砂糖二つの特等席   作:y@s

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第55話 五人目を待ちながら、弦が繋いだ絆

 

 

事務所のスタジオには、四人分の機材が並んでいた。千聖のベース、彩のマイクスタンド、イブのキーボード、そして、麻弥のドラムセット。まだ慣れない空気の中、それぞれが、音を合わせ始めていた。

「じゃあ、麻弥さん、ちょっと、単体で叩いてもらえますか?」

スタジオスタッフの指示に、麻弥が、小さく頷いた。スティックを構え、静かに息を整える。

やがて、麻弥の手が動き出すと、部屋の空気が、一変した。安定したキックの重み、正確無比なハイハットの刻み、それでいて、どこか温かみのあるグルーヴ——聴いていた三人は、思わず顔を見合わせた。

「……すごい」

千聖が、思わず呟いた。

「本当に上手いね、麻弥ちゃん。安定感が、半端ない」

彩も、感嘆の声を漏らした。

「マヤさんのドラム、ずっと聴いていられますっ! これぞ、まさに、リズムの武士道ですっ!」

イブが、興奮気味に拍手すると、麻弥は、少し照れくさそうに、スティックを止めた。

「そんな、大したことないっス。基本、練習してきただけなんで」

「その基本が、なかなかできないのよ」

千聖が、笑いながら言うと、麻弥は、ますます居心地悪そうに、視線を逸らした。

「ジブン、褒められるの、慣れてなくて……」

「もっと自信持っていいと思う。本当にすごいから」

彩が、まっすぐな目で言うと、麻弥は、小さく頷いた。

「あ、ありがとうございます」

 

 

一通り、それぞれのパートを確認したあと、四人で簡単な曲を合わせてみることになった。イブの弾くコードに、麻弥のリズムが重なり、そこに、千聖のベースラインが加わっていく。

「いい感じだね」

彩が、マイクの前で、リズムに合わせて軽く体を揺らしながら言った。千聖も、指先の感覚を確かめるように、フレーズを繰り返していた。

——ブツンッ。

不意に、鈍い音とともに、指先に走った違和感に、千聖は、思わず手を止めた。

「あ……」

見ると、ベースの一番太い弦が、ぷつりと切れて、だらりと垂れ下がっていた。

「切れちゃった……」

千聖が、少し困ったように、ベースを見つめた。

「大丈夫、千聖ちゃん?」

彩が、心配そうに駆け寄ってくる。

「うん、ちょっと、弦が古くなってたのかも。結構、長いこと張り替えてなかったから」

「見せてもらっても、いいですか?」

麻弥が、スティックを置いて、興味深そうに近づいてきた。楽器を手に取ると、切れた弦を、丁寧に確認する。

「あ、これ、E弦っスね。太さ的に、一番負担かかりやすいところで」

麻弥は、そう言いながら、ベース全体を、しげしげと眺め回した。それから、何かに気づいたように、目を細める。

「……あれ? これ、ジャックの位置、普通のPJ-40と違いますね」

「え?」

千聖が、少し驚いたように聞き返した。

「普通、サイドについてるはずなんスけど、これ、ちょっと位置がずれてて。それに……」

麻弥は、裏側のコントロールキャビティのあたりを、指でなぞった。

「これ、プリアンプ、増設されてません? パッシブのはずなのに、なんか、回路、多いっス」

「プリアンプ……?」

千聖は、自分のベースを、改めてまじまじと見つめた。そこまで詳しい構造は、よくわかっていなかった。

「詳しいね、麻弥ちゃん」

彩が、感心したように言うと、麻弥は、少し照れくさそうにしながらも、続けた。

「これ、多分、撮影用に特注で改造されてるやつっスね。音の伸びとか、扱いやすさとか、映像映えするように、色々調整されてるんじゃないかと」

「そうなんだ……全然、知らなかった」

千聖は、改めて、自分のベースを見つめ直した。

「RESONANCEで使われてた、特別なモデルなんだね」

彩が、感慨深そうに呟いた。

「聞けば聞くほど、すごい楽器なんですねっ、それ」

イブも、興味津々にベースを覗き込んだ。

「大事にしてる理由、わかる気がします」

千聖は、少し照れながら、ベースを、そっと撫でた。

「見た目は、そんなに特別な感じしないんだけどね。でも、確かに、弾きやすくて、音も好きで」

「見えないところに、こだわりが詰まってるんスね」

麻弥が、しみじみと言った。

「直せそう?」

千聖が尋ねると、麻弥は、少し困ったような顔をした。

「張り替えられればいいんスけど……ジブンの手持ちの弦、今、切らしてて。予備、持ってきてなかったっス」

「あー、そうなんだ」

千聖は、少し残念そうにベースを見つめた。

「せっかくだし、買いに行こうよ」

彩が、明るい声で提案した。

「みんなで一緒に。近くに、楽器屋さんあるよね」

「いいですねっ! わたしも、行ってみたいですっ! 楽器屋さん、あんまり行ったことなくて」

イブが、目を輝かせて賛成した。

「いいの? みんなの時間、使わせちゃって」

千聖が、少し遠慮がちに聞くと、麻弥が、首を振った。

「全然、いいっス。ジブンも、ついでに、いくつか消耗品、見ておきたいんで」

「じゃあ、決まりだね」

彩が、にこやかに立ち上がった。

「せっかくだから、千聖ちゃんのベースのこと、もっと教えてもらいながら行こうよ」

「私のベース?」

千聖が、少し首をかしげると、彩が、興味津々に頷いた。

「うん! いつも気になってたんだ。ちょっと、レトロな雰囲気の、素敵なベースだなって」

千聖は、少し照れながら、自分のベースを、そっと撫でた。

「これ、フェンダーの、PJ-40っていう型番のベースなの。ジャズベースの細いネックに、プレシジョンベースの形のボディが組み合わさってて、ピックアップも、ジャズとプレシジョン、両方乗ってるタイプ」

「PJ……?」

イブが、興味深そうに首をかしげた。

「音を作る種類が、二つあるってことなんスよ」

麻弥が、補足するように言った。

「フロント側が、ドスンとした低音出るプレシジョンタイプ。リア側が、もうちょっと明るくて、抜けのいいジャズタイプ。組み合わせで、色んな音、作れるんス」

「詳しいね、麻弥ちゃん」

彩が、感心したように言うと、麻弥は、少し得意げに頷いた。

「機材のことなら、任せてください」

「実は、これ、RESONANCEの撮影で、ずっと使ってたベースで」

千聖が、続けて言うと、彩が、興味深そうに目を見開いた。

「あの映画の……!」

「うん。役作りのために練習始めてから、ずっとこの子と一緒にいたの。撮影終わってからも、なんとなく手放せなくて譲ってもらったの」

千聖は、そう言いながら、ベースを、大切そうに構え直した。

「だから、なるべく長く使いたくて。ちゃんとメンテナンスもしてあげたいなって」

「素敵な話だね」

彩が、優しく微笑んだ。四人は、それぞれ、荷物をまとめながら、スタジオの扉へと向かった。

「近くの楽器屋さん、案内しますねっ!」

イブが、元気よく先頭を歩き出す。四人分の足音が、廊下に、賑やかに響いていった。

 

 

四人は、事務所を出て、駅前の楽器店へと向かって歩き出した。夕方の街並みを、四人分の足音が、軽やかに響かせていく。

「さっきの話、もっと聞きたい」

彩が、隣を歩く麻弥に、興味津々に話しかけた。

「PJ-40って、そんなに珍しいベースなんですか?」

「珍しいっていうか……フェンダー・ジャパンが出してたモデルで、当時は、そこまで高級ラインってわけじゃなかったんスけど」

麻弥は、少し嬉しそうに、話し始めた。

「プレシジョンとジャズ、両方のいいとこ取りしたPJタイプって、実は、玄人好みで。今でも、根強いファン多いんスよ」

「そうなんだ」

「有名なところだと、ガンズ・アンド・ローゼズのダフ・マッケイガンとか、このシリーズ、愛用してたことあるって話で」

「ガンズ・アンド・ローゼズ……!」

イブが、目を輝かせた。

「名前だけは知ってますっ! すごく有名なバンドですよねっ!」

「うん、伝説的なロックバンドだね」

千聖が、頷きながら言った。

「そんなプロも使ってたベースだったんだ……なんか、余計に大事にしたくなった」

「音楽的にも、ちゃんと理由があって選ばれてるんスよ。プレシジョンの図太さと、ジャズの抜けの良さ、両方欲しい人にとっては、理想的な選択肢っていうか」

麻弥は、そこまで言うと、少し照れくさそうに、頭をかいた。

「あ、すいません、つい熱くなっちゃって」

「面白いよ! もっと聞きたいくらい」

彩が、笑顔で言うと、麻弥は、ほっとしたように表情を緩めた。

「こういう話、あんまり周りで盛り上がったことなくて。聞いてもらえると、嬉しいっス」

「これから、いくらでも聞くよ」

千聖が言うと、麻弥は、少し嬉しそうに頷いた。

「PJ-40、他にも、面白い特徴あるんスよ。ネックは、ジャズベースの薄いタイプだから、女性でも握りやすくて……」

麻弥の話は、それから、楽器店に着くまでの間、途切れることなく続いた。彩とイブは、時折、相槌を打ちながら、興味深そうに耳を傾けていた。

やがて、通りの先に、楽器店の看板が見えてくる。

「あ、着いたね」

彩が言うと、四人は、揃って足を速めた。ガラス張りのショーウィンドウには、様々な楽器が、所狭しと並んでいた。

 

 

店内に入ると、壁一面に、ずらりと並んだギターやベースが、四人を出迎えた。木の香りと、かすかな金属の匂いが、心地よく漂っている。

「わあ……」

彩とイブが、同時に、感嘆の声を漏らした。

「弦売り場、あっちっスね」

麻弥が、迷いのない足取りで、店の奥へと進んでいく。千聖たちも、その後を追った。

弦のコーナーには、様々なブランド、太さのパッケージが、整然と並んでいた。

「千聖さん、今まで、どのメーカーの弦、使ってたか覚えてます?」

麻弥が尋ねると、千聖は、少し考え込んだ。

「えっと……確か、この、緑のパッケージのやつだったと思う」

千聖が、棚から一つ手に取って見せると、麻弥は、頷いた。

「ああ、これ、定番のニッケルラウンドワウンドっスね。悪くない選択だと思います」

「他にも、種類あるの?」

彩が、興味深そうに棚を覗き込んだ。

「色々ありますよ。ステンレスだと、音が明るくて、耐久性も高いんスけど、フレットへの当たりが強くて。フラットワウンドだと、逆に、丸くて柔らかい音になるっス」

麻弥は、それぞれのパッケージを、丁寧に指し示しながら説明した。

「同じベースでも、弦変えるだけで、結構、印象変わるんだね」

千聖が、感心したように呟いた。

「はい。せっかくなので、今回、ちょっと違う種類、試してみます?」

「え、いいの?」

「ジブンのおすすめ、あるんスけど……試してみたい気持ち、あります?」

麻弥が、少し楽しそうに尋ねると、千聖は、興味を惹かれたように頷いた。

「うん、試してみたい。麻弥ちゃんのおすすめ、聞いてみたいな」

「じゃあ、これ、どうっスか」

麻弥は、少し考えてから、別のパッケージを手に取った。

「ステンレスの、ミディアムゲージ。今のより、ちょっと張りが強くなるんスけど、パキッとした音になって、バンドサウンドの中でも、抜けやすくなると思うっス」

「面白そう。それにする」

千聖が頷くと、麻弥は、満足げに微笑んだ。

「あ、これ見てくださいっ!」

イブが、少し離れた棚から、目を輝かせて手を振っていた。行ってみると、色とりどりのピックが、ずらりと陳列されている。

「こんなに種類あるんだ! カラフルで、可愛い」

彩も、興味津々に、ピックを一枚一枚、手に取って見ていた。

「せっかくだから、記念に、みんなで一枚ずつ買わない? お揃いの柄とかで」

彩の提案に、イブが、嬉しそうに頷いた。

「いいですねっ! わたしも、欲しいですっ」

「あ、でも……」

千聖が、少し考えるように、ピックの棚を見つめた。

「せっかくお揃いにするなら、五人揃った時に、改めて来ない? ギターの人も、一緒に選べたら、なんだか、それっぽい気がして」

「五人……」

彩が、はっとしたように、千聖の顔を見た。

「確かに。ギターの人が入ってから、みんなで選んだ方が、記念になるね」

「わたしも、賛成ですっ! その方が、絆、深まりますっ!」

イブが、元気よく同意した。麻弥も、静かに頷く。

「いいと思います。ジブンも、その方が、しっくりくるっス」

「じゃあ、ピックは、その時のお楽しみ、ってことで」

千聖が、笑顔でまとめると、四人は、名残惜しそうにピックの棚を離れながら、レジへと向かった。

「早く、五人揃うといいね」

彩が、期待に満ちた声で言うと、皆が、揃って頷いた。

弦を会計しながら、彩が、ふと思い出したように言った。

「早くギターの人、決まるといいね」

「そうね」

千聖が頷くと、彩は、少し考えるように続けた。

「他のパートがいないバンドって、時々聞くよね。ボーカルレスとか、キーボードレスとか」

「あー、確かに、ありますね」

麻弥が、相槌を打った。

「でも、ギターがいないバンドって、あんまり聞いたことないなって」

彩が言うと、イブも、大きく頷いた。

「確かにっ! わたしも、思い当たらないですっ」

「ギターって、バンドの土台みたいなところ、あるっスからね」

麻弥が、少し考えながら言った。

「リズムも刻めるし、リードも取れるし、コードも弾ける。ある意味、一番、応用が利くパートっていうか」

「なるほど……だから、いないと、成立しにくいのね」

千聖が、納得したように呟いた。

「うちのバンドも、早くその穴が埋まるといいわね」

「だね! どんな人が来るのか、楽しみ」

彩が、目を輝かせて言った。

「頼もしい人が来てくれるといいですね」

イブも、期待に満ちた表情で言うと、四人は、揃って頷き合った。

 

 

四人が、会計を済ませて店を出ると、彩が、時計を確認して、明るい声を上げた。

「あ、もうこんな時間。お昼、みんなで食べに行かない?」

「いいですねっ! 実は、おすすめのお店、あるんです」

イブが、待ってましたとばかりに、目を輝かせた。

「おすすめのお店?」

千聖が聞くと、イブは、嬉しそうに頷いた。

「小料理屋さんなんですけどっ、美味しいものが、たくさんあってっ」

「小料理屋……」

千聖の頭の中に、ふと、記憶がよぎった。細い路地の奥にある、あの店。修司に連れて行ってもらった、あの場所。

「もしかして、細い路地の奥にある?」

千聖が、確かめるように尋ねると、イブは、驚いたように目を丸くした。

「え、ご存知なんですかっ?」

「うん……前に、一度だけ、連れて行ってもらったことがあって」

「そうなんですね! じゃあ、話が早いですっ」

イブが、嬉しそうに笑うと、麻弥と彩も、興味深そうに顔を見合わせた。

「行こう、行こう」

彩が、弾んだ声で言うと、四人は、揃って歩き出した。

 

 

暖簾をくぐると懐かしい香りが、千聖の鼻をくすぐった。カウンターの向こうから、女将が、いつもの調子で顔を出す。

「おかえりなさい、イブちゃん。あら……」

お千代さんは、イブの後ろに続く三人の顔を見て、少し驚いたように目を見開いた。それから、千聖の顔に気づくと、さらに目を丸くする。

「あら、千聖ちゃん、だったかしら?」

「お久しぶりです」

千聖が、頭を下げると、お千代さんは、まじまじと二人を見比べた。

「それにしても、まさか、千聖ちゃんが、イブちゃんのお友達だったなんてね」

「実は、バンドのメンバーなんですっ。今日は、他のメンバーも一緒でっ」

イブが説明すると、お千代さんは、驚いたように、彩と麻弥にも視線を向けた。

「あら、賑やかになったこと。まあまあ、とりあえず座って座って」

お千代さんに促されて、四人は、カウンター席に並んで腰を下ろした。彩と麻弥は、この店の温かい雰囲気に、興味深そうに店内を見回している。

「イブちゃんが、こんなに立派になって、お友達も連れてきてくれるなんて」

お千代さんが、しみじみと言いながら、お茶を出してくれた。

「本当に、あっという間だったわねえ」

その言葉に、千聖は、少し不思議に思いながら、イブの方を見た。二人の間には、単なる常連客と店主、という以上の、何か親しい空気が漂っている。

「あの……お二人は、どういう……」

千聖が、控えめに尋ねると、イブが、少し照れくさそうに笑った。

「あ、言ってなかったですねっ。お千代さんは、わたしの、お父さんのお姉さんなんですっ。叔母さんなんですよっ」

「え……!」

千聖と彩、麻弥が、揃って驚きの声を上げた。

「それに、わたし、今、ここにホームステイさせてもらってましてっ」

「ホームステイ……!」

「実家がフィンランドなんですっ。こっちに来る時に、お千代さんが、住まわせてくれることになってっ。もう、三年目になりますっ」

イブが、そう説明すると、お千代さんが、目を細めて笑った。

「この子ったら、うちに来た時は、まだ中学生だったのよ。それが、今じゃ、高校一年生になって、立派にお仕事してバンドまでやって」

「お千代さんの、ご飯のおかげですっ」

イブが、にこにこと言うと、お千代さんは、嬉しそうに厨房へと戻っていった。

「そうだったんだ……知らなかった」

千聖が言うと、イブは、少し照れたように頷いた。

「あんまり、自分から言うことでもなかったのでっ。でも、お千代さんのおかげで、今のわたしがあるんですっ」

その言葉には、確かな感謝の響きが込められていた。彩と麻弥も、その温かい話に、優しく耳を傾けていた。

お千代さんが、次々と料理を運んできてくれた。贅沢に薬味をたっぷりのせた冷しゃぶ、フルーツトマトと胡瓜の土佐酢和え、冬瓜の入った赤出汁、それに、十六穀米のご飯——どれも、丁寧な仕事が伝わる、彩り豊かな献立だった。彩とイブ、麻弥も、それぞれの皿に舌鼓を打ちながら、賑やかな会話を続けていた。

「この冷しゃぶ、すごく美味しい……! お肉が柔らかくて、薬味もたっぷりで」

彩が、感激したように言うと、お千代さんが、嬉しそうに笑った。

「でしょう。夏に嬉しい、うちの人気メニューなの」

「このトマト、甘くて、瑞々しいですねっ! 土佐酢との相性も、抜群ですっ」

イブも、目を輝かせながら、フルーツトマトを口に運んだ。

「冬瓜の赤出汁、優しい味っスね。じんわり染みます」

麻弥も、しみじみと呟きながら、汁物を口にした。

「十六穀米も、香ばしくて、すごく美味しいです」

千聖が言うと、お千代さんは、満足げに頷いた。

「体にいいものを、たくさん食べてもらいたくてね。若い子たちは、特に」

厨房から戻ってきたお千代さんは、ふと、思い出したように、千聖に向き直った。

「そういえば、千聖ちゃん」

「はい?」

「修司くん、ちゃんとご飯、食べてるの? あの子、放っておくと、すぐジャンクフードばっかりになるでしょう」

「あ……」

千聖は、思わず苦笑いを浮かべた。

「最近は、なるべく気をつけるようにはしてるんですけど。この間も、こっそりハンバーガー食べようとしてたところ、止めたばかりで」

「まあ、相変わらずねえ」

お千代さんが、呆れたように、けれど、どこか嬉しそうに笑った。

「千聖ちゃんがいてくれて、本当に良かったわ。あの子、一人だと、栄養なんて全然考えないから」

「そんな……私も、まだまだですけど」

千聖が、照れくさそうに答えたところで、店の入り口の暖簾が、ふわりと揺れた。

「……ん」

低い声とともに、姿を現したのは、他でもない、修司だった。修司は、店内を見回して、思いがけない顔ぶれに、軽く目を見開いた。

「……千聖?」

「修司さん!」

千聖が、驚いて声を上げると、お千代さんが、目を輝かせて、カウンターから身を乗り出した。

「あら、修司くん、いいところに! ちょうど、あなたの話をしてたのよ」

「俺の話?」

修司が、怪訝そうに眉を寄せると、お千代さんは、にんまりと笑った。

「ちゃんとご飯、食べてるかって。千聖ちゃんが、しっかり見てくれてるみたいで、安心したわ」

「……余計なことを」

修司は、少しばつが悪そうに、視線を逸らした。それから、千聖の隣にいる彩、イブ、麻弥に目を向けると、少し不思議そうな顔をした。

「……こっちは?」

「あ、紹介しますね。バンドのメンバーで」

千聖が、順に紹介していく。

「キーボードの、若宮イブさん。ドラムの、大和麻弥さん」

「丸山さんは、もう知り合いだったな」

修司が、彩の方を見て言うと、彩が、にこやかに頷いた。

「はい、修司さん、お久しぶりです。バイト先で、いつもお世話になってます」

「丸山さんが、ボーカルに決まったのか」

「そうなんです! びっくりですよね」

彩が、少し照れくさそうに笑うと、修司は、軽く頷いた。

「あの店で見てた限り、真面目にやってたからな」

「そんな、恐縮です……!」

彩が、嬉しそうに頬を染めた。修司は、それから、イブと麻弥の方に目を向けた。

「初めまして、若宮イブですっ! チサトさんに、いつもお世話になってますっ!」

イブが、元気よく頭を下げた。

「大和麻弥です。よろしくお願いします」

麻弥も、控えめに続いた。

「鷲須修司だ。千聖が、世話になってるみたいだな」

修司が、軽く頭を下げ返すと、イブが、ぱっと目を輝かせた。

「あ、鷲須さんって、もしかして、チサトさんがよく話してる……!」

「イブちゃん、それ以上は……!」

千聖が、慌てて口を挟むと、イブは、きょとんとした顔をした。

「あれ、なんかまずかったですかっ?」

「別に、まずくはないが」

修司が、面白がるように、口の端を上げた。千聖は、頬を赤らめながら、小さくため息をついた。

「修司さんも、座りますか? ちょうど、みんなで食べてたところで」

千聖が、話題を変えるように声をかけると、修司は、少し考えるように、四人の顔ぶれを見渡した。

「……邪魔じゃないなら」

「全然、邪魔じゃないですっ! ぜひ、一緒に!」

イブが、元気よく言うと、彩と麻弥も、揃って頷いた。修司は、小さく頷いて、千聖の隣に、腰を下ろした。

「なんだ、四人揃って、いい雰囲気じゃないか」

「今日、みんなで練習してたんです。弦が切れちゃって、買いに行った帰りで」

千聖が説明すると、修司は、軽く頷いた。

「ちょうどいい時に、会えたな」

お千代さんが、そんな様子を、微笑ましそうに眺めながら、修司の前に、湯呑みを置いた。

「修司くんも、たくさん食べていきなさいよ。同じもの、用意するわね」

「……ありがたく」

修司が、素直に頷くと、千聖が、少し身を乗り出して、お千代さんに声をかけた。

「あの、お千代さん。修司さんの分、野菜、多めにしてもらえますか」

「あら、いいわね。任せて」

お千代さんが、にっこりと笑って、厨房へと戻っていった。修司が、少し呆れたような目を、千聖に向ける。

「……お前な」

「栄養、偏ってるので。仕方ないです」

千聖が、澄まし顔で言うと、修司は、小さく息をついた。それを見ていた彩とイブが、くすくすと笑いを堪えている。

しばらくして、お千代さんが、修司の前に、皿を置いた。冷しゃぶと土佐酢和え、赤出汁、十六穀米——そこに、もう一品、湯気の立つ小鉢が添えられていた。

「はい、これ、サービス。焼き茄子の生姜醤油」

「……これは?」

「野菜、多めにって、千聖ちゃんから、頼まれちゃったから」

お千代さんが、いたずらっぽく笑うと、修司は、ばつが悪そうに、千聖の方をちらりと見た。千聖は、思わず、頬が熱くなるのを感じた。

「な、なんですか」

「……何も言ってない」

修司が、そっけなく答えて、箸を手に取る。その様子を見ていたイブが、堪えきれずに、噴き出した。

「チサトさん、鷲須さんのこと、しっかりお世話してるんですねっ! 素敵ですっ!」

「お、お世話とか、そういうんじゃなくて……!」

千聖が、慌てて否定すると、彩も、にこにこと会話に加わった。

「でも、いいよね。ちゃんと気にかけてくれる人がいるって」

「彩ちゃんまで……!」

千聖の顔が、ますます赤くなっていく。麻弥も、静かに、けれど、確かに笑いを噛み殺していた。

お千代さんは、そんな一同を見渡しながら、うんうんと満足げに頷いた。

「修司くん、いい子に大事にされてるじゃないの。本当に、良かったわねえ」

「……余計なお世話だ」

修司が、そっぽを向きながら、焼き茄子に箸をつける。その耳が、わずかに赤くなっているのを、千聖は、見逃さなかった。

「美味しい」

修司が、ぽつりと呟くと、お千代さんが、嬉しそうに笑った。

「でしょう。たくさん、召し上がれ」

美味しい料理と賑やかな会話が続く中、修司が、ふと思い出したように箸を止めた。

「そういえば」

「はい?」

千聖が、修司の方を向くと、修司は、四人の顔を、順に見渡した。

「バンド名は、決まってるのか」

「あ……」

千聖は、少し言葉に詰まった。

「まだ、決まってないんです。メンバーが揃ったばかりで、そこまで話が進んでなくて」

「そうなのか」

「みんなで考えようかって話には、なってるんですけど」

彩が、補足するように言った。

「候補とか、まだ全然出てないですっ。わたしたちも、そろそろ考えないとって、話してたところでっ」

イブも、少し困ったように付け加えた。

「バンド名かあ……確かに、大事っスよね。第一印象、決まっちゃうし」

麻弥も、腕を組みながら、考え込むように呟いた。

「難しいですよね。五人全員が、しっくりくる名前じゃないと」

千聖が言うと、修司は、軽く頷いた。

「まあ、焦ることでもないだろう。ちゃんと五人揃ってから、考えればいい」

「そうですね」

千聖が、小さく微笑んだ。

「その時が、楽しみです」

彩が、目を輝かせながら言うと、皆が、それぞれの思いを込めて頷いた。カウンターには、これから始まる新しい物語への、静かな期待が満ちていた。

 

 

食事を終える頃には、外は、すっかり夕暮れの色に染まっていた。

「ごちそうさまでした、お千代さん。すごく美味しかったです」

千聖が言うと、お千代さんは、満足げに笑った。

「また、みんなで来てちょうだいね。今度は、五人揃って」

「はい、必ず」

彩が、元気よく答えると、お千代さんは、嬉しそうに手を振った。

暖簾をくぐって外に出ると、夕方の風が、心地よく頬を撫でた。イブと麻弥、彩は、まだ話し足りない様子で、賑やかにおしゃべりを続けている。修司と千聖は、その少し後ろを、並んで歩いていた。

「今日も、色々あったな」

修司が、ぽつりと呟いた。

「はい。まさか、お千代さんのお店で、皆と会えるとは思ってませんでした」

千聖は、そう言いながら、隣を歩く修司を、そっと見上げた。

「弦が切れたおかげで、今日は、色んなことがありました」

「悪いことばかりじゃなかったみたいだな」

「はい。おかげで、みんなのこと、もっと知れた気がします」

千聖が、そう言って微笑むと、修司も、小さく口元を緩めた。

夕陽に照らされた街を、五人分の足音が、しばらくの間、賑やかに響いていった。バンドは、まだ名前を持たない。けれど、確かな絆と、これから始まる物語への期待が、静かに芽生え始めていた。

 

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