第三卿ジェルキより命じられた任務によりトギエ市街道付近に六名の観測隊が集まっていた。精鋭である。トギエ市には旧王国主義者が集結しており、万が一それらからなんらかの妨害を受けたとしても対応できる装備と人員によって構成されていた。
「やあ!こんにちは!」
そんな観測隊のもとに声を掛ける者がいた。
まるで何度も話したことのある友人に話しかけるように気さくで無遠慮に挨拶をし、近づいてくる。当然、観測隊の隊員にその者を知っているものはいなかった。
「そこで止まれ。貴様、何者だ。」
近づいて来るものは少年だった。霞んだマントの下に見慣れない服を着ている。それは彼方では、学生服と呼ばれている。
「何者って?第三卿から頼まれて観測隊の護衛をすることになった"忘失"のカガリって言うんだけど。」
「そんな話はラヂオで聞いていない!即刻立ち去れば命まではとらない。去れ!」
(あちゃー。ラヂオもってたか。こりゃあやり直しかなー。)
少年は慌てて立ち去り離れたところにある木の影に隠れ見えなくなった。
「念の為、本部に連絡を入れておいた方が良さそうだ。」
「何を連絡するつもりだ?何もないじゃないか。」
「え、あ、なんだったか。すまない。なんでもない。」
観測隊は何事もなかったように次の観測地点に向かって進み始めた。
「やあ!こんにちは!」
再び観測隊に声を掛ける者がいた。先ほどの少年だった。
「なんだ貴様は!動くな!」
(あれ?なんかさっきより態度がきびしいな。なんか話してる最中だったかな?)
「第三卿から頼まれたんだ。なんでもラヂオ通信が旧王国主義者に妨害されてるらしくてね。ラヂオの調整をするために来たんだ。」
「第三卿の頼みだと言うなら証拠はあるのか?」
(えーっと。確かさっき襲った他の観測隊の持っていた書状でも見せればいけるかな?こっちの世界の文字わからないんだよなー。)
「はいっ。」
「これは他の部隊の書状か?なぜ貴様がこんな物を持っている!やはり怪しい。この場で拘束させてもらう!」
(うわ、さっきよりめんどくさいことになったな。やっちゃうか。)
「構えろ!」
精鋭なだけあって部隊の動きが速い。すかさず少年を包囲し、折りたたみ式の槍、銃を構える。
「あんなところにU.F.Oがー。」
空を指さしながらあまりにも棒読みでわざとらしい視線誘導。U.F.Oが何かわからなくてもこちらの油断を誘っていることだけはわかる。
だが、わずかに視線が、思考が少年からズレる。
U.F.Oがなんなのか。指をさした方に何があるのか。一度考えが揺らげばズレは大きくなり無い情報を探し始める。この少年は本当に1人なのか。自分たちはすでに包囲されているのか?彼は何が狙いなのか。
致命的だった。
銃を構えていたものは何を狙っていたか忘れた。槍を持つものは穂先を何に向けていたの思い出せない。目の前に
少年は手に持っているナイフを1人の隊員の胸に深々と突き立てた。
「えい!」
明らかに致命傷であった。他の隊員もその少年に気づき、即座に発砲しようとした。
何を狙っていたのか忘れてしまった。ただ胸に深々とナイフを突き立てられて死んでいる隊員のことだけは覚えている。
突き刺されていた瞬間を目の前で見ていたのにも関わらず誰がこんなことをしたのかが分からなかった。ふと見た瞬間にはすでに
他の隊員も仲間が死んでいるにも関わらず、誰がどうやって殺したのか思い出せなかった。
「|カガリからトギエの土へ 貫く逆滝 駆け上る龍 昇れ《cagali io togie reverse run up rize》」
隊員たちは知る由もないが少年は客人である。本来は詞術は使えないはずだった。
詞術によって地面から這い上がる土の槍が残った隊員を串刺しにする。
隊員たちは目の前で詞術が唱えられたことすら忘れ、そのまま貫かれた。
「いやあ、あっけなかったなー。楽しかったけどもう少し手応えが欲しかった。」
観測隊は何も分からないまま全滅した。誰にやられたのか何があったのか万が一生き残りがいても誰も覚えていないだろう。
「やれやれ。失敗しちゃったよ。」
「いったい何をされたのですか?」
少年は返り血に塗れたまま先ほど隠れた木の影に近付いていく。すると旧王国主義者の兵隊が質問する。
「黄都の兵士が何の任務をしているか探って欲しいって言ったのはそっちでしょ。」
「いえ、そうゆうわけではなくてですね。えっとー戦闘中に黄都兵の様子がおかしかったことについてなんですが…。」
「コイツに何を聞いても無駄だ。」
少年と兵が不毛な会話をしていると兵の背後から大柄な男が出て来てそう言った。その男は彼方の喪服のような真っ黒のスーツに身を包んでいる。スーツを着ていてもわかるほど筋骨隆々だった。顔はやや色白だが精悍で鋭い目つき、何よりも目立つのは鋭い犬歯だった。
「このガキは客人の中でもトップクラスにバカで話が通じない。それに聞いてもどうせすぐに忘れる。」
「ちょっとバカってどうゆうことだよー!意義あり!訂正を求めます!」
「んなことよりお前、ちゃんと黄都兵の荷物から調査記録と書状とって来たんだろうな。」
「それはもちろん!バッチシですぜ!」
「よかったです。お二人にお任せしてよかったです。」
「ヴォルゲートはなんもしてなかったけどね。」
「こんなかったるいことやってられっか。」
ヴォルゲートと呼ばれた男は機嫌を悪くしたのかトギエ市に向かって歩き始める。少年は慌てて追いかけ隣に並び歩き始める。その様子を見て旧王国兵は1人つぶやいた。
「ヴォルゲートさんの隣を歩いてる人は誰だろうか?ヴォルゲートさんの知り合いかな?」
2人の後ろ姿を見送り、黄都兵の死体を片付け始める。次の瞬間にはもうすでに少年のことは覚えていなかった。
「どうせあの兵もお前のこと忘れてるぞ。」
「楽しかったからいいんだよ。こればっかりは僕にもどーにもできないからねー。そんなイジワルばっかり言ってもヴォルゲートは僕のこと覚えてるじゃん。」
「お前とは長い付き合いだからな。無駄にお前との記憶が多いだけだ。
すでに名前なんか分からんしな。」
「カガリ〜!忘失のカガリくんですよー!」
「そんな感じだったか?凡人のビビりじゃなかったか?」
「違います〜!おいてくぞー!」
カガリは走り始める。いくら客人といえど身体能力は一般人のカガリであったが距離は少しずつ離れていく。
「悪かったって。」
ヴォルゲートは常人とは思えぬ身体能力で一足でカガリに追いつく。
「今日という今日は許しません!」
カガリは詞術を使って空を飛んで逃げようとしたが、ヴォルゲートの身体能力の前ではすぐさま追いつかれ横抱きにされ捕まってしまった。
「もしかしたらすでに聞いたことがあるかもしれんが、お前客人だろう?なぜ詞術が使えるんだ?」
「もうその質問何回も聞いたんだけど…。僕にもわからないんだよねー。」
「そうか。自分のことなのにやけに他人ごとだな。」
「でも仮説ならあるよ!」
「なんだ?聞かせてみろ。」
「この世界の詞術って別の世界からやって来た人たちには使えないじゃん。それって詞神サマが外から来た人とこの世界の人を区別するためのフィルターをかけてるんじゃないかなーと思って。」
「あん?どうゆうことだよ。」
「詞神サマも僕が客人だったことを忘れちゃってるんじゃない?」
それは特別な技術や知識を持たず、一般人程度の身体能力しか持たない。
それは自分に関する全ての記憶、記録を薄れさせ忘却させる異能を持つ。
それは本来持ち得ないはずのこの世界特有の詞術を持つ。
誰の記憶や記録にも残らず気まぐれに不幸を撒き散らす愉快犯である。
忘失のカガリ
どーも我輩ですよ。
続きです。まだまだ拙いですが楽しんでいただければ幸いです。
ちょっとした小話ですが前話のエレノアさんのモチーフは有名な某スライムの魔王様です。スライムといったら捕食ですよね。
前話のサブタイトル"天涙"はエレノアの二つ名になる予定だったんですよね。エレノアを作った錬金術師が詞神の流した涙のような美しさから名付けたという設定にしようとしていたんですが、我輩勘違いしていて粘獣は昔の生術士が作ったみたいな設定があったと思っていたんですよね。粘獣ではなく擬魔だったらしいですね。そのせいでボツになりました。
次回の投稿はいつになるかわからないですが感想と評価はいつでも待ってます。ありがとうございました。