砂糖二つの特等席   作:y@s

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第23話 推理小説と、もつ煮と、砂糖二つ

 

 

翌日の放課後、千聖は花音をいつものカフェに呼び出した。

 

LINEを送ったのは昼休みだった。

「放課後、時間ある?」と送ると、すぐに「あるよ! 何かあった? 顔がいつもより楽しそうだったけど」と返ってきた。

 

授業中に顔に出ていたらしい。

千聖は少し反省しながら、「色々と報告があるわ」と返した。

 

花音からは「絶対行く!!!」とだけ返ってきた。

 

 

カフェに着くと、花音はすでに来ていた。ミルクティーを両手で包んで、千聖が入ってくるのを今か今かと待っていた。

 

「千聖ちゃん! 顔が昨日と全然違うよ、何かあったの?!」

 

「座って、花音」

 

「だって気になって。ね、何があったの?」

 

千聖は紅茶を注文してから、花音の向かいに腰を下ろした。花音はもうにこにこしていた。

 

「……昨日、修司さんに会ってきたの」

 

「うんうん!」

 

「行きつけのお店に、いくつか連れていってもらって」

 

「えっ」花音の目が輝いた。「どこどこ?!」

 

「まず、小料理屋さんに」

 

「小料理屋! どんなお店?」

 

「細い路地の奥にある、小さなお店で。女将さんがいてね」

 

「女将さん!」

 

「高校生の頃から通っているらしくて。修司さんが道を間違えて入ったら、女将さんにやたら話しかけられて、でも料理が美味しかったからそのまま通い続けているって」

 

花音がくすくす笑った。

 

「なんか、修司さんらしいね」

 

「そうでしょう。で、その女将さんがね」

 

千聖は少し間を置いた。

 

「修司さんのことを、学生の頃から知っているから、気安くて。私のことを見るなり、新しい彼女って言ったの」

 

花音が、カップを持ったまま止まった。

 

「……え」

 

「新しい彼女って言われて。修司さん、真っ赤になってそっぽを向いて」

 

「真っ赤に!?」

 

「耳がね、赤くなって。からかい上手の修司さんが、女将さんの前では全然違って」

 

「可愛い!!!」

 

花音の声が上がって、千聖は思わず「声」と言った。花音が慌てて口を押さえた。

 

「ごめん。でも可愛いよ、それ! 修司さんにも照れるところがあったんだね」

 

「私も初めて見たわ、あんな顔」

 

「女将さん、なんて言ったの?」

 

「大事にしなさいよ、って」

 

「うわあ」花音の目が潤んだ。「いいなあ。修司さん、なんて言ったの?」

 

「わかってる、って」

 

今度こそ、花音がハンカチを取り出した。

 

「……千聖ちゃん」

 

「泣かないでよ、花音」

 

「だって、わかってるって言ったんだよ? それって、大事にするってことだよ」

 

千聖は視線を落とした。わかってる。あの一言の重さを、昨夜からずっと反芻していた。

 

「……そうね」

 

「よかったね、千聖ちゃん」

 

花音がハンカチで目元を押さえながら言った。千聖は紅茶を一口飲んで、続けた。

 

「それからね、川沿いを歩いて」

 

「紅葉、綺麗だったでしょ」

 

「ええ。その時にね、聞いてみたの。誕生日と、好きな食べ物と、休日の過ごし方」

 

花音が目を丸くした。

 

「聞けたの?! 前に、聞いてみるって言ってたやつ!」

 

「ええ。ちゃんと答えてくれたわ」

 

「何て言ってたの? 教えて教えて!」

 

千聖は一つずつ話した。一月十五日の誕生日。好きな食べ物はもつ煮とコーヒー。休日は散歩か、推理小説を読む。

 

花音は一つ一つにリアクションをした。

 

「一月! 冬生まれなんだね」

 

「そうね」

 

「もつ煮! 渋い! でも似合う」

 

「でしょう。あと、コーヒーが好きって言っていたけど、砂糖二つのコーヒーは別だって」

 

「砂糖二つのコーヒーは別?!」

 

「千聖のために淹れてるやつだから、って感じで」

 

花音がまたハンカチを取り出した。

 

「もう……。それって、完全に千聖ちゃんのコーヒーだよ。修司さんの中で特別になってるんだね」

 

「……そうかもしれないわ」

 

「推理小説! 渋いね、でも似合う。休日に一人で歩きながら、推理小説読んで」

 

「歩きながらは読まないと思うけれど」

 

「まあそれは置いといて」花音がくすくす笑った。「なんか、修司さんって、千聖ちゃんから聞いてたイメージよりずっと、人間らしいね」

 

「人間らしい?」

 

「うん。道を間違えて入ったお店に通い続けるとか、好きな食べ物がもつ煮とか、女将さんに照れるとか。なんか、かっこいいだけじゃなくて、ちゃんとそういうところもあるんだなって」

 

千聖は少し考えた。人間らしい。そうかもしれない。千聖が知っていた修司は、余裕があって、からかい上手で、一言で千聖のポーカーフェイスを崩す人だった。でも昨日の修司は、それだけじゃなかった。

 

「……ええ。私もそう思ったわ。知らない修司さんが、たくさんいて」

 

「でも、知れてよかったね」

 

「ええ。花音に言われなかったら、聞けていなかったと思うから。ありがとう」

 

花音が嬉しそうに笑った。

 

「あとね」千聖は続けた。「物静かなカフェにも連れていってもらって」

 

「どんなカフェ?」

 

「窓から紅葉が見えて、とても静かで。修司さんのお気に入りのカフェで」

 

「いいなあ」

 

「そこでね、紅茶を頼んだら、すごく美味しくて」

 

「紅茶! 千聖ちゃんのために選んでくれたの?」

 

「ええ。千聖が紅茶好きだから、美味しい店を探したって」

 

「うわあああ」

 

花音の声が、また上がった。千聖が「花音」と言うと、花音は慌てて口を押さえた。

 

「ごめん。でも、それって、千聖ちゃんのために調べてたってことだよ。いつから調べてたの?」

 

「気づいたら、って言ってたわ」

 

「気づいたら調べてた!!!」

 

「声」

 

「ごめんって。でもそれ、完全に好きじゃないとできないことだよ」

 

千聖は視線を落とした。好き。その言葉が、胸の奥にじんわりと沁みた。

 

「……そうかしら」

 

「そうだよ絶対。あと、夜はどうしたの?」

 

「隠れ家みたいなバーに連れていってもらって」

 

「バー!」

 

「静かで、ジャズが流れていて。修司さんが一人でスケッチをしに来る場所らしくて」

 

「スケッチしながらバー! 渋い!!」

 

「マスターも修司さんのことを知っていて、今日はお連れ様がいてよかったですね、って言ったら、修司さんがまたそっぽを向いて」

 

花音がまたくすくす笑った。

 

「行く先々でからかわれてるじゃん」

 

「そうなのよ。女将さんも、マスターも、みんなさりげなく修司さんをからかうの」

 

「それで修司さんはそっぽを向くんだね」

 

「ええ。それを見ていたら、なんか……」

 

千聖は少し言葉を探した。

 

「修司さんのことが、もっと好きになってしまったわ」

 

花音が、ふわりと笑った。

 

「そうだよね。千聖ちゃんしか知らない修司さんもいるけど、周りの人が大事にしてる修司さんもいて。そういうの、ちゃんと知れてよかったね」

 

千聖はカップを両手で包んだ。

 

「……ええ。昨日、修司さんが言っていたの。自分のことを聞いてくる人間が、あまりいなかったって」

 

「……そっか」

 

「だから、聞けてよかったって思って」

 

花音は少し黙って、やわらかく言った。

 

「千聖ちゃんって、修司さんのことをちゃんと見てるよね」

 

「……そうかしら」

 

「うん。好きな人のことを、ちゃんと知りたいって思って、聞いて。それって、すごく大事なことだと思う」

 

千聖は視線を落とした。

 

「……まだ、知らないことの方が多いけれど」

 

「それはこれから知っていけばいいんだよ。時間はあるよ」

 

時間はある。その言葉が、静かに胸に落ちた。ゆっくりでいい。一つずつ知っていけばいい。修司は「どうぞ」と言ってくれた。

 

「……花音」

 

「なに」

 

「また惚気てしまったわね」

 

花音がくすくす笑った。

 

「惚気じゃないって言わないの?」

 

「……今日は、惚気だと思うわ」

 

「珍しい」

 

「昨日が楽しすぎて、誰かに話したかったの」

 

花音は嬉しそうに笑った。

 

「いつでも話して。千聖ちゃんの惚気、大好きだから」

 

「惚気って言うのをやめなさい」

 

「だって惚気だもん」

 

千聖は小さく息を吐いて、紅茶を一口飲んだ。温かくて、昨日カフェで飲んだ紅茶を少し思い出した。

 

窓の外の夕暮れが、橙色に染まっていた。

 

——また、行きたいな。修司さんの好きな場所に。

 

今度は、どんな話が聞けるだろう。

 

その答えを探すのが、少し楽しみだった。

 

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