準特級術師はカプ厨につき!   作:波間こうど

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ストックを作りたい。


第二十一話 お悩み相談につき

 

 

「…………」

 

 任務が終わってからシャワーを浴びた私は、なんとなく自室に戻る気になれず、自販機の前の長椅子に腰掛けていた。なんてことのない一級呪霊を取り込んだだけ、大した任務じゃなかったが疲れてしまっていたらしい。

 

 ぼんやりとした頭の中はモヤがかかってしまったみたいで、何かを思い出すこと自体が堰き止められてしまったかのような、圧迫感があった。脳の回転が止まってしまっているような気さえする。

 

「…………」

「あ! 夏油さん!」

「……灰原か」

「お疲れ様です!」

 

 高専の建物内にある自販機なのだから当然だが、他の高専生も利用する。公共の場なのだから誰が来たっておかしくなかった。

 

「……何か飲むか?」

「えぇ、悪いですよ! コーラで!」

「ふふ……」

 

 可愛い後輩に飲み物を奢ってから、私はまた長椅子に座り込んだ。その横に灰原が座る。嬉しそうに缶コーラを飲む姿は子どものように見えるがこれでも準二級術師。将来有望な術師の卵だ。

 

「そういえば夏油さん! 明日出張なんですよ! 結構遠いところまで行きます!」

「へぇ、どこまで行くんだい?」

「東北? の方だったと思います!」

「へぇ、お土産頼むよ」

「了解です! 甘いのとしょっぱいのどっちがいいですか!!」

「悟も食べるかもしれないから甘いのかな」

「分かりました!!」

 

 私と同じく非術師の家系から生まれた少年。生まれつき誰もが羨むような根明で、優しくて、いつも笑顔でいる後輩は、子どもじみた無邪気さを私に振り撒きながらヘラヘラと笑いかけていた。その笑顔はどこまでも優しい色が備わっている。

 

「…………灰原」

「はい!」

「呪術師やっていけそうか? 辛くないか?」

 

 それは口から溢れでた言葉だった。私が今グルグルと考えてる内容を、具現化した、私が辛いこの状況下で、他の人は辛くないのか、同じ悩みを持ってはいないだろうか、そんなことを考えての言葉だった。

 

「そーですね……」

 

 灰原は顎に手を当てて少し考え込む。

 

「自分はあまり深くまで考え込まないタチなので」

 

 だけど、考え込む素振りもそこそこに顔を上げた。その顔にはやはり先ほどまでと変わらないような優しい色の笑顔が張り付いている。

 

「自分にできることを精一杯頑張るのは気持ちがいいです!」

「……」

 

 不思議と、いや、当然か、その言葉に嘘がないのはすぐにわかった。私は灰原に向けていた視線を戻しながら小さく「そうか」とだけ呟く。

 

 眩しかった。見てられなかった。

 

 悟も、灰原も、あまりにも眩しい。

 

「君が夏油くん? どんな女が好みかな?」

 

 何やら足音がこちらに向かって近づいてくるな、とは思っていた。

 

 近づいてきたのは女性だった。金髪のロングヘアに、ライダースジャケット、銀の腕輪はどこかで見た記憶がある。だが、その女性と顔を合わせるのは初めてだってことはわかる。こんな質問をしてくる人間は知り合いには居なかったはずだ。

 

「……どちら様ですか?」

「自分はたくさん食べる子が好きです!!」

「灰原……」

「大丈夫ですよ! 悪い人じゃないです!」

 

 ニコニコと笑う灰原の顔はずっと、私の側にいるのが楽しくて仕方ないといった顔だった。

 

「人を見る目には自信があります!」

「……私の隣に座っておいてか?」

「? ……ハイ!」

「あはは! 君今のは皮肉だよ」

 

 そこの女性が言う通り、今のは皮肉だった。後輩に対して格好良くもない、自分の本心から自分のことを卑下するような皮肉だ。恥ずかしくて仕方ない。そんな気持ちを抑え込むように、私は能面を被ったように押し黙った。

 

 ……それにしても私の横に座っておいて見る目があるって言葉も、なかなかの皮肉のように聞こえるが。

 

「失礼します!」

「後輩? 素直で可愛いじゃないか」

「術師としてはもっと人を疑うべきかと」

「で、夏油くんは答えてくれないのかな?」

「まずはアナタが答えてくださいよ。どちら様?」

 

 灰原が席を立って離れていくのに手を振りながら、交代するように私の隣に腰をかけた女性は何食わぬ顔で、旧知の知り合いであるというような顔で本当に誰だかわからないこと以外は優しそうな姿から見ても好印象、といった女性だった。

 

「特級術師、九十九由基って言えばわかるかな?」

「!!」

 

 その名前を聞いたことがない術師関係者はいないだろう。そのくらいのビッグネームだった。私と悟が特級になるまではただ一人の特級術師。その実力は折り紙付きで、一人で特級呪霊を二桁だろうと蹂躙できる化け物。

 

「貴女が、あの……!?」

「おっ、いいね。どのどの?」

「特級のくせに任務を全く受けず、海外をプラプラしてるろくでなしの……」

「私高専って嫌ーい」

「家の中だと服は着ないわ、家事はしないわでちゃらんぽらんの……」

「えっ」

「口喧嘩に負けたらしばらく拗ねる上に機嫌がよくなったと思ったら急にぶん投げてくるような破天荒な……」

「…………あの」

「研究熱心なのはいいけど呪術書読んで子どもをほったらかしにするって噂の……」

「後半のいくつかは詩刀子だろ。言ったの」

 

 拗ねたように足を放り投げながら九十九由基はため息をついた。ムスッとした顔は九条先輩から聞いていた通り、大人の姿をした子どものような人で、だけど、あの人の言うような厄介な人という印象は薄かった。

 

「ま、あの子の言うことも一理あるけどね。それに、高専とソリが合わないのは本当。ここの人たちがやってるのは対症療法で、私は原因療法がしたいの」

「原因療法?」

 

 九十九さんの言葉にピクリと反応してしまう。今、術師が置かれている状況が、もしも解決できるのならば、その原因療法にはとても興味がある。

 

「言わば呪霊を狩るんじゃなくて、呪霊のいない世界を作ろうよってこと」

「!」

「少し、授業をしようか」

「そもそも呪霊とは何かな?」

「人間から漏出した呪力が澱のように積み重なり形を成したものです」

「エクセレント、すると呪霊のいない世界の作り方は2つ」

 

 彼女は指を2本立てて見せながら何食わぬ顔でその論を語る。

 

「一つめは全人類から呪力をなくす、二つめは全人類に呪力のコントロールを可能にさせる」

 

 その二つはどちらも可能なんだろうけれど、不可能に近い、言わば机上の空論のように聞こえた。

 

「一つめはね、結構いい線いくと思ってたんだ。モデルケースもいたし、その上それに適した術式を持っている子もいたからね」

「モデルケース? 術式?」

「君もよく知ってる人たちだよ」

 

 ニヤリと笑みを深めた彼女は、そのまま話を続けた。

 

「禪院甚爾。天与呪縛によって呪力が一般人並みになるケースはいくつか見てきたけど、呪力が完全に0になったのは世界中を探しても彼だけだった。彼の面白い点はそこだけじゃない。禪院甚爾は呪力0にも関わらず、五感で呪霊を認識できた。呪力を完全に捨て去ることで、彼の肉体は一線を画し、逆に呪いの耐性を得たんだ」

「…………」

「正に超人。負けたことは恥じなくていい。肉弾戦でうちの弟子が負けたんだ。人間には無理な相手さ」

 

 ゴリラの方がまだ近いよ、そう言って九十九さんは笑ってから繋いでいく。

 

「それと、術式の方は君もよく知ってるだろう。心当たりがあるんじゃないか?」

「……九条詩刀子」

「そう、私の愛すべき馬鹿弟子さ」

 

 その術式は「天逆処調」。呪術史に名を残す僧侶が使っていた、術式を無効化する術式。

 

「あの術式の興味深いところは術式の中和、それを領域という限定された場でだけ対象にすることなんだよ。つまり、彼の術式範囲が全世界に及べば、術式は発動されなくなる。……これをもっと細く縛りを設けたり、それなりに発動条件を足していけば……呪力からの脱却も可能になるんじゃないかと思うんだ」

「……それは」

 

 確かにそうだ。彼の術式を拡大していけば世界を包み込める……無論、世界は難しくても日本だけでも包み込めたらそれだけでも呪力の、術式のない世界を作り出せるんじゃないか?

 

「まぁ、領域の範囲を拡げるための縛りを設けたとしても、その対価はおそらく重いものになるし、それを半永続的に続けていかなければいけないから領域よりも術式の解釈の拡大の方が可能性が高いと見ていたわけだけど……これもサブプラン。私としての本命は二つめだね」

 

 私のぐるぐると頭の中で考え込んでいるそれらを無視するように、九十九さんは話を二つめへと促した。

 

「知ってる? 術師から呪霊は生まれないんだよ。勿論、死後術師が呪霊に転ずるのを除いてね。菅原道真公の話なんかは中学生でも知っているだろう?」

 

 菅原道真。太宰府に左遷され、そこで死して呪霊になったとされている存在。悟の祖先である。

 

「術師は呪力の漏洩が非術師に比べて極端に少ない。術式行使による呪力の消費量やキャパの差はあるだろうけど、一番は流れだね。術師の呪力は本人の中をよく廻る」

 

 その言葉は、私の頭の中を揺らした。

 

『祓う、取り込む』

 

 自分の中でトグロを巻くような、そんな感覚。

 

『祓う、取り込む』

 

 ボヤが掛かっていた頭が軽くなって、自分の視界が開けていくような不思議で心地よくて、心底不快な真実に気づいてしまった、そんな感覚。

 

「じゃあ、非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか」

 

 溢れ出たのはまさしく本音だった。自分の心の奥底から漏れ出てくる本音。自分の考えそのもの、自分がここまで考えてきていた全てを肯定する方法を、生き方を固定するための、私の、私の。

 

『前髪も変じゃ!』

 

 私の———、答えは———。

 

「夏油くん」

「!」

「それはね、アリだ」

 

 その肯定は、彼女の口から軽く飛び出した。

 

「というか、多分それが一番イージーだ」

「え」

「非術師を間引き続け、生存戦略として術師に適応してもらう。要は進化を促すの、鳥たちが翼を得たように。恐怖や危機感を使ってね」

 

 そんなイカれた提案は、そんなイカれた考えは、スッと胸の中に落ちてきた。

 

 ——穴の空いた体。血まみれの池。

 

 私が求めてきていた答えはこれだったのか?

 

 ——据えた鉄の匂いと、混ざったルームフレグランス。

 

 私は、術師は、弱者のためにあり続けなければって思っていたのに。

 

 ——あの子の声が、顔が、あの人の笑い方が、瞳が、もう思い出せなくるんじゃないかと怖くなる。

 

 弱者のせいで、私の大事なものが壊れていくのか?

 

 ——あの日流した涙に、価値はあったのだろうか。

 

「だが残念ながら、私はそこまでイカれてない」

「…………」

「非術師は嫌いか? 夏油くん」

「分からないんです」

 

 それも、本音だった。

 

「呪術は非術師を守るためにあると思ってました。でも最近、私の中で非術師の……価値のようなものが揺らいでいます」

 

 溢れていく。

 

「弱者故の尊さ、弱者故の醜さ、その分別と受容ができなくなってきている。非術師を見下す自分、それを否定する自分……術師というマラソンゲームのその果てのビジョンが曖昧で、何が本音なのか分からない」

「そうだなぁ……」

 

 私の言葉を聞いて、九十九さんはおもむろに長椅子から立ち上がった。そして自販機でコーヒーを2本買うと、1本をこちらに投げてよこしてくる。

 

「一つ、昔話をしようか」

「…………?」

「九条詩刀子。あの子を術師の道に引き入れた時の話さ」

「!」

 

 九条詩刀子。準特級術師。

 

 私たちの先輩で、守れなかった恩人で、道を示してくれた尊敬する——。

 

「君はアレをどう見る?」

「え? それは勿論……」

「私はね、あの子のことを可愛がっているつもりだし、目に入れても痛くないほど良い子だと思うよ。だけどね」

 

 私の言葉を断ち切って、特級術師九十九由基は言葉を紡いだ。

 

「あの子はね、化け物だよ。九条詩刀子は化け物なんだ」

 

 





詩刀子「二話連続で出番のない主人公とか(笑)」


最近の悩みは読む時間が極端に減ってることですかね。もっと読ませろ。

懐玉・玉折以降の原作展開に突入するべき?

  • 懐玉・玉折以降の原作展開へ突入する。
  • 綺麗に終わるなら懐玉・玉折で終わり。
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