D.C.Ⅱ.C.E. ~ダ・カーポⅡ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
時間は動く。
全てが平和を取り戻していくのに、未だそこから帰らぬ者がいた。
~エリカside~
初音島の各地制圧もほとんど完了し、あとは騎士団を殲滅するのみとなっていた。
私は兄様と合流して隊列に指示を出し、事の様子を窺っていた。
気になるのは、桜公園の奥の方に向かっていった朝倉先輩や弓月先輩たち。
大丈夫だろうか、果たして勝利を収めることができるだろうかと不安だった。
少し遠い位置に、暇を持て余して、いてもたってもいられなくなった高坂先輩が敵の騎兵の武器を拾って一騎当千しているのは気にしてはいけない。
そして、気にしていた方角から眩い光が立ち上ったと思えば、騎士団の動きが急停止して、次第にその姿を消していった。
――戦いは終わったのだ。
歓喜に踊るべきなのだろうが、何か胸騒ぎがする。
嫌な予感が体中を駆け巡り、あまり喜ばしい雰囲気ではなかったのが、他のみんなにも伝わっていたようだ。
いかにも、『すっきりした』といい汗を流して帰ってきた高坂先輩はよく分かっていなかったようだが。
とにかく、この一世一代の決戦とやらは、妙な一抹の不安を残して、終幕したのだった。
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~由夢side~
夢は、現実になった。
私が兄さんと恋人同士になる以前に、私が見た夢。
お姉ちゃんが悲しげな顔をして、1度たりとも目を覚まさない光雅兄さんの手を両手を握り締めながら無言で座っている光景。
戦いは終わったはずなのに。
光雅兄さんはみんなの幸せを、未来をつかみ取ったはずなのに。
その張本人が、あの場所から、あの時間から帰って来れていなかった。
さくらさんが言うには、おばあちゃんにも以前に同じことがあったらしい。
彼女が若い頃、恋人であったおじいちゃんのことを思い続けた結果、枯れない桜の軌跡がおばあちゃんの想いを叶えておじいちゃんの心まで内に秘めるようになったのだとか。
でも、1人の体に2人分の心は容量オーバーだった。
おばあちゃんはおじいちゃんの想いを蓄え続けたために、自分の記憶を零していき、次第にはおじいちゃんの記憶だけを抱いて、自分は深い眠りに陥ってしまったらしい。
そして、その期間に吐き続けたのが、この、血のように赤い桜の花びらだった。
これは、いうなれば、容量オーバーとなって体の中から排出される、本人の心の欠片らしい。
つまり光雅兄さんは、同じように記憶を少しずつ失いながら、ひたすら眠り続けて、夢の中を漂っているのだ。
私もお姉ちゃんも、何もすることができず、ただ、眠り続ける大切な人を、見ていることしかできなかった。
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~さくらside~
戦いの日から翌々日。
未だに光雅くんは目を覚まさない。
ロイくんと優香ちゃんは1度ヨーロッパの方に帰った。
両方とも戦闘で怪我を負ったため、1年ほどの療養期間を貰うらしい。
光雅くんのことについては、回復させるための手掛かりは、何一つとしてなかった。
あの時は、枯れない桜が音夢ちゃんの願いを叶えていることが分かったから、桜を枯らせることで解決することができた。
しかし、今回の光雅くんは、枯れない桜の願いではない。
それは、本当に奇跡だったのだ。
音姫ちゃんの願いが叶って、光雅くんに、一時的に『お役目』の力と一緒に彼女自身の『心』が光雅くんに譲渡されることで、光雅くんの想いの力が急激に膨れ上がり、より強力な力を得て光雅くんのお兄さんを打ち倒すことができた。
しかし、そのあと疲れたと言って眠ってから、光雅くんは大好きな音姫ちゃんの心をがっちりと掴んで離さないのだ。
「光雅くん、お願い、目を、覚ましてよぉ……!」
ただひたすらに祈った。
光雅くんが帰ってきてくれることを。
気が付けば、もう学校が始まるような時間で、学園長としては、そろそろ学校に行かなくてはならない時間帯だった。
義之くんの準備してくれた朝ごはんを完食し、後ろ髪引かれる思いで、自宅を出た。
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~義之side~
光雅がどうなっているのか、あの戦いに関わった連中は、何が起こったのか勘付いていたようだ。
だから朝から少しばかり空気が重かった。
「あいつ、まだ帰ってこねえのか」
渉の呟きに、みんな彼に視線を集めるが、誰も何も言うことなく、すぐに視線を落とす。
いつも通りの表情をしているのは、杉並だけだ。
いや、その杉並ですら、やはり深刻そうな表情はしていた。
「ねぇ義之くん、光雅くんは、いつ……」
茜の質問に、俺は答えられない。
魔法使いであるさくらさんやアイシアでも分からないのだ。
和菓子を出したりすることしかできない俺には、到底理解の及ばないことだ。
「分かんねぇよ……」
それでも、帰って来れるのなら、早めに帰ってきてほしいものだ。
1番悲しんでいるのは、他の誰でもなく、お前の恋人の音姉なんだぞ。
お前が音姉を悲しませてどうする?
頼むから、早く彼女を笑顔にしてくれよ……!
俺はただ、どこにも届かない願いを胸に、窓の外を眺めていた。
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~???side~
気が付いたら、俺は地面に寝そべっていた。
先程まで何があったのか、軽く思い返す。
そういえば、そんなことがあったかと、苦い思い出に顔を歪めると、俺は激痛に耐えながらゆっくりと立ち上がった。
あれだけの攻撃を食らって、良く生き延びることができたものだと自分でも思っている。
「――ったくよォ」
あの時俺は、最後の瞬間に自分の全てを防御に回した。
我が身恋しさだったのだろうか。
結局は自分も死ぬのが怖かったのか。
いや、そんなことはどうでもよかった。
でも、それでも、ただ1つだけ、俺が生きているのなら、解決しなければならないことが1つだけある。
役に立たない左足を引き摺りながら、ゆっくりと、ただゆっくりと、桜並木を歩いていた。
そして、目的地にに行くのに最短ルートの分岐点を曲がろうとすると、そこに老人が1人現れた。
優しい笑顔で、それでいてどこか威厳が感じられるその佇まい。
「きみが、光雅くんの兄貴かい?」
その老人は、俺の正体を当ててきた。
光雅の周辺人物か?
「私は出来損ないの魔法使いでね。こんなことしかできんのだが――」
その左手には、手のひらサイズの大福が乗っかっていた。
「食べられるかい?」
俺は彼を警戒しながら、その大福を手に取り、口の中に放り込んだ。
よく咀嚼し、しっかりとその味を脳に刻み込んだ。
そのくらいに、その和菓子が、美味かった。
「幸せを与える魔法――」
「え……」
こんなことで、大福を与えることで、幸せが生まれてくるのか?
「人を笑顔にできる、幸せの魔法だよ。丁度きみも、同じことを体験していたんだろう?光雅くんに、声を掛けてもらって」
「……」
確かにそうだった。
声をかけること、それだけはとても簡単なことである。
でもそれが、俺にとって人生が変わった理由であり、その行為が幸せだった。
「幸せなんてのは、どこにでもあるもんさ。それに気づけるかどうかは、それぞれ自分次第ってことだ」
それじゃ俺の、あいつらが死んでしまってからの俺の人生にも、幸せはあったというのか?
「きっときみにもあったんだろうが、残念ながら悲観すると見えなくなってしまうものだよ。きみの性格がそうさせてるんだろうが、悲しげな表情をするのはおやめなさい。それこそ幸せは逃げてしまう。それに、きみは今、満足しているんだろう?」
俺は、この老人の言葉に驚かされっぱなしだった。
先ほどから、俺のことをよく知っているかのように、その本質を射抜いてくる。
そう、確かに俺は満足していたのだ。
それは、お互いに自分の意見をぶつけて議論をした後のように。
俺はあいつと意志をぶつけ合って、その結果負けた。
だからやはり俺は間違っていて、あいつは正しいんだ。
「気づいたようだね。それじゃ、私はいい加減かったるいからそろそろ散歩に向かわせてもらうよ」
そういって、その老人は背を向けて、桜並木を歩いて行ってしまった。
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~音姫side~
私は今日、学校を休んだ。
昨日は何とか学校に入ったものの、やはり光くんが目を覚まさないショックは大き過ぎたようで、みんなから心配された挙句、早退してしまったのだ。
そして今日は、ずっと光くんの傍にいた。
いつ起きるか分からない。
もしかしたら永遠に目を覚まさないかもしれない。
それでも、もし目を覚ますのだとしたら、その時には、最初に『お帰り』って言いたい。
だから、ずっとここにいた。
光くんが安らかな寝息を立てて、夢の中を漂っている、すぐ隣で。
ふと気が向いて、光くんの枕元に散乱している桜の花びらをかき集めて、捨てようとして――思いとどまった。
これは光くんの心であり、思い出なんだ。
そう思うと、これは捨ててはならないような気がした。
でも。
そんなことじゃ、いつまでたっても光くんは帰ってこないと思い、ゆっくりとゴミ箱の中にそれを捨てた。
ますます、気分が悪くなったような気がした。
――カラカラカラ。
玄関の引き戸が開く音。
誰かが返ってきたのだろうか。
義くん?由夢ちゃん?いや、2人とも今は学園で授業を受けているはずだ。
アイシアさんとまひるちゃんは先程夕飯の食材の買い出しに出かけたところだ。
となると、学園長であるさくらさんが戻ってきたというのが妥当か。
そして、その足音は階段を上がり、こちらの部屋の前で止まった。
そして、この部屋の扉が開かれる。
そこにいたのは。
「ちょっと失礼するぞ」
体中をボロボロにしてもなお、その鋭い眼光を携えた光くんのお兄さん、龍雅さんだった。
何故、何故まだここにいるのか?
あの時完全に倒したのではなかったのか?
一体何をしに来たのか?
私は、光くんを守りたい一心に、恐怖と戦いながら、彼の前に立ち塞がった。
「……何をしに来たんですか?」
自分でも呆れるくらいにその言葉は恐怖で震えていた。
しかし、彼は表情一つ変えない。
「上がる許可はお前のジジイから貰ったよ」
「おじい……ちゃん……?」
おじいちゃんと会ったのか。
一体、何を話したのだろう?
「そンな怖がるなよ。俺はあの攻撃で既に攻撃魔法は使えないくらいに摩耗されている。それに俺は負けたンだよ。今更何をするかってンだ」
龍雅さんは私の肩に手を置き、そして力任せに押しのけた。
私はよろけながらなんとか壁にもたれかかってバランスを建て直し、光くんの傍に寄る龍雅さんの行動を警戒する。
「ったく、お前が勝ったのに、そのお前がこンなになってたンじゃ世話ねェぜ」
その眼は、かつての恨むような、憎むような視線ではなかった。
ただ、家族を、そして弟を慈しむような、労わるような、そんな眼。
それを見て、私は少し安心してしまったようだ。
「あのジジイ言ってたよ。幸せってのは、どこにでもあるモンなんだってな。だから今俺は、1つだけ自分の幸せって奴を見つけてみた」
ベッドの隣に屈み、そして、光くんの髪を撫で始めた。
「2人が全力を出して戦った後、敗者が勝者に向ける想いってのはな、何よりも純粋なンだよ。『俺の分も勝てよ』ってな。俺もそれだわ。こいつは俺を下して自分の未来を勝ち取ったはずだった。それなのに、こいつの周りで誰1人として嬉しそうにしてねェ。だから俺は、こいつの未来を与えることで、俺自身の幸せって奴を手に入れる」
そして彼は光くんの寝間着を上半身脱がせ、光くんの鎖骨あたりに手のひらをかざす。
「さーて、このバカ、いつまでも夢なンぞ見てる場合じゃねーだろ。俺に想いをぶつけたなら、最後まで全うしてみせろよ」
そして彼の顔が、急に真剣なものに変わった。
凛々しく、逞しい、兄としての表情。
「お前はまだ死ぬべきじゃない。死ぬのは俺だ。俺が死んでお前が生きろ。償いでもなんでもねェ。これが俺の最後の幸福ってだけだ」
彼は、この世を去るつもりだった。
その覚悟は既に出来ていて、それでいて、幸せそうな笑みを浮かべていた。
あの戦いの最後、光くんの攻撃を受けた時の、満足そうな顔。
この人も、一緒に生きていくことはできないのか?
光くんは、何を望んでいる?
お兄さんを失って、光くんは悲しまないのか?
私は、兄を失って悲しむ光くんを想像するだけで、心が痛んだ。
そして、ふと視線を感じて彼の方を見ると、彼がこっちを向いていた。
「お前、こいつの女だろ?」
「……はい」
「なら、お前がこいつを支えてやれ。もうこいつはお前なしじゃ絶対に生きていけない。こいつは誰よりも強くて、完璧で、勇敢で、それでいて、脆弱なんだ。1度壊れたら、こいつは二度と治らなくなるだろうよ。だから、お前がこいつを守ってやれ」
龍雅さんからの言葉は、その言葉を反芻すると涙が出そうになるくらい、胸に響いた。
やはり光くんのお兄さんなのだと、誰よりも誰かを大切にする光くんと同じなのだと、実感した。
そして、光くんと龍雅さんが淡い光に包まれて――龍雅さんは、最後に一言、言葉を紡いだ。
「いつ起きるかは分からない。でも、目を覚ました時は、ちゃんと歓迎してやれよ」
そして光の粒子になって、消えていった。
――我が最愛の弟に、幸あれ。
それが、龍雅さんの、幸せの存在を信じた最後の願いだった。
過ぎていく時間の中で、変わらないものがある。
旅立ちの式典の日まで、誰一人として彼の終焉を望むものなどいなかった。
そしてその日から、静止した心の時間は、もう一度針を刻み始める。
――伝えたかった言葉と共に。
次回『キミと奏でる旋律(ストーリー)』