大魔王を倒してから10年後…強く成長した大魔道士が、再び! 作:ポップ
ポップが黄昏の館を出てから、数日が経っていた。
その間、ポップはオラリオの街を見て回っていた。バベル。冒険者達の集まる通り。武器・防具屋に、酒場、宿屋、魔石を扱う店。やはりオラリオは人が多く、どこへ行っても賑わっている。
街を一通り見て回った結果、ポップは結局、再び通りの片隅で露店を開く事にした。
冒険者ではないため、ダンジョンには潜れない。だからといって、他にやってみたい仕事が見つかった訳でもない。ならば、元の世界で慣れ親しんだ武器屋を続けるのが、今のところ一番現実的な気がしたのだ。
敷物の上には、『鉄の剣』『鉄の籠手』『鉄の兜』『鉄の盾』『鋼の剣』。それに、傷の治療に使える『やくそう』と、身体の毒を消す『毒消し草』を並べている。
以前の様に、特殊な効果を持つ武器や装備品は並べていない。価値の高い物を相場も分からないまま安売りしていると、他の店への影響や、面倒な奴らに目を付けられる可能性もあると注意されたからだ。
確かに、その忠告はもっともだった。
もっともなのだが……。
ポップは敷物の上にあぐらをかき、膝に肘をついて、顎を手の上に乗せて考えていた。
「う〜ん。この前は格好つけてロキ・ファミリアから出てきたものの、こいつはちょっと困ったぞ……あんまり目立つ商品を並べるのはやめておいた方がいいって言ってたし……かといって、こういう初心者向けの武器とかじゃ、ガッツリ稼ぐなんて出来ねぇだろうし。どうすっかな〜」
珍しい物を並べれば、すぐに売れる事は分かった。
しかし、今みたいに普通の武器ばかりを並べていると、特に客が集まってくる事もない。何人かが立ち止まって売り物を見ていったものの、今のところ売れたのは『やくそう』と『毒消し草』が少しだけだった。
安宿と朝飯分くらいなら何とかなるだろう。
だが、元の世界に戻る方法を探しながら生活していくとなれば、かなり心許ない。
「……ったく、ロキ・ファミリアでもらった朝飯が懐かしいぜ」
良かったら泊まっていってくれと言われていたのに、それを自分から断ったのだ。今更『やっぱり腹が減ったから戻ってきました』などと、恥ずかしい事を言えるはずもない。
ポップが小さく溜め息をついた、その時だった。
ふと顔を上げると、一人の少年が露店の前で足を止めている。
白い髪に、赤い瞳。小柄で、顔にはまだ幼さが残っている。腰には剣を下げているが、装備全体を見る限り、あまり金をかけられていないのが分かった。
(新人の冒険者ってとこか?)
ポップが前にいる少年を見ながらそんな事を思っている間も、少年は敷物の上に置かれた『鉄の剣』を真剣な目で見つめていた。
時折、自分が腰に下げている剣と見比べている。やがて値札を確認すると、手にしていた小さな財布の中を覗き込んだ。
どう見ても、財布と相談している様だった。
まぁ、武器屋をやっていれば、こういう客もたまに来る。
欲しい。
でも、金が足りない。
ポップは顎に乗せていた手を下ろして、今後の客になってくれるかもしれない少年へと声をかけた。
「なぁ、あんた。もしかして新人の冒険者か?」
「えっ? はっ、はい!」
突然声をかけられた少年は、びくりと肩を跳ねさせた。
随分と素直な反応である。
「金がねぇのか?」
「あはは……実は、えっと、はい。あの、お金もないのに見させてもらってて、すいません……」
少年は気まずそうに笑いながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、そいつは別にいいんだけどよ……」
買うかどうかに関わらず、商品を見るだけなら別に自由である。ポップも昔は欲しい杖を買う金が無く、目の前の少年みたいに、店先でじっと眺めていた事もよくあった。実家の武器屋でも、そういう客は珍しくなかった。
ポップは少年の腰にある剣へ目を向け、それから、もう一度『鉄の剣』を見る。
「今持ってる剣じゃ、何か不満があるのか?」
「その……ダンジョンでモンスターと戦うなら、もう少し丈夫な武器の方がいいのかなと思って。今の短刀はギルドから支給された物なんですが、あまり性能がいい物ではないみたいで……」
「なるほどな」
少年の考え自体は間違っていない。ダンジョンで命を預ける武器なのだから、少しでもいい物が欲しいと思うのは当然の事だろう。
ポップは少し考えてから『鉄の剣』を手に取った。
「金がないんなら、後払いでもいいぞ」
「えっ!?」
少年は驚き、その瞳を大きく見開いた。
「でっ、でも……」
ポップは少年へ『鉄の剣』を差し出しながら、軽く笑った。
「アンタは見た感じ、持ち逃げしそうなタイプにも見えねぇし。それに、今は手持ちが無いんだろ?だったら、これでダンジョンで稼いできてもらって、その金で支払ってくれりゃいいさ」
「でっ、でも、僕みたいな初めて来たお客さんを、そんな簡単に信用してしまってもいいんですか?」
せっかく店主がいいと言ってくれているのに、逆に少年の方が相手の事を心配し始めてしまった。
「気にすんな。別に、何も考えずに信用してる訳じゃねぇよ。こっちだって一応、それなりに店もやってきてんだ。客を見る目くらいはあるつもりだからよ」
そう言って、ポップは自信ありげに答えた。
「それに、こっちとしちゃあ、今後のお得意さんになるかもしれねぇ客を一人増やせる訳だ。そしたら、次に来た時は他のも買ってってもらえるかもしれねぇだろ? そう考えたら、悪い話でもないとは思わねぇか?」
「……ありがとうございます!」
少年は感激した様に、勢いよく頭を下げた。
「僕、必ず払います! ダンジョンでちゃんと稼いで、出来るだけ早く!」
「分かった分かった。それとな、今ちょっと時間あるか?」
「……え?」
少年が顔を上げる。
ポップは少年へ『鉄の剣』を手渡すと、そのまま敷物の上から立ち上がった。
「アンタが良ければ、ちょっとそこの空き地で腕を見させてくんねぇか?別に無理にとは言わねぇけどよ、これでも旅をしながら剣も使ってたんだ。俺も少しはやれるつもりなんだぜ?」
といってニヤリと笑う。
「腕を見る……ですか?」
「ああ。見たところ、アンタはこれまであんまり戦いとかした事が無さそうな感じだからな。もし時間があるなら、その剣の使い心地を確かめるのも含めて、ちょっと試してみねぇか?」
「……確かに僕は、これまで殆ど戦いとは無縁の生活でしたけども、そこまでしてもらってもいいんでしょうか?その、お店とか……」
ポップは苦笑する。
「いいっていいって。今は客もいねぇし、暇だからな。それに俺としても、この街の駆け出し冒険者がどれくらいやれるもんなのか見ておきてぇんだよ」
ポップはそう答えると、敷物の上に並べていた商品を道具袋へしまい始めた。剣や防具が次々と小さな袋へ消えていく光景に、少年は目を丸くしたが、驚きながらも黙って見守っている。
「そういや、まだ名前を聞いてなかったな。俺はポップ。最近オラリオにやってきて、今はこうして露店をやってる……まぁ旅人だな」
「あっ!僕はベル・クラネルです!その、宜しくお願いします!」
ベルは姿勢を正し、勢いよく頭を下げた。
「おう。よろしくな、ベル」
ポップも軽く笑い、自分が使う為に道具袋からもう一本の『鉄の剣』を取り出した。
こうして、武器を買うお金も無かった駆け出し冒険者の少年と、異世界からやって来た大魔道士(自称:旅人)が出会ったのであった。
◇
ところ変わってそこは、ポップが露店を開いていた通りから、少し離れた所にある空き地。
「やっ!はっ!」
ベルが『鉄の剣』で次々と斬り掛かるが、ポップはその全てを難なく受け流していく。
「ベル。腕試しっつっても、あんまり力みすぎんなよ。とりあえず、その剣の重さに慣れていく事から始めていこうぜ」
そう言いながら、ポップは余裕を崩さずにベルの剣をさばいていく。剣を振る速さそのものは、アイズの様な本職の剣士と比べるまでもない。
それでも、ベルが動く前から次の一撃を読んでいるかの様に、僅かに剣の角度を変えるだけで攻撃を受け流していた。
「はっ、はいっ!」
(ポップさんって、さっき自分の事を旅人って言ってたけど、もしかして元は剣士だったりするのかな?僕が冒険者になりたてだっていう事もあるんだろうけど、さっきから何度も攻撃してるのに全然当たらない……!)
何度か剣を打ち合わせた後、二人は一旦距離を取った。
「あっ、あの……ポップさんって、もしかして元は剣士だったんですか?」
そういって息を整えながら尋ねてみるが
「えっ?いやいや、俺が剣士な訳ねぇって」
と笑いながら答える。
「俺は魔法使いだよ、魔法使い。剣はアレだ。一人で旅してりゃ、ずっと魔法ばっかり使ってる訳にもいかねぇだろ?それで、知り合いに教わりながら覚えたんだわ」
「ま、魔法使いの方なんですか!?」
その答えに、ベルは驚いて目を見開いた。ベルにはまだ魔導士の知り合いはいなかったが、ギルドでエイナさんに軽く教えてもらっていたので、知識として少しは知っていた。
(……高レベルの魔導士の人なら、前衛の剣士に近接戦で勝てる人もいるって言ってたけど……でもそれは、圧倒的にレベルが上な場合で、いてもそんな人は本当に一握りだって、エイナさんは言ってたのに)
ベルの中で、ポップに対する疑問が次々と膨らんでいく。
(ポップさんって、もしかして物凄くレベルが高い人なのかな?でも、そんな高レベルな人が、露店でこういう初心者用の剣とかを売ってたりするものかな……それとも、やっぱり僕が弱過ぎるだけ……?)
そんな事を考えながら、ベルが動きを止めていると
「お〜い、ベル。そろそろ終わりにしとくか?」
そう言われてベルはハッとする。
「いっ、いえ!まだやれます!もう少しだけ、お願い出来ませんか!?」
そういうと、ポップがニヤリとして答える。
「そうこなくっちゃな」
そして剣を構えて
「俺は本職の剣士じゃねぇが、これでも剣を使う奴は結構見てきたつもりだ。だからという訳でもねぇんだが、ベル、お前結構良いもん持ってると思うぜ」
「ほ、本当ですか!?」
剣ではまるで歯が立たなかったポップから、自分には見込みがあると言ってもらえたのだ。ベルにとって、嬉しくない訳がなかった。
「あぁ。だから遠慮せずに、もっと掛かってこいよ」
「分かりました!」
そうして二人は、日が傾き始めるまで剣を打ち合わせ続けた。
そして、その空き地の少し離れた所では
「……ポップさん?」
エルフの少女が、少し壁に隠れて2人の様子を伺っていたのであった。
◇
その日の夜。
レフィーヤは、黄昏の館にある団長室を訪れていた。
扉を軽く叩くと、中からフィンの声が返ってくる。
「どうぞ」
「失礼します」
レフィーヤが扉を開けると、室内にはフィンだけでなくリヴェリアもいた。二人は机の上に広げられた資料を確認していたらしいが、レフィーヤが入ってくると揃って顔を上げた。
「どうしたんだい、レフィーヤ?」
「あの……ポップさんの事で、少しご報告しておいた方がいいと思いまして」
「ポップの事で?」
フィンの表情が僅かに変わる。リヴェリアも手にしていた資料を机へ置き、レフィーヤへ視線を向けた。
レフィーヤは、その日の夕方に街で見かけた光景を二人へ説明した。
ポップが新人らしき冒険者に、近くの空き地で剣の手解きをしていた事。そして、ポップは魔法を一切使う事なく、その少年の攻撃を余裕を持ってさばいていた事。
「剣の手解きを?」
フィンが少し驚いた様に聞き返した。
「はい。私も最初から見ていた訳ではありませんが、あの新人冒険者の攻撃は、一度もポップさんに当たっていませんでした。ポップさんは余裕を持って攻撃を受け流しながら、簡単な助言などをしていたみたいです」
「なるほどね……」
フィンは椅子の背へ身体を預け、少し考え込む。ポップが只者ではなさそうだという事は、昨日のやり取りからも何となく察していた。しかし、魔道具や魔法に詳しいだけでなく、駆け出しとはいえ剣を使う冒険者へ指導まで行えるとは思っていなかった。
「剣だけで、か……」
リヴェリアは腕を組んだ。
確かに、高レベルの魔導士であれば、自分よりも遥かに格下の剣士を近接戦であしらう事は不可能ではない。神の恩恵によって強化された身体能力があれば、多少の技術差を埋める事も出来る。
だが、ポップにはファルナが無い。
それにもかかわらず、魔法を使わずに、なりたてとはいえ冒険者の剣士相手に剣で相手をして、簡単な指導までしていたという。
だとすると、単純に身体能力の高さで誤魔化している訳ではない。魔導士であるにも関わらず、相当に近接戦の経験も積んでいるという事になる。
「レフィーヤ」
「はっ、はい!」
「今度、ポップに会った時、お前も近接戦の手解きを頼んでみたらどうだ?」
「……えっ?」
予想もしていなかった言葉に、レフィーヤは目を見開いた。
「わっ、私がですか!?」
「あぁ。勿論、ポップ本人が構わないと言えばの話だ。無理に頼めと言っている訳ではない」
リヴェリアは落ち着いた声で続けた。
「お前は魔導士だ。前衛の様に無理して敵と打ち合う必要はない。だが、実戦では常に後方で守られていられるだけとは限らんからな。詠唱の最中に敵が接近してくる事もあれば、前衛が崩される事もある」
「それは、そうですが……」
「本格的な剣術を学べという話ではない。杖を使い、敵の攻撃を受け流す方法や、距離を取るための動き方を知っているだけでも、生存率は変わる」
リヴェリアの言葉には、魔導士としての実感が込められていた。
魔法は強力だ。
だが、魔導士がその力を発揮するには、詠唱を完成させなければならない。敵に接近され、まともに詠唱出来なくなれば、その力を封じられてしまう事になる。
「ポップが本当に近接戦が出来るのであれば、同じ魔導士として、お前に合った近接戦の方法を知っている可能性もある」
「魔導士として……」
レフィーヤは、その言葉を小さく繰り返した。
確かに、剣士から近接戦を教わるのと、魔法使いであるポップから教わるのでは、また違うものがあるかもしれない。
「彼が君に教えてくれるというなら、僕も良い機会だと思うよ」
フィンも穏やかに言った。
「ただし、リヴェリアが言った通り、無理に頼まないようにね。だから、まずは彼の都合を聞いてみたらどうだい?」
「……はい!分かりました!」
レフィーヤは少し緊張しながらも、しっかりと頷いた。
◇
団長室を出たレフィーヤは、一人で廊下を歩きながら、明日ポップへ何と言って頼むべきかを考えていた。
いきなり「近接戦を教えて下さい!」と言っても、迷惑ではないだろうか。
昨日出会ったばかりなのに、図々しいと思われないだろうか。
「ポップさんに会ったら、まずは……昨日は勝手に見ていてすみませんって謝って……でも、隠れて見てたみたいに思われたら……」
「レフィーヤ、どうしたの?」
「ひゃっ!?」
突然横から声をかけられ、レフィーヤは大きく肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこにはティオナがいた。驚いたレフィーヤを見て、ティオナは不思議そうに首を傾げている。
「さっきから一人でぶつぶつ言ってたけど、何か悩み事?」
「ティ、ティオナさん……」
突然で驚いたが、レフィーヤも誰かに相談してみたい気持ちはあったので、今さっき団長室で言われた事を説明した。
街でポップが、新人冒険者へ剣の手解きをしていた事。それをフィンとリヴェリアへ報告したところ、ポップが構わないと言うなら、自分も近接戦の手解きを頼んでみる様に言われた事。
話を聞き終えたティオナは、徐々に笑顔になっていった。
「それ面白そう!私も行く!」
「えっ!?ティオナさんもですか?」
「うん!だって、ポップさんが剣も使えるなんて知らなかったし。どんな風に戦うのか、私も見てみたい!」
「私は遊びに行く訳ではないんですよ……?」
「分かってるって!邪魔はしないからさ!」
そう言いながら、ティオナは完全に楽しそうな顔をしている。その表情から、どう考えても見学だけで済むとは思えなかった。
だが、一人でポップに頼みに行く事を考えて緊張していたレフィーヤにとって、ティオナが一緒に来てくれるのは少し心強くもあった。
「……本当に邪魔はしないでくださいね?」
「大丈夫、大丈夫!」
満面の笑顔で答えるティオナを見て、レフィーヤの不安は少しだけ増した。
◇
翌日。
ポップは昨日と同じ場所で露店を開き、敷物の上にあぐらをかいていた。
目の前には鉄の武器や防具、やくそうや毒消し草が並んでいる。だが、今日も客足はそれほど良くない。
ポップは頬杖をつきながら、通りを歩く人々を眺めていた。
「……やっぱり、普通の物だけじゃ売れねぇな」
やっぱり武器屋の店主としては、客に合った物を売りたい。
しかし商売として考えれば、まず客が来なければ話にならない。このままでは、元の世界へ帰る方法を探すより先に、生活費の心配ばかりする事になりそうだった。
そんな事を考えていると、通りの向こうから元気な声が聞こえてきた。
「ポップさーん!」
「ん?」
顔を上げると、ティオナとレフィーヤがこちらへ歩いてくるところだった。
「おう。二人とも、どうしたんだ?」
「こんにちは、ポップさん」
レフィーヤが丁寧に頭を下げる。その隣では、ティオナが早くも敷物の上の商品を覗き込んでいた。
「今日は買い物か?」
「いえ。今日は、その……ポップさんにお願いがありまして」
「俺に?」
レフィーヤは少し緊張しながら、昨日見た事を話した。
「昨日、街を歩いている時に、ポップさんが新人と思われる冒険者の方へ剣の手解きをされている所を見かけたんです」
「あー……見られてたのか。たはは」
ポップは少し恥ずかしそうに頭をかいた。
別に隠していた訳ではないが、魔法使いである自分が剣を振っている所を知り合いに見られていたと思うと、少し照れくさいものがある。
「それで、リヴェリア様から、ポップさんが構わないと言ってくださるなら、私も近接戦の手解きをお願いしてみる様にと言われまして……」
「えっ?俺にか?」
ポップは思わず自分を指差した。
「はい。私も魔導士ですので、本格的な近接戦を覚えるというより、敵に接近された時の杖の使い方や、距離の取り方を教えて頂けたらと思ったんです」
「なるほどな……」
ポップは少し考え込んだ。
レフィーヤは魔法使いだ。
昨日のベルとは、必要としている技術も、戦い方も違うだろう。剣の振り方を教えるのではなく、魔法使いが近距離まで詰められた時にどう動けばいいのかという話なら、自分の経験も少しは役に立つかもしれない。
とはいえ、ポップもオラリオへ来てからの数日間で、ロキ・ファミリアが、いかにオラリオで大きな探索系ファミリアであるかという話も耳にしてきた。なので、近接戦を得意とする冒険者など、いくらでもいる筈なのだが……
「けどよ、俺なんかよりも、同じファミリアの奴に教えてもらった方がいいんじゃねぇのか?あれだけ大きいファミリアなんだから、俺なんかより近接戦に詳しい奴なんて、幾らでもいるだろ」
「勿論、近接戦に優れている方は他にもいらっしゃるんですが……でも、前衛の方達と魔導士では、そもそもの戦い方が違いますから……」
レフィーヤは少しだけ言葉を選び、それから続けた。
「魔導士が近接戦へ対応する場合、基本的にはレベルを上げて得た身体能力で、敵の攻撃を防いだり、距離を取ったりする事が殆どなんです。ですが、昨日のポップさんは力や速さだけに頼らず……なんというか、身体能力でゴリ押しせず、相手の動きを見て対応されていたように思えましたので……」
「あ〜……まあ、ベルはまだ戦い慣れてなかったからなぁ」
「それでもです。ポップさんは魔導士でありながら、近接戦でもどう動けばいいのかを分かっている様に見えました。ですので、同じ魔法を扱う方から教えて頂ければ、私にも学べる事があるのではないかと……」
そこまで聞いたところで、ポップは僅かに眉を上げた。
「……あれ?俺、自分が魔法使いだって言ってたっけ?」
「えっ?」
レフィーヤの表情が固まった。
「あっ、それは……その……」
視線を泳がせ、明らかに答えづらそうな様子を見せる。
その反応だけで、ポップにも大体の事情は察せられた。
「あ〜、いや。まあ、そうか。あれだけデカいファミリアだもんなぁ。オラリオの外で広がってる噂くらい、そりゃ耳にも入るか」
ポップは責めるでもなく、少し困った様に苦笑した。
「俺が自分から言い触らしてる訳じゃねぇんだけど、どうも妙な呼ばれ方まで広まってるみたいだしな」
「す、すみません。その、私から詳しく聞き出そうとした訳ではなくて……」
「分かってるって。そんな慌てなくてもいいよ」
ポップは軽く手を振った。
「俺が魔法使いなのは別に隠してる訳じゃねぇし、知られて困る様な事でもないからな。ただ、ちょっと驚いただけだ」
その言葉に、レフィーヤは少しだけ安心した様に息を吐いた。
それから改めて表情を引き締めると、ポップへ真剣な目を向けた。
「それでは……改めて、お願いします。ポップさんがご迷惑でなければ、少しだけでも教えて頂けませんか?」
「……そこまで言われちゃ、断りづらいな」
ポップは困った様に頭をかいた後、軽く笑った。
「まあ、俺で良ければ構わねぇよ」
「本当ですか!?」
レフィーヤの表情が、一気に明るくなった。
「ただし、俺だって近接戦の専門家じゃねぇ。俺なりのやり方になるけど、それでもいいか?」
「はい!お願いします!」
レフィーヤは深く頭を下げた。
そしてポップは、敷物の上の商品を道具袋へしまい始める。
「じゃあ、昨日使った空き地に行くか」
「私も行く!」
ティオナが元気よく手を上げる。
「見てても、あんまり面白くねぇと思うぞ?」
「分かってるって!」
どう見ても分かっている顔ではなかった。
ポップは一瞬だけティオナを見つめたが、すぐに諦めた様に肩をすくめた。
◇
昨日ベルと剣を打ち合わせた空き地へ到着すると、レフィーヤは普段使っている杖を両手で握った。
ポップも道具袋へ手を入れる。そこから取り出したのは、かつての旅で使用していた『輝きの杖』だった。
「それが、ポップさんの杖ですか?」
「ああ。昔使ってたやつだ。懐かしいから、久しぶりに使ってみようと思ってな」
ポップは『輝きの杖』を軽く振り、手に馴染ませる。
「先に言っとくけど、今日は魔法は無しだ。杖を使って、敵に近づかれた時にどう動くのかを見せてくれ」
「分かりました」
「それと、無理に俺を倒そうとしなくていい。敵が近くまで来た時、一発受け止めるか、攻撃の向きを逸らして、魔法を撃てるだけの距離を取る。そうすりゃ、仲間が戻ってくるまでの時間も稼げるからな。まずはそれが出来れば十分だ」
レフィーヤは真剣な顔で頷いた。少し離れた所では、ティオナが楽しそうに二人を見ている。
「それじゃ、いつでもいいぞ」
「はい!」
レフィーヤは杖を構え、ポップへ向かって踏み込んだ。
エルフらしい軽やかな身のこなしだった。ベルよりも身体能力はかなり高く、振り下ろされる杖にも速さは十分ある。
だが、ポップは慌てなかった。
レフィーヤが振り下ろした杖へ『輝きの杖』を斜めに合わせ、力を正面から受け止めるのではなく、横へ流す。
「えっ?」
体勢を崩したレフィーヤの横へ回り込み、ポップは杖の先を彼女の背中へ軽く当てた。
「今ので一回だな」
そう言ってポップはニヤリと笑う。
レフィーヤは驚きながら距離を取った。
「もう一度、お願いします!」
「おう」
二度目は、先ほどよりも慎重だった。
レフィーヤは杖を振り下ろすと見せかけ、途中で軌道を変えてポップの脇を狙う。だが、ポップは僅かに身体を後ろへ引いてかわすと、杖の中央を使ってレフィーヤの武器を押さえ込んだ。
そのまま一歩踏み込み、『輝きの杖』の先をレフィーヤの喉元で止める。
「……っ」
「今ので二回目」
ポップはすぐに杖を引いた。
「動きは悪くねぇよ。身体も軽いし、杖捌きも十分速い。ただ、こういう近い距離でのやり取りは、どうしても経験の差が出るからな」
「経験……ですか?」
「ああ」
ポップは自分の杖を軽く掲げた。
「相手の一撃をまともに受けず、少しだけ方向を変える。それで、一歩下がれるだけの時間を作れりゃいい。杖は敵を殴り倒すためじゃなく、自分が魔法を使える距離へ戻るために使うんだよ」
「魔法を使える距離へ……」
「そういう事だ。魔法使いが相手の得意な間合いで、いつまでも殴り合ってやる必要はないだろ?」
レフィーヤは少し考え、それから強く頷いた。
「もう一度、お願いします!」
三度目。
今度のレフィーヤは、自分から大きく踏み込まなかった。ポップの動きを見ながら、杖を身体の前へ置く。
すると、ポップが一歩前へ出た。
『輝きの杖』が横から振られる。
レフィーヤはそれを正面から受け止めず、自分の杖を斜めに当てて受け流そうとした。完全に流し切る事は出来なかったが、先ほどまでの様に体勢を崩す事はなかった。
「そうだ。それでいい」
ポップが少し笑う。
レフィーヤはすぐに後ろへ下がった。
一歩。
二歩。
魔法を詠唱するための距離を取る。
だが、その瞬間にはポップがすでに間合いへ入っていた。レフィーヤが杖を構え直すよりも早く、ポップの杖が彼女の胸元へ軽く触れる。
「まっ、こんなとこかな」
「……負けました」
レフィーヤは悔しそうにしながらも、どこか嬉しそうだった。
一度目より、二度目。
二度目より、三度目。
僅かではあるが、自分の動きが良くなっている気がする。
レフィーヤがダンジョンへ潜る際には、前衛の冒険者達に付いてきてもらうのが基本だ。だからこそ、敵に接近された時は無理に倒そうとせず、仲間が戻るまでの時間を稼ぐか、自分が魔法を使える距離まで離れる。
ポップから教わった動きは、魔導士である自分にとって、とても理にかなったものに思えた。
レフィーヤは忘れない様に、今の動きを頭の中で繰り返した。
その一連の攻防を見ていたティオナが、もう我慢出来ないとばかりに声を上げる。
「私もやる!」
「……えっ?」
「ポップさん、私ともやろ!」
ティオナは目を輝かせながら、二人へ近づいてきた。
「いや、ティオナはバリバリの前衛なんだよな?俺は魔法使いなんだが……」
ポップは苦笑した。
「知ってるよ! でも、杖でも凄く強かったじゃん!」
「いや〜、魔法使いが杖で身を守るのと、前衛のお前を相手にするのを同じ様に考えられても困るんだが……」
「本気ではやらないから!ねっ、お願い!」
両手を合わせて頼み込むティオナを見て、ポップはしばらく黙り込んだ。
断ったところで、簡単には引き下がらないだろう。
「……軽くだぞ。本気で来るなよ?」
「やった!」
ティオナは嬉しそうに跳ねると、背負ってきた布包みから、刃を潰した訓練用の大双刃を取り出した。
(……いや、訓練用の武器を持ってきてるって事は、最初から自分もやる気だったって事じゃねぇか)
ポップは心の中で苦笑しながら、『輝きの杖』を道具袋へしまい、代わりに訓練用の木刀を取り出した。少し離れた位置で、レフィーヤが固唾を呑んで見守る。
「それじゃ、行くよ!」
ティオナが地面を蹴った。
速い。
やはり先ほどのレフィーヤとは、全く違う。
一瞬で距離を詰められ、訓練用の大双刃が横薙ぎに振るわれる。ポップは無理に木刀で受けようとはせず、地面を蹴って後ろへ下がった。刃を潰した武器が、ポップの目の前を通り過ぎる。
(結構速ぇっ!)
ティオナは、そのまま身体を回転させて二撃目を放った。
ポップは木刀を斜めに当て、力の向きを僅かに逸らす。回転の勢いでティオナの側面が空いた一瞬を狙い、肩へ向かって木刀を振った。
だが、ティオナは楽しそうに笑いながら身を沈め、簡単に回避する。
「おぉ〜!やっぱりポップさん凄い!」
「そんなに余裕がある奴に言われても、嬉しくねぇな!」
ポップは軽口を返しながら、ティオナの動きを見ていた。
単純な速さだけではない。
力もある。
身体の使い方にも無駄がなく、攻撃の途中から軌道を変える事まで出来る。昨日のベルや、先ほどのレフィーヤとは比較にならないほど近接戦に慣れていた。
ティオナが再び踏み込む。
今度は先ほどよりも速い。左右から連続して大双刃が打ち込まれるが、ポップは距離を取りながら、木刀の角度を変えて攻撃を逸らしていく。
「うわっ、ちょっ、待てって!」
ティオナの動きが徐々に激しくなる。思わずポップも声を上げたが、それでもまだ一撃も受けていない。
そして二人は一旦距離を取り、同時に動きを止めた。
「おっ、お前……軽くって言っただろうがっ!」
ポップは息を整えながら抗議する。
だが、ティオナは先ほどよりも更に楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「今あたし、それなりに結構速く動いてたよ?なのに、一回も当たらないなんて、ポップさん凄過ぎない!?」
「……凄い。魔導士なのに、短時間とはいえティオナさんの攻撃を凌げるなんて」
少し離れた場所で見ていたレフィーヤが、思わず声を漏らした。
勿論、ティオナが本気でなかった事は分かっている。それでも、自分と同じ魔導士であるはずのポップが、短い間とはいえ、ティオナの攻撃を一撃も受けずに凌いだのだ。
ティオナは興奮した様子で、ポップへ近づいた。
「ポップさん凄いよ!ねぇっ、本当に魔導士なの!?」
「ああ、正真正銘の魔法使いだっての」
ポップは苦笑しながら木刀を肩へ担いだ。
「まあ、これでもそれなりに修羅場を潜ってきたつもりだからな」
何とか余裕のある様な顔でそう答えたものの、内心では冷や汗をかいていた。
(あっぶねぇ……ティオナのやつ、強過ぎだろ。本気を出したらマァムより強ぇんじゃねぇか?もう少し続けてたら、絶対捌ききれなかったぞ、こりゃ……)
「ねぇ、もう一回やろう!」
「勘弁してくれ。これ以上付き合ってたら、ここでやりあうだけで一日が終わっちまうよ」
「じゃあ、また今度ね!」
「また今度やる事は、もう決まってんのかよ……」
ポップが呆れた様に言うと、レフィーヤも少し遠慮がちに口を開いた。
「あの……私も、またお願いしてもいいでしょうか?」
「レフィーヤ……お前もかよ」
ポップは呆れて、ティオナとレフィーヤの顔を交互に見る。
露店を始めても、商売の客はなかなか増えない。
「俺は普通に、ダラダラ店番でもやってたかったんだけどなぁ」
そう呟いてから、ポップは空を見上げた。
どうやら彼がのんびりと武器屋を出来る日は、まだまだ当分先になりそうだった。
◇
ポップとの訓練からの帰り道。
ティオナは、まだ物足りなさそうに訓練用の大双刃を肩へ担いでいた。一方のレフィーヤは、ポップから教わった動きを何度も頭の中で繰り返している。
魔法使いでありながら、第一級冒険者の攻撃を短時間とはいえ凌いだ人。昨日までのレフィーヤなら、到底信じられなかっただろう。
(ポップさんは、私達が思っているよりも、ずっと多くの戦いを経験してきた人なのかもしれない)
黄昏の館へ戻ったら、今日見た事をフィンとリヴェリアへ伝えよう。
レフィーヤは、そう心に決めた。
お疲れ様です~(;´∀`)
更新が遅くなってしまってすいません。
話の続きが思い浮かばなかったという訳ではないのですが、本音を言うと、ハーメルンに投稿されている他の作品を見ていたせいで、中々お話作りに集中出来なかったのです。
なので今日は、ちょこちょこ考えていたお話の部分をつなぎ合わせたり、おかしいところはないかな~と確認しながら、今ようやく続きが投稿出来ました。
未熟な作品ではありますが、皆さん宜しければ、コメントや感想、評価など宜しくお願いします!