絶対防壁の転生者は平穏に暮らしたい   作:雨風 時雨

7 / 7
読みづらい所がありましたら(脳内変換)よろしくお願いします
言い回しなど後に修正するかも知れません

追記
所々修正しておりますが内容自体に大きな変更はありません



第7話

 新入部員勧誘期間も終盤に差し掛かった頃。

 

 1年E組の教室では、新入生たちが少しずつ第一高校の日常に慣れ始め、朝のホームルーム前には賑やかな声が交わされていた。

 

 だが、窓際の後ろから2番目の席に座る御守漣の頭の中は、周囲の喧騒から完全に切り離され、深い葛藤の底に沈んでいた。

 

 彼の脳裏に焼き付いて離れないのは、数日前の放課後、薄暗い旧図書資料室で司波深雪が自分に向けた、あの熱を帯びた言葉だった。

 

『あなたのその美しい静寂を、私が一生をかけて、お兄様からすら守り抜きます』

 

 ただ不格好に実力を隠し、面倒事から逃げ回っているだけの自分を護るため。

 彼女にとって絶対の存在であるはずの達也を欺くという、重すぎる選択を深雪は自ら下してしまったのだ。

 

 あの薄暗い図書資料室で自分の袖をきつく握りしめ、狂おしいほどの熱を帯びた瞳で訴えかけてきた彼女の姿。

 

 その純粋で生々しい想いに触れてしまった今、ただ「関わりたくないから」という打算だけで彼女を突き放し、他人事でい続けることなど、漣の人間としての理性がどうしても許さなかった。

 

(関わりたくないはずなのに……。彼女がこれ以上、達也との間で板挟みになって傷つく姿を、見たくないと思ってしまう)

 

 漣は自嘲気味に、胸の奥で呟いた。

 自らに引いていた傍観者としての境界線は、すでに音を立てて崩れかけている。

 

 すぐ左隣の席からは、今日も司波達也の静かで冷徹な殺気が絶え間なく放たれ続けていた。

 深雪が自分に対して明確な嘘をつくようになった原因が漣にあると確信した達也の威圧感は、日を追うごとにその鋭さを増している。

 

 漣には『境界無化』という絶対の盾がある。

 だが、その力を振るって達也と正面から敵対する気など、彼には微塵もなかった。

 

 相手はあの司波達也である。

 

(もし達也を本気で敵に回したとして、あの男なら『精霊の眼』を使って数キロ先から俺を正確に狙撃してくる。……いや、それだけじゃない)

 

 漣の背筋に、冷たい悪寒が走る。

 達也という魔法師は、現代魔法の枠組みに収まらない異端だ。

 

 いくら自分の防壁が理論上は無敵であったとしても、達也なら土壇場で想像を絶する未知の手段を用いて、この防壁すら破ってくるのではないか。

 その底知れない怪物に対する根源的な恐怖が、漣を常に畏縮させていた。

 

 だからこそ、これ以上達也の警戒を引きずり出すような真似は絶対に避けなければならない。

 放課後は大人しく、誰の目にも留まらないように帰宅するしかないのだ。

 

 * * *

 

 その日の放課後、本館の1階廊下において、1科生と2科生の物理的な摩擦が突発的な衝突へと発展していた。

 

「おい、ニ科生の分際で、一科生のエリアを我が物顔で歩くなと言っているんだよ。少しは身の程をわきまえたらどうだ?」

 

 高圧的な態度で立ち塞がったのは、数人の一科生の上級生グループだった。

 

 その標的となっていたのは、偶然その廊下を通りかかり、おろおろと立ち尽くしている柴田美月。

 そして、彼女を守るように前に立ちはだかった、千葉エリカと西城レオンハルトの2人だった。

 

「……!? 通路を歩くのに一科生も二科生もあるわけないでしょ! いい加減にしなさいよ、この底意地が悪い先輩!」

 

 エリカが鋭い声を張り上げ、一触即発の空気が廊下に立ち込める。

 周囲には、デモンストレーションの帰りらしき多くの生徒たちが集まり、不穏な野次馬の壁を作っていた。

 

 漣は、その人だかりから少し離れた階段の陰で、静かに事の成り行きを見守っていた。

 

(またこれか……。一科生と二科生の対立がいよいよ表面化してきたな。このままだと、達也が風紀委員として割って入るはずだが……)

 

 漣が周囲を観察すると、人混みの向こうから、左腕に風紀委員の青い腕章を巻いた達也が、静かに近づいてくるのが見えた。

 

 だが、達也の歩調は、事態をすぐさま制圧できる距離にいながらも、どこか不自然に緩やかだった。

 達也の『精霊の眼』は、観客の隙間からこちらを窺っている漣の存在を、すでに捉えている。

 

(御守漣……。お前なら、この状況でどう動く? )

 

 達也は、あえてすぐに介入せず、漣を観察するために状況の推移を見るという冷徹な判断を下していた。

 

 もし、ここで暴発が起き、美月たちに危険が迫れば、漣が再びその隠された力を現さざるを得なくなる。

 達也は、目の前の少年の仮面を引き剥がし、隠されている能力を暴き出すための格好の実験場として、この衝突の場を利用しようとしていた。

 

 一科生の上級生の1人が、怒りに任せてCADを構える。

 展開されようとしているのは、低出力だが、物理的な衝撃力を伴う空気弾の術式。

 

 それが、エリカたちの背後にいる、竦み上がった美月へと向けられた。

 

(まずい……! あのバカ、本当に魔法を撃ちやがる。達也は……!)

 

 漣は、達也がわざと一歩引いた位置で、自分の出方を試すように凝視していることに気づいていた。

 

 ここで自分が魔法を使えば、達也のマークは決定的なものとなり、一高での生活は完全に破綻する。

 だが、使わなければ、美月が大怪我を負い、そんな状況を見逃せ漣ではない。

 

 漣が激しい葛藤のなかで、やむを得ずCADに手をかけようとした、まさにその瞬間だった。

 

「――そこまでになさいませ」

 

 低く、しかし驚くほど凜とした、大気を凍らせるような美しい声が、廊下全体に響き渡った。

 

 野次馬の人の波を割るようにして、一科生の制服を纏った少女――深雪が、その場に毅然と姿を現したのだ。

 

 深雪は、達也が風紀委員として近くにいながらも、あえて動かずに漣の動向を窺っていることに、その優れた魔法感応領域でいち早く気づいていた。

 

(お兄様は……御守さんの正体を暴こうと、わざと美月さんたちを危険に晒して、あの方の魔法を誘い出そうとしていらっしゃる……!)

 

 その達也の冷徹な意図を察した瞬間、深雪の胸の内で、かつてないほどの激しい焦燥と、あの人を護らなければという狂おしいほどの想いが爆発した。

 

 達也を裏切る恐怖など、漣が達也の刃に晒される恐怖に比べれば、塵同然に過ぎない。

 深雪は、上級生が空気弾を発動しようとしたその刹那、自らのCADを極限の速度で起動した。

 

「――『凍結領域』」

 

 静かな呟きと共に、深雪を中心に、恐るべき高密度の冷却サイオン波が廊下全体へと解き放たれた。

 

 一瞬にして、廊下の床が真っ白な霜に覆われる。

 発動しようとしていた一科生のCADの起動式が、その極低温の干渉力によって完全に凍結され、上級生の手元で小さく霧散した。

 

 それだけではない。

 あまりの凄まじい冷却の気圧に、廊下に集まっていた他の生徒も、息を呑んで震え上がり、一歩も動けなくなるほどの圧倒的な静寂がその場を支配した。

 

「な、なんだこれ……! 体が、動かない……!」

 

「首席の……司波深雪……!」

 

 上級生たちが、その圧倒的な実力差に顔を青ざめさせ、震える声で深雪を見つめる。

 

 深雪は、おどおどと立ち尽くす美月たちの前に立ちはだかり、いつもの完璧な氷の微笑のまま、上級生たちを冷たく見下ろした。

 

「学内における、デモンストレーション区域外での不必要な魔法の使用は、校則によって厳重に禁止されております。これ以上の狼藉は、生徒会としても看過いたしません」

 

 誰も、彼女の言葉に反論できなかった。

 深雪が放ったその絶対的な凍結の干渉力は、廊下にいた全ての生徒を物理的にも精神的にも完全にひれ伏させていたのだ。

 

 階段の陰でその様子を見ていた漣は、信じられないものを見るように目を見開いていた。

 

(深雪……お前、俺が魔法を使わせないために、自分から割り込んで事態を収めたのか……!?)

 

 漣は、彼女のそのなりふり構わぬ、そして不器用なまでに必死な、自分を庇うための行動に、胸が締め付けられるほどの激しい動揺を感じていた。

 

 彼女が達也の思惑を察し、自分の正体がバレるのを防ぐために、あえて達也の目の前で、自らその手を汚して騒ぎを鎮圧したのだ。

 

 その時、風紀委員の腕章を巻いた達也が、人混みを割って静かに深雪の隣へと歩み寄った。

 達也の表情は、いつも通り冷静そのものだった。

 

 だが、その『精霊の眼』の最深部において、達也は自分の最愛の妹が、自分が仕掛けた罠を完璧に理解した上で、自らその罠を踏み潰してまで漣を護ろうとした事実に、言葉にできないほど暗く冷たい衝撃と、絶望的な焦燥を覚えていた。

 

(深雪が、邪魔した。あの男――御守漣という不審者を、俺の監視から守るために、自ら盾となって前に立ち塞がった)

 

 その事実が、達也の心に、これまでにない底知れない怒りと、漣に対する「絶対に生かしてはおけない」という暗い排除の執着を決定的なものへと変えていた。

 

「深雪。風紀委員の管轄だ。生徒会がこれ以上、関わる必要はない」

 

 達也の声は静かだったが、大気を凍らせる深雪の冷気よりも冷たく響いた。

 

 深雪は達也に向き直り、きつく握りしめた拳を背後に隠しながら、いつもの完璧な妹としての微笑みを返した。

 

「申し訳ありません、お兄様。あまりにも先輩方の行儀が悪かったため、生徒会書記として、つい手が先に出てしまいましたわ。お兄様の手を煩わせるまでもありません」

 

「……そうか。それならいい」

 

 達也はそう言い、美月たちを保護するようにして、その場を事後処理へと移した。

 

 だが、達也の鋭い知覚は、深雪が自分に対して図書室の件よりもさらに強固な嘘を重ね、その心の中に御守漣という男を大切に隠し持っていることを、はっきりと捉えていた。

 

 目立たず、波風を立てずに過ごしたかった御守漣の必死の抵抗は、皮肉な結果を招いた。

 

 自分を必死に守り抜こうとする美しき生徒会書記・深雪の歪んだまでの深い愛熱。

 そして、それによって唯一の存在を奪われたかのような、静かなる怒りに震える達也の絶対的な殺意。

 

 逃れられない宿命の境界線として、それらは完全に漣の身へと縛り付けられてしまったのだ。

 

 夕日に赤く染まった廊下の床の上で、深雪が凍らせた霜の結晶が、彼らの間に引かれた決して交わることのない境界線を、冷たく、そして不気味に照らし出していた。

 

 * * *

 

 突然の静寂に満ちた廊下。

 周囲で見守っていた野次馬たちは、寒さに震えながらも、目の前で起きたあまりに次元の違う決着に言葉を失っていた。

 

「さすがは一科生首席だ……」

 

「あれが、新入生総代の本当の実力か……」

 

 ひそひそと囁かれる、羨望と諦めが混ざり合ったため息。

 

 彼らにとって、第一高校という学園に漂う一科生と二科生の格差は、実力によって覆すことのできない絶対の壁だった。

 だが、深雪が示した魔法の圧倒的な美しさと干渉力の絶対さは、差別の理不尽さを語ることすらおこがましく感じさせるほどの、神聖な断絶を示していた。

 

 しかし、その圧倒的な光の前に、最も強い精神的衝撃を受けていたのは、目の前で深雪の背中を見つめていた美月だった。

 

 美月は、自らの『水晶眼』が捉えた異様な事象の調和を、静かに噛み締めていた。

 彼女の目は、他人の放つ魔力を過剰に感知してしまう。

 

 上級生が空気弾を放とうとしたまさにその一瞬。

 美月の網膜には、その魔法が発動する前兆としての強烈な閃光が焼き付くはずだった。

 

 だが、深雪が割り込んだ瞬間に起きたのは、単なる冷却の干渉波ではなかった。

 

(あの時……ほんの一瞬だけ、闘技場(アリーナ)の時と同じ、光が消去される瞬間があった気がする……)

 

 美月は、眼鏡の奥の瞳を小さく揺らした。

 

 深雪が完璧な凍結領域を展開して周囲を静止させる直前。

 美月の特異な目は、すぐ背後の階段の陰から、あの時自分を救ってくれた瑠璃色の、事象をゼロにする優しい静寂が、ほんのミリ秒、空気の境界線に生まれかけていたのを感じていたのだ。

 

 そして、その瑠璃色の気配が完全に発現するよりも前に、深雪が強引なほどの絶対的な魔力で空間そのものを覆い尽くし、その気配を外部から隠蔽した。

 

 美月は、自分のすぐ背後の暗がりにいた、あの静かなクラスメイト――御守漣へと、そっと視線を向けた。

 

(御守くん……。あなた、この前の時も、私を……。そして、深雪さんは、それを……)

 

 美月は、それ以上考えるのをやめるように、ただ小さく息を呑むことしかできなかった。

 

 その美月の隣で、エリカとレオは、身構えていた身体の力をゆっくりと抜いた。

 

 この時点で、二科生である彼らは、クラスメイトであり風紀委員にもなった達也と、すでに昼食を共にし、お互いをファーストネームで呼び合うほどの深い信頼関係を築いていた。

 

 だからこそ、エリカは、すぐ後ろに達也が風紀委員として控えているのを見て、彼が穏便に対処してくれるのを確信し、身構えつつも安心していたのだ。

 

 なのに。

 

「なによ……。達也がすぐ後ろにいたんだから、お兄様に任せればよかったのに。わざわざ生徒会の看板を背負って、あんなに強引に割り込んできてさ」

 

 エリカの優れた直感は、深雪の不自然なほどの割り込みを鋭く捉えていた。

 

 達也という信頼できる風紀委員がすぐ後ろに控えていたにもかかわらず、なぜ彼女がそこまで必死に出張ってきたのか。

 その疑問の矛先は、彼女の鋭い勘によって、図らずも階段の陰にたたずんでいた御守漣へと向けられていた。

 

 レオは「まあ、美月が無事だったんだ、文句を言うなよ。あの司波深雪の本気の魔法を間近で見られただけでも、俺たちにはいい経験だろ」と、大きな肩をすくめていつものように笑うだけだった。

 

 * * *

 

 その日の夜、司波兄妹の邸宅。

 

 最新の電子遮蔽が施されたリビングルームには、淹れたての紅茶の香りと、静かで重苦しい沈黙が漂っていた。

 

 深雪は、いつも通り完璧に仕立てられた所作で達也に紅茶を差し出し、その向かいに静かに腰を下ろした。

 

 達也は、深雪を世界のすべてとして護るために、自らの意識のバックグラウンドにおいて、彼女のイデアを常に見守り続けている。

 だからこそ、達也にははっきりと分かっていた。

 

 今、目の前で穏やかに微笑んでいる最愛の妹のサイオンの波形に、微細だが決定的な、自分に対する『秘匿』の変調が混ざっていることを。

 

 達也は静かにコーヒーカップを置き、感情の起伏を一切排した平坦な声で、昼間の出来事について切り出した。

 

「深雪。昼間の廊下では、少し手が先に出たと言っていたな……。だが、俺が風紀委員として動くよりも早く、お前が自ら割り込んで『凍結領域』を放ったのは、初めてのことじゃないか」

 

 達也の視線は静かだったが、その瞳の奥には、すべてを見透かすような冷徹な光が宿っていた。

 

 彼は、『お前はなぜ、あの男――御守漣を護るために、俺の罠を潰したのか』とは直接口にしない。

 だが、その言葉の裏には、深雪の心を揺さぶる不確定要素に対する、明確な警告が潜んでいた。

 

 深雪は、お兄様に初めて明確な嘘を重ねているという事実に、胸の奥で指先が凍りつくような恐怖を感じていた。

 達也のその静かな問いかけは、彼女にとって、世界そのものから拒絶されるかもしれないほどの恐ろしいプレッシャーだった。

 

 だが、彼女は決してその完璧な微笑を崩さなかった。

 

「お兄様の手をお煩わせするほどの相手でもございませんでしたから……。それに、あの場には生徒会書記としての私が偶然居合わせました。お兄様がわざわざ、あの程度の小競り合いに割って入る必要はございません」

 

 深雪は、いつもの完璧な妹としての甘えるような声で答えながら、達也の排除の目を『彼は排除する価値もない、取るに足らない存在だ』と思わせるために、必死に言葉を紡いだ。

 

 だが、その微笑みの裏で、彼女は『何があっても、漣様をお兄様の分解の刃から隠し通す』という、狂おしいほどに強固な、自らの意思による恋情の決意をさらに深く固めていた。

 

 達也は、深雪が背後に隠した指先がかすかに震えていることを、その鋭い観察眼で静かに見つめていた。

 

 深雪が、自分に嘘をついている。俺の目をあの男から逸らすために、自ら盾となって前に立ち塞がった。

 感情の去勢プロセスすら無効化するほどの、冷たい衝撃が達也の胸を突く。

 

 深雪が自分を欺いてまで、その男を懐に隠そうとしているという事実。

 それは、達也の中で御守漣を『一刻も早く情報構造ごと分解し、この世界から消去しなければならない最大の脅威』として、完全にマークさせるのに十分な理由だった。

 

「そうか。深雪がそう言うなら、俺の観察過剰だったのかもしれないな」

 

「はい、お兄様」

 

 二人はお互いに完璧な笑顔を交わし、それ以上、御守漣の名前を口にすることはなかった。

 

 しかし、穏やかに流れる空気の裏で、達也の冷酷な排除の意志は、深夜のリビングで静かにその刃を研ぎ澄まされていた。

 

 

 * * *

 

 そして、自分のアパートのベッドに横たわっていた漣は、天井の闇を見つめたまま、生まれて初めて、この世界の現実に深く片足を突っ込んでしまったかのような、耐え難い焦燥に身を焦がしていた。

 

 これまでは、司波兄妹のことをただの「遠い世界の出来事」だと思い込もうとしていた。

 

 この魔法科高校の世界は、ただの平和な学園モノではない。

 一歩裏へ回れば、テロリストの襲撃や他国の軍事工作、および十師族と呼ばれる血塗られた権力者たちが暗躍する、死と隣り合わせの魔境だ。

 

 中でも司波兄妹に関わるということは、国家の最高機密である達也の過酷な戦場に、否応なしに引きずり込まれることを意味する。

 

 もし自分の『境界無化』という特異な力が彼らを通じて完全に露見すれば、達也に排除されるか、あるいは十師族や国防軍に兵器として目をつけられ、一生自由を奪われるだけの未来しか待っていない。

 

 だからこそ、漣はだんまりを貫き、彼らをただの舞台装置とみなして無視を決め込み、安全な背景として逃げ回っていればいいはずだった。

 

 だが、図書資料室での出来事。

 そして、今日のあの廊下で。

 

 自分のささやかな平穏を隠すために、達也の完璧な罠を自ら踏み潰し、その手を凍らせてまで自分を護ろうとした、あの深雪という少女の、なりふり構わぬ必死の想い。

 

(……あんな真剣な目で見つめられて、あんな無茶をしてまで俺を庇われたら、ただの打算や自己防衛だけで逃げ続けられるわけがないだろ……)

 

 漣は、心臓の鼓動が今までになく激しく、熱く脈打っているのを感じていた。

 傍観者として必死に保ち続けていた心の境界線が、彼女の狂おしいほどの追慕と生身の涙によって、音を立てて完全に崩れ去ってしまったのだ。

 

 だが、同時に漣は、冷徹なジレンマに突き当たっていた。

 

(俺がただ黙って、臆病者のフリをして逃げ回っていることが、むしろ彼女を破滅の道へと追い詰めているんじゃないか……?)

 

 自分が実力を隠し、気配を消して逃げようとすればするほど、彼女は達也の疑いの目を逸らすために、より過激で、より無茶な手段で自分を護ろうとする。

 その結果として、彼女はお兄様との間に、決定的な裏切りという亀裂を自ら刻み込んでいくのだ。

 

「俺が隠れ続けること」そのものが、今の彼女を最も危険な場所へと押し流しているという、残酷な矛盾。

 

(これ以上、あいつを達也との間で板挟みにして傷つけたくはない。けれど、かといって自分が動き出せば、あの怪物にすべてを暴かれ、自分の平穏も命も一瞬で失われるかもしれない)

 

 絶対に目立ちたくない。戦いになんて、関わりたくはなかった。

 

 いったい、どう立ち回るのが正解なのか。

 そんな答えなど何一つ見出せないまま、漣はただ、静まり返った天井の闇を見つめ、自身の胃の痛むような焦燥に頭を抱え続けることしかできなかった。




お気に入り800超えてるやん
ありがとうございます

不定期更新にはなりますがとりあえず書きたいところまでは書き上げるつもりなのでよろしくお願いします。

追記
マジで勢いと深夜テンションで作ったやつだから
物語自体の根幹がぶれぶれや 本当に読みづらいくてすみません
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