砂糖二つの特等席   作:y@s

8 / 13
第8話 いつものカフェの秘密

 

 

花音に気づかれたのは、ある昼休みのことだった。

 

購買のパンを片手に、二人並んで中庭のベンチに座っていた。

他愛もない話をしていた。授業のこと、先生のこと、来週の小テストのこと。

千聖はいつも通りに相槌を打って、いつも通りに笑った。

 

「……千聖ちゃん、今日なんか変だよ」

 

花音がふと、言った。

 

「そうかな」

 

「うん。なんか、遠い顔してる」

 

千聖は少し間を置いた。

遠い顔。

修司と同じようなことを言う。

千聖のポーカーフェイスは、どうやら親しい人間には通じないらしい。

 

「……気のせいじゃない?」

 

「気のせいじゃないと思うけどなあ」

 

花音はパンをひと口かじって、千聖をじっと見た。

責めるでも、詮索するでもない、ただ、見ている。

その目が、どこか修司に似ていると、千聖は思った。

 

急かさない目。

 

「……今度、いつものカフェ行かない?」

 

千聖は自分から言った。花音が少し目を丸くして、それからにっこりした。

 

「うん、行こう。放課後でいい」

 

 

いつものカフェは、放課後の光の中で静かに息をしていた。

 

カウンターに二人並んで座って、花音はいつものミルクティーを、千聖は今日も紅茶を頼んだ、コーヒーの香りが漂っている。

千聖はその香りをかぐたびに、少しだけ、修司のアトリエを思い出すようになっていた。

 

「で、何があったの?」

 

花音が、カップを両手で包みながら言った。

急かす口調ではなかった。

ただ、聞く気満々の目をしていた。

 

「……何か、あったように見える?」

 

「見える。千聖ちゃんが自分から誘う時って、大体何か抱えてる時だもん」

 

千聖は少し驚いた。花音は笑った。

 

「中等部からの付き合いだよ、わかるよ」

 

千聖はカップを持ったまま、少しの間黙った。

どこから話せばいいのか、整理がつかなかった。

雨の日のことから話すべきか、アトリエのことから話すべきか。それとも——。

 

「……好きな人が、できたんだけど」

 

結局、一番の核心から話していた。

 

花音の目が、ぱっと輝いた。

 

「え、本当に? 誰?芸能関係?」

 

「……違くて」

 

花音が首を傾けた。千聖は一度息を吸ってから、静かに続けた。

 

「服飾デザイナーの人。27歳の」

 

花音の目が、今度は別の意味で丸くなった。

 

「……に、27?」

 

「うん」

 

「千聖ちゃん今15だよね」

 

「……わかってる」

 

「一回り違うよ」

 

「わかって、るわ」

 

千聖は視線を落とした。

わかっている。

全部わかっている。

だからずっと、一人で抱えていた。

花音に言ったところで、どうにかなるわけではない。

それでも、誰かに言葉にして渡さないと、胸の中がいっぱいになりそうだった。

 

「……出会ったのは、雨の日でね」

 

千聖はぽつぽつと話し始めた。

傘のこと。

アトリエのこと。

砂糖二つのコーヒーのこと。

ぶかぶかのパーカーのこと。

「よく頑張ったな」の一言のこと。

 

花音は途中で口を挟まなかった。

ただ、カップを傾けながら、静かに聞いていた。

 

全部話し終えた時、千聖は少し息が軽くなっていた。

 

「……なんか」

 

花音が、やわらかい声で言った。

 

「すごく、千聖ちゃんのこと見てる人なんだね」

 

「……そうなのよね」

 

「好きになるの、わかるよ」

 

その一言が、思いのほか胸に沁みた。千聖は目を伏せた。

 

「でも、向こうにとって私って『お嬢ちゃん』なのよね。子供で、からかう相手で、砂糖二つのコーヒーを用意してあげる相手」

 

「それって、大事にされてるってことじゃないの」

 

「……大事にされることと、好かれることは、違うと思う」

 

花音は少し黙った。

それから、困ったような、でも温かい顔で言った。

 

「千聖ちゃんって、たまにすごく大人だよね」

 

「……子供だから、余計にそう思うんだと思う」

 

「子供じゃないと思うけどなあ、わたしは」

 

千聖はその言葉を、うまく受け取れなかった。

修司も、似たようなことを言う時がある。

けれど修司はやっぱり「お嬢ちゃん」と呼ぶ。

言葉と、呼び方が、まだ一致しない。

 

「……どうしたらいいのかしら」

 

千聖は珍しく、答えのない問いを口にした。

花音はしばらく考えてから、言った。

 

「もう少し、そのままでいてみたら」

 

「そのまま?」

 

「うん。会いに行って、コーヒー飲んで、からかわれて。それだけでも、今は十分な気がする」

 

千聖は花音を見た。花音は照れたように笑った。

 

「わたし、恋愛とか全然わかんないけど。でも、千聖ちゃんがその人の話をする時、すごくいい顔してるよ」

 

「……いい顔?」

 

「うん。ポーカーフェイスが、ちょっとだけ崩れてる顔」

 

千聖は思わず、手で自分の頬に触れた。花音がくすくす笑った。

 

「ほら、また」

 

「……意地悪ね」

 

「千聖ちゃんもそれ、その人に言ってそう」

 

図星だった。千聖は小さく目を伏せて、紅茶を一口飲んだ。

 

温かくて、少しだけ甘かった。

 

砂糖二つのコーヒーとは違う甘さなのに、なぜかどこかが似ていると、千聖は思った。

大事にされている、という温度が。

 

「……花音」

 

「なに?」

 

「話して、よかった」

 

花音は何も言わずに、にっこりと笑った。

 

窓の外に、夕方の光が傾いていた。

千聖はそれを見ながら、胸の中がずいぶん軽くなっていることに、静かに気づいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。