夏が来ますね。
季節は少し進んで、夏。
蝉の声こそ聞こえないけれど、ジワジワと汗が滲み出すような季節になってきた。汗拭きシートとか用意しないとなぁ、この姿で生まれたことのメリットはドラストに入っても怪しまれないことだ。男一人で入ったら絶対怪しまれるよね。このビジュじゃなかったら終わってた。中世的に見えるだけマシだよね。
男になってからヒシヒシと感じるようになったよね、こう、疎外感というか、排斥されてる感じ? 別に気のせいなんだろうけどさぁ……前世では男の人怖かったけど別に嫌いとかじゃなかったし……だけど男になってみて女の子からの視線が突き刺さるようになってからは生きてる男性みんな偉いと思うよ……今日も頑張って生きような……。ウチは味方だ。
「あつ〜……今年も夏かぁ……」
去年の夏はコミケに歌姫ちゃん連れて行って激キモヲタクを見せつけることで侮蔑の視線を貰ったり、ジョークで女の子向けの水着を買って行ったのに納得されたりして楽しい夏でした。何で納得されてるの?
ハンカチで手を拭きながら廊下を歩く。ギシギシと痛んで鳴る廊下の板はさっさと張り替えた方がいいんじゃなかろうか。青春の場を過ごすにしてはちょっと……あまりにもこう、ボロボロ過ぎない? オンボロ校舎。やーい! 高専ち! おっばけやーしきぃー! ってカンタも叫び出すレベルだ。
「今年の夏もコミケは行くとして、みんなで海とか行くかぁ……?」
ウチは別にアウトドア好きじゃないけど歌姫ちゃんはそこそこ好きだし……それにさしすのカップリングを見れるならそれこそ海だろうが外国だろうが行ってやるというつもりでいる。私の準特級という何とも扱いに困るもののお給料は高い謎の階級のおかげで、お金は持ってるのだ。お金は。持ってないのは尊厳とか、人権とかである。
ここ最近は夏五をたくさん摂取できてるし、歌姫ちゃんに硝子ちゃんが懐いてくれたから硝歌も見れてる……ここを私のエデンとさせていただく。最高。あの尊さを目の当たりにすると体が整うんだよね。これがクールジャパンだ。流石に気分が高揚します。
「歌姫ー、先輩いる?」
「……五条、私も先輩なんだけど?」
「えー、歌姫は先輩って感じがしないんだよねぇ……歌姫って感じ?」
「私も! 詩刀子と同じで! 先輩なんだよ!」
教室に近づいていくと、中からガヤガヤした声が聞こえてきた。歌姫ちゃんが騒いでいるようだ。うん、いつものことだな。まぁ、五条先生の声も聞こえるし、いつも通り仲良く言い争ってるみたいだけど。五歌ってことね。アイコピー。最高だからもっとしてね♡
「なんの話してんのー?」
「あ、先輩! 今から傑と硝子と桃鉄するんだけど来ない?」
「今から授業だけど?」
「え? 怠いじゃん」
お前なんでもありか……? 授業サボって桃鉄するつもりじゃん。どんだけ傍若無人なんだ。次の先生誰なんだよ。しかも一年全員でやるつもりじゃん。馬鹿なの? 馬鹿でしょ? 馬鹿だ(確信)
ちなみに担任はウチらの学年と掛け持ちでヤガセンが担当してる。理由はとても単純で問題児の学年をまとめ上げられるだけの教師がヤガセンしかいないということだ。あの人今一級で教師してる珍しい人だしね。
は? ウチたちが問題児だって言ってる? ウチも歌姫ちゃんも正常だろーが! いい加減にしろ!
「いいじゃんー、授業なんてバックれてさぁー、桃鉄99年しよーぜ?」
「しかも夜までやるつもりじゃん。なんなら朝までやるつもりじゃん。次まだ二時間目だよ?」
「一時間目に傑とそういう話になってさ、授業つってもどうせ呪術の基礎ばっかじゃん。あんなの全部実家で習ったっての」
うーん、夏油くんや家入ちゃんのことを何も考えてない辺り本当に天上天下唯我独尊だ。なんなのこいつ。人の話一個も聞く気ないじゃん。
「先生の言うことはちゃんと聞いた方がいいよ? そういう小さな慢心が油断になって現場での死に繋がるんだからさぁー」
チュッパチャップスの袋を開けて口の中に詰め込みながら五条先生を悟す。ん? 五条を悟す? クソ寒ギャグじゃん。死のうかな……。
ウチが勝手に打ちひしがれていると、教室の扉が開いてそこから夏油くんが現れた。なんかあれだね、ビジュアル的にはやっぱり教祖になる前の方が好きだね。こっちの方がなんか“良い”んだよね(伝われ)若さかな?
そしてそこに引っ付くようにして硝子ちゃんも現れる。ショートカットでこんなに可愛い子があんなにくたびれた美女になるんだから何もわからないよなぁ……世界。何が起こるかわからないもんだ。まぁ、片鱗は見せてるけどね? ウチはこっちも若い頃の方が好き。いや、大人の方も好きなんだけどね?
「先輩の言う通りだよ、悟。それに、次の授業は必修なんだから出ておくべきだ」
「ゲッ、傑……」
「歌姫せんぱーい、詩刀子せんぱーい。どうもー」
「硝子まで来たのかよ!」
なんだか騒々しくなってきたな。硝子ちゃんが飛び出してきて歌姫ちゃんに抱きつく。歌姫ちゃんはそれを嬉しそうに黄色い声を上げて受け止めると、そのまま猫可愛がりをするように頭を撫でた。ゴロゴロニャンてな具合である。いいぞ、もっとやれ。百合は綺麗ですわねぇ〜♡ アッラァ〜^ ^
「五条が昨日夏油とやってハマったみたいでー、先輩たちも巻き込もうとしてるんですよ」
「先輩たちって私は呼ばれてないけど」
「照れ隠しじゃないですか? まぁ、誘われなかったら私と一緒にデートしましょうよ。詩刀子先輩も来ます?」
「デートに呼ばれるってそれなんて荷物持ち?」
何でか知らないけどさしすが懐いてくれるのはいいんだけど、デートにまで足踏み入れるのはヲタクとして嫌だなぁ……二人の逢瀬は見たいが、邪魔者は無粋そのものである。百合の間に挟まるカスは有罪、死罪。
というか君は参加しないの? 歌姫ちゃんとウチが君とお出かけしたら五条先生と夏油くん二人で桃鉄することになるよ?
「ほら、さっさと帰って授業受けなさいよ。追試は面倒らしいわよ」
「はぁ? 歌姫じゃあるまいし、追試なんて……待って、面倒らしい?」
「えぇ、私は受けたことないもの……私はね」
チラリと歌姫ちゃんがこちらを見た。その視線には言外に自分から言いなさいって意味合いが含まれているらしい。えぇ……何で自分から恥を晒さないといけないんだ……。まぁ言うけども。
「そう、何を隠そう追試を毎度の如く喰らってるのがウチってわけ! ウチ頭悪いからね!」
ドヤ顔を晒してサムズアップ。勉強が嫌いなのでしてなかったら実技以外のほとんどの科目で赤点を取った伝説の男、それがウチだ。普通に勉強できないんだよね。前世でもアホ高校だったし、バイトに明け暮れてたしなぁ……平方完成……? とかよくわかんないし。B動詞ってA動詞の次じゃないの?
「へぇー、詩刀子先輩頭良さそうなのに」
「硝子ちゃんってば!」
ヒシッ! と抱きつこうとすると歌姫ちゃんに止められてしまった。ありゃ……あ、ウチ今男だったわ。失敬失敬。
「ってことだから授業は受けておいた方がいいわよ。受けとくだけで追試も易しくなるらしいし」
「え、そうなの? ウチそれ知らないんだけど」
「易しくしなきゃアンタ留年よ?」
将来先生になるような子にジト目を向けられるほど頭が悪いウチって……。
これからはちょっとだけ勉強もしよう、と心に決めてから、ウチは後輩たちを追い返すためにポンポンと背中を押した。放課後だったら相手してあげるからって優しい顔をしておくのも忘れない。優しい顔しておかないと怖がられたり嫌われたりしちゃうからね、仕方ないよね。
そのせいで見れたはずのカップリングが見れなくなるとかどう考えても損失、世界の損失であり、ウチの魂の損失だ。許せねぇよ……。
「でも……!」
「ほらほら、放課後からでも遅くないでしょ? どうせ任務ないんだし、夏明けは大変なんだから今のうちにのんびりしておかなきゃ……勉強もできる時にしなきゃウチみたいに……」
「……誰かとゲームするとか、初めてだから」
…………。
なるほど。五条家の御曹司がお友達とゲームなんてしたことがないっていうのは当然のことだろう。
この世界に転生して十九年、この界隈に足を踏み入れてからだと三年の月日が経過した。そうして得られた呪術師の常識として、五条家を含め、御三家というのはどこまでも呪術界の重鎮だ。
お上の脳味噌の方がお腐りなさってらっしゃる蜜柑の皆皆様におかれましても目の上のたんこぶ。呪術界の宝にして、呪術界のご意見番。シンプルで、故に強力な呪術界の中心。わかりやすく、権力を兼ね備えた貴族みたいなものである。
そんなところの時期当主なら、そりゃ蝶よりも花よりも大事にされるのが当然だろう。それに五条先生は六眼と無下限呪術の抱き合わせ、五条家からしたら将来的には天下を獲ることができるカード、天下へと導いてくれるカードなのだ。それはそれは過保護に育てたはずだ。ウチならそうするし。普通の人ならそうする。
そんな彼がようやく手に入れた自由だ。そりゃ青も澄みたくなるだろうってものである。どこまでも続く青の季節だなんて形容もしたくなるだろう。
その青の季節だからこそ、夏油くんは五条先生とあんなにも分かり合えて、あんなにも分かり合えたからこそ、あの二人はすれ違ってしまったのだ。
そんな二人の青い春を、ウチが邪魔していいのだろうか? いいや良くない(反語)。
何なら積極的にそこのカップリングを見ていきたい所存。それが私の仕事なのだ。この世界に生まれてきた意味と言い換えることだってできる。どけ!! ウチはカプ厨だぞ!!
なら! ここで私が取るべき行動は一つ!!
「よし! わかった! 授業なんてサボって桃鉄しよう!」
「ほう? 授業をサボるのか」
「え゛?」
後ろを振り返るとヤガセンが瞳を薄めながら私のことを見下ろしていた。ため息を吐きながらその手を強く握るのが見える。どう考えても振り下ろす気じゃないですかやだぁ。
「ちょ、ちょいちょい! ウチは被害者なんですけど!? まさかウチが主犯だと思われてませんか!? 五条くんの差し金です!! ちょっ! 本当に!!」
ね!? と確認するように振り返ると五条先生はその瞳を潤ませながら口元に手を当てて内股になっていた。きゅるるん〜、とか、めう〜! とか言いそうである。クッ! 顔がいいのに腹が立つ……! 殴りてぇ……!
「九条先輩に先輩命令で……」
「ほんっとにゴミクズだな君!?」
「悟の言う通りです。九条先輩が無理矢理悟を言いくるめていました」
「訂正! ゴミクズは君たちだ! 最低の親友だよ君たちは!」
そう表面では言いながらも、ぶっちゃけ今の流れすごく良かったと思います。こう、五条先生の肩を抱きながら慰めるみたいに頭を撫でるとか、ちょ、そんなのあまりにも可愛過ぎてキュン死しちゃうんだが? イチャイチャするなよ! もっとしろよ!(矛盾)
密度の高い夏五を浴びて少し満足げにうんうんと頷いていると、ウチの頭に拳骨が落ちてきた。クレヨンしんちゃんだったらあの見覚えのある星が散っているところだろう。マジで痛いんだけど加減ってものを知らないのだろうか? 鉄拳制裁とか今時流行らないよ
「イッテェ!! ヤガセン加減してよ!」
「たわけが、さっさとテキストを出せ」
「ウチ悪くないのに〜! 歌姫ちゃ〜ん!」
「はいはい。アンタらも夜蛾先生来たし一度戻りなさい。放課後は構ってあげるから」
ウチの頭を摩りながら歌姫ちゃんがヒラヒラと片手で一年生たちを追い払う。さしすは渋々といった様子で教室から出ていった。そんなに桃鉄したかったの? 面白いけどね? ウチはマリカとかの方が好きだけどなぁ。
「おい、貴様らもさっさと席につけ」
「暴力教師の体罰のせいで頭割れたから授業無理です」
「ハァ……歌姫」
「ほら、さっさと座るわよ。つべこべ言わない」
「えぇ〜……」
歌姫ちゃんに促されるようにして席に着く。先にウチが座ると、歌姫ちゃんは名残惜しそうに二度往復、ウチの頭を撫でてくれた。何でそんなに名残惜しそうなの? ウチの頭撫でるのそんなに至福かなぁ? 犬撫でるみたいな? ウチの髪ってもふもふな感じじゃないと思うんだけど。むしろサラサラでしょ。
「……歌姫、あまり甘やかすなよ」
「どこが甘やかされてるんですか?」
「肝に銘じておきます」
「え? どこが甘やかされてるの?」
ねぇねぇ、と声をかけるが二人はもう完全に無視することにしたのか黙々と教科書を開き始めた。先生に至っては真顔でチョークを黒板に叩きつけて文字を書き始める。どこが甘やかされてるのか言わんかい。
何その無言の信頼……夜蛾歌ってこと? えぇ、邪道カップリングじゃん。夜蛾邪道だ。教え子とイチャイチャなんてするから奥さんに捨てられるんだよ。ばーかばーか。
ウチは心の中で悪態をついてからノートを開いた。もう夏になっているのに真っ白なノートはたまにミミズが這ったような字が残っているだけで、ほとんど空白だ。
……さっきの歌姫ちゃんの目、思ったよりも効いたな。
ということで、ウチは久しぶりにノートを取ることにした、自分が維持できる限り、できるだけ真面目な顔をしながら。
× × ×
「……なぁ、どう思う?」
「……悟も気になるかい」
「? 何、アンタら難しい顔してどうしたわけ」
歌姫先輩と詩刀子先輩に追い返され、一年の教室に戻ろうと廊下を歩いていると同級生の馬鹿二人組が急に神妙な顔をし始めた。
「……あの様子だと流石にだよな?」
「あぁ、流石にだろうね。歌姫先輩の顔からしてまず間違いないだろう」
「マジかぁ……うわぁ……」
何やら二人の会話の輪郭はハッキリしないが……どうやら歌姫先輩と詩刀子先輩の話をしているらしい。流石に、という言葉からあの2人の関係を邪推しているようだ。まぁ、明らかに歌姫先輩の湿度が私たちに向けるものと比にならない様子から考えても、間違ってはいないだろう。
「Bは絶対だよな。もしかしてCか……?」
「そこに辿り着いてる可能性は大いにあるね……私たちが来るまでは補助監督の先輩こそいたけど二人で任務に行ったこともあるだろうし……そりゃもうね」
「うわぁ〜、生々しくね? つーか先輩、歌姫で勃つんかな?」
「どうだろう。聞いてみたらどうだい?」
「本人にぃ〜? いや、でもまず先輩がまだ女の可能性ない?」
「それもあり得るね。流石に女性的すぎる」
「だよなぁ」
…………あと二、三歩手前のことを考えてるのかと思ったらもっとぶっ飛んだ邪推してた。いや、アンタら仮にも先輩の情事を想像したりするなよ。下ネタというより最早下世話な想像じゃん。むしろ妄想の域かも。あと生々しいのやめたら?
「アンタらやめなよ……」
「あれ、硝子はこういうのは苦手か?」
「女の子の前では確かに下ネタ過ぎたかもね。悪いね、硝子」
「普通に考えてよ。あの二人がそこまで出来てるわけないでしょ。詩刀子先輩そういうの絶対ヘタれて逃げるよ」
「乗ってくんのかよ」
「そうこなくちゃね」
当たり前だ。先輩たちのことは大好きだがそれとこれとは別である。どう考えても乗っかった方が面白そうだし。
教室に辿り着いたのは、結局授業開始のチャイムが鳴ってからだった。先生が困った顔をしたけれど、仕方がない。私たちは今青春の真っ只中なのだ。たった三人のクラスメイト、優しくて甘やかしてくれる二人の先輩。
山の上のやけに暑い空気が、この青春と対比していた。
これはそんな、夏の話。
こんにちは。たくさん読んでくださってありがとうございます。波間です。
こうやって皆さんに読んでもらうことがどれだけ幸せなのかが身に沁みてわかるようになってきた今日この頃。たくさん読んでいただきありがとうございます。これからも頑張ります。
差し当たりましては皆様の応援……感想や評価が私のやる気、モチベーション、書く気力になります。全て同じですね。
頑張っていきます。今後ともよろしくお願いします。