大魔王を倒してから10年後…強く成長した大魔道士が、再び! 作:ポップ
レフィーヤとティオネから一通りの報告を聞き終えたフィン達は、ポップ本人から話を聞く為に、彼らが待っているであろう応接室へと向かった。
レフィーヤとティオネも、その後に続いている。
天候を変え、昼と夜を入れ替える魔法まで使えるという魔導士。さらに聞いてみれば、ドラゴンになったり、他人の姿に変身する事も出来るらしい。
そして、ポップが開いている露店近くから、このホームまでを一瞬で移動出来る魔法まで……
聞けば聞くほど、ポップという青年が扱う力は、自分達の知る魔法の枠組みから外れている気がする。
それでも、まずは本人の説明を聞いてみないと、何とも判断は出来ない。
そうしてフィンが応接室の扉を開いたのだが――。
「……誰もいないね」
部屋の中は空だった。
ざっと室内を見渡してみても、長く利用していた様な形跡は見られない。
「ティオナ達は、確かにポップをここへ案内したのだな?」
リヴェリアが尋ねる。
「はい。私達が団長室へ向かう前に、ティオナさんとアイズさんに、応接室でお相手をお願いしましたので……」
レフィーヤも不思議そうに室内を見回した。
ティオネは額へ手を当て、小さく息を吐く。
「もう、どこにいったのよ、あの子は……」
その時、廊下の向こうからラウルが歩いて来たので、フィンは部屋を出て彼に声を掛ける。
「ラウル。少しいいかい?」
「はい。どうしました、団長?」
「この応接室に、ポップという客人と、ティオナとアイズがいた筈なんだけど、どこへ行ったか知らないかな?」
ラウルは少し考える風にしてから答えた。
「ああ、その三人でしたら、さっき訓練室の方へ向かうのを見ましたよ」
「訓練室か……」
フィンの声に、僅かな不安が混じった。
リヴェリアが隣から静かに声を掛ける。
「フィン……」
「あぁ。ティオナ達が、無理を言っていないといいんだけどね……」
少し前に応接室で待っている様に頼まれていた筈なのに、どうして訓練室に移動しているのか。しかも一緒にいるのは、戦う事が好きなティオナと、強さを求め続けるアイズだ。
フィン達はラウルへ礼を言うと、そのまま訓練室に向かった。訓練室へ近付くにつれて、硬い物同士が激しく打ち合わされる音が聞こえてくる。
それは短い間隔で何度も響き、時折、床を蹴る鋭い音まで混じっていた。
「誰かが戦っているみたいじゃな」
ガレスが低い声で呟く。
フィンが訓練室の扉を開いた。
その瞬間、室内で行われていた光景に、一同は揃って目を見開いた。
中央にいるのは、ポップとアイズだった。
二人とも刃を潰した訓練用の剣を手にしており、激しく剣を打ち合わせている。
だが、驚くべきなのは、二人が戦っている事ではない。よく見ると、ポップの目元には細長い布が固く巻かれ、目隠しをされていた。
完全に視界を塞がれたまま、アイズと剣を交えていたのだ。
アイズが正面から鋭く踏み込み、ポップの肩を狙って剣を振るう。
ポップは攻撃を目で確認出来ない筈なのに、まるで見えているかの様に半歩身体を横にずらし、剣を紙一重でかわしている。
続けて迫る二撃目には、自分の剣を斜めに合わせ、アイズの剣を僅かに外側へ逸らしてみせる。
「うわー!ほんとに目隠しして戦えてるー!どうなってるんだろ?」
訓練室の端から、ティオナの楽しそうな声が響いてきた。
どうやら彼女も、ポップが目隠しをしながら戦うのは、初めて見るらしい。
その声に反応し、ティオネがすぐに妹の方へ詰め寄った。
「ちょっとティオナ!なんで応接室にいないで、訓練室に来てるのよ!しかも、どうしてポップさんは目隠しなんかしてるのよ……!」
「あ〜、ごめんごめん」
ティオナは戦っている二人から視線を外さないまま、少しだけ悪びれた様子で答えた。
「一応言っておくけど、あたしが訓練室に行こうって言ったんじゃないからね?戦いたいって言ったのはアイズの方だから!」
「アイズさんが!?」
レフィーヤが驚いて声を上げる。
視線の先では、アイズが再びポップに打ち込んでいた。
ポップは一撃目を受け流したものの、続く二撃目への対応が僅かに遅れて、剣先が服の肩口を掠める。
それでも慌てずに、目隠しをしたまま、アイズとの距離を取り直している。
「そそっ。昨日、あたしがポップさんと戦った話をしたでしょ?それがずっと気になってたみたいでさぁ。最初はちゃんと応接室で待ってたんだけど、アイズが自分もポップさんと戦ってみたいって言い出したんだよ」
「……確かに、アイズさんなら言いそうですね」
それには、レフィーヤも納得した。
強くなるためなら、どんなに厳しい訓練でも行えるアイズである。ティオナがこれほど高く評価していた相手を目の前にして、何もせずに待っていられる方が、むしろおかしかったかもしれない。
フィンは戦っている二人を見つめながら尋ねる。
「でも、どうしてポップは目隠しをしているんだい?」
「それはさ――」
ティオナは、応接室でのやり取りを思い出していた。
◇
応接室で待っていたアイズは、ポップをじっと見つめた後、唐突に口を開いた。
「ポップさん」
「ん?」
「私も、ポップさんと戦ってみたい」
「……えっ?」
ポップは目を瞬かせた。
隣にいるティオナは、待ってましたとばかりに笑顔を浮かべている。
「だよね!だよねー!やっぱりアイズも気になるよねー!ポップさん、アイズともやってみてよ!昨日あたしと戦ってくれたみたいに!」
そう言われても、ポップとしては苦笑するしかなかった。
「いや、まぁそれが今日のアイズの頼みっていうなら、別に剣で打ち合うのもいいんだけどよ……アイズはあれだろ?本職の剣士なんだよな?」
「うん」
アイズはこくりと頷いた。
彼女が剣士である事は、以前露店で『はやぶさの剣』を振る姿を見た時点で何となく分かっていた。動きには殆ど無駄がなく、剣を扱う事が身体へ染み付いている様に見えたのだ。
ポップは困った様に頭をかく。
「あ〜……やるのは構わねぇんだけどよ。俺は本職の剣士じゃないから、アイズの参考になる様な事は、あんまりないと思うぜ?」
「えっ」
アイズの表情が、目に見えて沈んだ。普段から大きく感情を表す少女ではないが、僅かに下がった視線と力の抜けた様子を見れば、落胆しているのは間違いないだろう。
「え〜!でもさ、昨日はポップさん、剣を使っても凄かったじゃん!」
ティオナがそこへ口を挟む。
「あたしの攻撃もずっと避けてたし、結構いけるんじゃないの?」
しかし、ポップは冷静に考えれている。
「いや、お前は剣士って感じじゃねぇだろ?だから昨日は、どうにかこうにかして、何とか誤魔化せたんだよ。言っとくけどな、俺だってかなりギリギリだったんだからな?」
ティオナは不満そうに頬を膨らませている。
だが、ティオナも第一級冒険者として数々の戦いを経験しているので、ポップの言っている事が間違っていない事も分かっていた。
そして、アイズの肩が僅かに落ちる。
「……分かった」
短く返事をしたものの、声にはやはり元気が無い。
ポップはそんなアイズを見て、困った様に頬をかいた。
いや、別に絶対やりたくないとかではないのだ。
ただ、魔法使いがちょっと覚えた剣を見せたところで、彼女の参考になるとは思えないし……
ポップは腕を組み、少しの間考え込む。
う〜む。
自分の腕で、アイズみたいな剣士の役に立つ事……
何かあるか?
そうして暫く考えた末に、ポップはある一つの事を思い付いた。
「……まあ、ちょっとくらいなら、参考になりそうな事もあるかもしんねぇけど」
その言葉を聞いたアイズが、途端にこちらを向き直した。
「……本当?」
「ああ。ただ、剣の技術を教えられるって訳じゃねぇぞ。今俺が考えてるのを、アイズがもうとっくに出来るってんなら、無駄足になっちまうかもしれねぇし。それでもいいなら、ちょっとやってみるか?」
「うん」
アイズが迷わず頷くと、隣にいたティオナも嬉しそうに立ち上がった。
「じゃあ、今から訓練室に行こう!」
ティオナも嬉しそうに続く。
「えっ、でもここで待ってなくていいのか?」
ポップとしては、先程レフィーヤから「応接室でお待ち頂けますか?」と言われたので、やると言っても「話が終わった後」でという意味だったのだが、ティオナは笑顔で問題ないと告げてくる。
「大丈夫だって!ここで待ってても、絶対まだもう少し掛かると思うし、それにアイズも待ちきれないみたいだから、やるなら早くやれた方がいいでしょ?」
「うん」
ポップは少し気になったものの、このファミリアに所属する二人が問題ないと言うのであれば、大丈夫なのだろう。
そう考えて、三人は応接室を出て訓練室に向かう事になった。
◇
訓練室に到着すると、ポップは道具袋から、刃を潰した訓練用の剣を二本取り出した。その内の一本をアイズへ渡し、自分も残った剣を軽く振ってみる。
アイズも手にした剣を二、三度振り、感触を確かめている。
それだけでも、ポップには自分とは剣士としての格が違う事が分かった。やはり、普通に剣を打ち合わせるだけでは、アイズの参考には全くならないだろう。
「ちょっと待ってくれよな」
「……?」
アイズが小さく首を傾げる。
ポップは道具袋の中を探り、一本のバンダナを取り出した。
それは、かつてダイ達と冒険をしていた頃に、ポップが身に着けていた物だった。あれから10年、年齢を重ねた今では身に着ける事もなくなっていたが、捨てる気にもなれず、道具袋の奥へ大切にしまっていたのである。
「まさか、また使う事があるなんてな……」
ポップは小さく呟くと、バンダナを細長く折り畳み、そのまま自分の目元へと巻き始めた。
「……えっ?」
アイズが目を瞬かせる。
「ポップさん、それで戦うつもりなの?」
ティオナも驚いた様に尋ねた。
「ああ。普通に剣を使ったところで、俺じゃアイズの参考にはならねぇだろうからな。でも、もしこういうのをアイズがまだ出来ないんだったら、これはこれで何かの参考になるかと思ってよ」
ポップがバンダナを後頭部で固く結び、完全に視界を塞ぐ。
「敵に目を潰されたり、煙や暗闇で相手の姿が見えなくなったりする事もある。それに、これをそれなりに極める事が出来たら、実体のない敵との戦いでも役立つんだぜ?」
そうして、視界が塞がれながらニヤリとする。
「目が見えなくても、戦えるの?」
「あぁ。まあ、アイズみたいな剣士を相手にやるのは初めてだから、どこまで出来るかは分からねぇけどよ」
ポップはそう言うと、自分へ補助呪文を掛け始めた。
「スカラ!ピオラ!バイキルト!」
三つの光が、次々とポップの身体へ染み込んでいく。
防御力。
素早さ。
攻撃力。
それらを引き上げたポップは、やがて訓練用の剣を構えてみせた。
「よし!準備出来たぜ!」
「……本当に、見えなくして大丈夫なの?」
アイズは少し心配そうに尋ねる。
「おう!多分大丈夫だと思う!あっ、でも最初はゆっくりめに頼むな」
「……分かった」
アイズはまだ少し訝しんでいたが、ポップ本人が構わないと言うのなら、まずは試してみる事にした。
剣を構え、ゆっくりと距離を詰めていく。
最初は反応を確かめる様に、ポップの右肩へ向かって剣を振った。
剣が届く直前。
ポップは僅かに身体を横へ動かし、その一撃をかわした。
「……あっ」
アイズが目を見開く。
続けて、反対側から剣を振るう。
今度はポップも剣を斜めに合わせて、アイズの攻撃を外側へ受け流した。
「うわー!本当に見えてるみたい!」
ティオナが興奮した様に声を上げる。
そして、アイズは少しずつ攻撃の速度を上げていった。
右。
左。
一度距離を取ると見せかけて、すぐに踏み込んで胸元を狙う。だが、ポップは一体何をどうやっているのか、次々と攻撃を捌いていった。
「それって、もしかして心の目ってやつ!?」
ティオナが目を輝かせる。
「前に読んだ英雄譚で、凄腕の剣士が目を閉じたまま敵と戦うシーンとかあったよ!でも、絶対作り話だと思ってたのに!」
ポップはアイズの剣を受け流しながら、ティオナに返事を返す。
「いや、これはこれで見えねぇ分、普通に戦うよりずっと難しいんだからな!」
「でも、ちゃんと避けられてるよ!」
「だから最初はゆっくりやってもらってんだよ!」
その言葉を聞いたアイズは、更に少しだけ剣速を上げた。
「おっ、おい!今のを聞いて、すぐに速くする奴があるかよ!?」
◇
「――っていう感じで、ポップさんが目隠しをして戦い始めたんだよ」
ティオナは、応接室での出来事をフィン達へ説明し終えた。
「なるほどね……」
フィンは改めて、訓練室の中央へ視線を向ける。
そこでは、先程よりも更に速度を上げたアイズを相手に、ポップが押されながらも、必死に食らい付いていた。
「ホッ!」
正面から振り下ろされた一撃を、剣の側面で受け流す。アイズはすぐに身体を回転させて、二撃目を放った。
ポップも剣を横に構え、それを何とか受け止める。
だが、アイズは止まらない。
更に深く踏み込み、下から剣を振り上げた。
「うわっと!?」
ポップは大きく後方へ跳び、その剣先をぎりぎりでかわした。
勿論アイズは本気ではない。
しかし、それでもかなり力を入れて戦っているのは、この場の誰が見ても分かるだろう。
その姿は、ロキが思わず疑問を口にしてしまうほど、魔導士という印象から掛け離れていた。
「……あの兄ちゃん、魔導士やなかったんかいな?」
しかし、そう思ってしまうのも無理はない。今ポップが目の前で見せている動きは、魔導士が護身の為に身に付ける程度の体捌きとは、全く次元の違うものだった。
しかも彼は、目隠しまでしている。
フィンは、人差し指を口元に持っていって考え込む。
(実体のないモンスターか……現在踏破されているダンジョンの中には、そういったモンスターが出たという報告は聞いた事がない……でも、今後も必ず出てこないとは限らない。いや、もし仮に深層以降で出てこられたとしたら、対処出来ずに詰んでしまう可能性すらある……)
そして、その間にもアイズの剣戟が更に激しさを増していく。
「おわっ!?ちょっ、ちょっと待て!アイズ!終わりだ、終わり!」
そう言われると、勢いづいていたアイズは残念そうに肩を落とした。
「えっ……」
「いや、お前もうちょっと手加減しろよ!もう少しで一発もらっちまうとこだったわ!それに見ろよ、何かもう皆ここに集まってきたみたいだからな」
アイズが後方を見てみると、確かにフィン達がこちらを見ていた。
「……分かった。その、有難う御座いました」
アイズが小さく頭を下げると、ポップも笑顔で言葉を返した。
「あぁ。俺も勉強になったわ」
ポップは笑いながらバンダナを外した。
◇
そうして一同は、落ち着いて話が出来る様に、今度は広めの会議室へと移動した。
全員が席に着くと、フィンが穏やかに口を開く。
「まずは、お礼を言わせてほしい。ポップ。連日、うちの団員達の訓練に付き合ってもらってすまないね」
「あ〜、いや。気にすんなって」
ポップは手を振りながら笑う。
「こっちも世話になってるしな。昨日はレフィーヤとティオナに飯を奢ってもらったから、おあいこってやつだ。それにフィン達も、俺がダンジョンへ潜れる様に、なんかギルドに話をしてくれるんだろ?だからまぁ、俺にやれる事なら出来る範囲で付き合わせてもらうさ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
フィンは微笑んだ後、ロキとガレスへ視線を向ける。
「ただその前に。ロキとガレスとは、今日が初対面だったよね?」
「ああ。そっちの二人とは、まだ話してなかったな」
「ほな、まずはうちからやな」
ロキが楽しそうに笑いながら身を乗り出した。
「うちはロキっちゅうもんや。このロキ・ファミリアの主神をやっとる。よろしゅうな」
「あーっと……ロキ様。俺はポップっていいます。こちらこそ宜しくお願いします」
急に畏まったポップの口調に、周囲から小さな笑いが漏れた。ロキ自身も愉快そうに笑いながら、気にする必要はないと手を振る。
「えぇって、えぇって。確かにうちは神やけど、そない畏まらんでもええよ。レフィーヤ達とも随分仲良うしてくれとるみたいやし、これからもよろしゅうな」
ロキの方からそう言ってもらえた事で、ポップも安堵した様に肩の力を抜いた。
「……助かります。んじゃ改めて、ポップだ。今は旅人だったり、露店で店とかやってる」
続いて、隣に座っていたガレスが口を開いた。
「それじゃあ、次はワシからも挨拶させてもらおうかの。ワシはガレスじゃ。お主の話は色々と聞いておるぞ、若いの」
今度は神様が相手ではないので、ポップも特に緊張せずに答える。
「あぁ、ポップだ。こちらこそ宜しくな」
「先程のアイズとの立ち合いも見せてもろうたわい。目隠しをしたままアイズの剣を捌くとは……あれで本職は魔導士だと言うのじゃから、大したものじゃのう」
「いやぁ、あれはアイズがかなり手加減してくれてたからな。それに、後半は結構ヤバかったからたまたまだよ」
見るからに、歴戦の戦士といった感じのガレスからそう評価され、ポップは照れ臭そうに頭をかいた。
一通り挨拶が終わったところで、フィンは改めてポップへ向き直る。
「それじゃ、幾つか質問させてもらってもいいかな?ギルドと交渉する際に、僕達は君の身元だけでなく、能力についてもある程度把握しておかなければならないからね」
「あぁ。俺に答えられる事なら、何でも聞いてくれ」
自分には隠す事など何もないといった様子の目の前の青年に、今日初めて出会ったロキとガレスも感心している。
「じゃあ、まず。さっきレフィーヤとティオネに聞いたんだけど、あの雨を降らせた魔法について聞かせてもらえるかい?」
フィンの言葉に、ポップが返す。
「あぁ、『ラナリオン』の事か。いいぜ、それの何が気になるんだ?」
「あの魔法は『ラナリオン』というのか……そもそもの疑問なんだけど、君の世界で天候を変える様な魔法は、どういった認識をされているのかな?」
フィンに言われて、ポップはふと確認しておかなければならない事を思い出す。
「あっ、その前になんだけどもさ。俺が「異世界」から来たっていうのは、ここにいる全員が知ってるって事でいいのか?」
フィンが頷いた。
「あぁ。うちもそれなりに大きなファミリアだからね。その手の噂話は、結構あっちこっちから聞こえてくるのさ。勿論、君に関する噂については、この場にいる者達には共有してある。知っているのは幹部と、君に直接関わった一部の団員だけだ。そこは安心してくれていいよ」
ポップは「助かる」と苦笑し、改めてフィンの質問へ答え始めた。
「それで、天候を変える魔法が、どういう風に思われているかだったか?これは俺んとこの世界でも、天候に干渉する呪文は、高位に分類されてる筈だぜ。少なくとも『ラナリオン』は、俺以外使ってる奴は見たことねぇな」
「なるほど……ちなみになんだけど、君はどうして、その『ラナリオン』という魔法を使えるようになったんだい?」
そこでポップは、この世界と自分の世界の、魔法を覚える仕組みについて話す。
「こっちじゃ、神の恩恵を受けた時に魔法が発現して、どんな魔法になるかは本人の資質や生き方に左右されるんだったよな?」
「概ね、その理解で間違いない」
リヴェリアが頷く。
「俺達の世界じゃ、呪文はもう少し学問や技術に近いんだ。魔法書を読んで術式を覚えたり、使える奴から魔力の練り方を教わったり、呪文によっては特別な儀式や契約が必要になる事もある」
ポップは一度言葉を区切った。
「勿論、勉強すりゃ誰でも使える訳じゃねぇ。向き不向きもあるし、そもそも魔法力を持ってない奴もいる。だから、もしフィンが『何故天候を変える魔法が発現したのか』と思ってるんだったら、そいつはちょっと違うんだよ」
フィン達は、ポップの説明を黙って聞いていた。
この世界における魔法とは、神の恩恵を通して魂へ刻まれる固有の力である。発現した魔法を鍛え、使いこなす事は出来ても、自分が望んだ魔法を勉強して増やす事は出来ない。
だが、ポップの世界における呪文は、知識と修練によって習得する技術としての側面を持っている。適性や魔法力という条件はあっても、学び方と努力次第では、一人で幾つもの呪文を身に付ける事が出来るのだ。
そもそも彼が扱っている呪文は、最初から全く別の仕組みで成り立っている。
リヴェリアは、ポップがこれまで数多くの呪文を口にしてきた理由を、ようやく理解し始めていた。
「それで、俺がどうして『ラナリオン』を使えるようになったのかだけどさ、これは俺達が魔王軍と戦ってた時なんだが……」
「待ってくれ……魔王軍だって?」
フィンは「何それ?」的な感じでポップの言葉を遮る。
一瞬だけロキの方へ視線を向けてみるが、ロキも茶化す様子を見せず、興味深そうにポップの話を聞いているので、どうやら冗談を言っている訳ではないらしい。
「あ〜そうだよな。そこら辺も説明しとく必要があるよな……」
そう言ってポップは、自分達の世界で起きた出来事の説明を始める。
「簡単にいうとな、俺んとこの世界には、俺達人間が暮らしてる地上の他に、神様達がいるっていう天界と、主に魔族や竜族なんかが暮らしてる魔界ってのがあるんだわ」
「……」
フィンも驚いているが、とりあえず一同はポップの話を聞いている。
「そんで魔界には、魔界の神とまで呼ばれた『大魔王バーン』って奴がいたんだよ」
「大魔王……」
流石のアイズも、両目を大きく開けてビックリしている。だって、大魔王なんて物語だけの存在だと思っていたのだから。
ポップは話を続ける。
「大魔王バーンはさ、太陽が欲しかったんだよ……」
その言葉を聞いた瞬間、ロキの細い目が僅かに見開かれた。
「た、太陽が欲しいやて!?何を考えとんねん、そいつは……」
ポップが苦笑する。
「まぁ、ロキ様や皆が思う事も何となく分かるさ。俺も初めて聞いた時は同じように思ったからな。でもまぁ、アイツにはアイツの言い分があったんだよ」
リヴェリア「言い分?」
ポップは静かに頷いた。
「魔界はさ、地上の遥か地下にあるんだよ。だから、必然的に太陽の光が届かないんだ。農作物も育ちにくいし、俺も何度か行った事があるが、あそこは暗雲が立ち込めていて環境も過酷だ。だから、バーンは思ったらしいんだ。何故神々は、脆弱な人間達にだけ太陽の恵みを与え、魔族や竜族を過酷な地底世界へ追いやったのか……てな」
皆が真剣に話を聞いている。
「それでバーンの奴は、まぁ俺達地上の人間達には困った事に、地上を完全に消滅させて、魔界に直接太陽の光を降り注がせようとしたって訳だ。何千年も掛けて、その計画を進めてたんだ」
会議室に、重い沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、リヴェリアだった。
「馬鹿な……」
皆が驚いているのも分かるので、ポップは僅かに苦笑した。
「俺も実際にバーンの奴と話してみて思ったんだけどさ……アイツの言い分も分からなくもねぇんだよな……」
思い掛けない言葉に、一同の視線がポップへ集まった。
ポップはそれを受け、困った様に肩をすくめる。
「とは言っても、俺達地上の人間からすりゃ、そんなの迷惑以外の何ものでもねぇだろ?バーンの言い分も分からないでもないとはいえ、それで地上を吹き飛ばすとか言われても認められる訳ねぇし」
一同が黙って耳を傾ける中、ポップは更に話を続けた。
「それで、バーンが地上侵攻の為に組織したのが魔王軍だ。ただ、あいつは裏で本命の計画を別に進めててな。魔王軍に地上を攻めさせる事自体は、本人に言わせりゃ余興みたいなもんだったらしい」
それを聞いて、レフィーヤの肩が僅かに震えた。
「地上への侵攻が、余興……」
一瞬レフィーヤを見るが、ポップは続ける。
「その時戦った魔王軍に『不死騎団』って部隊があって、団長をしてたヒュンケルって奴が……あぁ、ちなみにコイツは後から仲間になったんだけどよ。コイツの持ってた武器が、ちょっと前にフィン達に見せた『鎧の魔槍』ってのがあっただろ?あれの同系統の武器で『鎧の魔剣』ってやつなんだわ。だから、普通の呪文は殆ど効かねぇし、ヒュンケル本人の剣の腕も桁違いだったから、俺と相棒も苦戦したんだ。それでそん時に、鎧そのものに呪文が効かなくても、電撃なら中の人間まで通るんじゃねぇかって思ってよ。雷を落とす呪文に『ライデイン』ってやつがあるんだが、そいつを使えば、仮に鎧自体は何ともなくても、鎧を着ている中身の人間の方は無事じゃ済まないだろうから、これならいけると思ってよ」
皆は、過去にあったポップの冒険の話を真剣に聞いている。
「ただ『ライデイン』っていう呪文も簡単じゃなくてな。空から雷を落とすなんざ、一部の奴しか使えない特別な魔法と言われていて、使える奴も殆どいねぇって代物だったんだけどよ。そこで俺が魔法書を読み漁って、雷雲を呼べる『ラナリオン』を覚えたんだ。俺が雲を作ってサポート出来れば、相棒も雷を落としやすいんじゃないかと思ってな」
そこまで聞いて、フィンもようやく理解出来た。
つまり、ポップにとってラナリオンは、ただ興味本位で覚えた呪文ではない。仲間と共に強敵を倒す為、彼としても必要に駆られて身に付けたものだったのだ。
確かに、数日前に見せてもらった、あの常識外れの防御性能を持つ鎧の着用者を相手に、正面から倒すのは難しかっただろう。
ポップの世界を見た事がないので何ともいえないが、ロキの表情を見る限り、今のポップの話は本当の事なのだろうし……
しかし、大魔王か……
この世界の黒竜と、似たような存在なのだろうか……
フィンが思考を巡らせる傍らで、リヴェリアが口を開いた。
「なるほど。『ラナリオン』を覚えた経緯は分かった。事情を知らない我々に、そこまで話してくれた事にも感謝する」
リヴェリアは一度言葉を区切り、表情を引き締めた。
「だが、我々が最も気になっているのは、その『ラナリオン』ではなく、もう一つ聞かせてもらった『昼と夜を入れ替える魔法』についてなのだ」
真剣な様子でポップに語りかける。
「あ〜『ラナルータ』の方か。そういや、レフィーヤとティオネもやけに焦ってたよな。『ラナルータ』がどうしたんだ?」
(どうしたんだ、ではない!)
思わず声を荒げてしまいそうになるリヴェリアだったが、目の前の青年とは出会ってからまだ数日しか経っていない。ましてや、同じ眷属でも部下でもない相手だ。
リヴェリアは湧き上がった感情を抑え、出来る限り冷静な声で問い掛けた。
「まず聞かせてほしい。君は、その『ラナルータ』という魔法を、本当に使えるのか?」
リヴェリアは、もしそれが本当であるならば、最悪ポップの機嫌一つで世界が終わるかもしれないという懸念を抱いていたので、ロキにそれが真実なのかを確かめてもらえるように目配せしながら、ポップの方を見つめる。
しかし、最悪の予想が当たってしまい……
「あぁ、使えるぜ」
ポップは事もなげにそう答えた。
リヴェリアは反射的にロキへ視線を向ける。
いつもなら、どんな場面でも何か一言茶化す筈の女神が、今はただ、呆然とした表情でポップを見つめていた。
それだけで、十分だった。
彼は嘘をついていない。
昼と夜を入れ替えるという、世界の理へ干渉しかねない呪文を、この青年は本当に使えるのだ。
「……そんな、馬鹿な……」
リヴェリアの口から、掠れた声が零れ落ちた。
皆さん、お疲れ様です。
この回のお話に関しては、ぶっちゃけ微妙と思われる方もおられるでしょうが、とにかくめっちゃ悩みました。(まぁ、どの回のお話も毎回めっちゃ悩んでるんですが)
アイズとガチンコでやり合ってもアレなので、10年の間にポップはアバン流刀殺法の修行もしていて、ダイがマトリフのところで「空」の修行をしていた時に、目隠しされながらマァムと戦わされていたのを思い出して、それを今回持って来させてもらいました。
あと、会議室の話も合わせると、これだけでもかなり長くなってしまったので、自分としても区切りをつけたかったのもあり、一旦ここまでを第九話として投稿させて頂きます。