ガタゴトと音を立てて、一台の馬車が大自然を切り裂くように走り出す。
「ふふっ、ふふふふふ」
俺の名前は、ルーデウス・グレイラット。
10歳にして、生前40年間では出来なかったことを成し遂げた男だ。
「ふは、ふはははははは!」
走り出した馬車が揺れる。
大声で笑う俺の声帯が、揺れる馬車に木霊する。
「来たぞ、遂にこの時が……」
始まる、働いてきた俺のご褒美が。
「長期休暇だああああああ!!!」
向かうは、俺の故郷。
家族と、そして初めての友達が待っている『ブエナ村』だ。
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「ふんふんふふーん」
俺は、広い馬車の中でスキップをしていた。
その姿は、まるで踊っているよう。
フィリップ達が手配してくれた馬車は、一人で乗るにはかなり広い。
(スキップどころか、走り回れちまうぜ)
「ふぅー」
俺は、ほんの少し荒くなった息を整え、浮つく気持ちを落ち着かせる。
いけないいけない。
10歳の誕生日を迎えたからといって、ダメな大人にはなってはいけない。
いや、むしろ、10歳になったからこそ、後悔のない人生を歩めるように善処しなければならないのだ。
さて、ここで話を戻そう。
俺が、何故フィリップの手配してくれた馬車に乗っているかというと、それは至極単純な話だ。
そう、単純。俺の頑張りが評価されてのこと。
俺は給料を貰っている。
働くことに対しての対価は、日々支払われている。
しかし、これだけでは、俺の働きに対しての対価は支払えていないと、サウルスもフィリップも判断してくれたのだ。
ならば、どういった形で返すのか?
そう、全人類共通の対価。
しかし、不登校で引きこもりの俺には無縁だったもの。
学生に夏休みがあるように。
社会人にお正月休みがあるように。
頑張った人が貰える、時間という対価。
そう、それこそが『長期休暇』なのだ。
このようなフィリップ達の意向で、一ヶ月ほどの長期休暇を貰った。
一ヶ月。それだけあれば、誕生日に来られなかったパウロにも顔を見せられる。
うーん、なんという親孝行。
我ながら、素晴らしい息子だ。
ふふんと鼻を鳴らし、得意げな顔で上を向く。
鼻をくすぐるのは、広大な自然の匂い。
フィットア領とは違う、村特有の匂い。
近い、近いぞ。
俺には分かる、故郷が俺の帰りを祝福している。
同時、馬車が一際大きく揺れて、止まった。
その瞬間、俺はアクアハーティアを持って走り出す。
「ありがとうございました!」
「ルーデウス様、いってらっしゃいませ」
「はい!帰省楽しんできます!」
運転をしてくれた使用人の人に感謝の意を述べ、俺は馬車から勢いよく飛び降りる。
「時間は有限!さぁー、行くぞ!!!」
きっと、この時の俺の目は輝いていただろう。
エリスがくれたアクアハーティアと同じぐらいキラキラ輝いていたと思う。
それぐらい、俺は興奮している。
今、猛烈に風を感じている!
「はぁー、なんて美味しい空気なんだ」
小走りで進んでいく。
広大な自然は、俺の視界を黄色と緑で埋め尽くす。
見渡す限りの自然。
田舎?そんなこと言わないでくれよ。
俺の自慢の故郷なんだからよ。
「風車、やっぱりデカいな……」
馬車を出てすぐ。
俺の左手にあったのは、大きな風車。
少し額にかいた水玉のような汗が、回る風車を映し出す。
左手にある風車を見つめて、俺は口を少し開きながら小走りを続ける。
その姿は、現代でいう歩きスマホ。
それに加えて、今の俺の口は半開き。
口に虫が入ってきそうなほど間抜けな顔。
だから、気付けなかったのかもしれない。
目の前に居た、一人の『友達』の存在に。
ドン!
「いてっ」
人特有の柔らかさと温かさ。
一瞬で分かった、俺がぶつかったのは壁ではない、人だと。
だから、半開きになっていた口を閉じて、再度開こうとする。
人として当たり前の、謝罪の言葉を述べるために。
「ごめんなさ……「る、ルディ?」
「……え?」
素っ頓狂な声を挙げる。
急いで顔を上げた俺に降りかかってくるのは、顔立ちが綺麗な友達の姿。
「し、しるふぃ?」
目の前の女の子が、コクンと頷く。
涙目で、笑って、でもどうすれば良いのかあたふたして、俺を見つめる。
俺の友達、シルフィエット。
彼女は、俺の想像よりもはるかに、変わっていた。
─────────────────────────
シルフィと再会して数秒。
永遠と思えるほどの静かな時が流れた。
目と目が合う。
シルフィの緑の髪が、自然の緑と同化する。
いや、違うな。自然の広大で綺麗な緑よりも、シルフィの髪は何倍も、何十倍も綺麗だ。
……まずい、見惚れてしまった。
危ない。俺には、エリスという未来の婚約者が居るのだ。
きっと、シルフィも迷惑だろうしな。俺とシルフィは友達だ。
「シルフィ……」
声を掛けようと口を開く。
刹那、何かが俺の胸にぶつかってきた。
「ルディ!!!!!」
「うわぁ!」
まるでアメフトのタックルのように力強い突進。
脳震盪は起こさないが、抵抗など出来るはずもない。
俺はなすすべもなく後ろに押し倒されてしまった。
「し、しるふぃ?」
「ルディ、ルディだぁ。ボク、ルディが、ルディが居なくなったと思って……それで……」
口籠るシルフィ。
すると、彼女は唐突に俺の胸に顔を埋めてしまった。
「うぅ、ルディに守られるの終わりって決めたのに、泣くの見られるのやだぁ」
声が、俺の身体の中で籠る。
枕に顔を埋めて叫ぶ、あの感じ。
その声が、俺の胸から聞こえてくる。
泣くの見られるのヤダ、かぁ。
うーん、でも、見なくても、胸がびちゃびちゃになってるから分かっちゃうんだよなぁ。
とはいえ、何も言わずにエリスの所に行った俺が悪いからな。
俺は、ゆっくりとシルフィの頭を撫でた。
「ごめんね、シルフィ」
「ううん、ううん。ボク、ルディが居てくれて嬉しい」
シルフィの頭を撫でる。
ルディ、ルディ……と呟く彼女に向かって、俺はここに居るよと言っていると、胸のびしょ濡れが濡れに変わっていった。
泣き止んだんだな。
そう思って、シルフィの頭からそっと手を離す。
彼女も頭を持ち上げる。そう思ったのだが……
「ルディ、ルディの匂い……」
シルフィは、そう言いながら、俺の背中にかかる圧を増やしたのだ。
臓器を圧迫するほどの、幼い少女の抱擁。
「うぐっ。シルフィ、腕に力入れすぎぃ。背骨、折れる」
そう言った瞬間、彼女がハッとした顔をする。
同時、彼女が俺から腕を離した。
「ルディ!ごめんね」
「ごほっ、ごほっ。ううん、大丈夫」
俺が力無く言葉を放つ。
すると、彼女はバツの悪そうな顔で自身の人差し指を合わせ、俺に言葉を掛けてくる。
「ルディは、やっぱり優しいね。ボク、いきなり抱きついたりして……嫌だったよね?」
「ふふっ。ううん、嫌なんかじゃなかったよ。むしろ、嬉しかった。故郷に帰ってきたぞーって感じがしてさ」
我ながら、良い言葉だ。
身体も心も成長したと、シルフィには自信を持って伝えたい。
だから、余裕を持って笑う。
まぁ、本当に嫌なんかじゃなかったからな。
嘘は吐いていないし、本心から来るありのままの言葉だ。
「え、そっか。でも、ルディのこと痛くしちゃったのは事実だから……そうだ!ルディ、ボクの成長見て!」
すると、彼女が俺の背中に手を当てた。
今度は抱きつかない。
俺の背中に回り、少し柔らかな手で俺の背中に手を置く。
(なにするんだろ)
痛い所に手を置いて、することってなんだろ……
痛いの痛いの飛んでけ!でもするのかな?
そうか、なるほど。痛いの痛いの飛んでけか。
ふふっ、シルフィ。やっぱりまだまだ子供だな。
俺は、首だけ後ろに回し、シルフィの顔を横目で見つめる。
ふふっと得意げな顔をする彼女の顔は、子供そのもの。
しかし、これから起こすことは、子供とは言い難い達人のそれだった。
「ヒーリング」
彼女の言葉と同時、緑の光が俺の視界に広がっていく。
……これって、え?もしかして?
「え、シルフィ?今のって……」
「うん!治癒魔術。ルディのおかげで、ボク無詠唱で出来るようになったんだ!」
俺が見たもの、それは斜め上の光景。
まさかまさかの、この世界で初めて見た凄技。
(ははっ、ははは。シルフィさん、ワタクシ、治癒魔術無詠唱で扱えないです……)
ニコニコと笑うシルフィ。
彼女は、俺が思っているよりも成長していたみたいだ。
「じゃあ、そろそろ行こうかな」
傷も治ったし、友達から元気も貰った。
そんな準備万端の俺がこれから向かう先は、家族の元。
「あ、ごめんね。ボクが止めたから……」
「いやぁ、よそ見してぶつかったのは俺だし。それに、シルフィと最初に会えて良かった」
ずっと会いたかったから。
そう言うと、彼女の顔が心なしか赤くなる。
クネクネするシルフィ。
彼女が口を開く。
「ねぇ、ルディ?ボクもさ、リーリャさんに用事があって、一緒に居ても良いかな……」
「もちろん!一緒に行こ」
「うん!ルディと一緒、やった!」
そう言いながら、彼女が満面の笑みを浮かべて、俺の隣を歩き出す。
その顔は、まるで太陽のようで。
この一ヶ月が楽しくなると確信するには、充分な理由付け。
「シルフィ、よろしく」
「うん!ルディ、よろしく」
たった一ヶ月の休暇。
しかし、この休暇が物語を大きく変えるなど、この時は、まだ誰も知らなかったんだ。