D.C.Ⅱ.C.E. ~ダ・カーポⅡ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
にしても読み返してみれば、今書いてるのと比べて文章が酷過ぎて発狂しそう。時間ができたら書き直したい。
~義之side~
「義之先輩」
太陽が地平線のむこうへと沈む、綺麗なオレンジ色の景色を、まひると二人で観覧車から眺めていたら、まひるが俺を呼びかけた。
何を思っていたのか、俺もまひるも、この密室に入ってからというもの、何故か一言もしゃべっていないような気がする。それは、俺がどこかでまひるが幽霊であるという事実に直面していて、それをまひるがなんとなく気付いていたからかもしれない。
「どうしたよ?」
「まひるは、義之先輩に見つけてもらえて、嬉しかったです」
しんみりとした、まひるらしくない笑顔が夕日へと向かう。
夕日の光がまひるの寂しげな笑みを照らして、いつもは昼の太陽のような暖かくて明るい笑顔をしていたそれは、まるで本当の夕日のように、今にも沈んでしまいそうで。
「義之先輩に手を差し伸べてもらったから、光雅先輩にも助けてもらえて、今ではまるで生きていた時と同じように楽しい毎日を送ってます。ミキちゃんにもまた会えたし――」
光雅とミキさんは、俺たちより一つ先の観覧車の個室に乗っている。ここからではあいつらの表情は見えないけど、二人なりにきっと楽しくやっているんだろう。
「いろんなものを見てきました。家族の皆さんとはしゃいだり、勉強したり。それから、本当に漫画みたいだと思ったけど、確かに世界なんかを賭けた戦いなんかも見てきました。……自分で言ってて未だに信じられないところもありますけど」
俺たちには、家族があった。音姉や由夢、純一さんに、本当は俺の母さんだったさくらさん、異世界から来たらしい光雅。今では学園での友達もいて、初音島全部が俺を支えてくれている。だから俺はこの島が大好きで。
まひるはどうだったんだろう。病気で一度は命を落としたらしいけれど、その時、きっとまひるは辛かった。たくさんの人を残して、自分だけがいなくなってしまう。俺も一度は、消えかけたことがあったから、その気持ちはほんの少しだけ理解できる。
家族がいただろう。友達がいただろう。ミキさんもいたはずだ。大好きな学園があって、大好きなこの島があった。残されたみんなの気持ちになった時、まひるは何を思ったのだろうか。そして、そんな人たちの気持ちに背くように今ここに存在するまひるは、みんなにどんな想いを抱いているのだろう。
生きている俺たちと、死んでしまったまひる。俺たちはそこに境界線を引くつもりはないけれど、しかしそこには決定的な違いがある。その壁が、いつまでもまひるを苛んでいた。
誰が悪いわけでもない、それはきっと、自責の念。
「皆さんには本当に感謝しています。死んでしまった私がもう一度この世界に意志を持って生きている。だからそれが尽きるまで、もう一度楽しむことは、許されていいんだって。でも、それでいいのかなって、やっぱり思ってしまうんです」
窓の外では夕日が消えた。茜色の空が、そのほとんどが漆黒の夜に塗り替えられようとしている。
俺には、何となくまひるの気持ちを理解できるような気がする。でも、まひるのその言葉の本質を、これっぽっちも分かってあげられない。光雅だったら何を言うだろう。何を感じるだろう。俺にはあいつ程の力もないし、誰かを思いやるってことの実感が湧かない。
でも、それでいいんだと思う。俺は光雅じゃないし、光雅の考えることがいつも正しいとは思わない。
ただ一つ、まひるに足りないものがあるとすれば、それは、間違いなく覚悟だ。光雅はたくさんの覚悟を積み重ねてああして笑っていられる。音姉のことも、さくらさんのことも、この島のことも、世界のことも、あいつのアニキのことも。俺だって、その、由夢の時には相当の覚悟で臨んだつもりだ。あいつが何かに縛られているなら、あいつが何かに囚われているなら、俺が自分からぶつかってあいつを引っ張ってやるって。だから俺も、今日も笑っていられる。
まひるは、今のまひるは、全然笑ってない。それは、やっぱり覚悟が足りないからだ。
だったら、まひるが本当にぶつかって覚悟を示す相手は、決まってるようなもんだろ。
「なぁ、まひる」
至って真剣だ。これは茶化すような問題ではない。いつもおちゃらけた渉だって、杏だって、茜だって、真摯に向き合うはずだ。
何もまひる1人で背負わせることはない。俺がいる。みんながいる。そのための家族だ。最後に1人で真っ直ぐに歩くことができるなら。
「今日これから、ちょっと顔を出さないか」
突然の俺の提案に、まひるがきょとんとした顔つきで俺の目を見る。
「ど、どこに、ですか?」
「決まってる、まひるんちだよ」
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街灯に照らされる夜の住宅街を歩いて、遂に俺たちは、本当だったら来るはずのないところまで来た。
僅かな明かりが、玄関前の標識を照らしている。不安げな面持ちでまひるはそれを見つめていた。
「ね、ねぇ、本当に大丈夫なの?」
一番後ろにいたミキさんが、心配そうに呼びかける。それは決してまひるだけの話ではない。この家の中で暮らしている人たちも、そしてもちろん俺たち自身も。
「大丈夫じゃないですよ、誰も」
いかにも大丈夫そうな口ぶりで、言葉とは裏腹に自信たっぷりにそう言ってのけたのは光雅だった。
「見ての通り、まひるは足がくがくですし、義之だって自分から提案した癖に変な汗かいてるし」
実際、緊張しているのは確かだ。
まひるの住んでいた家――小鳥遊家の家族にまひるを会わせて、お父さんやお母さんが何を思うか、そして最悪、まひるがまひるだと認めてもらえなかったりしたら――。
一番前にいる女の子の右足は、まるで逃げるかのように後ろに下がっていた。今一番恐れているのは、他でもなくまひるなのだから。
「そんじゃ、押すぞ」
ポケットに手を突っ込んだままでずかずかと歩き出した光雅。インターホンの前で立ち止まっては、ズボンのポケットに突っこんでいた右手を出して、人差し指でボタンを押した。家の中に来客を知らせるベルの音が鳴ったと思えば、まひるの表情は柄にもなく真っ青になっていた。
『はい』
スピーカーから流れてきたのは、男性の声だった。その声にまひるは分かりやすい反応を示した。恐らくまひるの父親なのだろう。
気を利かせたのか、一番後ろにいたミキさんが駆け寄って、スピーカーへと顔を近づける。
「ご無沙汰してます、朝比奈ミキです」
『……ああ、ミキちゃんか、ちょっと待ってね』
プツリと、電話が切れた。
ほっと胸を撫で下ろすように溜息を吐くミキさん。光雅の突然の行動に慌てたのだろう。俺だって吃驚した。まひるなんかはどうしていいかも分からずきょろきょろと隠れる場所でも探しているように首を振っている。
「全く、動くなら先に言ってよ。心の準備ってのがあるんだから」
「そんな準備をいちいちしてたら持ちませんよ、っと」
余計なことを話していたら、扉の鍵が開く音がした。すぐに扉は開き、中から男の人が出てきた。玄関の灯りに照らされた彼の顔が、やはりどこかまひるに似ているなと思った。
するとまひるのお父さんもこちらの人数が多いことに気が付いたのだろう。キョトンとした顔つきでこちらを見ている。
「あっ、紹介します。こちら、先日知り合った私の友達の、弓月光雅くんと、桜内義之くん、そして――」
少し紹介するのを躊躇った最後の一人。まひるのお父さんがそちらに視線を向けるのも時間の問題だった。
そして、その眼がしっかりと見開かれる。自分の目を疑わないように、今自分が見ているものを現実として受け止めたいと。その瞳には、かつて自分の前で息を引き取った最愛の娘の姿があるのだから。
「まひる、なのか……?」
「小鳥が遊ぶって書いて『たかなし』に、平仮名でまひるです」
それは、思い入れがある自己紹介なのか、あるいはただ緊張してそうなったのか。以前も聞いたことがある、全く同じ自己紹介の仕方だった。
まひるのお父さんは――その表情を柔らかい笑みへと変えた。
「みんな、寒いだろうから、お入りなさい」
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小鳥遊家の家の中に通された俺たちは、まひるのお父さんの案内でリビングに通される。広くて清潔感もあり、どこか温かい雰囲気のある家だと思う。
当のお父さんは一度お母さんに事情を説明しに行ったらしく、俺たちをリビングに置いてどこかへと消えた。しばらくして再び戻ってきたかと思えば、傍には、まひるを大人っぽくしたような、おっとりとした雰囲気の女性が一緒に姿を現した。見た目通りだ、恐らくまひるのお母さんだろう。
簡単に自己紹介をした後、場の雰囲気もあってすぐに本題に切り込むことになった。
「それで、あなたは――本当にまひるなの?」
まひるのお母さん――亜沙(あさ)さんが今にも縋りつきたそうな目をしてまひるを見ている。見られているまひるも、どこか怯えているようにも見えた。
するとまひるの代わりに言葉を返したのは、ミキさんでもなく光雅だった。第三者の立場でのつもりだろうけど、上手く行くんだろうか。
「正真正銘小鳥遊まひるです。親友であるミキさんが間違えるはずもないですし、それに、まひる自身が自分はそうだと言っています」
至って真剣。両親を茶化しているわけでもふざけているわけでもない。
しかしそんな言葉に、まひるの両親は悲痛な面持ちを隠そうとしているような表情を見せた。
まひるのお父さん――真哉(しんや)さんが言う。
「しかし、私たちのまひるは、あの時に確かに私たちの目の前で息を引き取ったんだ。寂しいなんて生易しい言葉では言い表せない、どんな言葉を並べても例えきれない程の辛い思いを、確かに私たちはした」
それは、2人が確かに背負ってきたもの。かけがえのない娘の存在は、死という形でその面影を背負うことになる。いつまで経とうと忘れないように。小鳥遊まひるという女の子が、自分の家族にはいたという事実を噛み締めるために。
それら全てを無下にするような、目の前の娘によく似た少女の存在、そしてそれは自分で二人の娘を自称している。信じられないのに信じたい。複雑な心境が、何となく俺には分かる。
「今から俺が、荒唐無稽でかつ筋の通る話をします。ついてきてください」
光雅の奴、全部話すつもりだろうか。ミキさんにもばらしているのだから今更俺が止める必要もないし、光雅がそうしたいのなら、俺はそれを支えてやりたい。
光雅の口から語られるのは、実にありえないような話で、しかし実際に俺の目の前で起こった数々のこと。その夢のような現実と、奇跡。
小鳥遊まひるという女の子の存在そのものが奇跡であり、そして俺たちはそれに巡り合えた。
人の想いに応える魔法。まひるは、俺と出会って全てが始まり、そして光雅によって変えられた。
「まぁ簡単に言えば、俺は魔法使いで、まひるは幽霊だってことです」
こいつ最後の最後で適当に纏めやがった。
確かにいちいちしんみりするのも光雅の柄でもないけどさ、もう少し場の空気というかそう言うのがあってもいいんじゃないかなとは思う。
それはさておき、今光雅が語った常識外れもいいところの馬鹿げた話を、彼らはどこまで信じてくれるだろうか。光雅は、2人が今の話を信じてくれると踏んだのだろうか。
「まひる、こっちに来なさい」
真哉さんがまひるに手招きをする。
不安げな面持ちのまま立ち上がり、そして真哉さんのところまで歩く。
真哉さんと亜沙さんもその場に立ち上がっては、まひるを迎え入れ、そして――抱き締めた。
「お父さん――お母さん――」
「ごめんなまひる、最初から信じてあげられなかったなんて、駄目なお父さんだ。ミキちゃんも、そして光雅くんたちもまひるのことを信じているのに、私がこの場で一番まひるのことを信じていなかった」
愛おしそうに、そしてほんの少しの後悔と喜びを添えて、まひるを全身で感じるように、2人でまひるを胸の中に閉じ込める。
「ううん、謝らないといけないのは、私の方だから……。それと――」
――ただいま。
温かな両親の腕の温もりの中で、訳ありの幽霊少女は、大粒の涙を流しながら、綺麗な笑顔を浮かべてみせた。
前回であと二話といったな、アレは多分嘘だ。
今度こそ後二話か三話ほどかかりそう。