クロエダ探偵事務所   作:向花いかく

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「Ring of Renewable」
プロローグ「Rac Rugam」


この物語はフィクションです。

法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 荒野に通る一本のハイウェイ。

 ひび割れたアスファルトの上をノイジーなエンジン音を鳴らしながら一台のチューンドカーが走っている。

 

 地元では名の通ったスピードスター(速度違反者)、ライオネル・J・クーパーのぶっ飛ばすコンバーチブルの最新型は、ラクルガムまで20マイルと書かれた看板を通り過ぎたところだった。

 助手席にはガールフレンドのマリリン、後部座席には漁色家のロバートとその最新の恋人のベティが酒瓶を片手に大いに騒ぎ立てていた。

 

 日課の様なひとっ走りを終え、午後からの博戯に心を躍らせているのはライオネルだけではなく、車に乗っている4人の若者達にとって顔に当たる砂混じりの強風など彼らにとってなんの障害にもなっていなかった。

 

 

 

 ライオネルがハイウェイのカーブに差し掛かった時、前方に色褪せた軍用のカーゴトラックが現れた。荷台は黄ばんだ(ほろ)に覆われており、積み荷は見えない。

 

 しかし、チューニング(違法改造)がS&Vのステーキよりも大好物のライオネルは、その後ろ姿から見えるマフラーを一目見て目の色を変えた。

 

 ハンドルを僅かに切り、ライオネルの車は対向車線へ躍り出る。

 速度を上げてトラックの横まで付けると、運転席を覗き込んだ。

 

 ハンドルを握っていたのは黒いトカゲ頭のデミヒューマン。

 助手席にはサングラスをかけた女が乗っていた。

 

 カーゴトラックは旧軍の払い下げ品だろうとライオネルは推測するが、同時に自分(チューナー)と同じ匂いを感じ取っていた。

 

 ライオネルはトラックの運転手がチラリとこちらを見たのを確認すると、相手に見える様に立てた人差し指を自分の方へと倒す。

 分かりやすい挑発のジェスチャーである。

 

 後部座席でその様子を見ていたロバートも、ライオネルの思惑(おもわく)を理解した様子で立ち上がると、両の(てのひら)を上に向けてトラックに手招きした。

 助手席のマリリンも「ハイウェイの王者(ロードチャンプ)の実力を教えてあげましょう?」と煽り、ベティの「よーい、ドン!」という掛け声と共にライオネルはアクセルを深く踏み込み、車は更に加速した。

 

 既製品のカーゴトラックであれば、ライオネルの改造車で追い抜くのは容易のはずだった。

 しかし彼の見立て通り、トラックはディーゼルエンジン特有のガラガラという音を立てながらこれに並ぶ。スピードリミッターが解除されている証であった。

 

 トラックの助手席にいる茶髪の女が運転席に向かって何か声をかけていたが、トカゲ頭は意に介さずといった様子でトラックを加速させていく。

 

 

 

 「面白くなってきた」とライオネルは呟くと、ハンドルを握り直した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 「GARITY」という文字がネオンと電球に彩られて煌々と輝き、その下に存在する広い間口は人通りが絶えない。

 様々なレジャー施設やバー、風俗といった店がひしめき合う世界有数の歓楽街「ラクルガム」の中でも最も賑わっているのがこのカジノ「ギャリティ」である。

 

 ギャリティで最近働き始めたウェイトレス、エリカ・アマリはその絢爛豪華な店の雰囲気に未だ馴染めずにいた。

 

 運ぶ酒は2本でひと月は遊んで暮らせる額のものが次々注文され、応対する客は有名企業の社長や大スター、お忍びの上流階級の人間ばかり。

 もちろん、高倍率の求人をくぐり抜け、日々厳しい指導を受けているため、表面を取り繕うことは出来ていたが、勤務時間中は一時も心が安らぐことが無い。

 

 エリカがカウンターへと戻ってきた時、くたびれたスーツ姿の男性が近寄ってきた。

 下ろしたてのブランド物を見かける機会の方が多いこの店において、彼の服装はかえって珍しく見える。

 

 

「マティーニ。オリーブは無しでいい」

 

「かしこまりました。……どうぞ」

 

 

 そう言ってエリカは男に注文通りカクテルを渡す。

 それと引き換えに男は彼女にチップを渡すが、その金額はここがギャリティであるということを考慮しても、明らかに高額だった。

 

 

「こんなに頂けません」

 

「遠慮はいらねぇよ」

 

 

 チップを返却しようとしたが、男は了承しない。その時エリカは周囲の楽し気な雰囲気と比べて、男の表情が彼の服装とチップの様にちぐはぐな事に気付く。

 

 

「お話くらいならお聞きしますよ」

 

 

 ラクルガム最大の店であるギャリティは、金持ちが大半とはいえその客層は広く、遊び感覚の観光客から人生を賭けた大博打にやってくる者など様々な客がやってくる。

 その表情から男が並々ならぬ事情を抱えていることを察したエリカは、思わずそう声をかけてしまった。

 男の顔は一瞬不愉快そうに歪んだが、直ぐに元の無表情へと戻る。

 

 

「……どうせ俺は、もう死ぬしかないんだ」

 

 

 彼女が想像していたものよりも重い言葉から、男は語り始めた。

 

 

 

 

 

 ザック・ロー・スタインと名乗ったその男は、ラクルガム近郊で働くサラリーマンだった。

 妻子を養いながら、裕福とは言えずとも平穏な日々を送っていた。

 

 事が起きたのは1週間前、彼の勤務先が取引先の企業の機密情報を扱った書類が何者かによって持ち去られたという話が社内で流れた。

 勤め先にとって信用にかかわる大きな問題ではあったが、関わりのない係長補佐のザックにとって気にしていたのは次のボーナスがいくらになるのかぐらいのものだった。

 

 だがその話を聞いた翌日、彼は社長室に呼ばれることとなる。

 

 ザックがかの事件の犯人であるという告発が課長から上がったのである。

 彼は身に覚えがないと訴えたが信用は得られず、そのまま失職。懲戒解雇という事で退職金が支払われる事も無かった。

 

 それを家族に伝えると、彼の妻は離婚すると言い出し、子供を連れて家を出て行った後は音信不通に。

 身に覚えのない罪によって全てを失い自暴自棄となったザックは、以前に一度だけ訪れた事のあったこのギャリティで全財産とその命を賭けた無謀な賭けをするつもりであったいう。

 

 

 

 

 

「……貴方は、それでいいんですか」

 

 

 男――ザックの話を聞き終えたエリカはそう問いかけた。

 

 

「納得なんてしてないが、諦めるしかないだろ」

 

「でも、貴方は何も悪くないのに」

 

「今の俺に何ができる? 職も家庭も信用も、もう失っちまった後なんだよ」

 

 

 ザックはそう言いながら自嘲的な笑みを浮かべる。

 当人は賭けと言っていたが、それに勝つつもりが無いということはエリカの目でも明らかだった。

 

 

「本当の犯人を捜して、汚名を雪げば……」

 

「クビになった俺が今更内部を探ろうとすればそれこそ不審者だ。それにもし職が戻ったとしても、俺は妻と子供に逃げられた。一番大事な物はもう、戻ってこないんだよ」

 

 

 いらいらとした態度のザックは早口でまくし立てた。

 その悲観的な言葉に、思わずエリカは否定を投げかける。

 

 

「そんなこと――」

 

「うるせぇ!」

 

 

 感情に任せてカウンターに手を叩きつけながら立ち上がるザック。賑やかな店内が一瞬静まり返り、周囲の客からも何事かと彼へと視線が向けられる。

 

 

「お前に、俺の何が……」

 

 

 そう言いながらエリカへと詰め寄ろうとするザックとの間に、割り込む影があった。

 

 

「当店では、他のお客様のご迷惑になるような行為はご遠慮願います」

 

「あぁ? 誰だお前…………ッ!?」

 

 

 そこにいたのは、黒いシャツに白いスーツ、飾り気の無いシルバーの腕時計をした茶色髪の優男。

 

 

「お、オーナー……」

 

 

 ザックへと注意を促し、エリカがオーナーと呼んだ男性こそ、一代にしてギャリティをラクルガムNo.1の店へと仕立て上げた立役者。

 

 カジノ「ギャリティ(GARITY)」の支配人兼オーナー。

 

 ギルアス・ギャリティその人であった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ギャリティでも限られた人間にしか入ることが許されないVIPルーム。

 そこを訪れる3つの人影。

 

 一人はこの場に相応しい、この店の主であるギルアス・ギャリティ。だが、その後ろに控える二人はそわそわと落ち着かない様子だった。

 ギルアスは部屋の中に入ってドアが閉まったのを確認すると、二人の方へと振り返った後、パンと手を叩いて切り出す。

 

 

「さて、まずはお客様のお気を悪くさせてしまい、誠に申し訳ありません」

 

 

 そう言って彼は頭を下げる。その先に居るザックは、この部屋へと来た時点で怒りは収まっており、むしろ目の前の人物が頭を下げていることに委縮していた。

 

 隣にいるエリカはそれ以上に気が気ではない。

 自身の対応が原因でオーナーに頭を下げさせている。その事実だけでも己がクビ、若しくはそれ以上に悲惨な目に遭うのではないかと戦々恐々としていた。

 

 

「い、いえいえ……元はと言えばお、私が原因な上に完全な逆上で……」

 

 

 ザックは思わず一人称が変わる程のぎこちない丁寧語で返す。

 それを聞くとギルアスは顔を上げてにこやかな笑みを浮かべ、続けた。

 

 

「あまり(かしこ)まらずに。……寛大なお言葉、誠に痛み入ります。とはいえ、お客様に不快な思いをおかけしてしまったのは事実……ここはこの場に合わせて、一つ賭けをしてみませんか?」

 

「か、賭け?」

 

 

 ザックが復唱するとギルアスは「えぇ」と答え、懐から1枚のコインを取り出した。

 

 

「このコインを投げて裏表、どちらが出るのかを言い当てるのです。私が勝てば、今回の件は水に流していただけないでしょうか」

 

 

 彼の提案は極めてシンプルなものだった。だが、ザックが気になったのはその先である。

 

 

「お、俺が勝ったら?」

 

「そうですね……2000クレジット差し上げましょう」

 

「え……」

 

 

 その驚嘆の声がザックからあげられたものなのか、後ろに控えていたエリカのものかは分からない。

 ただ一つはっきりしているのは、その提案が尋常ではないという事だけだった。

 

 クレジットはギャリティで遊ぶため現金の代わりに用いられるトークンの単位である。ただ、その単価はギャリティのメイン客層に合わせたものであり、たとえ1クレジットでもエリカがこの店で運んでいた酒が1本買える程の価値を持っている。

 

 つまるところ2000クレジットというのは、ザックが今夜使い果たすつもりであった彼の全財産よりも遥かに高い価値を持つものであった。

 それほどの金があれば彼が新しい職を見つけるまで、ともすれば家族を一生養うことも可能かもしれない。

 

 

「でも、それは……貴方にとってメリットが無いのでは?」

 

「これは店としての正式なゲームではなく、私からのお詫びの気持ちですので。それに、まだお客様が勝つとは限りませんよ?」

 

 

 そう言ってギルアスはやや挑発的な笑みを浮かべる。そして彼は、丸めた人差し指の上にコインを乗せると「どちらにお賭けになりますか?」と問いかけた。

 

 

「……表だ」

 

「では、私は裏としましょう」

 

 

 二人の宣言が終わると、ギルアスはコインを親指で弾き上げた。

 

 

 

 だが、ザック・ロー・スタインは知らなった。

 コイントスというのは通常、中立な第三者がコインを投げるべきものであり、練習を積んだカジノディーラーであれば裏表どちらが出るかをある程度操作することも可能だという事を。

 

 エリカ・アマリは知っていた。

 目の前にいるギルアス・ギャリティという男は、経営者としてだけでなくディーラーとしても超一流であるという事を。

 

 

 

 コインはギルアスの手の甲に着地すると同時に、もう片方の手によって押えられた。

 そうして隠された手の下から現れたコインは…………表だった。

 

 

「おやおや、負けてしまいましたか。これは手痛い敗北ですね」

 

 

 その言葉とは裏腹に、ギルアスは涼しい顔をしながらコインを懐へとしまう。

 そのまま懐から今度は4枚のトークンを取り出した。

 

 

「1枚で500クレジットです。ご確認ください」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 手に乗せられたトークンを見ながらザックは呆然と立ち尽くす。

 目の前であまりにもスピーディーに非現実的なことが起こり、彼の理解が追い付いていなかったのである。

 

 

「どうされましたか? ……あぁ、交換所はこのVIPルームを出て左に進んだところにありますよ。良ければお連れしましょうか?」

 

「いや、いい……」

 

 

 ギルアスの提案を断ったザックは、おぼつかない足取りでVIPルームの出口へと向かう。

 ドアまで辿り着いたところで、左手の薬指に嵌められた指輪を一瞥した後、彼は突如振り返った。

 

 

「……ありがとう、ございました」

 

「いえいえ……こちらこそギャリティへのご来店、誠にありがとうございました」

 

 

 心からの感謝を伝えて部屋を去る彼の目には、光が戻っていたとエリカは感じた。

 

 

 

 

 

 VIPルームに残されたのはオーナーとウェイトレス。

 先に口を開いたのはウェイトレスだった。

 

 

「あの、オーナー」

 

「何だい?」

 

 

 さっきまでの客への対応とは異なり、歳相応の砕けた口調になるギルアス。

 

 

「申し訳ありませんでした……!」

 

 

 エリカは誠心誠意の謝罪をした。だが同時に、そんなものは何の役にも立たないと心の中で思っていた。

 自身の対応が発端となり、雇い主に彼女の年収の数十倍の損失を出してしまったのだ。

 

 しかし、同時に疑問もあった。彼は、あの賭けに勝つことができたのではないかという点である。

 

 

「どうして謝るんだい? あの賭けは僕が提案したもので、僕は運悪く負けたんだ」

 

「ですが、元々は私が……」

 

「たとえ僕が止めに入らなかったとしても、君は彼の説得を諦めなかっただろう。君の接客は善意に満ちたものだった。誰かに非があったわけじゃない、誰だって虫の居所が悪い日はあるものだよ」

 

 

 彼女の接客の様子をギルアスが見ていたということは、ザックの事情について聞こえていてもおかしくない。

 

 

「それって……」

 

「あ、そうだ!」

 

 

エリカの呟きに対し、彼は被せるように声を上げた。

 

 

「さっきの賭け、お詫びとはいえ店のルール違反だったから、皆には秘密で頼むよ」

 

 

 そう言ってギルアスは顔の前に人差し指を立て、ウインクする。これ以上のこの話はするな、と言外に語っていた。

 

 

「これは、只の世間話なんだけど……お金で人の運命は変えられない、なんてのは嘘だと僕は思うんだ」

 

 

 文章にして見れば、一見冷たく聞こえる言葉。

 しかし、彼の先程の言動を見た後では、全く逆の印象をエリカは抱いた。

 

 

 

 ギルアスはVIPルームに入ってきた直後のように、再びパンと手を叩く。

 どうやら話を切り出すときの彼の癖であるらしい。

 

 

「さて、君にも気苦労をかけてしまったようだし、休憩に入っていいよ」

 

 

「フロアマネージャーには僕から話を通しておこう」とギルアスは言い残すと、VIPルームを後にした。

 

 

 

 

 

 この一連の出来事は、エリカにとって心温まるものとして記憶に残った。

 

 

 

 

 

 ……数日後、ザック・ロー・スタインという男の自殺死体が発見されたという記事を見るまでは。

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