砂糖二つの特等席   作:y@s

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第31話 全部話してしまった

 

「花音、今日、少し時間ある?」

 

千聖がそのメッセージを送ったのは、翌日の昼休みだった。

 

花音からの返信は、三秒で来た。

 

「あるよ! どうしたの、珍しい」

 

「放課後、いつもの場所で」

 

「わかった」

 

 

放課後、校門近くのベーカリーカフェ。千聖と花音が、二人でよく使う席だった。

 

花音はすでに来ていて、ホットミルクを両手で包んでいた。千聖の顔を見た瞬間、目を丸くした。

 

「……千聖ちゃん、なんか顔色おかしい」

 

「おかしくないわ」

 

「おかしいよ。なんか、ふわふわしてる」

 

「ふわふわしてない」

 

千聖は向かいに座って、紅茶を注文した。それから、テーブルの上で指を組んだ。

 

「花音」

 

「うん」

 

「この一週間、いろいろあって」

 

花音は黙って、続きを待った。

 

「……どこから話せばいいのかしら」

 

「最初から」

 

千聖は少し息を吐いた。

 

「まず、母が修司さんのアトリエに突然来て」

 

「え」

 

「旧姓を名乗って。なんか修司さんの素を見るために」

 

花音の目が、みるみる大きくなった。

 

「……唯さんが? 旧姓で?」

 

「そう。それで修司さんのお祖父様と昔のご縁があって、話が盛り上がっていて」

 

「すごい展開……」

 

「それから、修司さんが母に気持ちを話していて」

 

「気持ち、って」

 

千聖は少し間を置いた。

 

「……私のことが好きだって」

 

花音が、息を呑んだ。

 

「……千聖ちゃん、それ」

 

「聞こえてしまったの。ドアの前で」

 

「立ち聞き!?」

 

「わざとじゃないわ」

 

「でも聞いたんだね」

 

「……聞いた」

 

花音がテーブルに身を乗り出した。

 

「それで、それで?」

 

「修司さんに、気づかれた。顔に出てたみたい」

 

「え、ばれたの」

 

「ばれた」

 

「どうなったの」

 

「母も修司さんも、全部認めて。隠すことじゃないって」

 

花音が、両手でほっぺたを挟んだ。

 

「……すごい。修司さん、はっきり言ったんだ」

 

「ええ。顔が真っ赤なまま、私はずっとソファの端に座ってた」

 

「それで、それだけ?」

 

千聖は紅茶を一口飲んだ。

 

「……次の週に、修司さんのお祖父様が記者を連れてアトリエに来て」

 

「記者?」

 

「コートのことで、取材があって。そのお祖父様が、私のことも知っていて」

 

「知ってたの?」

 

「母さんがモデル時代にお世話になっていたみたいで」

 

花音がしみじみと言った。

 

「千聖ちゃんの周り、すごい人ばっかり集まってくるね」

 

「そんなこともないわ」

 

「あるよ絶対」

 

千聖は小さく笑った。それから、少し声を落とした。

 

「それで昨日、うちに修司さんとお祖父様が来て、一緒に夕食を食べて」

 

「え、ご飯!? もうそこまで進んでるの!?」

 

「……そうなるのよ、なぜか」

 

「なぜかって、千聖ちゃん」花音が目をきらきらさせながら言った。「それってもう、家族ぐるみじゃない」

 

「……そうかもしれない」

 

千聖は、昨日の食卓を思い出した。唯と勝義が昔話をして、修司が呆れた顔で笑っていて。笑い声が絶えなかった時間。

 

「……それで」

 

花音が、千聖の顔をじっと見た。

 

「まだあるの?」

 

「……ある」

 

「千聖ちゃんの顔が、さっきからずっとふわふわしてる理由はなに」

 

千聖は、テーブルの上の指をぎゅっと組んだ。

 

「……修司さんに、おでこにキスされた」

 

花音が、固まった。

 

三秒くらい、何も言わなかった。

 

「……え」

 

「おでこよ。おでこに」

 

「お、おでこ……」

 

「修司さんの昔話を聞いて、その…焼きもちを焼いてしまって、修司さんが気づいて、肩を抱いてくれて、それで」

 

「ちょ、ちょっと待って」花音が片手を上げた。「整理させて。焼きもちって何に?」

 

「修司さんの若い頃の話が出て……女性と付き合っていたことがあって」

 

「そりゃそうだよ二十八歳だもん」

 

「わかってる。わかってるけど、聞いたら、少し落ち着かなくて」

 

花音の顔が、じわじわと崩れていった。にこにこというより、とけていくような笑顔になった。

 

「……千聖ちゃんが焼きもち」

 

「花音」

 

「千聖ちゃんが焼きもちを焼いた」

 

「わかってる、言わないで」

 

「かわいい」

 

「やめて」

 

「本当にかわいい」花音が言った。「それで修司さんがおでこにキスしてくれたの?」

 

「……そう」

 

「なんて言いながら?」

 

千聖は少し顔が熱くなった。

 

「……遊びの女たちとお前は違う、今は千聖しか見てない、って」

 

花音が、両手でテーブルを叩いた。静かに、でも確実に。

 

「千聖ちゃん」

 

「なに」

 

「それ、プロポーズ一歩手前だよ」

 

「そんなことないわ」

 

「あるよ! 二十八歳の男性がそれを言ったら、そういうことだよ!」

 

千聖は視線を逸らした。

 

「……まだ付き合ってもいないのよ」

 

「そんな段階じゃないよもう」花音が言った。「千聖ちゃん、あのね」

 

「なに」

 

「修司さん、ちゃんと千聖ちゃんのこと、本気で考えてるよ」

 

千聖は、何も言わなかった。

 

「卒業したら、ちゃんとした形にしたいって思ってるんでしょ、たぶん」

 

「……そうかもしれない」

 

「千聖ちゃんはどうなの」

 

千聖は、紅茶のカップを見つめた。

 

「……どうって」

 

「修司さんのこと、どう思ってるの。ちゃんと」

 

千聖は少し間を置いた。花音はせかさずに、待っていた。

 

「……好き、よ」

 

「うん」

 

「アトリエに行くと、落ち着く。修司さんの話を聞くのが好きで、コーヒーを淹れてもらうのが好きで、からかわれるのも、実は嫌いじゃなくて」

 

「うん」

 

「おでこにキスをされた瞬間、頭が真っ白になって、嬉しいのか恥ずかしいのかわからなくて」

 

「うん」

 

「……卒業したら、ちゃんとしたいって、思う」

 

花音が、静かに笑った。

 

「それが答えだよ、千聖ちゃん」

 

千聖は、花音の顔を見た。

 

「……花音は、どう思う。修司さんのこと」

 

花音は少し考えてから、真剣な顔で言った。

 

「会ったことないから、わからないけど」

 

「そうね」

 

「でも、千聖ちゃんがその顔をしてるから」

 

「その顔って」

 

「すごく、幸せそうな顔」花音がやわらかく笑った。「今の千聖ちゃんの顔、見たことなかったから。私、安心した」

 

千聖は、少し黙った。

 

「……花音」

 

「うん」

 

「ありがとう」

 

「なんで」

 

「聞いてくれて」

 

花音が、照れたように笑った。

 

「当たり前だよ。親友でしょ」

 

千聖も、ようやく笑った。

 

窓の外に、冬の夕方の光があった。二人のテーブルに、湯気がゆっくりと立ち上っていた。

 

「……ねえ、花音」

 

「うん?」

 

「いつか、修司さんを紹介するわ」

 

花音の目が、ぱっと輝いた。

 

「本当に!?」

 

「本当よ。あなたには、ちゃんと会ってほしい」

 

「やったあ」

 

花音が嬉しそうに言って、ホットミルクを一口飲んだ。それから、にんまりと笑った。

 

「千聖ちゃん」

 

「なに」

 

「一個だけ聞いていい」

 

「……なに」

 

「おでこへのキスの感触、どうだった」

 

千聖は、一瞬固まった。

 

「……言わない」

 

「えーっ」

 

「絶対に言わない」

 

「ちょっとだけ!」

 

「花音」

 

千聖は、静かに言った。でも、耳の先が、少し赤くなっていた。

 

「……それだけは、私だけのものよ」

 

花音は一瞬だけ黙って、それから満面の笑みになった。

 

「……千聖ちゃん、本当に幸せそうだね」

 

千聖は何も言わなかった。

 

ただ、紅茶のカップを両手で包んで、窓の外を見た。

 

冬の光の中で、千聖は少しだけ、笑っていた。

 

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