この一週間を乗り越えられれば全てから解放される。
澱が溜まっていく。
澱は積み重なるようにして形を成していく、ただその場で積み上がっていく塵や、芥のようなそれは降りつもりだけど降り積もって、小さな掛け違いのように、降り積もっていく。積もって、積もって、積もって——。
「なんてことのない二級任務の筈だった……! クソッ……! 産土神信仰……! 一級案件だ……!」
「…………」
下半身を失った後輩の死体。死体を連れ帰ることができただけ、解剖できるだけ、埋葬できるだけ術師としてはまだマシな部類。そう考えることだってできる。
澱が積もっていく。
昨日まで、笑顔で私の横に座っていた灰原が苦しんでいるところさえ私は見れなかった。私は、その最期を看取ることもできなかった。私のことを慕ってくれた後輩は、簡単に死んでしまった。
澱が積もっていく。
「……まず、ゆっくり休め七海。任務は悟が引き継いだ」
「…………もう、あの人一人で良くないですか」
「…………」
私は何も返せなかった。何も返せずにそのまま押し黙ってしまう。その言葉に対して否定の言葉を持ち得なかったから。私は押し黙ることで自分の感情に蓋をした。
悟“は”最強になった。
それに比べて、私は?
未だにこんなところで立ち止まって悩んでいる私は? 私は“最強”だったのか?
『私たちは“最強”なんだ』
あの言葉が嘘だったとは思わない。そんなつもりでは言ってない。だけど、もしそうなら? 最強なのは悟だけだったのでは? 私は仲間や後輩すら守れないのなら?
それが、呪霊、非術師の産み出した澱のせいだとしたらどうしたらいいんだろうか。
澱が溜まっていく。
その果てにあるのが、仲間の死体だとしたら?
それが、非術師のせいだとしたならば、私は、
私は——。
× × ×
「や、なんか痩せた? 夏油くん」
「……なんで先輩が?」
「あ、言ってなかったっけ? ウチ、術師の免許凍結されたからさ、これからは補助監督することになったの」
右腕をヒラヒラと振りながら先輩は至っていつも通りといった笑顔でそう言った。……ここ数ヶ月出掛けていたりしていたが、まさかそんなことになっているのか。
「最近出かけるの多かったでしょ? 免許取りに行ってたんだよね。いや、大変だったんだよ? 運転は片腕で大変なのは分かってたんだけど〜、筆記の方がさ、ほら、ウチってバカじゃない?」
「…………」
「だからね、ちょっと時間かかっちゃった。テヘ」
「…………そうですか」
ヘラヘラとした先輩が「ほらほら、乗りなっ」と促してくれたのでそのまま車に乗り込む。車に乗り込むなり先輩は嬉しそうに運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
「左手の欠損はマニュアル車がね、いいらしいんだ」
「そうなんですか」
「そうそう。カッコよくない? フルスピードで走るのが、俺の人生だった……」
「なんのセリフですか?」
「え、あー……なんだろうね?」
先輩は片腕で慣れたように車を出発させると、鼻歌混じりに進んでいく。運転はスムーズで、全く詰まることもなければ、一定のペースなので酔いそうもない。
「夏油くんは最近調子どう?」
「…………どう、なんですかね?」
「さっきから生返事だから疲れてはいそうだけど」
「はは、夏バテですよ」
「もう9月だよ?」
「そういう先輩こそ、元気そうですね」
「まぁね。左腕ないのにも慣れてきたし……ウチ、夢もできたから」
「夢?」
「左腕にサイコガンつける」
「なんでそうなるんですか」
「
「そっちの方が便利でしょうに」
「あはは、ビーム撃てたらカッコよくない?」
馬鹿げた会話をしながら先輩は口の中でチュッパチャップスを転がした。目線は道の先まで見ていて、アクセルを踏む足も、右腕でハンドルを握る姿は私が免許を持っていないことを含めても憧れる男そのものだ。
「夏油くんさぁ」
「はい?」
「なんかあった?」
「…………何がですか?」
「んー、なんか、分かんないけど、こうさ、悩んでるなぁって」
この人は、いつも私たちのことを眺めている。
今、悟も硝子も気が付かなかったことに気がついたように。私の悩みを見抜くこの慧眼はあの人から受け継いだものなのか、それとも別の何かなのだろうか。彼の出自に関係するのか、その理解の及ばない、その瞳にあるのか。
これ以上踏み込ませたくなくて、心の隙を晒したくなくて、私は気のせいだと言うことにした。
「気のせいですよ」
「ほんとかなぁ」
「本当ですって」
「最近、上手く笑えてないよ」
「…………」
「深くは聞かないでおくけれど、ね」
本当に、
踏み入ってこないでほしい。私はもう、戻れないから。
「……そういえば歌姫先輩は車に乗せましたか?」
「え、急になして?」
「いえ、気になって」
「夏油くんの任務が補助監督としては初任務だから乗せてないよ」
「……それはそれは」
「どしたん?」
「恨まれそうだなと思って」
「なにそれ。歌姫ちゃんがなんでそんなことで後輩のこと恨むのさ」
最近、高専の教員の候補として名前が挙げられている庵歌姫一級術師がガミガミと私と先輩に小言を言ってくるのを想像して笑えてきてしまう。
そんな、日常の空間だけが、空間を満たしていた。
× × ×
【記録2007年9月 ◼️◼️県◼️◼️市(旧◼️◼️村)】
「ここだね」
「随分と遠い場所ですね」
「ね、遠いし、まだ暑いしで最悪だ。田舎なんて住むもんじゃないよ」
「任務内容については大まかに頭に入ってる?」
「もちろん。補助監督今回受け持ちはウチだから、ウチに報告書を出してもらうことになるかな」
「なら平仮名で書きましょうか?」
「馬鹿言わないでよ! 漢字は読めらい!」
【任務内容 : 村落内での神隠し、変死】
任務内容はこんな言い方は良くないんだけれど、とてもありふれた、退屈なもので、予測された等級は準二級。私が来た理由は他の術師に余裕がないから。
「本当ですか? 日本語の使い方も怪しくないですか?」
「はぁ? ウチほど日本語の扱いに長けた人間もいないよ? だって難しい漢字とか読めるし、難しい言葉とか読めるし、古典だって読み上げられるし」
「そこまでいくと嘘じゃないですか」
「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器——」
「黒棺を古典だと思ってます?」
【その原因と思われる呪霊の祓除】
一日も掛からないだろう。そう思っていた。
馬鹿げた話をしながら二人で車の前で話を続ける。こうやって話しかけてくれる先輩を見ていると初任務についてきてくれたことを思い出した。あの頃は何にも分かっていなくて、その癖して夢だけ大きくて。
弱者を救うのが術師としての意味。
そんなことなかった。そんなわけがなかった。そう自覚をした今となっても昔のことは恥ずかしくて、できれば隠したい思い出で。
そんな思い出を思い出しながら、私は視線を私よりも数センチ背の高い先輩の瞳に投げかけた。先輩は私の意図が伝わったのかこくんと頷く。
「じゃ、ウチはここまでだから」
「はい」
「んじゃ、あとは頼むね。呪霊を取り込むなり祓うなりしてくれたら連絡くれる? ウチ今から宇佐美準一級術師迎えにいくから」
「分かりました」
「終わったらご飯食べに行こう」
「いいですけど、奢りですか?」
「勘弁してよ! 今のウチは術師じゃないからお給料少ないこと知ってるでしょー?」
「貯金があるでしょう」
「えー? つか、特級の君たちの方がお金あるはずでしょ。今度今までの投資を回収するが如く豪遊させてもらおうかな……」
「どれだけ食べるつもりですか」
「ほら、歌姫ちゃんとか後輩組とか連れてさ。六本木? ザギンでシースー?」
「嫌ですよ。先輩味覚終わってるのに美味しいもの食べさせたくないです」
「何を〜?」
「さっさと終わらせてよ? 夏油特級術師」
「分かってますよ」
車から降りても、先輩は普通の顔をしていた。私に深く踏み込むこともなく、ただのんびりと要件だけ伝えると笑いながら私の胸を叩いた。
「夏油くんの任務だったらすぐ終わるだろうからって理由で最初の任務に立候補したんだから。スピード解決頼むよ?」
「分かってますよ。その代わりご飯期待してます」
「え゛、奢りの話本気なの?」
「冗談ですよ」
「良かった〜」
「悟がいるときにしますから」
「冗談として機能しない冗談は冗談じゃないと思うんだけどそこら辺どう思う?」
私は笑って任務先の村へと向かって足を進めた。その背中に先輩から大きな声がかかる。振り返ると、長い髪を風に遊ばせながら、耳にかけるようにした先輩が右腕を口元に押し当ててメガホン代わりにしていた。
「夏油くん!」
「?」
そして、笑顔を私に届けて。
「またあとで!」
「……えぇ、また」
不思議と。
数歩進んでから、その言葉がスルリと出たことに私は驚いた。こんなにも惜しいのに、こんなにも苦しいのに、こんなにも独りよがりなのに、こんなにも……刺さる。
私は公道と逸れた獣道を歩いた。雑草を踏み締めて進む。
薄暗く、汚い古い村へ向かって。
忙しすぎて死にそう! でも書かないと死ぬぜッ!!
懐玉・玉折以降の原作展開に突入するべき?
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懐玉・玉折以降の原作展開へ突入する。
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綺麗に終わるなら懐玉・玉折で終わり。