もしも、シルフィとエリスの立場が逆だったら   作:あえch

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事件と婚約

ボクには、好きな人が居る。

 

「ねぇ、ルディ?」

 

青い空、白い雲。そこに浮かぶ、赤黒い何か。

綺麗な自然の中に浮かぶ、場違いな赤黒い物体の下で、ボクは彼の手を握る。

 

「ん?シルフィ、どうかした?」

 

静かに、ゆっくり。水面に浮かぶ葉を揺らさないように、慎重に。

さりげなく握った彼の手から感じるのは、春の太陽のような心地良い温もり。

 

「ボクね、あのね、ルディのこと……」

 

休暇が終わってしまう。

ルディとの幸せが終わってしまう。

ルディが帰ってしまう。

その事実が背中を押して、ボクの唇を走らせる。

 

さぁ、言おう。

この言葉を、口に出そう。

 

ボクがルディに思っていること。

昔から思っている、この言葉。

 

『好き』

 

一生一緒が良い。

この願いと未来を乗せて、ボクは前を向く。

 

「ルディと、結婚……」

 

口に出そうとする。

朝一番の鳥の囀りのような小さな言葉が、彼の耳をくすぐる。

刹那、彼がボクの言葉に反応する。

言いかけの、ボクの言葉に。

 

「あぁ、結婚?」

 

父様から聞いたの?

そう言った彼の表情に、ボクは唖然とする。

そして、次の彼の言葉に、ボクは固まることになる。

 

「実はさ、約束してて……」

 

ルディはカッコいい。

カッコよくて、すごくて、強くて、優しくて……魅力的。

そんなことは、分かっていたのに。

なんで、なんでボクは、もっと早く言わなかったんだろう。

 

「エリスっていう子と、結婚するんだ」

 

世界が黒くなる。

ダムが大雨で決壊するように、ボクの中で何かが壊れる。

音を立てて、崩れ落ちる。

 

ルディと結婚したい。

そんな夢は、この日、この時、ボクにとっての不可能になったんだ。

 

 

─────────────────────────

 

 

グッドモーニング!エブリワン!!!

私の名前はルーデウス。

先約、婚約、絶好調。

幸せ街道を突き進んでいる、人生二周目の男、ルーデウス・グレイラットさ。

 

「ふぁーあ」

 

大きなあくび。

片目を瞑って、目を擦って。そんな間抜けな顔を窓から差し込む光が照らす。

綺麗で透き通った光。

それが、ブエナ村でのおはようの合図だ。

 

「うーん、今日の予定なんかあったかなぁ」

 

小さな独り言を残し、俺は幼い身体に似合わない大きな伸びをして、ベッドから離れる。

ベッドから立ち上がってすぐ。服装は寝巻き。

しかし、俺は着替えもせずに扉を開く。

 

(すぐにベッドから離れる。我ながら偉いぜ)

 

前世は起きてすぐどころか、起きてから寝るまでずーっとベッドで携帯を見て、パソコンを見てと酷い有様だったからなぁ。

とりあえずベッドから離れる。それが大事なのだ。

 

ガチャっと扉を開き、コツコツと階段を降りる。

小さな演奏会のようにリズム良く奏でられる足音は、俺の休暇を楽しいと表現してくれているようだ。

 

一階へと降りる。

視界に広がるのはリビングと、俺の休暇を何倍にも楽しくしてくれている存在。

俺の最初の友達。シルフィエットさんだ。

 

「ルディ!おはよ!!!」

 

俺の姿を見るや否や、シルフィが腕を広げ、ニコニコと笑いながら俺の元に近付いてくる。

そして、その勢いのまま俺の胸に顔を埋めてくる。

んー!と言いながら、るでぃー、るでぃーと俺の名前を何度も呼んで、俺の胸に頬擦りをしてくる。

そして、俺はそんなシルフィを撫でる。

緑で綺麗な髪を優しく撫でる。

これが、俺の毎朝の日課だ。

 

「シルフィ、おはよう」

 

「ふへへ。おはよ」

 

胸に抱きついているシルフィの肩を持ち、くっついたままリビングの机へと向かう。

シルフィより少し大きな俺の身長。

抱きついているシルフィの頭の上に鼻を置き、俺はリビングの匂いを嗅いでいく。

 

(うーん、相変わらず美味そうな匂いだ)

 

まるで野生動物のように導かれる、俺の身体。

俺の鼻を擽るのは、シルフィの髪の匂いと美味そうな匂い。

シルフィの頭で半分隠れた視界には、パンを初めとした朝食が並び立つ。

 

「ルディ、座ろ?」

 

「あぁ、うん。座ろっか」

 

立ったままだと疲れるしな。

俺は、シルフィと共に椅子へと腰掛ける。

 

「ふふふ。ルディとシルフィちゃんは本当に仲良しね」

 

「本当になぁ。やっぱり、ルディも俺の子だな」

 

「あ、母様、父様。おはようございます」

 

椅子に腰掛けたと同時。そこに居たのは、ルーデウス・グレイラットとしての俺の父と母。

パウロとゼニス。二人が、俺たちを見てクスクスと笑う。

 

最初は、ルディの隣に座るだけでモジモジしてたのにねー。そう言いながら、ゼニスが笑う。

クスクスと笑う、家族団欒の時間。

楽しい時間のまま、みんなが手を合わせる。

 

「リーリャとノルンとアイシャは出掛けたまま、まだ帰ってこないみたいだから、先にいただきましょうか」

 

「そうなんですか……リーリャさん達も一緒に朝食食べたかったなぁ」

 

「シルフィちゃん?そんな悲しい顔しないの。大丈夫、明日はまた一緒に朝食を食べられるんだから」

 

「そうですね。そうですよね。よし!ボク、また明日も朝食来ても良いですか?」

 

「えぇ、もちろん。シルフィちゃんならいつでも大歓迎よ」

 

じゃあ食べるわよ。そんなゼニスの言葉が、食卓に響き渡る。

その言葉を聞いたと同時、全員が手を合わせ、声をそろえる。

 

「いただきます」

 

食器を手に取る。

至高の一口目を、俺は自らの口へと運んだ。

その瞬間、俺の口いっぱいに広がるのは極上の幸せ。

 

「うおっ。このシチューおいしっ」

 

「ふふっ。美味しいわねー。そういえばね、今日の朝ごはんもシルフィちゃんとアイシャが作ってくれたのよ?」

 

「え、シルフィすごくない?これめちゃくちゃ美味しいよ?」

 

「ルディ、ありがと。ルディに美味しいって言われてすごく嬉しい」

 

彼女が、またニコニコと笑う。

その笑顔を見ていると、俺までニコニコしちゃうぜ。

 

「シルフィは、良いお嫁さんになるね!」

 

「え、お嫁さん?……うん。え、ボク、お嫁さんになれる?」

 

ニコニコと笑っていた彼女の顔が、紅葉のように赤く染まる。

良いお嫁さんになれるって、上から目線だったかな……

真っ赤に染まる彼女の顔を見て、俺は考える。

 

彼女が、椅子に座りながら身体を震わせる。

俺の顔を見て、目を背けて、んーと声を出しながら、机に突っ伏す。

 

シルフィのこと、怒らせちゃったかな?

 

そんな不安に苛まれながらも、朝食の時間は、休暇という限られた時間は、歩みを止めることはなかった。

 

 

─────────────────────────

 

 

─シルフィ視点─

 

「ねぇ、シルフィ?光の屈折って知ってる?」

 

「屈折?なーに?」

 

木の幹に寄りかかって、ボクらは二人で会話をする。

心地良い風。冷たくも暑くもない、ちょうどいい風がボクとルディの頬を撫でる。

 

「ふふっ。そうしたら、シルフィくんに科学を教えてあげよう」

 

「うん!ルディ!教えて!!!」

 

ボクの言葉と同時、ルディが手のひらに水玉を作る。

そして、そのまま。ルディがボクの目の前に水玉を置く。

 

「シルフィくん。今、世界はどう見えてるかな?」

 

「うわぁ。すごい。なんか世界ぐにゃぐにゃしてる」

 

ボクが豆鉄砲を食らった鳩のような顔でそう言うと、ルディは笑いながら、指をパチンと鳴らしてボクを見る。

 

「そう!ぐにゃぐにゃな世界。そのとおり!水の中に光が通ると物質が変わって見える。それが屈折なのだよ」

 

「へー。そうなんだ」

 

ルディは、やっぱりすごい。

物知りで、魔法が上手くて、ボクのことを救ってくれて。

そして優しくて、世界で一番カッコいい。

そんな彼と、木の下で二人きり。

ブエナ村で二人きり。

へへ。へへへ。ボクが、ボクだけがルディを独占出来る。

 

ボクは、水に触れて冷たくなった彼の手を握る。

そして、暖かな風を彼の指の隙間に送り込む。

 

「ルディ、ボクが乾かすね?」

 

「シルフィ、ありがとう」

 

そう言って、彼がボクにニコッと笑ってくれた。

彼の笑顔。それが、ボクの視界を支配する。

クシャッと笑う彼と目が合う。

1秒、2秒、3秒……

 

ダメだ、目を合わせていられない。

 

胸が痛い。顔が熱い。

彼がカッコ良すぎて、なんか、お腹の奥がきゅーっと熱くなる。

 

きゅんきゅんと疼く身体。

ボクは、視線を彼から外して呟く。

 

「ルディは、ずるいよ……」

 

「……?」

 

ルディは、ずるくて、カッコよくて、すごい。

最近魔物が増えてるブエナ村を、パウロさんと一緒に作戦を考えて退治したらしいし。

彼は笑うだけで、ボクを幸せにしてくれる。

 

「やっぱり、ルディはすごいなぁ」

 

ボクは、上を向いた。

海のように広くて綺麗な青空を眺めて、目を細める。

ボクたちは、ずいぶん大きくなったと思う。

まだまだ子供だけど、あの日、あの昔、この木の幹でいじめられていたボクの髪を乾かしてくれたルディも、ボクも、成長して大きくなれたと思う。

 

ボクたちは、変わった。

でも、変わらないものがある。

この気持ちは、この気持ちだけは、変わらない。

 

『ルディと幸せになりたい』

 

口を小さく開く。

結婚したい。ルディと幸せになりたい。

ただ、この言葉を言うためだけに、口を動かす。

そう、短いこの言葉。

 

でも、そんな短い言葉さえも、ボクには放つことが出来なかった。

 

「シルフィ?俺、結婚するんだ」

 

結婚したい。ボクの言葉が、彼の結婚するという言葉に遮られる。

 

「エリスっていう子と、結婚の約束しててさ」

 

涙が溢れる。

ルディの教えてくれた屈折が、ボクの目の前にじんわりと広がっていく。

濡れる、濡れていく視界。

雨の日の窓のように濡れる視界は、突如として大きな光に飲み込まれていく。

 

「何、あれ?」

 

焚き火のような小さな光じゃない。ランタンのようなか細い光じゃない。あの光は、まるで太陽のような……いや、もっと邪悪で大きい光。

 

「シルフィ!!!」

 

「ルディ……」

 

彼が、ボクの名前を呼んでくれる。

光に背を向けて、守るようにボクを抱きしめてくれる。

ボクは、そんなルディの手を繋ぐ。

大きな光と共に、ボクは理解する。

 

あぁ、そうか。

ボクは、そうなのか。

 

ボクは、ルディの友達。彼のお嫁さんになるというボクの夢は、叶うことはなかったんだ。

 

 

─────────────────────────

 

 

全ての世界を包み込む大きな光。

始まるのは、幸せと絶望が織り成す試練の事件。

 

『フィットア領転移事件』

 

この物語は、ボクがルディと幸せになる。

そんな、小さな夢を叶えるまでの物語。

 

 

 

 

 

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