クロエダ探偵事務所   作:向花いかく

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エピローグ「Report」

 

 

  来客を知らせるドアベルが鳴る。

 

 

「ようこそ、エリカさん」

 

 

 事務所内に入ってきた人物を見てルイは言う。

 ここはラクルガムから遠く離れたタンハットマンにある、クロエダ探偵事務所。

 

 

「お久しぶり……と言うには早いですかね。まだ1週間しか経ってないはずなのに、ずいぶん経った気がしてしまって」

 

 

 困り眉を浮かべながらも、以前ここに来た時と比べると柔らかい表情となったエリカ・アマリは答える。

 

 「ではお掛けに──」と言いかけてルイが来客用のソファに視線を向ければ、そこには2人掛けを占領して眠るシグマが居た。

 

 

「あー……すまない、今退かそう」

 

「大丈夫ですよ、一番の功労者なんですから」

 

 

 そう言ってエリカは傍に置いてあった予備のスツールに座る。

 来客よりも良い椅子に座るわけにもいかないと、ルイももう1つスツールを持ってきて正面に座った。

 

 

「さて、今日は諸々の調査結果の報告のためにお呼びしたが……エリカさんが気になっているのは彼の事だね?」

 

「……ザックさんは、本当に自殺だったんですか?」

 

 

 ギルアス・ギャリティの逮捕は大きな話題となったが、その立役者であるクロエダ探偵事務所の名前はどの記事にも載ることはなかった。

 

 シグマが身体を張って手に入れた音声記録を、提供者を公表しないという約束と共にルイが証拠として提出した事も理由の1つではあるが、一番の要因は試作機が損壊した理由に関してギルアスが黙秘を貫いた事だ。

 

 よってギルアスが問われた罪は、強盗の3人の殺害、エリカさんに対する誘拐と傷害。

 ──そして、ザック・ロー・スタインに対する虚偽告訴と自殺教唆だった。

 

 

「ああ。私の推理に加えて、彼にあの時訊ねた上での結論だ」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 現場に到着し、拘束された容疑者の姿を確認したカールソン警部補は目を丸くした。

 

 

「驚いた。まさか本当にあのギャリティさんだったとは」

 

「意外……ということも無いでしょう。私に関しては様々な噂がありましたから。まあ、それらは根も葉もないものですが、実態は当たらずとも遠からずだったわけです」

 

 

 意識も戻り、パトカーに乗せるため移動させられている中ギルアスはそう答える。

 それを聞きながら、カールソンは現場の方を振り返る。

 

 

「ここで何があった?」

 

「それに関して、私は語るつもりはありません。彼女達に聞いてください」

 

 

 ギルアスが視線を向けた先には、疲れと安堵から眠りに落ちたエリカを介抱するルイと、柱に腕を組んで寄りかかり退屈そうにしているシグマの姿があった。

 

 

「それは、 アンタ自身の為か?」

 

「……そうです」

 

 

 カールソンはその返答に僅かな含みを感じたが、今のギルアスが黙秘するという判断をするのも妥当だったため、それ以上追及はしなかった。

 その後は会話の無いまま、外に駐められたパトカーの前まで歩き続けた。

 

 ドアが開けられ、まさにギルアスが乗せられようとなったタイミングで、背後から声がかかった。

 

 

「最後に1つ、聞かせてくれないかい?」

 

 

 ギルアスが振り返ると、工場の入り口にルイが立っていた。

 変わらず工場の中にいたシグマは、遠くで心底面倒そうな顔をしながらエリカを抱えている。

 

 

「君にとって、お金とは何かな?」

 

 

 ──お金で人の運命は変えられる。そう語る人物は答える。

 

 

「……信用で構成された、嘘の塊です」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「やめてくれ! こ、この金は……」

 

 

 ザック・ロー・スタインはギャリティから数ストリート離れた裏路地で叫ぶ。

 

 

「へっ、どうせギャンブルで手に入れた金だろ?」

 

「金で遊ぶ余裕があるなら、俺等にも分けてくれよ」

 

 

 柄の悪い三人組は地面にうずくまるザックから金の詰まったカバンを奪い取る。

 先程鳩尾を強く殴打されたザックは、立ち上がれないまま手を前に伸ばす。

 

 

「頼む……返してくれ……!」

 

「運が悪かったな! いや、さっきまでは良かったのか」

 

 

 カバンの口を開いてちらりと覗きながらそう言うと、男達は一斉に笑う。

 その笑い声は次第に離れていき、ザックは1人残される。

 

 しばらく後、ふらつきながらもザックは立ち上がった。

 

 

「確かに。元々、無かったはずのチャンスだ」

 

 

 そう呟いたザックの脳裏で、ついさっきカジノのウエイトレスに言われた言葉が反芻する。

 

 

『……貴方は、それでいいんですか』

 

 

 続いて、妻と息子の顔が思い浮かんだ。

 

 

「金は俺がいくらでも稼げばいい。……マーサとショウとは、もう一度ちゃんと話さないとな」

 

 

 言いながらザックが前に向き直ると、暗い夜の裏路地に繁華街から明かりが差し込んでおり、一筋の光のように見えた。

 その光を反射する目には、もう諦めの色は浮かんでいない。

 

 しかしその時、その光を遮るように裏路地の入口に1つの人影が現れる。

 

 

「──やはり駄目でしたか」

 

 

 その声は、ザックにとって記憶に新しいものだった。

 革靴のゆっくりと規則的な足音が静かな裏路地に響き、その人影の姿が次第に鮮明になる。

 

 

「ギルアスさん……? なんでこんな所に?」

 

「何故、ですか。……貴方が大金を持っていると先程の強盗に情報を流したのが、私だからですよ」

 

 

 さっきカジノで話していた時と全く変わらぬ雰囲気のまま話すギルアスに、ザックは混乱を露わにする。

 

 

「な、何を言って──」

 

「あぁ、強盗の件だけではありません。貴方を先程の賭けに勝たせたのも私であり、貴方に情報漏洩の濡れ衣を着せ、勤めている会社を辞めさせたのも私です」

 

 

 何でもない事のように話すギルアスの姿は、ザックに底知れない恐怖を与える。

 

 

「なんで、どうしてそんな事……」

 

「貴方に深く絶望してもらうためです。しかしながら、不十分でしたね」

 

 

 

 そう言ってギルアスは指輪を取り出す。

 

 ──嵌っているのは赤色の小さな宝石。

 

 

「そ、それはマーサの……! どうしてアンタが!」

 

「家族という希望がある限り、貴方は完全には絶望しない。故に摘み取らせていただいたまでです」

 

 

 ザックの表情が固まる。

 

 

「何故ご家族と音信不通なのか? ……単純な話です」

 

「う、嘘だ……」

 

 

 そう口では発していたが、内心では目の前の男は躊躇なくやるという負の信用が既に積み上がっていた。

 それに加えて、世界に2つとないはずの指輪を前にギルアスの言葉を信じるのには十分だった。

 

 

「貴方が生きる理由は、もう何処にも無い」

 

 

 告げられたザックは、呆然とした様子でギルアスに背を向ける。

 

 その視線の先に広がる暗闇の中に、錆びた非常階段があった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「それで確かめもせずにソイツは飛んじまったってのか? あんな嘘しか言わねぇような野郎を信じて?」

 

 

 いつの間にか起きていたシグマが、横のソファから野次を飛ばす。

 

 

「お金の持つ信用は、それを多く持つ者への信用とすり替わり、目を曇らせる。嘘を真実に見せ、彼の運命を確かに変えてしまった」

 

 

 君のように自分の直感を信じ続けられるタイプには通用しないかもしれないが、とルイは付け加える。

 

 

「しかしながら、運命を変えるのに必ずしもお金が必要というわけじゃない。エリカさんがやったようにね」

 

「わ、私ですか……?」

 

 

 突然話を振られ、戸惑いの様子を見せるエリカ。

 

 

「えぇ。あの時ザックさんの話に耳を傾け、その悩みに寄り添おうとした」

 

「でも私は、結局彼を怒らせてしまっただけで……」

 

「貴女の言葉は確かに彼に希望を与えていた。だからこそギルアスは、貴女と彼の会話を仲裁という形で中断させたのだろう」

 

「……」

 

 

 ルイの言葉を聞いても 、ザックが最終的に辿り着いた結末を思うとエリカは後悔が拭えないといった表情をしていた。

 その様子を見たルイはエリカの手を取り、その目をしっかりと見る。

 

 

「貴女がザックさんという人間の事を覚えていなければ、私達の下に来ることも無かっただろう。そして我々も、依頼が無ければラクルガムへと向かう事も無かった」

 

 

 ギルアスの逮捕において、バイタルに関する情報は一般に報道されていない。

 故に今回の著名人の凶行について、動機に関する憶測が飛び交う中、ザックの名もしばしば取り沙汰される事となった。

 その中で彼は懲戒解雇された自殺者ではなく、ギルアスによって貶められた被害者という認識が広く知れ渡っていた。

 

 

「彼の名は、ほとんどの人が気にも留めない、新聞の隅に印字された文字ではなくなった。これもまた、運命を変えたと言えるんじゃないかい?」

 

 

 エリカの目尻にうっすらと涙が浮かぶ。

 口を真一文字に引き締め、顔を俯かせてこらえていたが、やがて肩の震えと共に小さな嗚咽が事務所内に響きはじめる。

 

 ルイはエリカの背中を優しくさすり、シグマは興味無さげではありつつも、ソファで頬杖をつきながらその様子を黙って見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……よかったのかよ」

 

 

 事務所の窓からエリカの乗る車を見送るルイに、横に並ぶシグマは訊ねた。

 

 

「あんな話をした後に、お金の話をするわけにもいかないだろう?」

 

 

 ルイは窓の外に視線を向けたまま答える。

 今回の依頼における成功報酬を、ルイはエリカ宅の玄関扉の修繕費として受け取らなかった。

 当然、額として釣り合っているものでは無かったが、ルイは着手金だけで十分だと言い張り、彼女を帰したのだ。

 

 

「それに、あのカジノに勤めていた彼女は転職を余儀なくされる。出費は少ない方が良いだろう」

 

 

 そこまで言い終えたルイは、横に居たシグマの方へ身体を向ける。

 

 

「……だが、私達はこれからお金の大切さを身をもって味わうことになるね」

 

「あ?」

 

「彼女から貰っていた着手金は、君が『ギャリティ(GARITY)』で使い切ってしまった。よって今回の収益はゼロだ」

 

 

 ルイは普段の微笑ではなく、清々しい笑顔で言った。

 

 シグマは金がザックの運命を変えてしまった事は理解出来なかったが、食費が削られると生活が大きく変わる事をこれから1ヶ月かけて理解することになるのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「確かこの辺りに……あっ。あれか?」

 

 

 背中に大きなバックパックを背負い、1枚の名刺を片手に辺りを見回していた青年が呟く。

 その出で立ちは、高層ビルが立ち並ぶタンハットマンの中で明らかに他所から来たという雰囲気を醸し出している。

 

 その青髪の青年は、あの日廃工場へと向かうルイ達の後を車で追い、ギルアスとシグマの対決を見届けた一人の隠れた観客でもある。

 父の汚名を雪いだ恩人を訪ねるため、形見の指輪をその手に嵌め、憧れの「都会」へとやってきていた。

 

 彼の視線の先にあるのは、とあるビル側面に掛けられた看板。

 そこには手元の名刺と同じ文面が書かれていた。

 

 

 

 

 

  クロエダ探偵事務所

 

 

 

 

 

「Ring of Renewable」──END

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