D.C.Ⅱ.C.E. ~ダ・カーポⅡ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
――サクライヨシユキ。
――キミの名前だよ。
桜の下、物語の始まり
すっげぇ~。どっちみても桜しかねえじゃん。あ、雪も降ってる。……っておかしくね?桜に雪って。季節全然違ぇし。でもこの風景、どっかで見たような。まぁいいや。
首を傾けて視線を自分の身体へと移すと、そこには小さくなった自分の姿があった。転生だか何だかの影響かは知らないけど、物理的に若返るってのは落ち着かない。何だか自分の身体ではない気がしてさ。それにしてもどうやら俺は今6歳児らしい。神様らしき人から授かった新しい力――魔法はまだ使えないっぽいね。
ふと遠くから足音が聞こえたので、そちらの方へと視線を向ける。相変わらずむせ返るような桜の風景と花の香りだが、そこには確実に誰かがいるようだった。
桜の木の下から、少し広くなっている場所、そしてその中央にそびえだっている大きな桜の木を見る。そこには少年が1人と金髪の少女が1人。
2人がこちらに歩いてくる。身を隠そうなんて無意味な真似はしない。その時、金髪の少女と目が合った。
~さくらside~
この世界は何度見ても美しい。そう、まるで夢のようで、現実とは正反対、絶対に不可侵の境界で分け隔てられている、そんな、人の想いの形を表したような世界が、ボク――芳乃さくらは大好きだった。
だからだろうか、現実から目を背けようとしたのは。この夢の世界に身を委ねてしまおうと思ったのは。今ボクが立っているこの世界は、辛いことでいっぱいだった。だからこそ、ほんの少しでいい、ほんの少しの間でいい、小さな幸せの夢を叶えてほしいと、そう願ってしまった。
ボクは、それがいけないことだと知っていながら、いつか自分を、彼を、そして関わる全てを狂わせてしまうことを知っていながら、夢の温かさに引き込まれて――気が付けば目の前、いや、ボクの腰元あたりの身長の、小さな男の子が立っていた。
――サクライ、ヨシユキ。桜内義之。
ボクの万感の思いを託して、ボクの名前の全てを彼に授ける。そしてその瞳に光が宿るのをも守って、彼の冷え切った手を、そっと繋いだ。
後悔はしていない。数十年、ボクはずっと1人で、寂しかった。ボクだって、幸せになりたかった。だから、どんなことがあってもこの子を守っていこう、そう誓う。そう自分に言い聞かせていると、目の前に1人の男の子が現れた。黒髪で、優しげな紫色の瞳をした、ボクの新しい家族、義之くんと同じくらいの身長の男の子。
「こんにちは」
まさか、見られた!?彼がもし魔法従事者なら、ここでボク達は消されてしまう。
世界を歪ませ、その法則に逆らうような、悪く言ってしまえば暴力的な魔法を使っているボクと、それによって産まれた義之くんは、あってはならない存在。
「きみは……誰かな?」
少し警戒してみた。ここでこの子を失う訳にはいかない。破滅することなんて分かってる。自分の身を犠牲にする覚悟はできているが、それはこんなところで発揮するものじゃない。密かに逃走用と幻惑の魔法をスタンバイしておいて、彼の正体を訊ねる。
「俺は弓月光雅。あなたが警戒しているのは、おそらく、俺が魔法に関わる者ではないか気になっている、ってところかな」
やっぱり、この子は魔法従事者なんだ。そしてボクの声音からボクがこの少年に警戒していることも簡単に察知してみせた。その洞察力から考えて、見た目通りの年齢とは考えられないだろう。魔法使いは見た目と年齢が一致しないことがたまにある。この子が魔法使いであることは間違いないと見ていいだろう。
「予想通り。俺は魔法使いだ。で、あなたは?」
「さくら。芳乃さくら。それで、この子は桜内義之くん」
あっさりと認めてしまうあたり、ボクたちに害意はないのだろうか?その優しい笑顔に、攻撃や排除の意思は感じられない。
彼とは穏便にことが済むことを祈って、ボクは右側にいる少年を見て紹介した。
「あなた、悲しそうな顔してるね」
「……え?」
唐突な発言、それは今のボクの心情を的確にとらえていた。
彼はただの少年ではない、それは彼が魔法使いであることから多少は推測できることでもあったけど、どうもそれだけではないような気もした。
「枯れない桜、か」
……ッ!?
「……俺は、確実にバッドエンドに向かいつつある世界をハッピーエンドに変えるために来たんだ」
光雅と名乗った少年は、僕のボクの作った枯れない桜を見上げて、はっきりと言った。
彼の言うバッドエンドとは、恐らくこの先ボクと、それから義之くんに訪れるであろう最悪の末路。そしてそれは、決して避けることのできない
それを変えてみせると言った。そんな悲しい未来が訪れないようにすると、真剣な表情で、ボクを真っ直ぐ見据えてそう言ったのだ。
「じ、じゃあ、キミには枯れない桜のバグを治せるっていうの!?」
「ああ」
ボクの質問に即答で返事をする。自信満々だった。
「無理だよ!ボクが何十年掛けても答えは無かったのに、そんなに簡単に――」
思わず声を荒げてしまった。
でも仕方がないよ、ボクの孤独が、ボクの努力が積み重なってなおどうにもならなかったそれを、おいそれと解決できるはずがない。覆るはずがないんだ。
「――かよ……」
「え?」
彼が呟いた言葉は、頭に血が上った興奮していたボクには届いてくれなかったようだ。
「あのさ、誰かに頼ったんかよ」
光雅くんは真剣な眼差しでボクの顔を見る。
ほんの少し怒気を孕んだ、そう、それはまるで、悪いことをした子供を叱りつける父親のような、恐ろしくて、それでいてどこか頼もしい――
「ずっと1人で抱え込んでんじゃないの?これは自分ひとりの問題だからって、ずっと1人で苦しんでいたんじゃないの?何の為にあの桜を咲かせたんだよ?」
想いの力は奇跡を起こす。一人ひとりの力は足りなくても、みんなの想いを合わせれば、みんなハッピーな世界を実現できる。そのはずだった。
「それは、みんなの幸せを願って……!」
ボクはこの子を生み出すことでこの世界に責任を負った。
その責任から逃げ出すことだけは、許されない。
「みんな、ね。そこに、あなたはいるの?」
「それは……この子が幸せになれるなら……」
「それがあなたのハッピーエンドってか。んじゃあ、あなた自身が苦しんでいたのをあなたの仲間が知って、彼らはそれを、義之が生きているからって、ハッピーエンドだったって断言するのか?」
「でも……」
答えられなかった。
そんなことを、考えたこともなかった。
そんなことになれば、お兄ちゃんも、音夢ちゃんも、みんなも悲しむだろう。
「俺には、バッドエンドを変える力がある。意地でもあなたの仲間を1人残らず笑顔にしてやるよ」
ふと、涙がこぼれた。ずっと不安だった。苦しかった。でも、この人の言葉は、ボクを安心させてくれる。
この言葉が聞きたかったんだ。嘘でも、虚勢でも、冗談でもいい。ただ誰かに縋りたくて、誰かに頼りたくて、誰かに溢れんばかりの行き場のない感情をぶちまけたくて。誰かに、こんな言葉をかけてもらいたかったなんて、なんで今まで気が付かなかったんだろう……!?
「その涙、いままで隠してきたその涙、いま全部流しちまえよ。えと……俺の胸くらい貸してやるから」
気が付けば、既に堰は切れていた。何年閉じ込め続けてきただろう。どうしてここまで無理をしたのだろう。何十年も人生経験を積んできた大の大人が子供の前で泣きじゃくるなんて恥ずかしいけど、それでもきっと、受け止めてくれる。だったら少し、甘えさせてもらっても、いいよね?
光雅くんは少し照れているようだったが、ボクはもう我慢できなかった。
「うわぁぁあああぁぁああぁぁあああああぁぁああああぁぁああぁぁあああぁぁああああん……!」
ボクは、背負っていたすべての苦悩を彼にぶつけた。
~光雅side~
さくらさんって言ったっけか、よっぽど辛かったんだろうな。こんなに小さな体で、大きなものを長い間背負ってきたなんて。
それにしても、この子供の恰好でテンションがハイになって摩訶不思議アドベンチャーなことをあれこれ語ったけど、傍から見たらかなりおかしい光景じゃなかったろうか?
それを言うなら恐らく俺なんかよりもかなり年上だろう芳乃さくらさんが、ぶっちゃけ見た目今の俺の肉体年齢よりもちょっと高いくらいの若々しいお姿であるのも不思議でならないのだが。
「落ち着いた?」
「う……うん」
やっぱ恥ずかしかったんだろう、さくらさんの顔は真っ赤である。一方義之は、状況が理解できず、さっきからおろおろしている。自分が、遠い先過酷な運命が待ち受けている張本人であることはやっぱり知らないんだろう。
「それで、桜のバグを治す方法って?」
本質はそこだ。それを何とかしない限り、彼女たちに待ち受ける未来は、きっと変わらない。俺は嘘を吐くつもりもなければ彼女を騙すつもりなど毛頭ない。全力でこの2人を救い出す。
とりあえず、俺は自分が一度死んでいること、魔法を手に入れて転生してきたこと、そして俺の魔法の詳細をさくらさんに告げた。
「そう……、そうだったんだ」
さくらさんは驚いたような表情をしている。そりゃまぁ、死後の世界だの、転生だの、訳の分からんことを話してるんだからな。
「その、≪魔術創造(マジカルクリエイト)≫で、バグの無い桜が完成するの?」
≪魔術創造(マジカルクリエイト)≫、俺の授かった魔法、らしい。何でも神様みたいな人お墨付きの力らしく、俺の肉体的エネルギー、つまるところ体力と、精神力を魔力に変換し、その消費量に伴った量または質の物質物体を何でも、そう万物を創造する力みたいだ。さっきちょっと試しに使ってみたが、魔力の生成が上手く行かなかった。
「ああ。人間の魔法使いにはできなくても、俺の力は神から授かったものだからな。基本的にできないことはないよ。だがあいにく、今は無理。なんせこの世界に来たばっかで、魔法も使い慣れてないからね。あと7、8年かかるな」
「そっか。それまで待つよ」
確かに事実を言ったことには間違いないんだけど、ここまで絶対的な信頼をされるとハードルが上がるというか失敗できないというか。する気もないけど。
さしあたって、だ。
さて、これからどうすっか。ここは以前とは違う別世界だ。イレギュラーな存在である俺に自宅なんて存在しているはずもない。当然戸籍なんてもってのほかだ。外で過ごそうにも恐らく季節は冬、野宿は寒いしな。あー、マジでどうしよ。
「よかったら、うちにこない?」
「へ?」
突然の提案に変な声で反応してしまうけど、何もおかしくはないはずだ。ほぼ初対面の、年齢が幼いとはいえ男をちょっと声を交わした程度で自宅に招くなんて本来ありえないことだ。もしやこの辺はそう言った文化が根強いのだろうか?
「うちにおいでよ!」
とびっきりの笑顔でそんなことをいう。でもまあ――ここは好意に甘えた方が、お互いの為なのだろう。行動を共にしていた方が、この桜の状態も常に把握できることだし。
「いいの?」
「ボクを助けてくれるんだもん!だからボクもキミを助けるよ!」
そういって、さくらさんは俺の手も握ってきた。反対側では、不思議そうな顔でさくらさんに手を握られた義之がいる。
さくらさんの横顔は、純粋に幸せそうだった。
……ってあれ?なんかまた顔赤いぞ?どうしたんだろ?
「(にゃはは。さっき逢ったばかりだけど、好きな人と手を繋げるのってこんなに幸せなことだったんだぁ……。久しぶりだなぁ、この感覚)」
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しばらく長い桜並木を歩いて抜け、そしてとある住宅街の一角、建てられてから年も大分経っているであろう一軒家の前で足を止めた。
薄い明かりに照らされた表札には、楷書で『朝倉』と掘られている。
「今日からここがキミたちのおうちだよ」
さくらさんはチャイムを押した。
ここがさくらさんの家なのだろうか。いや、チャイムを押すあたり、仲のいいご近所さんなのだろう。子供を紹介するにしても、預けるにしても赤の他人相手には決してしないことだ。
チャイムの音が外に、そして家の中に響いて数秒、家の中から足音が聞こえてくる。
――ぱたぱた。がちゃ。
玄関の扉が開くと、中からお団子頭の女の子が出てきた。
「じー」
不思議そうな目で俺たち2人を見てくる。
「……え、あ、えっと」
おいおい義之。何テンパっちゃってんの。
体は子供、頭脳は一般高校生である俺のメンタルならこの程度のガン見攻撃など意にも解さないぜ。
「じーーーーーー」
「あの……」
「じーーーーーーーーーーーーーー」
「さ、さくらさん?」
遂にどうしようもなくなった義之が助けを求めてさくらさんを見上げる。
うーん、心温まるワンシーンだねぇ。
初対面でここまで初々しいのは見ていて面白い。
「こんばんは。由夢(ゆめ)ちゃん」
由夢、か。多分それが、このお団子少女の名前。随分と可愛らしい響きだ。
「こんばんは」
挨拶をしながらも、相変わらず変わらない好奇心の視線。全くぶれない辺り、なかなかの傑物に違いない。
「この子がこの前お話しした義之くん。で、こっちが、光雅くんだよ」
見かねたさくらさんが間に入って紹介をする。
「うん」
首をちょこんと縦に落として返事してきた。うん、可愛いね。
「音姫(おとめ)ちゃんもおいで」
「……」
ぶすっとした表情で、廊下の奥からこちらを見ていた。大きなピンクのリボンで栗色の綺麗な髪を飾っているが、どうも表情が硬い。
顔立ちはいいほうだけど、仲良くしてくれそうにはないな。
「ほら、由夢、ちゃんと外に出て」
「はーい」
音姫と呼ばれた、多分由夢のお姉ちゃんに背中を押されて、2人で外に出てくる。
く、空気が微妙な感じに……。って義之困り果ててんじゃん。さくらさん……は……。
「ボクはお兄ちゃんに話があるから、後は適当にやってね」
小悪魔のような笑みを浮かべて家の中にさっさと入ってしまった。
義之が困っているのは分かっているようだ。あれは確信犯だな。まぁいいや、子供同士しっかり仲良くなってねという意図なんだろう。
「ちゃんと仲良くするんだよ」
さくらさんはそう言って、家の中に入っていった。
なんだか微妙な空気で更に会話に間が空いて、妙に静かだな。することもないし、とりあえずお互いを理解するのに必要な事といえば――自己紹介くらいしとくか。
「俺は弓月光雅。よろしくな」
好印象を持ってもらえるように微笑んで挨拶したら、あらま、顔が真っ赤になっちゃってる。同い年の男というのが珍しいんだろう。恥ずかしいのか照れくさいのか。
「あっ、え~と、さくらい、よしゆきです。よろしく」
慌てて、ぺこりと頭を下げながら、右手を差し出す義之。
1秒、2秒、3秒……由夢たちからの反応はない。相変わらず興味津々な視線を向けるばかりで進まない。
「あ、あはははは……」
あちゃぁ、やっちゃったか?初対面でのファーストインプレッションは大切なのに、これは失敗したか。
――ぎゅっ。
由夢の両手が義之の手を包む。突然の由夢の行動に動揺したのか、義之は微妙に慌てる。
「えっと……」
「ゆめ」
「へ?」
「あさくら、ゆめ」
由夢がにーっと笑う。
子供らしい、無垢な笑顔が俺の目には映った。この子はきっといい子になる、そう思わずにはいられない。
「あーっと、名前?」
「うん」
「そっか。ゆめっていうんだ」
「そう。よろしくね。お……」
「お?」
「お……、えっと、よしゆきお兄ちゃん。こーがお兄ちゃん」
お兄ちゃん、か。妹を持つのは初めてだけど、上手くやっていけるかな?ちょっと不安だったりもするけど、さくらさんもいるし義之もいる。問題はないと思う。
「……おとめ」
ポツリと一言。無愛想にも、そのまま家に入ってしまった。
「ぼく、もしかしてめいわくだった?」
義之もその態度に不安を感じてしまったのか、慌てて仲良くなれるであろう由夢に訊いた。
「んー、そんなことないよ」
「でも……」
「大丈夫だよ。おじいちゃんも、お母さんもだいかんげいって言ってたもん。おねえちゃん、さいきん怒ってばっかりだから。気にしなくていいと思うよ。……わ、わたしもいやじゃないし。おにいちゃんたちがおにいちゃんになるの」
はにかむ由夢。
「そんなことより、はやくなかに入ろう?風邪ひいちゃうよ」
「そうだな」
由夢に手を引っ張られ、俺と義之は玄関をくぐった。
「「お邪魔します」」
「ちがうよ」
靴を脱いで上がろうとした時、由夢に止められる。
何か間違えただろうか?
「へ?」
「ただいま」
「ん?」
「だから、ただいま、だよ」
「今日からおにいちゃんたちのおうちだもん」
そうか、だから……
「だから、ただいま」
この日から俺たちは朝倉家で暮らすこととなった。
新しい家族。
新しい幸せの卵。2人の、『お母さん』。
次回『光雅と姉妹とお母さん』