〈楼檻 第1階層〉
階段を下りて直ぐのところにある建造物の中。
活気のある人々の言葉を聞きながら、自分自身の中で渦巻く『魔力』に意識を傾けていた。隙間時間を利用したお手軽な鍛錬の一つだ。
「──お次でお待ちの方、こちらの窓口へどうぞ」
自分の順番が来たことが分かった私は、瞑想を中断し、簡素なベンチから空いた窓口へと出向く。受付のお姉さんへ軽く会釈した後、高等部になった際に更新した新品同然の学生証をトレイに乗せた。
お姉さんは透明なパーテーションの受け取り口から学生証を回収し、机に置かれたカードリーダーに読み込ませた。
「『究銘』の学生さん、B+の『
「配信用です」
私がそう答えれば、お姉さんは少しばかり目を見開かせるも、すぐに表情を戻してキーボードとマウスを操作していく。モニターに表示されたデータを目でなぞって何かの操作を繰り返した後、私の方へと視線を戻した。
「確認が取れましたので、
トレイに乗って戻ってきた学生証を受け取り、カードケースへしまい込もうとしたら、
「帰りの際はもう一度提示していただきますので、くれぐれも……く・れ・ぐ・れ・も! 紛失しないよう携帯してください」
「わっ、分かりましたっ、ありがとうございます……」
彼女の、今までの仕事の苦労を想像させられる鬼気迫る様子に気圧されながら、私は急いで手にしていたモノを失くさないように、いつも以上に注意してポーチに納めた。
「これにて手続き終了となります。命落とさず帰って来てください。──お次でお待ちの方、こちらの窓口へどうぞー」
相手の事情に深入りしすぎないマニュアルチックな彼女に背を向け、私はその場を後にした。
▶▷▶▷▶
<ふつうの受付だった>
<おれの時よりスムーズ>
<想像より早い>
「学園生ですからね。それと一応、
ダンジョンの洞窟内に造られた『地下街』を、確かな目的地を目指して語り歩く。
コンクリートではなくレンガのような石材で作られた道には、柔い光を放つ街灯が点々と設置されている。
道に沿って立つように、木材や石材で作られた建造物やテントが建てられ、露店や簡易的な宿泊施設など、人の営みの一部がここで創られている。
<この雰囲気好き>
<異世界みたい>
────ただ『根』は別だ。
地上の巨木は見た目だけのハリボテという訳ではない。『根』は地上でも地下でもその存在感は衰えてさせておらず、天井を支える大きな柱のように伸びる複数の『主根』と、そこから枝分かれして洞窟の壁全体に張っている『側根』が露わとなっている。
この空間を形作るそれらをずっと眺めていると、まるで動物の血管や神経を彷彿とさせられる生命力と不気味さが気持ち悪いほど混ざり合い共存しているのが
太陽の光が差し込まない地下にいるにも関わらず天井の様子を確認できるのは、〈楼檻〉に生息しているヒトダマのように青白く光る『小さな飛翔体』によるお陰だ。
明るい場所に近づきたくないのか、地下街に点在する照明の光が届きにくい天井付近で飛び交っているのをよく見かける。
<虫?>
<なにあれ>
<ホタル?>
疑問を抱かず視線を動かそうとした私だったが、流れるコメントの様子を見て『あれら』が何かを知らない人が多いことに気付かされる。
だから答え合わせをした。
「──あれは、『魔物』ですよ」
<え>
<は><えっ><え><!!??!!?><あ?><なんでいんの><あぶなくね!?><どういう事ですか><やばいじゃん!><え><やば><皆どうした><え><え><撃って!><撃てよ><早く撃って!><殺せ!><早く殺して!!!>────。
私がサラリと言った答えを契機に、コメント欄が、視界が荒れていく。
魔物は狂暴に人を襲い、無垢な命を無慈悲に奪う──間違いではない認識と自覚無き不確かな知識が、視聴者本人の恐怖心と焦りを増長させている。
「いやっ! え~っと、あれは例外中の例外で! 人に対しての危害が一切ないタイプなんですよ!」
事前に
取り返しの付かない放送事故になる前に、慌てて私は補足を加えた。
────『
ここ、〈楼檻〉でのみ生息が確認されているホタル型の魔物。放つ光の強さは周辺の明暗と付近にいる生物によって変化する。特に人間の周囲では光が強くなる傾向があり、暗闇を隅々まで照らすようにして壁や天井に止まる習性を見せる。
ダンジョン内で帰り道を見失ったとき、道標のように出口への道を照らしてくれたなんて話が幾つも立つくらいに益しかない魔物とされ、グッズ化もされている。
<──逆に怪しいだろ>
「まぁ、それはそう」
一応、光源となる
大丈夫だと思う、少なくとも、今のところは。
特性について付け加えれば、過去、国が行った実験により『導霊蛍』はダンジョンから出た瞬間、急速に衰弱して1日も経たずに死んでしまうことが確認されている。その短命さはまるで成虫となったカゲロウ、彼らはダンジョンに閉じ込められているようなものだ。
億が一に襲い掛かってきたとしても、やつらの内包する『魔力』はごく僅かだから対処は容易いだろう。飛翔速度も遅いから、蚊みたいに手で潰すことだってできる。
変な汁出て手を汚したくないから、ぜーったいにやりたくはないけどね……。
<ちょっと魔物に詳しくなれたわ>
<ニンゲンブッコロス系だけじゃないのか>
<勉強になるなー>
<殺しても損無いなら殺っとこうよ>
<不思議な生き物だな>
知っている限りの知識で説明したら、視聴者の混乱はなくなったようだ。
一先ず安心し、バクバクしている心臓を落ち着かせる。背中に流れた冷や汗をごまかすために表情には出さないよう、一度だけそっと息をついた。
──いや、そもそも配慮を欠いた発言であったことは否めない。
一定数いるヤバい人たちはモデレーターに任せられるが、配信全体の雰囲気作りはチャンネル主次第。
こんな責任重大なことを何故引き受けてしまったのだろうかと、過去の自分を責めた。
明るい雰囲気が戻り、流れ早くなったコメント欄の中で、
<──おれらに友好的なやつもいるかもね>
「……そうですね。『仲良くなりたい』って魔物も……もしかしたらいるかもしれませんね」
──見なかったことにすればよかったのに、無視できず口を開いてしまった。
ダンジョンは、魔物は、多くの人を今この瞬間にも苦しめている。
失った命を取り戻す方法はない。本当の奇跡は存在しない。
ご遺族の心の穴は永遠に塞がらない。
元凶が「仲良くしたい」って言ってくるなんて、どれだけ悪い冗談だって思う。
────でも……
▼▽▼▽▼
〈楼檻 第10階層〉
目立ったトラブルもなく、流れるように『地下街』の終わりである10階層まで下りてきた。イリタケさんとは事前に打ち合ってこの階層で落ち合う予定になっている。彼は先に着いているので、あとは探すだけだ。
『根の柱』周りは待ち合わせスポットとして有名で普段ならそれなりに人も多いのだが、今の時間帯はダンジョン探索に向かっている人ばかりなようで人影は見当たらない。元々、10階層には機能している施設がないため、そう長く留まる人はいない。
静かな場所、図書館や資料室などは嫌いではないが、こうも広い場所で独りなのは何とも落ち着かない。視界にコメント欄が写っていることで、ある程度は気が紛れた。
けれど、動きのない画面を長々と映し続けるにはいかない。
<なんか陰鬱>
<そろそろ合流か?>
<下いこ>
<かもんいりたけ>
<イリタケはいつ来ますか?>
<下いかん?>
<イリタケくんどこ?>
「ここにいる筈なのでちょっと待ってくださいね」
連投気味のコメントもいくつか見受けられたが、モデレーターに悪質ではないと判断されて生き残っている。
何度もお世話になっている人のファンのため、こちらもあまり粗雑な対応はしたくない。
──それに、私もそろそろ会いたい。
互いに自分の勉学に励んでいて、都合が合うことが中々無いから、『会いたい欲』が95%くらいあると思う、大分キテる。
メールや電話で話しをすることもできるけど、やっぱり顔を合わせることに意味があると思う。
学園内で年上の男の人に連絡してるのがバレると友達がすぐ『恋愛』に繋げてくるし、外で会うのが一番良いんだよね。
この配信はアーカイブが残るみたいだし、
「──モカー。ナベモカー、こっちこっちー」
しばらく周りをキョロキョロと見回していれば、私の名前を呼ぶ馴染み深い声が聞こえてきた。
羊みたいな白いゆるふわパーマの美形男子が、こちらへと小さく手を振りながらトコトコ小走りにやって来た。
「あっ! イリタケさーん!」
「ちょー久しぶりー」
──最後に会った時より、なんとなく明るい雰囲気を感じる彼のことをジッと見る。
服装は白とベージュで統一されたデニムジャケットやカーゴパンツ。両方ともゆったりとしたオーバーサイズのせいでシルエットはずんぐりむっくりしているが、首筋や手首を見れば本人のスタイルの良さを難なく想像できる。タイト系は締め付けられる感じが好みではないらしく、私は「絶対似合うだろうにもったいないな」といつも思っている。
背中には大きめのリュックを背負っており、見た目より多く物が入れられる機能性重視の人気ブランドものだ。探索者の間で流行っているというニュースを以前何かで見たことがある。目立った傷や汚れが見当たらないから、卸したての新品っぽい。
彼こそ、コラボ相手である『イリタケ』だ。
──本名、『
薄い栗色の瞳と眠たそうにトロンとした目元がチャームポイント。
今年から大学生になり、一人暮らしを始めたんだとか。
ちなみに頭部の良い感じのゆるふわパーマは天然物らしい。私はさらさらヘアに憧れてるけど、彼のクルンっとした髪を見ると、そっちもいいなって思う。
「そういや、
<お?>
<なんだなんだ>
特徴的な、伸びのある語尾に私が耳を傾けていた隙に、彼は素早い手つきで私の左手を取り、何か小さな物を握りこませた。
反射神経にはそれなりに自信をもっているのだが、彼が何を持たせたのかを視認することはできなかった。手の感覚を頼りに、冷たくて硬い触り心地であることは分かったので金属製の何かであることは理解できた。
相手が本気で嫌がる嫌がらせをする人ではないから、彼を信頼して臆さず手を開けた。
「わあ……! ありがとうございます!」
──そこにあったのは、立体的なホタルのキーホルダー。モデルはもちろん『導霊蛍』だ。
『魔素と魔力』に反応してお尻が光るキーホルダー。周囲に満ちる『魔素』が少ないのと、訓練によって無意識に私自身から滲み出る『魔力』が少ないから、現在の発光量は乏しい。
せっかくなら視聴者にもキレイな光を放つ瞬間を見せたかったが、これからダンジョンに潜るから、不測の事態に備えてできる限り温存しておきたい。
一旦、配信終わりまでお預けかな。
<いいなぁ>
<今調べたらケツに付いてる『
<イリタケって金持ち?>
<A-だろ?結構持ってそう>
外に付けておくと万が一にでも壊れるかもしれないので、腰に付いているポーチの1つにハンカチで包んでしまっておく。
帰ったら何に付けようか……化粧ポーチもいいけど、ペンケースも捨てがたい。スマホに付けるには大きすぎる気がする。うーん、悩ましい。
拳銃はアリかな……いや、流石にナシか。
──と、今更ながらに気付いたが、普段イリタケさんの周りに浮いている筈のドローンが見当たらない。イリタケさんはイリタケさんのチャンネルを持っており、探索活動でドローンを持ってくることが多々ある。むしろ無い事の方が珍しい。
「イリタケさんはカメラ回しますか?」
「んー、そのつもりだったんだけど、なんか調子悪いみたいでレンズ開かないんだよねー。あと変な『うぃーうぃー』って音がずっと出てるんだよねー。俺は今日つけない予定ー」
「うぃーうぃー?」
「そうそう。うぃーうぃー」
<うぃーうぃー>
<うぃ~うぃ~>
<WeeWee>
普段、彼はダンジョン探索の様子を撮影し、それをダンジョン系コンテンツに特化した動画投稿サイト『ラビリー』に載せている。今やっている配信も、『ラビリー』によっていろんな人たちに視聴されている。
タイミングが少し悪いが、私は実質カメラ2つのようなものだし、彼もあまり気にしている様子もないため、案外大した問題ではないのかもしれない。
(深読みしすぎても空回りするだけだし、あんまり考える必要ないかなぁ)
──私がそんなことを思っていると、イリタケさんが私が使っているドローンのカメラに向かって喋り始めた。
「そんな訳でしめぢの皆ー、アーカイブはナベモカの方を見てくれー。高画質だしフレーム爆速だし、最新の制御システムで画面揺れも最小限ー」
「案件狙ってます?」
──ナベモカのツッコミめいた疑問文に、イリタケはそれっぽい抑揚をつけて語り始めた。
「皆さんドローンカメラを買う時ってどれ買えばいいかよく分かんないと思うんだよねー。多分、『ドローンカメラ コスパ最強』とかで検索してると思うんだけどー、そんな人たちにオススメなのが『烏枝グループ』の一品なんだよねー。この配信で使われてるこのドローンと基本性能ほぼ一緒のモデルが近日発売予定でーす。さーらーにー、この配信の最後に出てくるキーワードを『烏枝』の購入ページに入力することで、まさかまさかの20パー引きクーポンが手に入るよー、太っ腹~♪ 買うならマジで今が大チャンスー。24時間365日いつでも対応してくれるカスタマーサポートも充実してるし、ドローンカメラと言えばやっぱ『烏枝』だよねー」
「めちゃくちゃ人の役目取るじゃないですか!? え、私のカンペは……無くなってる!? えっ!?いつの間にッ!?」
<乗っ取られてて草>
<まさかの企業サイドの刺客か!?w>
<グルだろコレw>
<ナベモカがキーホルダーに夢中になってる間にイリタケが盗ってた。俺でなきゃ見逃してたネ>
<漫才ええてww>
私が喋る
私も緊張でうまく説明できるか不安だったから、一応結果オーライ……か?
すっごい釈然とはしないけど。
「よーし、盛り上がってきたところで、そろそろ行こっかー。準備おっけー?」
「…………はい」
「……ふふっ、だましてごめんねー?」
ちゃんと、ホントに、紛れもなく尊敬しているけれど、やっぱりこの人はふわふわしててマイペースだ。今回ばかり、返事のテンションが低くなってしまったのは許してほしい。
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キャラクタープロフィール
【名前】
【一人称】 俺
【誕生日】 4月29日
【年齢】 19
【性別】 男
【身長】 174cm
【体重】 62kg
【外見】 ゆるふわ白髪パーマ、栗色の目
【好き】 炊き込みご飯、夕暮れ、運動後の睡眠
【嫌い】 強い酸味、カフェイン、お香
【???】
???
【???】
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概要・・・真鍋もか(ナベモカ)の年が離れた友達、兼 憧れの対象。めちゃくちゃ強い。軽やかかつ重たい戦闘シーンが男性人気を集め、ビジュアルの良さも相まって女性視聴者も多い。ゆるふわな男子に見えて結構ノリが良く、ナベモカへのドッキリの為に自ら企業にアポを取った。
作者のネーミングセンス:下の上。「上」の部分がプライドを捨てきれてない証拠。
フルネームを口ずさんで、なんとなく心地よければ採用。