大魔王を倒してから10年後…強く成長した大魔道士が、再び! 作:ポップ
翌日。
ポップは、昨日と同じ場所で露店を開いていた。敷物の上には『鉄の剣』や『鉄の籠手』、『やくそう』に『毒消し草』。昨日と比べて多少並べ方を工夫してみたものの、やはり客足には殆ど変化がない。
商品を眺めていく者はいる。値段を尋ねてくる者もいる。だが、実際に金を払ってくれる客は、今のところ一人もいなかった。
(やっぱ、普通の武器だけじゃそう簡単に売れねぇか……)
ポップが敷物の上で頬杖をついていると、通りの向こうから見覚えのある二人が歩いてくるのが見えた。
「ポップさーん!」
大きく手を振りながら近づいてくるティオナ。その隣には、少し申し訳なさそうな表情をしたレフィーヤがいる。ポップは二人の姿を確認すると、呆れた様に溜め息をついた。
「また来たのかよ、お前ら」
「いいじゃん!どうせ今日も、お客さんなんて来てないんでしょ?」
「どうせは余計だ!」
ポップは反射的に言い返したが、客が来ていないのも事実である。敷物の上には、朝から全く減っていない商品が並んでいた。
レフィーヤはそれを見て、更に申し訳なさそうに頭を下げる。
「す、すみません。商売のお邪魔になってしまうのでしたら、今日は……」
「いや、別に来るのはいいんだけどよ。でも俺もそろそろ、自分の食い扶持を稼いでおかないとまずいんだよなぁ……」
ポップは敷物の上の商品を見渡した。昨日はベルへ『鉄の剣』を後払いで渡したが、当然ながら、まだ代金を受け取っている訳ではないし、宿代と食事代は毎日必要になる。元の世界へ帰る方法を探しながら生活していく為にも、とにかく金がかかる。
このまま店を畳んで訓練の相手ばかりしていては、武器屋ではなく、本当にただの面倒見のいい旅人になってしまうだろう。
「あっ、それなら!」
レフィーヤが、思い付いた様に顔を上げた。
「こちらが授業料をお支払いするというのは、どうでしょうか?」
「授業料?」
「あっ!それいいかも!」
ティオナも楽しそうに賛成する。
ポップは腕を組み、少し困った様な顔でレフィーヤを見た。
「授業料かぁ。う〜ん、でもなぁ……レフィーヤは本当にいいのか?俺は別に先生でも何でもねぇんだから、そんなにちゃんと教えられるか分からねぇんだぞ?」
「いえ!昨日教えて頂いた事は、今の私にとってとても為になりました。ですので、もしポップさんが構わないのであれば、またお願いしたいと思っています」
レフィーヤは真剣だった。
昨日教わった、敵の攻撃を正面から受けずに流す動き。杖で敵を倒そうとするのではなく、自分が魔法を使える距離へ戻るために利用するという考え方。
一日で身に付いたとは到底言えないが、魔導士である自分にとって、必要な技術なのは間違いなかった。ポップは頭をかきながら、今度はティオナへと視線を向ける。
「いや、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどよ。あとティオナ。お前には俺の授業なんかいらねぇだろうに」
「そんな事ないよ!昨日のは、いつも訓練してるファミリアの皆とは違って、あたしも勉強になったもん!」
「本当かね〜」
「本当だって!力で止めるんじゃなくて、武器の向きを少し変えて攻撃を外したり、あたしが動く前から次に何をするのか読んでたりしてたでしょ?ああいうの周りでやる人もいなかったから、新鮮で面白かったよ!」
ティオナに関しては、ただ遊びたいだけかと思っていたが、どうやら全く何も考えずに来た訳でもないらしい。
ポップは少し意外そうに眉を上げ、それから小さく笑った。
「まぁ、そこまで言ってもらえるなら、俺としても嬉しいんだけどよ」
そう言いながら、ポップは敷物の上に並べていた商品を、次々と道具袋へしまっていく。
「でもよ、俺も教えるのに自信がある訳じゃねぇから、授業料の代わりに、終わった後に夕飯でも奢ってくれよ」
「えっ?いえ、そこはちゃんとお支払いさせて頂きます!」
レフィーヤは慌てて財布へ手を伸ばそうとするが、ポップはそれを止める様に手を振った。
「いいっていいって。それに俺も、高い金を貰ってから教えるより、軽く夕飯を奢ってもらうくらいの方が気楽にやれるからな」
「でも……」
「それで俺は晩飯代が浮く。お前らは訓練が出来る。どっちも得するんだから、それでいいだろ?」
レフィーヤはまだ少し納得していない様子だったが、ポップがそれ以上受け取る気はないと分かり、やがて頷いた。
「……分かりました。それでは、夕食は私達にご馳走させて下さい」
「おう。楽しみにしてるよ」
「やった!じゃあ今日は何食べる!?」
「気が早ぇよ!まだ訓練も始めてねぇだろうが!」
ポップは敷物を畳んで道具袋へ入れると、その場から立ち上がった。
「んじゃ、昨日の空き地に行くか」
「はい!」
「よ〜し!今日は昨日よりも、もう少し本気でやるぞ〜!」
「お前は軽くだからな。忘れんなよ?」
そう念を押したが、ティオナが本当に分かっているかどうかは、怪しいものであった。
◇
空き地へ到着すると、レフィーヤは早速杖を構えた。
ポップも道具袋から『輝きの杖』を取り出し、手の中で軽く回す。昨日と同じ訓練ではあるが、レフィーヤの動きには早くも少し変化が見られた。
昨日の様に、最初からポップを杖で攻撃しようとはしない。身体の前に杖を置き、ポップの動きを見ながら、攻撃を受け流す事に意識を向けているようだ。
ポップが横から杖を振るう。
レフィーヤは自分の杖を斜めに合わせ、衝撃を受け止めるのではなく、外側へ流した。そのまま素早く一歩下がり、距離を取る。
「そうそう。昨日より随分良くなってるぞ」
「有り難う御座います!」
レフィーヤは答えながら、再び杖を構えた。
だが、喜んでばかりもいられない。
ポップが少し攻撃の速度を上げると、次の一撃は完全には流し切れず、レフィーヤの杖が大きく揺らされた。ポップは空いた脇へ杖を伸ばす。レフィーヤは慌てて後ろへ跳び、ぎりぎりで回避した。
「今のも悪くはねぇと思うぞ。ただ、攻撃を流した後に安心すんのが少し早いかな。相手が一回攻撃して終わりとは限らねぇし、流した後も、次が来ると思って動いた方がいいぞ」
「は、はい!」
それからも、二人は何度も杖を打ち合わせた。
レフィーヤは失敗する度、ポップの言葉を聞いて動きを修正していく。受け流す方向。後ろへ下がる足の運び。杖を強く握り締め過ぎず、相手の力を利用する方法。
しばらく訓練を続けた頃には、レフィーヤの呼吸はかなり荒くなっていた。
「はぁ……はぁ……」
「基礎の体力は十分ありそうだし、後は何度も繰り返して、今の動きを身体に覚えさせていけばいいんじゃねぇか?」
「あ、有り難う御座います……」
レフィーヤは息を切らしながらも、嬉しそうに返事をした。
ポップは『輝きの杖』を肩へ担ぎ、そんなレフィーヤを見ていた。魔力や詠唱の技術だけでなく、身体もきちんと鍛えている。少なくとも、訓練を怠っている様子はない。
真面目な性格なのだろう。
ただし、近接戦をしながら魔法まで扱うとなれば、話は更に難しくなる。レフィーヤは呼吸を整えながら、ふと思い出した様にポップへ尋ねた。
「そういえば、ポップさんは並行詠唱も出来るのでしょうか?」
「並行詠唱?」
初めて聞く言葉に、ポップは首を傾げた。
「何だ、それ?」
「えっ?」
レフィーヤは意外そうに目を瞬かせる。
「移動や回避、他の行動を行いながら魔法の詠唱を続ける技術です。魔導士が戦場で魔法を使うためには、とても重要な技術なのですが……」
「あ〜、なるほど。動きながら呪文を唱えるって事か」
「はい。ですが、詠唱を続けるだけでも集中が必要なのに、同時に周囲を見て、敵の攻撃へ対処して、魔力の制御まで行わなければなりません。少しでも集中を乱せば、詠唱が途切れて、魔法が不発に終わる事もありますから」
「そりゃ大変そうだな」
ポップは他人事の様に言った。
その反応に、レフィーヤは少し違和感を覚える。
「ポップさんは、そういった訓練をされた事はないんですか?」
「ないな」
「……そうなんですか?」
「ああ。俺が使う呪文は、長い詠唱が必要なものは一つもねぇんだ。基本的には、使う呪文の名前を言えばすぐに発動するからよ」
「えっ……」
大魔道士とまで噂されているポップが、長い詠唱を必要とする呪文が一つもないというポップの言葉に、レフィーヤは驚いて目を見開いた。
「まあ、特殊な準備がいる呪文とかはあるけどな。少なくとも、長々と唱え終わるまで使えない呪文はない」
ポップは苦笑した後、少し考える様に腕を組んだ。
「並行詠唱ってのは、そんなに難しいもんなのか?」
「……はい。冒険者の中でも、自在に行える方は限られています。私も練習はしているんですが、まだまだ全然出来る気がしません」
「ふむ……」
ポップは何かを確かめる様に、自分の両手へ視線を落とした。
そして、左右の手を僅かに持ち上げる。
次の瞬間、右の掌に小さな炎が灯った。
同時に、左の掌の上には白い冷気が集まり、小さな氷の塊が形作られていく。
炎の熱と、氷の冷気。
全く異なる二つの魔法が、ポップの両手に同時に存在していた。
「えっ?別々の魔法を、両手で同時に……?」
レフィーヤが驚いて声を上げる。
ティオナも興味津々といった様子で、ポップの両手を交互に見ていた。
「う〜ん」
ポップは両手に魔法を維持したまま、少し困った様な顔をした。
「こいつは並行詠唱とは、ちょっと違うよなぁ。そもそも詠唱してねぇし」
「いえ……これはこれで、とんでもない技術な気がするんですが……」
レフィーヤの言葉に、ポップは肩をすくめた。それから両手を軽く閉じると、炎と氷を同時に消し去る。
「俺には並行詠唱ってのは出来ねぇ。というか、必要がなかったから、やった事もねぇんだ。でも要するに、動きながら詠唱を完成させられる様になりたいんだよな?」
「はい。敵に接近された時も、動きながら詠唱を続けられる様になれば、戦い方の幅が大きく広がると思うんです」
「だったら、今度は俺の攻撃を捌きながら、詠唱してみろよ」
「……えっ?」
そう言ってポップは杖を構え直す。
「勿論、さっきよりも攻撃は軽くするからさ。最初から出来なくてもいい。まずは杖で受け流しながら、詠唱を止めないところから始めようぜ」
レフィーヤは一瞬驚いたが、すぐにその意味を理解した。先ほどまで練習していた近接戦への対応と、並行詠唱を組み合わせる。実戦に近い形で練習するという訳だ。
「分かりました。お願いします!」
レフィーヤは杖を構え直し、呼吸を整えた。
そして、普段使っている魔法の詠唱を始める。
最初は、ポップが間合いへ踏み込んだだけで声が止まった。
二度目は、一撃目を受け流したところで杖に意識を奪われ、詠唱の言葉を止めてしまう。
三度目は詠唱を続けながら下がる事が出来たが、どうしてもポップの動きに意識が向いてしまうと、途中で言葉が止まってしまう。
「焦らなくていいぞ。詠唱だけに集中しようとするから、攻撃された時に全部飛ぶんだ。まずは、動きながら詠唱が出来るようになる事を目標にして、ゆっくりやっていこうぜ」
「はい!」
レフィーヤは何度も挑戦した。
それでも、そう簡単には上手くいかない。
詠唱を意識すれば杖への反応が遅れ、ポップの動きを見れば今度は言葉が止まってしまう。しばらくすると、レフィーヤは再び肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……やっぱり、難しいです……」
「まあ、こういうやり方が初めてだったんなら仕方ねぇよ。でも、見た感じこれももう少し慣れてきたら、割といけるんじゃねぇか?」
「そ、そうでしょうか……」
レフィーヤとしては、とても「割と」で済ませられる難しさではなかった。
それでも、確かに最初より僅かに長く詠唱を続けられる様にはなってきたので、練習の方向性が間違っているとは思わなかった。
「はい。次までに、今日教えて頂いた事を練習しておきます」
「無理し過ぎんなよ。疲れてる時はしっかり休んで、のんびりやっていこうぜ」
ポップの「のんびりやっていこうぜ」という言葉にどう答えていいか悩んだが、今は自分が教えてもらっている立場である。
「……分かりました!」
レフィーヤが頷いたところで、待ちかねていたティオナが勢いよく手を上げた。
「よ〜し!それじゃ、今度はあたしの番だね!」
「ティオナかぁ……」
ポップは露骨に嫌そうな顔をした。
「正直、お前には教えられるもんなんて無いんだよなぁ……」
「そんな事ないって!今日もやろうよ!」
「昨日、十分やっただろ?」
「今日は今日だよ!」
何の説明にもなっていない。
ポップは頭をかきながら、少し考え込んだ。
昨日は、魔法を使わずに木刀だけで相手をした。ティオナも本気ではなかったが、それでも攻撃を凌ぐだけで精一杯だった。
ならば今日は、少し条件を変えてみてもいいかもしれない。
「なぁ、ティオナ」
「何?」
「俺の方だけどよ。今日は、ちょっと魔法を使ってみてもいいか?」
「えっ?どんな魔法なの?」
ティオナは警戒するどころか、楽しそうな顔でこっちを見てくる。
「なぁに。ちょっとした補助呪文を少しさ。炎を撃ったりとか、そういう派手な事はしねぇよ」
「う〜ん……うん、いいよ!あたしも、ポップさんがどんな魔法を使うか気になるし!」
了承を得たポップは、ティオナに気づかれない様、僅かに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
◇
二人は空き地の中央で向かい合った。
ティオナは昨日と同じ、刃を潰した訓練用の大双刃を構えている。ポップも道具袋から木刀を取り出し、片手で軽く握った。
少し離れた場所では、レフィーヤが呼吸を整えながら二人を見守っている。
「じゃあ、いくぞ?」
「うん!」
ティオナが元気よく答えた。
ポップはその返事を聞いた後、自らを対象に呪文を唱え始める。
「スカラ!」
淡い光がポップの身体を包み込み、
「ピオラ!」
風の様な光が足元から立ち昇り、
「バイキルト!」
最後に赤い輝きが両腕へ纏わりつき、三つの光が全身へ染み込む様に消えていった。
三つの補助呪文を受けたポップの身体から、目に見えない圧力の様なものが広がっていった。ティオナは、大双刃を構えたまま目を瞬かせた。
「……へっ?」
次の瞬間、ポップが高速で移動してきた。
今までにはないスピードで、一気に距離を詰めてきたのだ。
「うわっ!」
ティオナが目を見開いた時には、すでに木刀を振りかぶったポップが眼前まで迫っていた。
反射的にティオナが大双刃を持ち上げる。
直後、ポップの木刀が大双刃と激突した。
乾いた音が空き地に響き、ティオナの腕へ予想以上に重い衝撃が伝わってくる。
「うそっ!?」
ティオナは両足を地面へ踏み込み、木刀を押し返した。
ポップは力比べを続けず、すぐに身体を横へ流す。ティオナの武器の側面を滑る様に木刀を動かし、そのまま脇腹を狙った。
捌き方自体は昨日とほぼ同じだが、それを行うポップの身体能力が信じられないくらいに上昇している。ティオナは身体を捻り、大双刃の柄で木刀を受け止めた。
「ちょっ!?昨日と全然違うじゃん!」
「だからさっき魔法を使っていいか聞いただろ!」
ポップは一度距離を取り、再び地面を蹴った。
ピオラによって強化された速度は、常時のものとは比べ物にならない。ティオナが踏み込んでくるのを待つのではなく、自分から間合いへ入り、上下左右から木刀を振るっていく。
戦士としての技術だけなら、ポップはティオナに及ばない。
だが、力と速度を補助呪文で引き上げて、数々の強敵と戦ってきた経験で動きを補う。
これでもバーンとの戦いの後、皆が自分の道を歩んでいくのを見ながら考えて、アバンからアバン流刀殺法も改めて教えてもらっていたのだ。それまでは、魔法使いの自分には不必要な技術(というより、使えないと思っていた)だと思っていたが、これから剣も扱っていくなら覚えた方が絶対にいいし、何より魔法力の節約にもなる。
紋章の力を使ったダイやバラン程ではなくても、破邪の洞窟で身に付けた複数の補助呪文の同時使用は、並の敵なら剣だけでも蹴散らせるほど、ポップの身体能力を引き上げていた。
ティオナが大双刃を横薙ぎに振るう直前、ポップは僅かに姿勢を低くした。頭上を武器が通り過ぎると同時に懐へ入り込み、ティオナの肩へ木刀を伸ばす。
「おっと!」
ティオナはそのまま、片足を軸にして身体を回転させ、木刀をぎりぎりでかわした。その勢いのまま大双刃を返し、ポップの背中へ打ち込もうとする。
だが、ポップは振り返らない。
攻撃の気配だけを感じ取り、木刀を背中側へ回して大双刃の軌道を逸らした。
「へぇ……!」
ティオナの笑みが深くなった。
さっきまでは、いつもと違う戦い方を楽しんでいるだけだった。
だけども、今は違う。
補助呪文を使って身体能力を上げてきたポップは、力を抑えたままでは、対処しきれない相手になっていた。
ティオナの笑みから、僅かに浮ついた色が消えた。
まだ本気ではない。
それでも、昨日の続きのつもりで相手をしていれば、こっちがやられてしまう。ティオナはそう判断し、握っていた大双刃へ少しだけ力を込めた。
ティオナが再び地面を蹴る。
今度の踏み込みは、先ほどよりも明らかに速い。
ポップの正面へ突っ込み、大双刃を下から振り上げる。ポップは木刀を斜めに当てて軌道を逸らそうとしたが、強い衝撃が腕を突き抜けた。
「ぐっ!」
木刀ごと身体を押し上げられ、ポップの足が地面から離れる。
空中で身体を捻り、何とか着地するが、ティオナはすでに次の攻撃へ移っていた。
「ちょっ、待っ!」
ポップへ、大双刃の連撃が次々と迫る。
木刀で流し、身体を反らしてかわす。だが、続く三撃目までは完全に避け切れなかった。
大双刃の柄が、ポップの脇腹へ浅く触れる。スカラの効力で衝撃を大きく軽減出来たが、それでもポップの身体は横へ弾かれ、地面を滑る。
「大丈夫ですか!?」
レフィーヤが思わず声を上げた。
ポップは片手を地面について勢いを殺し、そのまましんどそうに起き上がった。
「大丈夫だ!っていうか、ティオナ!お前、もうちょっと手加減しろよ!」
「あははー……でもさ!ポップさん凄いよ!そんなに動けて魔導士だなんて、ちょっと信じられないかも!」
「くっ……一応授業料を貰う立場だから、やれる事がないか考えて、俺も本気でいってみたんだけどな……」
ポップは脇腹を押さえながら、短く呪文を唱えた。
「ベホイミ」
淡い光が脇腹を包み込み、打ち付けられた痛みが急速に引いていく。ポップは木刀を手放す事もなく、治療を終えるとすぐに構え直した。
剣を構えながら回復魔法も使っている事に、レフィーヤが驚く。
(そういえば、ポップさんは治癒魔法の他に、結界魔法も使えるってリヴェリア様が……)
「……なぁ。もういいだろ?そろそろやめにしねぇか?」
というポップの言葉に、ティオナは満面の笑顔で
「え〜?ポップさん、絶対まだまだやれそうじゃん!今もなんか、手の光で回復してるっぽいし、もうちょっとだけ!ね?」
口ではお願いしていたものの、次の瞬間には、ティオナはもう目の前まで迫っていた。
ポップは振り下ろされる大双刃を、身体を半歩だけ外へずらしてかわした。そのままティオナの横を抜け、背後へ回る。
ポップの木刀が、ティオナの背中へ迫った。
だが、それもティオナには防がれてしまう。
金属と木が打ち合わされる激しい音が響く。
ティオナはそのまま武器を押し込み、力でポップを弾き飛ばそうとする。バイキルトでポップの腕力も強化されていたが、それでも形勢はティオナに傾いていく。
「やああっ!」
「ちょっ!そろそろっ!もうやめにしようぜっ!」
押されながらも、先に力を抜いたのはポップだった。
急に抵抗が消えた事で、ティオナの身体が僅かに前へ傾く。その隙を利用して、ポップは木刀を引きながら、ティオナの手首を狙った。
ティオナは驚きながらも手を引き、大双刃の逆側で木刀を弾く。
「お〜っ!今のは、本当に危なかったかも!」
ポップは弾かれた木刀を素早く引き戻し、今度は足元へ振るう。
ティオナは軽く跳んでかわした。
着地したティオナが再び踏み込もうとした瞬間、ポップは大きく後方へ跳んだ。
「たんま、たんま!」
木刀を持っていない手を前へ突き出し、そのままティオナを制止する。
「終わりだ!終わり!もう授業料分は頑張っただろ俺も!疲れたから、もうやめにしようぜ!」
「えぇ〜!もうお仕舞いなの?」
「お前の動きに付き合ってちゃ、こっちの身が持たねぇよ。レフィーヤも、もう十分だと思うよな?」
そう言って声を掛けられたレフィーヤは呆然としている。
しかし、それも仕方のない事であった。
今目の前で繰り広げられていたのは、到底「前衛vs魔導士」の戦いには見えなかったのだから。
「はっ、はい……ポップさんも疲れていらっしゃる様ですし、私ももう十分だと思うんですが……」
レフィーヤという味方を得たポップは、ここぞとばかりにティオナへ向き直った。
「ほらっ!レフィーヤも言ってるだろうが!だから、今日はこれで終わりだ!」
「えぇ〜……」
ティオナは不満そうに頬を膨らませたが、今度こそ大双刃を下ろした。
それを確認した途端、ポップの肩から一気に力が抜ける。木刀を道具袋へ放り込むと、そのまま地面へ腰を落とした。
「あ〜……疲れた……」
両手を後ろについて、何度も大きく息を吐く。
補助呪文で身体能力を引き上げる事は出来ても、体力が無限になる訳ではない。むしろ普段以上の速さと力で動き続けた分、全身へ押し寄せる疲労も大きかった。
「ポップさん、大丈夫ですか?」
レフィーヤが心配そうに近づく。
「ああ……怪我は呪文で治せても、疲れまで全部消える訳じゃねぇからな……」
「ごめんね。つい楽しくなっちゃって」
そう言いながらも、ティオナの表情には満足そうな笑みが残っている。ポップは座り込んだまま、恨めしそうにティオナを見上げた。
「ちょっとじゃねぇよ。……ったく、今日の夕飯は期待してるからな?」
「いいよ!大盛りにもしてあげる!」
「そいつは助かるぜ……」
ポップはそう答えると、そのまま地面へ仰向けになりたい衝動を何とか堪え、座り込んだまま深く息を吐いた。
授業料代わりに夕飯を奢ってもらう以上、適当な事は出来ないと思い、つい自分も張り切り過ぎてしまったらしい。
満足そうな二人の様子を見る限り、今回の授業自体は成功と思っていいのだろう。
ただ、どうやら今日の授業料は、夕飯一食では少し割に合わないかも……と思ったポップなのであった。
お疲れ様です~(;´∀`)
今日はちょっと風邪気味で、朝からずっと咳をしていたので、お仕事休んで代わりにお話の続きを考えてました!
面白いと思って頂けたら嬉しいです!