 

「はい。甘みのある実です」

 

「なら安心だ」

 

ポップがそう言って口に運ぶと、近くにいた子供達がくすくすと笑った。昼間の戦いでは、圧倒的な魔法を使った大魔道士。だが、食事の席では気さくで、少し照れ屋な人間の青年だった。

 

その落差が、エルフ達の緊張を少しずつ解いていった。食事が進む中、銀髪のエルフがふと思い出した様に言った。

 

「そういえば、ポップ様。明日、地上へお戻りになるのでしたら、近くの祠をお使いになるとよいかもしれません」

 

「祠?」

 

「はい。この集落から東へ少し進んだ場所に、古い祠があります。その奥に、旅の扉が設置されているのです」

 

「旅の扉……?」

 

ポップは聞き慣れない言葉に首を傾げた。

 

「ワープ装置みたいなもんか?」

 

「おそらくは。古い時代に作られたものですが、今も地上へ繋がっていると伝えられています。私達はこの地に住んでいますので使っていませんが、魔力の流れも安定していますので、自力で戻られるよりも、はるかに早いのではないかと」

 

「へぇ……そりゃ助かるな」

 

ポップは素直に感心した。魔界の移動は面倒だ。地形は入り組んでいるし、危険なモンスターも多い。ルーラで飛べる場所にも限りがある。近くの祠から地上へ戻れるなら、それに越した事はない。

 

ただ、魔界の古い装置というものは、大抵一癖も二癖もある。便利そうだと思って不用意に触れたら、封印されていた魔物が出てくる。あるいは妙な場所へ飛ばされる。そんな話は、これまでの経験上、決して珍しいものではなかった。

 

「ただ、古い装置ですので……」

 

そこでエルフは少し言葉を濁した。ポップは眉を上げる。

 

「何だよ。そこで止められると不安になるだろ」

 

「いえ、危険という訳ではありません。ただ、我らも使った事がないので、詳しい仕組みまでは……」

 

「ああ、なるほどな」

 

ポップは軽く笑った。

 

「まあ、魔界の古い道具なんて、大体そんなもんだろ。明日、喜んで使わせてもらうよ」

 

この時、ポップは深く考えていなかった。魔界には不思議な道具がいくらでもある。古代の魔法装置も、遺跡も、封印された扉も、珍しくはない。

 

だから、旅の扉というものも、その一つなのだろうと思っていた。

 

まさかそれが、あの様な事が起きるだなんて、思ってもいなかったのだった。

 

 

翌朝。

集落の入口には、エルフ達が集まっていた。

 

森の空気は昨日よりも静かだった。

壊れかけていた結界も応急処置を終え、ひとまずは安定している。

 

ポップは杖を背負い直し、軽く肩を回した。

 

「それじゃ、俺はそろそろ行くよ。パプニカにも報告しねぇといけねぇしな」

 

銀髪のエルフが前へ出る。

 

「ポップ様。この度は有難う御座いました。皆を代表して御礼を申し上げます。この御恩は決して忘れません」

 

その言葉に続く様に、集落の者達が一斉に頭を下げた。

 

ポップは一瞬、困った様に目を泳がせる。こういう場面は、今でも少し苦手だった。感謝されるのは嬉しい。だが、あまり大げさにされると、どう返せばいいか分からなくなる。

 

だから、いつもの様に笑った。

 

「いいっていいって。困った時はお互い様ってな。それじゃ、早速教えてもらった祠に行ってみるわ!また何かあったら地上に連絡してくれ」

 

「はい。どうか、お気をつけて」

 

「ああ」

 

ポップは手を振って歩き出した。背後では、エルフ達がまだ頭を下げている。その気配を感じながら、ポップは小さく息を吐いた。

 

「……まったく。大魔道士様って柄じゃねぇんだけどな」

 

呟きながらも、その声はどこか穏やかだった。昔の自分なら、こんな風に誰かに頼られる日が来るとは思っていなかった。

 

逃げて、泣いて、震えて。

 

それでも仲間に背中を押されて、必死に前へ進んだ。その積み重ねが、今の自分を作っている。

 

だからこそ、誰かが助けを求めるなら、出来る限り応えたい。たとえ、それが魔界の奥地であっても。

 

祠は、森の東側にあった。

黒い石で作られた古い建物。

 

入口には蔦が絡まり、長い間人の手が入っていない事が分かる。だが、内部には確かに魔力の気配があった。

 

ポップは慎重に中へ入る。

足音が、石の床に小さく響いた。

奥へ進むにつれて、空気が変わっていく。

湿った森の匂いが薄れ、代わりに澄んだ魔力の流れが肌を撫でた。

 

そして、祠の最奥。

そこに、それはあった。

床に刻まれた古い魔法陣。

その中央に浮かぶ、青白い光の渦。

渦は静かに回転しながら、周囲の空間を歪ませていた。

 

ポップは腕を組み、しばらくそれを眺める。

 

「これが旅の扉か、不思議な道具があったもんだな……流石は魔界。えぇっと、確かこの渦に触れたらいいんだよな?」

 

近づくと、魔力の流れが足元から伝わってきた。攻撃的な気配はない。罠の様な悪意も感じない。ただ、どこか遠くへ繋がっている。そんな感覚だった。

 

ポップは少しだけ警戒しながら、杖を握り直した。念のため、防御用の魔力を身体の周囲に薄く巡らせる。そして、右手を伸ばした。指先が、光の渦に触れる。

 

その瞬間。

 

「――っ?」

 

足元の魔法陣が強く輝いた。青白い光が一気に広がり、ポップの身体を包み込む。

 

視界が揺れる。

上下が分からなくなる。

身体が浮いているのか、落ちているのかも分からない。

 

「おぉっ? おぉ~~~っ!?」

 

間の抜けた声が、光の中に吸い込まれた。強い眠気にも似た感覚が、意識を覆っていく。

 

まずい。そう思った時には、もう遅かった。ポップの意識は、そこで途切れた。

 

 

頬に触れたのは、柔らかな草だった。

 

「……ん」

 

ポップはゆっくりと目を開けた。

 

空が見える。

魔界の暗い空ではない。

澄んだ青空だった。

風が吹いている。

草の匂いがする。

鳥の鳴き声も聞こえた。

ポップは上体を起こし、周囲を見回す。

そこは草原だった。

遠くには森。

さらにその向こうには山並みが見える。

少なくとも、魔界ではない。

 

「本当にアレだけで地上に戻れたのかよ、凄ぇな……」

 

ポップは感心した様に呟いた。

あの旅の扉という装置。

予想以上に便利だった。

身体に異常はない。

杖もある。

荷物も無事。

転移の衝撃で少し気分が悪い程度だ。

 

「いやぁ、魔界もまだまだ知らねぇもんがあるな」

 

ポップは立ち上がり、服についた草を払った。そして、空を見上げる。

 

「さぁ、それじゃパプニカに報告に行くか」

 

右手を軽く掲げる。

目的地を思い浮かべる。

パプニカ。

白い城。

海風。

レオナの顔。

魔力を巡らせ、呪文を唱えた。

 

「ルーラ!」

 

何も起きなかった。

 

「……」

 

ポップは掲げた手を見た。

もう一度、魔力を巡らせる。

呪文の感覚はある。

魔力もある。

失敗する理由はない。

 

「ルーラ」

 

やはり、何も起きなかった。

風が草原を撫でる。

遠くで鳥が鳴いた。

ポップはしばらく固まっていた。

そして、ゆっくりと眉をひそめる。

 

「……あれ?」

 

青空の下。

大魔王を倒して十年。

 

破邪の洞窟二百階層を踏破し、魔界の争いすら鎮めてきた大魔道士ポップは。自分が、見知らぬ世界に来てしまった事に、まだ気づいていなかった。




ずっと前に夢見ていた「ポップが主人公のお話」が遂に!!!

どうぞ宜しくお願いしますm(__)m
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