深淵蓋天地   作:たかたかな

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天涙

 

「またヤツが現れました。」

 

長距離ラヂオにて第三卿ジェルキのもとにトギエ市近隣の観測隊から報告があった。

 

「微塵嵐の一件が終わったと思ったら今度は"暴蝕"か。」

 

およそ3年おきにやってくる、微塵嵐に匹敵する厄介事。しかし、それを知るものは極めて少ない。

災害と呼ぶには被害が少なく、かといって事件で済ませられるほどの軽い問題でもない。そして魔王自称者と呼ぶにはあまりにも無差別だ。

 

「進路は?」

 

「幸いにも微塵嵐の通り道をそのままなぞるように進み、トギエ市周辺の湿地帯の方へ進んでいます。」

 

「わかった。引き続き観測を任せる。」

 

ラヂオを切ると向かえに座っている男が声をかける。

 

「ヤツとは何のことだ?」

 

勇者候補の擁立の件でジェルキに話があった第四卿円卓のケイテは腹立たしげに聞いた。わざわざジェルキのいる黄都中枢議事堂の一室まで足を運んだにも関わらずラヂオが終わるまで待たされたせいか普段よりも眼光が鋭い。

 

「旧王国時代から3年おきに現れる粘獣(ウーズ)のことだ。」

 

「粘獣だと?そいつがどうしたと言うんだ!たかが粘獣如きに何を警戒している?」

 

「ただの粘獣ではない。暴蝕のエレノアという名で呼ばれる過去に幾度も討伐作戦が行われるも、そのことごとくを退けてきた化物だ。竜すら避けて通ると言われている。」

 

ジェルキと親しいわけではないケイテからしてもこのような冗談を言うとは思えず、腹立たしげな表情から黄都二十九官で最も苛烈な文官と呼ばれるにふさわしい威圧感のある表情へと変わっていく。

 

「お前がそのようなくだらない冗談を言うとは思えん。詳しく説明しろ。」

 

優劣のあるはずのない黄都二十九官であるにも関わらずさも自分の方が偉いと言わんばかりの物言いに特に反応もせず、ジェルキは口を開いた。

 

「お前の擁立しようとしている窮知の箱のメステルエクシルが撃退したという微塵嵐と同じように進行方向の全てを飲み込む。強力な酸性の身体が触れる全てを溶かす。本物の魔王が現れてからは発見されなくなったため死んだものだと思っていたが生きていたとはな。」

 

「全てを溶かす酸性の身体か、いいだろう。メステルエクシルの出撃の許可を出せ。微塵嵐のように撃退してやろう。代わりメステルエクシルを勇者候補として擁立することを認めろ。」

 

「却下だ。」

 

「なんだと?」

 

「エレノアは直径がおよそ一般的な兵士の身長程のサイズしかない。進行方向も基本的には街を通らない。粘獣の中では規格外のサイズとはいえ微塵嵐と比べると被害規模は小さく、進路上から退避するだけでいい。故にこちらからは極力干渉しない。それに微塵嵐の撃退の一件でメステルエクシル擁立は決定している。」

 

「それならそうと早く言え。それならもう用はない。」

 

ジェルキの言葉を聞いてケイテは興味を失ったかのように立ち上がり、部屋から退出した。

 

ジェルキもそれ以上気にした様子もなくラヂオを繋げると最低限の指示を出し、そのまま執務に戻った。

 

新たな災厄が近づいているとも気づかず。

 

 

トギエ市周辺街道 湿地帯

 

自分がいったい何を見ているのか金車のミレンには分からなかった。

トギエ市では微塵嵐の事件が終わったことで交通規制が解かれたことにより商人の往来が増え始めた。そこを狙って商人の護衛としてオカフ自由都市からわざわざやってきた。オカフの傭兵ではそこそこ腕が立つ自信があった。轟音と共に蛇竜(ワーム)が地表を割って出てくるまでは。

 

「もっと速度は出せねぇのか!」

 

「これ以上は無理です!」

 

思わず怒鳴るような言い方にはなったがそれも仕方がない。蛇竜には翼も無ければ四肢も持たない。しかし大地を掘り進むための強力な力術を持ち、泳ぐように地中を移動することができた。そのため悪路の影響を受けるのはこちらの馬車だけで蛇竜との距離は縮まる一方だった。

一体だけならばまだよかった。車両を犠牲にし、馬に乗って逃げ切ることができたかもしれなかった。

三体だった。車両を犠牲にして惹きつけても他の二体が追いかけてくる。ハッキリ言って逃げるだけ無駄だった。どうにか窮地を脱しようと思考を巡らせていると同じ護衛任務を受けていた傭兵仲間が覚悟を決めたような顔で言った。

 

「ミレンさん。俺たちが時間を稼ぎます。その間にトギエ市に戻って兵士を呼んできてください。」

 

「無理だ。馬に乗って全力で走っても逃げきれるか分からない。この場に残って全員で蛇竜を倒す方がまだ生き残れる可能性がある。それに仲間を見捨てて逃げるつもりはない。」

 

「…わかりました。 絶対に生きて帰りましょうね。」

 

「あたりまえだ。」

 

御者に合図を出し、馬車を停め荷台から降りると蛇竜がすぐ近くまで来ているのが見えた。傭兵達が各々の武器を構える。蛇竜はこちらが逃げるのを止めたことに気づいたのか、ミレン達の前で停止すると鎌首をもたげた。

よくよく考えてもおかしなことだと思う。蛇竜は基本的には群れない。竜族として相応しい肉体は当然その巨体に見合った大量の食料を必要とするはずだ。一つの縄張りに複数の蛇竜が生息しているなどありえない事だった。おそらく微塵嵐の影響で食料が取れず、縄張りに関係なく蛇竜がこの湿地帯に集まってきてしまったのだろう。

不運だったとしか言いようがなかった。いや、微塵嵐の影響を知っててこの護衛任務に就いたのだから自分の考えが甘かっただけなのかも知れない。どちらにしろ今となってはどうでもよかった。

いよいよ蛇竜が飛びかからんとした時、ふと一体の蛇竜が湿地帯の奥の方を向いた。つられてそちらを見ると丸いなにかがこちらに近づいてきているのがわかった。他の二体の蛇竜も警戒するかのようにそちらを見る。その球体は粘獣だった。ミレンはその粘獣を見て命の危機だということも忘れ、その美しさに見惚れていた。この湿地帯に置いてありえない桔梗紫色をしたそれはまるで人の心を奪う紫水晶にも、生物を根絶する猛毒のようにも見えた。

 

「おい、なんだよアレ…?」

 

何とか絞り出したような声で仲間のひとりが言う。その場には誰も答えを出せるものはいなかった。

蛇竜の中でも最も飢えていた一体が痺れを切らして粘獣に襲いかかった。武装した人間よりも大した力を持たない粘獣の方が容易く喰らえると思ったのだろう。地中を掘り進み大口を開いて食らいつく。その場にいた誰もが大顎に飲まれるか勢いのまま弾け飛ぶかのどちらかだろうと思った。

そうはならなかった。

この場にいる誰もその現象がなんなのか分からなかった。勢いのまま粘獣に食らいついた蛇竜は身体の大半が消滅し死んだ。誰も声を出すことが出来なかった。自分達が必死の覚悟で立ち向かおうとしていた相手が音もなくその巨体の大部分が消滅して死んだのだ。何が何だかわからなかった。

その粘獣を脅威だと判断したのかもう一体の蛇竜が突撃した。その巨体を活かした大質量に加え蛇竜が地中を掘り進む時に使用する力術で頭蓋を振動させ周囲の地面ごと粉砕しようとしたのだろう。

無駄であった。

蛇竜は頭から消化され死んだ。二体目の蛇竜が死んだ時、ミレンはあの粘獣が蛇竜をまるで消滅させたかのように溶かし、吸収していることに気づいた。しかし二体目の蛇竜の力術を耐えられた説明がつかない。蛇竜を溶かすことができても力術による振動は溶かすことができず粉砕されているはずだ。

三体目の蛇竜は粘獣ではなくミレン達に向かって力術を用いて突撃してくる。

目の前で起きた出来事に呆然としていたミレン達は慌て振り向き、構えようとした。

 

それはいた。

 

まるで自分達を守るように蛇竜とミレンの前に立ちはだかり蛇竜を溶かし殺す。粘獣とは到底思えない速度で背後にまわったそれがミレンにはまるで英雄のように見えた。その時ミレンには聞こえた。その粘獣が唱える詞術が。

 

「|エレノアから貴方へ 逆らう月 原初の一雫 貴方はわたし 喰らえ《eleanor io mon revers element xwe are one 》」

 

蛇竜は断末魔の咆哮をあげることすら出来ずに消化されて跡形もなくなった。

粘獣は何事も無かったかのように再び湿地帯の方へ進み始めた。

ミレンはその姿が見えなくなるまで何も喋ることが出来なかった。

ただただミレンの息遣いだけがその場でやけに大きく聞こえた。ふと仲間の様子が気になり振り返るとそこには誰もいなかった。仲間だったはずの誰かの一部か転がっていただけだった。

「は?」

ミレンはようやく気づいた。あの粘獣は自分達を守ろうとしたのではない。蛇竜の敵意に反応し、捕食しただけだった。

そこは彼の通り道だった。

 

それはあらゆる物質を溶解し、吸収する埒外の消化能力を持つ。

それはあらゆる詞術を分解し、元の言語へと還元する理外の詞術を持つ。

それは永き生の中で蓄え続けた無尽蔵のエネルギーによる種族の限界を超えた身体性能を持つ。

意思も寿命も持たぬまま万物を喰らう原初にして終末の一滴である。

 

捕食者(プレデター)

粘獣(ウーズ)

 

暴蝕のエレノア

 

 

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初投稿です。

妄想と捏造を詰め込んだ作品になると思いますが楽しんで貰えたら幸いです。

感想待ってます。(*^^*)

 

 

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