ショウ・ライカはラクルガムの郊外に存在するダイナー「ルーテージ」で働くアルバイトである。
昨年ハイスクールを卒業し、その後現在に至るまで車の免許取得やアルバイトをして上京するための準備を整えていた。
都会へ出て何か具体的にしたいことがあるわけではない。
彼を突き動かしていた原動力は、漠然とした「都会」への憧れだった。
ラクルガムは確かに世界的に有名だが、ギャンブル産業が主軸の
主産業に絡まない住民にとってラクルガムは、周囲に砂漠しかない地方都市という認識であり、ショウのような若者がイメージする「都会」とは少々異なる。
昼下がりにカウンターでグラスを洗っていたショウは、来店を知らせるドアベルの音で顔を上げた。
最初に入ってきたのは、サングラスをかけたパンツスーツ姿の女性。
ほとんど固定客しか訪れない寂れた郊外のダイナーにはそれだけで珍しかったが、それ以上に彼の目を奪ったのは、女性と一緒に入ってきたトカゲのデミヒューマン……らしきものだった。
サングラスの女性も中々の長身だったが、Vネックのシャツにジーンズ、ブラウンのレザージャケットに身を包んだ
トカゲのような頭に尻尾、口にはピラニアの様な鋭い牙。
手は一見人間の様だが、指の数は片手で4本。
足元は靴を履いておらず、猛禽の様な頑強な脚をしていた。
極め付きに全身を覆うその皮膚は石油の如き黒褐色をしており、ゴムの様な質感だったのである。
先程"らしきもの"と表現したのは、ショウにはそれが何のデミヒューマンか判断が付かなかったことが原因であった。
これらの特徴を全て併せ持つ生物を、彼は知らなった。
とはいえ面を喰らったのは一瞬で、「都会」なら珍しいものでもないのだろうとショウは結論付け、驚きはすぐに憧れの糧となった。
「いらっしゃいませ。二名様でいいすか?」
「えぇ。テーブル席は空いていますか?」
サングラスの女性が訊ねた。
ショウは、想像よりも低い声だなと思いつつ応対する。
加えて、入店から一言も話さないトカゲ頭の方を見てみると、どことなく不機嫌そうな表情をしていることに気付いた。
「はい。こちらへどうぞ」
2人の風変わりな客を窓際のテーブル席まで案内した後、ショウがふと見た窓の外には、見慣れないオリーブ色のトラックが駐車場に
*
ルイはダイナーのテーブルに指を組んだ両手を乗せ、軽く息を吐く。
続けて軽く息を吸った後、ゆったりとした口調で切り出した。
「シグマ、君の感受性が豊かになったのは、私にとっても喜ばしい事だ。物事に真剣に向き合う為の第一歩だからね」
向かい側にはシグマと呼ばれたトカゲ頭が座るが、黙りこくったまま頬杖を突くと、足先の黒い爪でブロックチェックのビニールタイルをコツコツと叩き始めた。
「半面、その血の気の多さには手を焼かされるが──」
「……ふん、先に挑発してきたのはあの下等生物共だ。俺様は悪くない」
ルイが話す半ば、反論するようにシグマは初めて口を開いた。
下等生物と呼ばれたのは、つい先ほどハイウェイで突発的に勝負を仕掛けてきた若者達のことだ。
シグマの自己評価は、ルイが呆れを通り越して逆に尊敬してしまうほど高く、基本的に他者を下に見ている。
「ドラッグレースにドライバーの種族は関係ないだろうに。幾ら君が負けたからと言って――」
「負けてない」
再びシグマがルイの言葉を遮る。先程より不満げな表情を浮かべていた。
それを見たルイは眉を開き、わざとらしく合点のいったジェスチャーをしながら話を再開する。
「あぁそうだったね。君がいつまでも張り合って目的地を通り過ぎかねなかったから、私が無理矢理ハイウェイから降ろして此処に寄った……というのが正確だ」
シグマがあの勝負を無効試合だと思っていようが、オープンカーに乗っていた彼らからすればシグマ達が観念して勝負を降りたと思われていることだろう。
サングラス越しに琥珀色の瞳でシグマを見つめるルイの表情は、「気にしても仕方のない事だ」と言いたげだった。
対するシグマは黄色く光る目を細め、口を尖らせたような表情で見つめ返していた。
「私達が遥々ラクルガムまで来たのは遊びに来たわけではない。忘れてはいないね?」
「んな事を
「ならいつまでもへそを曲げてないで切り替えてくれ。…………何か食べるかい?」
そう言うとルイは机の端に置いてあったメニューを取り、シグマに見えやすいよう広げて見せる。
シグマは不機嫌そうな顔を崩すことは無かったが、しばらく視線を巡らせ、無言でパンケーキの写真に指を指した後、窓の外を眺め始めた。
それを見たルイは僅かに微笑むと、自身もメニューを一瞥した後、手を上げて店員を呼んだ。
*
「今日の予定をもう一度確認するとしよう」
食後のルイは、紅茶の入ったカップをスプーンでかき混ぜながらそう切り出した。
対面に座ってレモネードをストローで吸っているシグマは、先程より幾分機嫌がマシになっている。
眉間の皴は消えていないが、それは出会った時から変わらない事なので、ルイは気にしなかった。
「まずはここから近い、彼の遺体が発見されたビルへ向かう。既に検視は済んで、規制は解かれてる」
ルイの話す様子を黙ってシグマは眺めている。
「新しい手掛かりは見つからない可能性が高いが、念のためだ」
かき混ぜていたスプーンをソーサーに置くルイ。
「次に、彼が勤めていた企業ヘ調査に向かう。彼を告発したという課長に話を聞ければ一番いいが、そう簡単にいくかどうか……」
ルイはそう言いながら芝居がかった様子で
その反応は、ルイが失敗すると微塵も思っていない信頼の裏返しであり、ルイもそれを理解しているため気にせず続ける。
「その時、企業相手に聞き込みをするわけだが……君は腹芸が得意ではないだろう。そこで」
そこまで言い終えると、ルイは懐から膨らんだ封筒を取り出してテーブルの上へ置いた。
ルイは普段鞄などを持たず一見身軽に見えるが、この女の懐から出てこない物は無いのではないかとシグマは常々思っていた。
「軍資金を渡しておこう。君には依頼人が働いていたカジノに客として潜入して欲しい」
「要するに、俺様が邪魔だからこれで遊んでろって事だろ」
テーブルに乗せられた封筒を見つつ、シグマは茶化すように笑みを浮かべながら愚痴をこぼす。
「そんな事は無いさ、君と私とは考え方が違うからね。私では手に入らないような情報を掴んでくることも間々あるじゃないか」
「役に立つかどうかは別だがな」
ルイの言葉を真に受ける様子もなく、シグマの小言は止まらない。
しかし、ルイもまた気にも留めない様子で話し続ける。
「それに……ああいう場所はあまり得意ではなくてね。適材適所というものだよ」
その言葉を聞いたシグマは疑り深い表情でルイの顔を見た。
しかしそこにはサングラスで目元を隠し、僅かに口角を上げた見慣れた表情があるだけで、その真意を探る事はできない。
「ハッ、そういう事にしといてやるよ」
シグマは笑い飛ばした後、テーブルの上の封筒に手を伸ばした。
*
会計をしていると、先程入店の際に応対していた青髪の青年がルイに話しかけてきた。
「お客さん、この辺りの人じゃないっすよね?」
「その通りだが……何か気になる事でも?」
青髪の青年――ショウが声を掛けたのは、この一風変わった客が自身の憧れる「都会」から来たのではないかと思ったからである。
「ええと、見かけない顔だったのでつい。この後は賭場へ?」
しかし声を掛けたはいいものの、ショウは他所から来た客にどこから来たのかを訊ねるなど逆に田舎臭いのではないかと思いとどまり、当たり障りのない質問をした。
「いや、この辺りで少し調べ物があってね」
「調べ物、すか?」
ショウは思わず聞き返した。
ラクルガムを訪れる人間など、殆どがあのギャンブル街目当てである。
自身の返答が青年の関心を引いているという事を察したルイは懐から名刺入れを取り出し、そこから1枚名刺を差し出す。
「あぁ……実は私はこういう者でね。君も困ったことがあれば訊ねてみてくれ。従業員も募集中だ」
そこにはこう書かれていた。
クロエダ探偵事務所
所長 黒枝ルイ