九校戦の競技種目のひとつ。通称「早撃ち」。
30m先の空中に投射されるクレーを魔法で破壊する競技で、制限時間内に破壊したクレーの個数を競う。
破壊したクレーの個数を競う種目ですが、主人公の実技レベルの都合上、点数は減りますが破壊せずともある程度点数は入る事にします
期末試験までの間は、御守漣にとって文字通りの地獄だった。
昼間は学校の授業を受け、放課後は旧図書資料室という名の「密室」で司波深雪から過剰なまでの勉強サポートを受ける。
そして夜はアパートへ帰り、自室のクローゼットに隠していた特注のコントローラー型CADと、普段使いの旧式ダミーCADを接続し、夜明けまで魔法式のプログラミングとシミュレーションに没頭する。睡眠時間は削られ、疲労と胃痛は常にピークを更新し続けていた。
「変数『空気の粘性』の無化範囲を弾頭の周囲三ミリに限定……。ダミーの移動系魔法のベクトルと完全に同期させろ。少しでもズレれば、事象消去の片鱗が真由美先輩や十文字先輩たちの目に引っかかる」
深夜のアパートで、漣は充血した目をこすりながらキーボードを叩き続けた。
彼がやらなければならないのは、本来なら特注のデバイスを使わなければ制御できないような高度な『境界無化』の極小干渉を、ゴミ同然の処理能力しかないダミーCADに落とし込むことだ。
ダミーCADのメモリ容量は限られている。そこに「他人の目を誤魔化すための初級移動系魔法の起動式」と、「空気抵抗と重力干渉をゼロにする無化の術式」を並列で押し込み、かつシステムがパンクしないよう極限まで軽量化しなければならない。
「……くそっ、コンパイルエラー! またメモリのオーバーフローかよ!」
何度目かのエラー画面を睨みつけながら、漣は頭を掻きむしった。
達也にはすでに自分の異能の正体がバレている。そして達也自身も、深雪を護る盾として漣を利用するために、この「カモフラージュ」に加担し、裏で手を回してくれている節がある。
問題は、他の一科生たち――七草真由美や十文字克人といった、規格外の知覚と実力を持つ者たちをどう騙し通すかだ。もし彼らにも事象消去の力がバレれば、十師族や軍に目をつけられ、一生モルモットとして飼い殺される。
(どっちに転んでも人生の終わりじゃないか……!)
だからこそ、やるしかなかった。誰にも正体を悟られず、かつ誰も文句を言えないギリギリのラインで「単なる起動の速い魔法」を成立させる。それは針の穴に糸を通すような、極限の調整作業だった。
* * *
そして、一週間にわたる過酷な一学期期末試験が、ついに終了した。
最後の科目の終了チャイムが鳴り響いた瞬間、一学年E組の教室は解放感と歓声に包まれた。
「終わったー! やっと地獄のテスト期間から解放されたぜ!」
「エリカ、今日の放課後はパフェでも食いに行こうぜ。頭使いすぎて甘いもんが足りねえ」
「いいわね! 美月も達也くんも行くでしょ?」
千葉エリカや西城レオンハルト、柴田美月たちが楽しそうに放課後の予定を話し合っている。
だが、その輪から少し離れた窓際の席で、漣は一人、死人のような顔色で机に突っ伏していた。目の下には、もはや隠しきれないほどの深い隈が刻まれている。
「ちょっと漣、何よその顔。ゾンビの映画にでも出演してきたわけ?」
荷物をまとめたエリカが、漣の席の前で立ち止まり、呆れたように声をかけてきた。その隣には、心配そうに覗き込んでくる美月の姿もある。
四月のテロ騒動以降、漣は達也の周囲にいるエリカたちとも、自然と挨拶や雑談を交わす程度の関係にはなっていた。
もともと目立たないように振る舞っていた彼だが、彼らの人懐っこさに巻き込まれる形で、クラスメイトとしての輪に少しずつ組み込まれていたのだ。
「いや……昨日、ちょっと夜通しで、魔導技術のデバッグ作業をやっていてな……」
漣は、擦り切れた声で力なく答えた。
「デバッグねえ。お前、期末テストの実技対策を投げ出して、何やってんだよ。真面目なんだか不真面目なんだか分かんねえな」
レオが笑いながら漣の肩を叩く。その軽い衝撃すら、今の漣の体には堪えた。
「御守くん、本当に寝てないんですね……。何か心配事でもあったのですか?」
美月が気遣うように、小さく首を傾げる。
そう、今日の放課後は、一科生の選手候補たちの前で行われる「公開選抜テスト」の日だった。徹夜でダミーCADの調整とカモフラージュ魔法式の圧縮を終わらせた漣だったが、肉体的な疲労はすでに限界に達していた。
だが、そんな大きな騒動に巻き込まれていることを、エリカたちに打ち明けるわけにはいかない。漣は、ただの「テスト前の寝不足」を装うことに必死だった。
「あんた、本当はテストのことなんかより、女子に呼び出されて眠れなかったんじゃないの?」
エリカがニヤニヤしながら、からかうように漣の顔を覗き込んできた。
「んなわけねえだろ。御守にそんな浮いた話、あるわけ……」
レオが呆れたように手を振ったが、漣は心の中で(図書室で深雪に密着されて、達也に冷たい視線を向けられていたなんて、逆の意味で眠れなくなるわ!)と、胃の痛むツッコミを入れていた。
「大丈夫だ、ただのちょっとした実技の居残り補習みたいなものだから、気にしないでくれ。俺はちょっと、その補習に遅れるとマズいから、そろそろ行くよ」
漣が慌てて誤魔化しながら立ち上がった、その時だった。すぐ左隣の席から、いつもの冷徹で静かな声がかけられた。
「御守。今日のテストは、第一小体育館の地下にある、射撃訓練場で行われる。……遅れるなよ」
達也が、教科書をカバンに仕舞いながら淡々と告げた。
「えっ? テスト? 何のテストよ、達也くん。漣の補習に、なんで達也くんが立ち合うわけ?」
エリカがすかさず、鋭い勘を働かせて達也に問い詰める。
「風紀委員として、訓練場の安全管理の立ち合いを任されているだけだ。他意はない」
達也は表情を一切変えず、平然と言い繕った。
(他意しかないだろ! わざわざ「テスト」なんて言い方しなくてもいいじゃないか!)
漣は心の中で激しく毒づいたが、もちろんそれを口に出せるはずもなかった。これ以上エリカたちに詮索されるのを防ぐため、漣は急ぎ足でカバンを持った。
「じゃあ、俺は先に行くよ。達也、また後で」
「ああ。後でな」
漣は、怪訝そうに見つめるエリカたちに軽く手を振り、逃げるように教室を後にした。
* * *
放課後の第一小体育館、地下にある射撃訓練場。
普段は一科生のシューティング系クラブの練習場として使われているこの場所に、今日は異様な緊迫感が漂っていた。
照明が落とされた観客席には、七草真由美、十文字克人といった生徒会と部活連のトップが揃い踏みしている。
さらにその周囲には、九校戦のスピード・シューティング代表候補としてエントリーしている一科生のエリートたちが、腕を組んで不満げな表情を浮かべていた。
彼らの視線の先には、射撃ブースの前で所在なさげに立っている御守漣の姿がある。
「おい、本当にあんなウィードが代表候補のテストを受けるのかよ」
「実技最低値の出来損ないだろ? 聞いたぜ、実家の権力を使って理事会に圧力をかけたらしい。コネで代表枠を奪おうなんて、いい度胸じゃないか」
「一高の実力主義を舐めているとしか思えんな。ここで無様を晒して、さっさと辞退してもらおう」
一科生たちからは、あからさまな嘲笑と敵意に満ちた囁き声が漏れていた。
無理もない。彼らはこの日のために血の滲むような努力をしてきたのだ。そこに突然、実技評価が最低の二科生が横入りしてきたとなれば、反発が起きない方がおかしい。
漣は、そんな彼らの冷ややかな視線を全身に浴びながら、ただ黙ってうつむいていた。
(……アウェーすぎる。針のむしろなんてレベルじゃないぞ、これ)
「来たか、御守。ずいぶんと酷い顔色だが、本当に実力を出せるんだろうな」
審判役としてストップウォッチを手にした渡辺摩利が、怪訝そうに漣を見つめた。
摩利は、この時点ではまだ二科生である漣の実力を疑問視していた。生徒会室で達也が「彼の初速は特化している」と証言したとはいえ、実際の能力をこの目で見てみるまでは、一科生の代表候補たちの不満を抑え込んでまで彼を推薦する気にはなれなかったのだ。
「お気遣いなく、渡辺先輩。ただの出来損ないですので、最初から大した期待はしないでください」
漣はやる気のない声を出し、カバンからあの使い古した旧式のダミーCADを取り出した。
「御守さん。私は、御守さんのその実力が本物であると信じておりますわ。どうか、皆様にそのお力を示してください」
観客席の最前列から、司波深雪が透き通るような美しい声で漣に微笑みかけた。
その瞬間、周囲の一科生男子たちの目が、一斉に漣を殺しかねないほどの激しい嫉妬の色に染まった。
一高の高嶺の花であり、誰もが憧れる深雪が、なぜあんな薄汚い二科生に向かって、あのような甘く熱のこもった視線を向けるのか。
(司波さん、お願いだからここで俺に声援を送らないでくれ。ただでさえ胃が痛いのに、さらに敵が増える……!)
漣が心の中で悲痛な叫びを上げていると、その隣の測定ブースに立つ達也が、静かに端末を操作しながら声をかけてきた。
「御守。生徒会室での約束通り、お前のCADの事前調整には俺も立ち会わせてもらった。……準備はいいな?」
達也の言葉に、漣は微かに顔を引きつらせた。
(達也の野郎、テストの前に俺のダミーCADのソースコードを軽く覗き見やがった。まあ、特注CADを使ったメイン処理は完全に別領域に隠蔽してあるから、見られたのは表向きのカモフラージュ式だけだが……あの監視能力、本当にえげつない)
「ああ、問題ない」
漣は短く答え、ダミーCADを構えた。
「司波。お前がそこまで言うのだ。この御守という一年に、本当にスピード・シューティングの適性があるのか?」
摩利が腕を組み、達也に鋭い視線を向けた。
「はい、渡辺先輩。彼のCAD構築速度、および魔法の初速は、他の一科生代表候補を上回るポテンシャルを持っています」
達也は、極めて平坦な声で答えた。
達也の精霊眼は、すでに漣の手にある旧式CADの内部で、複雑に圧縮された魔法式が待機状態に入っていることを読み取っていた。
「だが、彼を代表にねじ込めば、選考漏れした一科生が黙っていない」
十文字が、重厚な身体をさらに沈み込ませるようにして、観客席から重々しく告げた。
「我が校の実力主義において、実技E評価の彼を選手に選ぶことは、選考の公平性に著しく反する。御守、お前の実力を見せてもらうぞ。全員を納得させるだけの明確な証明が必要だ」
「……分かりました。十文字会頭。不束者ですが、やらせていただきます」
漣は、内心で冷や汗を流しながら、ダミーCADを構えて照準線上に視線を合わせた。
(――よし、徹夜の成果を見せてやる。完璧に騙してやるからな!)
漣は右手の指を動きの鈍いダミーCADのボタンにかけ、脳内の演算領域を起動した。
「標的の射出シミュレーションは完了している。三方向からランダムに射出される五つのクレーを、可能な限り早く撃ち落とせ。……御守、いつでも始めていいぞ」
達也が端末から顔を上げずに告げた。
「――始め!」
摩利の合図と共に、空中へ同時に五つのクレーが高速で撃ち出された。
スピード・シューティングは、的をどれだけ早く撃ち抜くかを競う競技だ。的を完全に破壊する出力は評価の対象にはなるが、最も重要なのは「的に命中するまでのタイム」である。
漣が放つ魔法は、ただのマッチの火にも満たない微弱な熱量の塊だ。的を粉砕する力など皆無である。
だが、漣は徹夜で構築した『魔法式』を発動した。
表向きは、起動速度を極限まで引き上げただけの初級の熱量移動魔法。しかし、その微弱な魔法弾が飛翔する軌道上の「空気の粘性」と「重力による干渉」という物理法則そのものを、彼は境界無化の力で、ほんの一瞬、目に見えないほど極小の線状範囲で「ゼロ」に消去した。
シュパァァァンッ!!
魔法を起動した、その次の瞬間。まるで動画のフレームが飛んだかのように、空中に放たれた五つの的が、同時に「カチッ」と音を立てて黒い焦げ跡を作った。
弾が飛んだ軌跡すら見えない。引き金を引いたという事実の直後に、すでに着弾している。
空気抵抗という絶対的な物理障壁を排除された魔法弾は、現代魔法の常識を完全に無視した、光速に近い圧倒的な『初速の極致』を実現していた。
「な、何だ今の……!?」
「弾道すら見えなかったぞ! 何を撃ったんだ!?」
周囲の一科生たちが、驚愕に目を見開いた。
的そのものは壊れていない。ただ表面が小さく焦げただけだ。しかし、的を正確に射抜いた「速度」においてだけは、誰の目にも明らかな神速の領域に達していた。
「……信じられん」
十文字が、腕を組んだまま重々しく低く唸った。
「的を破壊する出力はない。……だが、あの起動から着弾までのタイム。的を誰よりも早く撃ち落とすことだけが求められるスピード・シューティングにおいて、この異常な速度は決定的なアドバンテージだ」
「フッ、なるほどな。攻撃力を完全に捨てて、起動速度と弾速に全振りした、極端な特化型というわけか」
摩利もまた、感嘆の息を吐きながら、漣のダミーCADを見つめた。
一科生たちの候補者からは「そんなバカな! 何かインチキをしてるだろ!」と抗議の声が上がったが、それを達也が淡々と遮った。
「測定データに異常はありません。魔法幾何学のルールに基づいても、彼の魔法は起動速度に特化している。着弾までのタイムも、現在の学内トップの記録を大幅に更新しています。……文句はないはずです」
達也は手元の端末の画面を周囲に示し、一科生たちを論理とデータによって冷酷に黙らせた。
だが、その無表情な瞳の奥で、達也は隣の漣に対して、深い感嘆と呆れを抱いていた。
(……これほどの精緻なカモフラージュ式を、あの貧弱なダミーCADの演算能力だけで並列処理させて走らせるとはな。俺の眼は誤魔化せなくとも、他の一科生たちを完全に騙し切った。)
達也は、漣が他の一科生たちから自らの能力の深淵を隠すために、いかにしてダミー式を噛み合わせていたかを完全に看破していた。
だが、それを他人に明かす気は毛頭ない。達也にとって、漣が周囲を納得させる結果を出して代表入りすることこそが、彼を深雪の護衛として置くための重要な布石なのだから。
「選考テスト、合格だ。御守、お前の代表入りを正式に認める」
摩利がストップウォッチをポケットに収め、漣の代表入りを告げた。
(よし……! なんとか、最大の難所を切り抜けたぞ。あとは本番の競技で適当に勝って、静かにフェードアウトすれば――)
漣が安堵の息を吐き出そうとした、その時だった。
「……だが、御守。お前のその魔法は、起動速度に特化しすぎていて、CADの負荷が尋常じゃない。一高の通常のエンジニアでは、お前のそのCADのピーキーな調整を維持することはできないぞ。九校戦の本番まで、誰が調整を担うんだ?」
摩利の当然の指摘。漣の使っているダミーCADは、今のテストを終えた時点で、すでに過熱による不具合の警告灯を赤く点滅させていた。無理な並列処理を強引に走らせた代償だった。
漣が言葉に詰まった、その瞬間。達也が、静かに一歩前へと歩み出た。
「――俺がやります」
「達也くん?」
真由美が驚きに目を見開く。
「今回のテストにあたり、彼のCADには事前に俺が暫定的な調整を加えました。彼の魔法のプロセスや癖は、同じクラスにいる俺が一番よく知っている。それに、風紀委員としての共同パトロールの経験もある。……俺が、御守漣の専属エンジニアを担当します。異論はないな、御守」
達也は、漣を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、『お前のその隠した力を、俺の技術で完璧に管理し、深雪の盾として使わせてもらう』という、過保護で冷徹な義兄としての無言の重圧が宿っていた。
「……っ」
漣は、喉の奥で音のない悲鳴を上げた。
達也のエンジニア就任。それはすなわち、九校戦の期間中、文字通り自分のCAD――魔法の心臓部を達也に完全に握られ、手綱を引かれることを意味していた。
「それは素晴らしいですわ、お兄様! 漣様の調整をお兄様がしてくださるなら、これ以上心強いことはありませんわね」
観客席の最前列で、深雪が花が咲くような満面の笑みを浮かべ、本当に嬉そうに胸を躍らせていた。
最強の矛であり冷徹な技術者である達也が、絶対の盾である漣の手綱を握り。美しき深雪が、その二人の並び立つ姿に、至福の愛を募らせる。
夕日の差し込む訓練場の片隅で、御守漣は、自身のこれからのあまりにも波乱に満ちた九校戦に向けて、小さく息を吐いた。
(思えば、生徒会と部活連のトップに目をつけられ、あのイレギュラーな兄妹に挟まれている時点で、完全な平穏なんてとうの昔に破綻していたんだ……)
完全に目立たないモブ生活など、もはや望めない。
だが、それでも自らの『事象消去』の真の力を隠し通し、十師族や軍に兵器として飼い殺される最悪のバッドエンドだけは回避しなければならない。
(ある程度目立ってしまうのは、もう腹を括るしかない。……この地獄の九校戦、なんとしてでもやり過ごしてやる)
漣は諦めとわずかな覚悟を混じえながら、自らの運命を受け入れるように深く目を閉じた。
ある程度所の話では無い気がしますが、腹を括りました
感想、誤字脱字報告ありがとうございます
皆様のおかげでより良いものができていると思います
これからもよろしくお願いします(まずは自分で発見しろよ...