二月になった。
千聖の仕事は、相変わらず忙しかった。ドラマの撮影、雑誌の撮影、イベント。マネージャーの藤田が送ってくるスケジュール表は、今月も空白を探す方が難しかった。
その日は、ティーンズ誌の取材だった。
「WHITE GIRL」という雑誌だった。十代の女の子向けの、明るくてポップな誌面が特徴の月刊誌。今月号の特集は「最近ますます可愛く綺麗になった注目女優・白鷺千聖のすべて」だった。
担当の記者は、村田さんという三十代の女性だった。柔らかい笑顔で、話しやすい人だった。
「では始めましょうか。今日はいろんな角度から千聖さんのことを教えてもらいたくて」
「はい、よろしくお願いします」
スタジオの一角に、かわいらしいセットが組まれていた。パステルカラーのソファと小物。千聖はソファに腰を下ろして、カメラマンがライティングを整えるのを待った。
最初は読者からの質問コーナーだった。
事前にSNSで募集した質問を、村田さんが読み上げていく。好きな食べ物、休日の過ごし方、最近ハマっていること。千聖はひとつひとつ、丁寧に答えた。
「次の質問です。『普段どんな音楽を聴いていますか?』」
千聖は少し考えた。
「最近は、いろいろですね。ジャズを聴くことが増えました。あとは……少し古いロックバンドとか」
「古いロック、というと?」
「インディーズのバンドで、今はもう解散しているんですけど。知人に教えてもらって、気に入って」
「曲名とか、バンド名を教えてもらえますか?」
千聖はバンド名を答えた。
村田さんが、少し目を丸くした。
「……えっ!」
「ご存知ですか」
「知ってます、知ってます!」村田さんが身を乗り出した。「というか、それ私が学生時代に流行っていたバンドですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんです。私、ファンで。ライブも何度か行ったことがあって」
千聖は少し驚いた。まさかここで、修司のMDから入れた曲の話が出るとは思っていなかった。
「選曲が意外に古いですね、この時代の曲を聞くなんて」村田さんが笑いながら言った。「同世代かと思いました、一瞬」
「知人から音源をもらって、それからずっと聴いてるんです」
「その知人の方、センスがいいですね」
「……そうなんですよね」
千聖は少しだけ、口元がゆるんだ。
「あのバンドの何が好きですか?」
「声が好きで。それと、ギターの音が、なんか、生々しい感じがして。きれいに整ってないのに、それが良くて」
「わかります!」村田さんが手を叩いた。「そこなんですよね。ライブ音源みたいな荒削りさが、あのバンドの魅力で」
「ライブ音源を入れてもらったんです」
「え、ライブ音源を? どうやって」
「知人がMDに録音していたものを、パソコンで取り込んでもらって」
村田さんが目を輝かせた。
「MD! 懐かしい! 私もMD使ってました! カセットに録音してたやつをMDにダビングし直したりして」
「カセットも出てきました、その時に」
「出てきた?」
「知人の部屋から。昔のものがいろいろ」
村田さんが楽しそうに笑った。
「その知人の方、おいくつなんですか」
「……二十代後半です」
「なるほど、同世代ですね私と。道理で」
千聖はまた少しだけ、笑いをこらえた。
話は盛り上がって、音楽の話題だけで十分近くかかった。カメラマンも笑いながら聞いていた。
次のコーナーは、私服紹介だった。
千聖が今日着てきた服を、村田さんが解説していく形式だった。ライトベージュのニット、テーパードのパンツ、シンプルなローファー。全体的に落ち着いた色合いで、でもどこかに必ずこだわりのある着こなしだった。
「千聖さんって、オフの日もすごくオシャレですよね。今日の私服も、本当に素敵で」
「ありがとうございます」
「どこで買うんですか? ブランドとか」
「いろいろですね。でも、最近は選び方が変わってきたかもしれないです」
「選び方が?」
「以前は、流行っているものや、可愛いと思ったものを選んでいたんですけど。最近は、自分に似合うかどうかを先に考えるようになって」
「それは何かきっかけが?」
千聖は少し間を置いた。
——修司さん。
去年の秋だった。アトリエで、修司が千聖の服をじっと見て、言ったことがある。
似合う服と、好きな服は、違う。自分の輪郭を知れば、自然と選べるようになる。
それから、千聖の服の選び方が変わった。鏡の前に立つ時間が増えた。自分の骨格を意識するようになった。何が自分を綺麗に見せるか、少しずつわかってきた。
「……ある人にアドバイスをもらって」
「どんなアドバイスですか?」
「似合う服と、好きな服は違う、って。自分の輪郭を知れば、自然と選べるようになるって」
村田さんが、ふむ、と頷いた。
「深いですね。服飾関係の方?」
「……そうです」
「プロのアドバイスですね。それは説得力がある」
「それから、自分を見る目が変わった気がします」
「確かに、千聖さんの私服って、流行を追いかけてないのに、ちゃんとオシャレに見える。それって、自分に何が似合うかをわかってる人の着こなしなんですよね」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
村田さんがカメラマンに言った。
「この着こなし、アップで撮っておいてください。読者の参考になりそう」
カメラが向いた。千聖はいつも通りの顔を作った。
でも頭の中では、修司さんのことを思っていた。
自分の輪郭を知れば、自然と選べるようになる。
あの日、アトリエで言われたことが、今日こうして誌面になろうとしている。
修司さんは知らないだろうけれど。
「最後に、読者へひと言お願いします」
村田さんが言った。千聖は少し考えてから、答えた。
「いつも応援してくれてありがとうございます。今年も、いろいろな形で見てもらえたら嬉しいです」
「ありがとうございました。今日は楽しかったです、特に音楽の話」
「私もです」千聖は笑った。「MDの話ができるとは思いませんでした」
「ふふ、私の学生時代の話になってしまいましたね」
村田さんと笑いながら握手をした。
帰りの車の中で、千聖はイヤホンをした。
修司の好きな曲を、一曲目から再生した。
——今日、村田さんとこの曲の話をした。
修司が高校生の時に好きだったバンドの曲を、千聖は今こうして聴いている。
村田さんはライブにまで行っていたと言っていたし修司さんも同じライブハウスで、同じ曲を聴いていたかもしれない。
なんだか不思議だった。
窓の外に、冬の街が流れていった。
千聖は目を閉じて、音楽を聴いた。
少し粗い音質が、今日もちゃんとリアルだった。