記事が掲載されたのは、三月号だった。
発売日の朝、SNSのタイムラインが少しざわめいた。
【WHITE GIRL 3月号】
特集:もっと知りたい、白鷺千聖のすべて
文・村田 恵(編集部)
インタビューの前に、少し困ったことがあった。
白鷺千聖さんにオフの話を聞こうとすると、彼女はいつも少し笑って、「特に何もしていないですよ」と答える。嘘をついている様子はない。でも、その「何もしていない」の中身が、どうも気になった。
だから今回は、少し違うアプローチで聞いてみることにした。
──最近、何か変わりましたか?
「変わった……というか、見え方が変わった気がします。自分の見え方も、周りの見え方も」
──どういう意味ですか?
「以前は、物事を早く処理することが得意で、それが当たり前だと思っていたんです。でも最近、急がなくていいものは、ゆっくり見た方がいいって思うようになって」
──それは仕事に対して、ですか?
「仕事もそうですけど……それだけじゃないかも」
そこで彼女は、少し間を置いた。珍しいことだった。白鷺千聖は、普段、言葉に詰まることがない。
「急がなくていいことは、急がなくていい。そういうことが、なんとなくわかってきた気がします」
──好きな音楽を聞かせてください。
「最近は、いろいろですね。ジャズを聴くことが増えました。あとは……少し古いロックバンドとか 」
──意外ですね。どこで知ったんですか?
「知人に教えてもらって。音源まで入れてもらって」
──音源まで?
「MDに録音してあったものを、パソコンで取り込んでもらったんです」
そこで彼女は、小さく笑った。インタビュー中、彼女が自然に笑ったのは、この瞬間が最初だった。
「……詳しいんだと思います。いろんなことに」
──いろんなこと、というと?
「音楽とか、服とか、物の見方とか」
「教えてもらうことが、多いです。最近」
それだけ言って、彼女は静かに視線を落とした。その表情が、いつもの白鷺千聖とは少し違った。柔らかい、とでも言えばいいのか。インタビュアーとしての勘が、何かを感じた。
──私服がいつもオシャレだと評判ですが、こだわりはありますか?
「最近は、似合うかどうかを先に考えるようになりました。以前は好きかどうかだけで選んでいたんですけど」
──きっかけは?
「ある人に、似合う服と好きな服は違う、って言われて。自分の輪郭を知れば自然と選べるようになるって」
──それを言った人が、さっきの「いろんなことを教えてくれる知人」ですか?
彼女は一瞬、止まった。
ほんの一瞬だったが、確かに止まった。
「……そうです」
それだけ答えて、また静かに笑った。今度の笑い方は、少し違った。さっきより、もう少し内側に向いている笑い方だった。
──好きなタイプを教えてください。
「タイプ……は、難しいですね」
──難しい?
「言葉にすると、違う気がして」
──違う?
「なんというか……説明しにくいんですけど」
彼女はしばらく考えて、それから答えた。
「話していると、知らなかったことを知れる人、かな。会うたびに、自分が少し広がる感じがする人」
──素敵ですね。実際にそういう人がいますか?
また、間があった。
今度は少し長かった。
「……いたら、いいなと思います」
それだけ言って、彼女は紅茶のカップに視線を落とした。
その答え方が、とても上手だった。「いる」とも「いない」とも言っていない。でも、何かを隠しているような感じもしなかった。
ただ、カップを見つめる横顔が、いつもより少しだけ、遠くを見ているような気がした。
──最後に、今年やってみたいことはありますか?
「やってみたいこと……」
彼女は少し考えてから、意外な答えを返した。
「普通のことをしてみたいです」
──普通のこと?
「スーパーで買い物をするとか、電車に乗るとか、そういう、普通の日常のこと。なかなかできないので」
──人気女優の悩みですね。
「でも、一人じゃなければ、案外できるかもしれないって、最近思って」
──一人じゃなければ、というのは?
「一緒にいたら、普通でいられる人が、いるといいなって」
彼女はそこで、また少し笑った。
今回のインタビューで、何度か見せてくれた、その笑い方。取り繕っていない、素に近い笑い方。
白鷺千聖がこういう顔をするのを、ファンはどれくらい見られているだろう。
そんなことを思いながら、インタビューを終えた。
白鷺千聖 次回出演作は映画「春の庭」(五月公開予定)。
この記事の号が発売されてから、SNSが少しざわめいた。
「急がなくていいことは急がなくていい」って誰かに言われてるの?
「教えてもらうことが多い」って何それ、誰に??
MDとか古いインディーズとか、それ絶対あのデザイナーさんじゃん
「会うたびに自分が少し広がる感じがする人」……千聖ちゃん……
「いたらいいなと思います」の言い方が上手すぎる いるでしょ絶対いるでしょ
一人じゃなければ普通でいられる人、って それって特定の誰かのことじゃないの
服のアドバイスしてくれた「ある人」と 音楽を教えてくれた「知人」と 「一緒にいたら普通でいられる人」って 全部同じ人だよね絶対
千聖ちゃんのインタビュー、今回なんか違う 読んでてドキドキした
幸せそうで何より でも気になりすぎる
千聖はそのSNSの反応を、見ていなかった。
その日の夜、アトリエのソファで、ゲームボーイをやっていた。
修司は仕事机の前で、スケッチを描いていた。
「……修司さん」
「ん」
「今日、雑誌の取材があって」
「そうか」
「修司さんのことを、いろいろ話してしまったかもしれない」
修司が少し手を止めた。
「……いろいろって」
「音楽のこととか、服のこととか。ある人に教えてもらった、って」
「名前は言ったか」
「言ってないです」
「ならいい」
修司はまた鉛筆を動かし始めた。
千聖はゲームボーイの画面を見ながら、少し笑った。
「……怒らないんですか」
「なんで?」
「勝手に話したから」
「隠すほどのことでもないだろ」
千聖はもう一度、笑った。
マリオが、また穴に落ちた。
窓の外に、冬の終わりの夜があった。