お腹が空きました!!
昔って言ってもそこまで昔じゃない。私の等級は特級だったが、まぁ、大して昔じゃないよ。その頃は高専の任務も受けていてね、その日はある任務で山奥に向かったんだ。そこに彼はいた樹齢何千年の大樹の足元で三角ずわりをしていた。
「何をしているんだい。こんなところで」
「……なに、なにしてるんだろうね」
ぼんやりと座り込んでいた彼は今と同じくらい髪が長くて、人間社会を生きてきたと思えないほどズタボロの和服を着ていたんだ。この時代だよ? 流石に気圧されたよね。怖かったもん。
もちろん最初は呪霊を疑ったよ。そりゃそうさ、山奥だよ? 近くに集落が一つあるだけだし、そこに子どもがいるって聞いたこともなかったからね。初手から術式を叩き込まなかったのはただ単に気まぐれだった。
……正直な話をすると警戒してたんだ。あの虚な目に吸い込まれてしまいそうで。
「僕、ここら辺で化け物とか見なかったかい?」
「化け物、お化け? それは、貴女みたいな?」
「私のことが山姥か何かに見えているのかな?」
「…………貴女は、力の源、全てを引き寄せるもの、全てを引き摺るもの、押し潰す力」
……参ったよ。何を言っているのか分からなくてもいいけどそれは私の術式の開示だったんだから、焦るし、そんな芸当ができるのは六眼くらいなものだと思ってるんだから速攻で戦闘態勢に入ったね。
ん? 術式、それは内緒さ。あんまり乙女のことを探るのは良くないよ。
話を戻そうか。話を戻すと……何を話していたっけ、そうそう。戦闘態勢に入ったんだ。術式を展開したのさ。
そしたらその子なんて言ったと思う?
「無闇な殺生はやめよう。ダメだよ。荒ぶっちゃあ」
「は?」
「私は別に戦いたいわけじゃない。貴女もそうなら嬉しいな。私は貴女に勝てないし、貴女を殺せない。それに、私は死にたくないんだ」
まだ二桁にもなっていないような子どもがそんなことを言うんだ、達観した子どもだと思ったよ。
呪霊じゃない。状況証拠から人なのかも定かではない少年。謎の少年。
誰なのか、何なのかもよく分からない少年。そんな少年がそこにいたんだ。全てがわからなかったんだよ。
「君は誰なんだい? 何者なんだ?」
「何者……?」
「君は人間なのかい? それとも……」
「…………」
私の質問に対して少しだけ首を傾げてから、その子はこくりと頷いた。
「そう、うん。少し待ってね……」
そう言って数秒、空を見上げた少年は焦点の合わない瞳でぼんやり空を見つめてから、瞼を閉じて、そして焦点の合った瞳でこちらを見つめた。
「詩刀子、九条詩刀子。それがウチの名前だよ」
彼は、人好きのする笑顔をしながらそう言った。
× × ×
「ま、これがあの子との関わりの始まりさ。そこから家がないって言う彼を引き取って……術師として育て上げた」
「…………」
「大変だったんだよ? 面倒な上からの追求を無視しながらあっちにこっちに連れ回して……いつの間にかアニメなんかのカルチャーにどっぷりハマってたけどね」
そこだけ聞くと何者なのか、具体的な詳細がわからない。生まれも育ちも、ただ戸籍だけは存在するというその少年は今、準特級の術師として存在しているんだ。
何もわからない存在。
彼は、なんなんだ。
分からないものを脳内で繋ぎ合わせていく、先輩のことが、情報として重なっていって、積み重なっていって。
なにか、一つの事実に辿り着きそうな気がして。
「あれ、師匠? 何してんの?」
「おぉ、詩刀子!」
「先輩……」
「え? 夏油くんまでいるじゃん。師匠話長いのに捕まっちゃったのかな? 可哀想に……断っていいよ?」
そこで曲がり角から件の先輩が姿を現した。先輩は九十九さんを師匠と呼ぶと嫌そうに近づいてくる。私が近くにいなかったらきっと近づいてすらいなかったんだろう。そんな表情で歩みを進めてくる。
「酷いなぁ〜、あんなに仲良く生活した仲だろう?」
「仲良く……? 投げ飛ばされ続けた記憶しかないんだけど?」
「そんなことないだろ? いろんな国を回ったじゃないか」
「連れ回したの間違いでしょ。ウチ、海外のよくわかんない村に一週間放置されたのまだ根に持ってるからね」
「住人とは仲良くやってたじゃないか」
「ンパンカルさんたちね。彼らの方が師匠よりお世話してくれたよ! それにウチが気に入らないのは電波が入らなくて携帯でアニメ見れなかったことだし!!」
「そんなの些細なことでしょ。誤差だよ、誤差」
心底嫌そうに先輩は顔を顰めた。その顔に苦渋の色が滲むのを楽しそうに九十九さんが立ち上がる。
「うわ! 近づくな! そこ座っててよ!」
「へへへ、いいじゃないか少しくらい減るもんじゃないし!」
「減るんだよ! 気力とか体力とか! あ、やめろ! やめ、やめろー!!」
くんずほぐれつ……というか一方的に九十九さんにもみくちゃにされる先輩を眺める。片腕だからか圧倒的物量に押し潰されているように見えるが、実際のところは先輩も楽しんでいるのだろう。頭を撫でられ抱きつかれ、その中で少し頬が緩むのが見える。
「夏油くん何か嫌なことはされてない? ウチの師匠はめちゃくちゃでしょ」
「いえ、少し授業をしてもらったので」
「えぇ、授業なんてする必要ある? 夏油くんは今や特級だよ?」
「分かってないなぁ、いまだに詩刀子に授業しないといけないことだってあるんだよ」
「げー、もういいよ。ウチはほっといてくれ。破門でいいよ破門で」
「そんな寂しいこと言わないでくれないか!?」
九十九さんが先輩の頭をわしゃわしゃと撫で回す。それに合わせて先輩が猫のような声をあげた。
「やめろー!」
「いや〜、本当に可愛い弟子を持ったよ」
「頭撫でるな!」
そんな様子を微笑ましく見つめる。
…………先輩の左腕を奪ったのは、私たちの弱さで。
先輩が術師の一線から身を引くようになったのも私たちの愚かな怠慢が、傲慢が原因だった。
理子ちゃんたちが亡くなってから、少し笑顔が少なくなった先輩は、何を思っているのか分からない。あの事件も、今後のことも、私たちは彼のことをあまりに知らない。
先輩は、何も分からなくて、私たちは先輩のことを何も知らなくて、そんな先輩が、
私の思想を、どう思っているのかは知りたくなくて。
「詩刀子、そろそろ帰るよ」
「あ、うん。そこまで送るよ。夏油くんも来る?」
「…………」
「夏油くん?」
「え、あ、はい」
この思想を、この思いを、先輩は肯定するだろうか、否定するだろうか。
『ウチが敵になるよ』
そう言った先輩の顔を思い出す。記憶の中の先輩はどこか寂しそうに見えた。
× × ×
「それじゃあ、五条くんには会えなかったけど、夏油くんには会えたし、詩刀子の顔も見れたから帰るよ」
「二度と来なくていいよ」
「またそんなこと言って」
「はは……」
乾いた笑いが漏れる。先輩と九十九さんは平常運転で、これがいつも通りの絡みでやり取りで、そんな二人に対して、私の心は穏やかじゃなかった。
ずっとずっと、心の奥底を埋めるようなそんな重いものが鎮座しているのを感じる。自分が選ばなくちゃいけない本音。自分の心の奥底でとぐろを巻く、暗い暗い思想。
「夏油くん」
「…………?」
「君の答えは、ゆっくり出せばいい」
「…………」
「ただ、間違えた答えを出さないように。何度だって間違い直しをするんだ。急いで間違えた答えほど、後悔することはないからね」
「何説教してんのさ」
「これは本音だよ。長く生きてると後悔するもんさ」
先輩が「気にしなくていいからね」と笑いかけてくれる。が、私にとっては今は彼の言葉よりも、九十九さんの声の方が大事だった。
彼女の話が腑に落ちていたから。
「君の答えをまた聞きにこよう」
「……はい」
「だから、しっかり悩むといい。君に期待しているよ」
バイクのハンドルを捻って九十九さんが駆け抜けていった。それを見送って先輩がこちらを振り向く。
その虚に、吸い込まれる。
「悩むのは好きにしたらいいけど、たまには頼ってよね」
「…………はい」
答えを出さないといけない。きっと、もうすぐに。
その答えが出てしまえば、袂を分かってしまうことを、分かっているのに、私は先輩の前で笑顔を浮かべた。浮かべれてしまった。
急ぐなと、言われたばかりだったのに。
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懐玉・玉折以降の原作展開に突入するべき?
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懐玉・玉折以降の原作展開へ突入する。
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綺麗に終わるなら懐玉・玉折で終わり。