クロエダ探偵事務所   作:向花いかく

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第3話「RRR」

 

 

「ルイーザさん、困ります。取材はアポイントを取ってからでないと……」

 

「そこをなんとか。ほんの少しお話を伺いたいだけですので」

 

 

 ()()は受付の女に対し、頭を下げる。

 先程、女に見せた名刺には「フリージャーナリスト  ルイーザ・クロウエル」と書かれていたが、当然偽名である。

 

 

 

ラクルガム(Rac Rugam)リソーシズ(Resources)」――通称「RRR(アールキューブ)」。

 

 その名の通り、ラクルガム地域のエネルギー事業者である。

 ラクルガムはカジノをはじめとした大規模な開発が続き、その消費電力も年々増加の一途をたどっているが、その全てを供給しているのがこの「RRR」だ。

 近年では環境に配慮し、自社所有の発電所だけでなく、再生可能エネルギーの電力購入契約もおこなっている。

 

 そしてなにより……ザック・ロー・スタインが生前勤めていた会社であった。

 

 

「遥々ニューヴィークから来たんです。お願いします」

 

 

 ルイは懇願する。

 職業も名前も偽りだが、これは事実である。

 クロエダ探偵事務所が位置するニューヴィークからラクルガムまでは4000km(2500マイル)以上離れており、40時間以上もトラックに揺られてやってきたのだ。

 

 なお、アポイントを取っていないのはわざとであった。

 電話の通話履歴が残る上に、事前に調べられるとこちらの嘘を暴かれる可能性が高くなるからである。

 

 

「……分かりました。上に掛け合ってみます。あまり期待はしないで下さいね?」

 

 

 渋々といった様子で、受付の女は言った。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「すまないが、あまり時間は取れないんだ。3時から会議があってね」

 

 

 通された応接室でルイが暫く待っていると、男は入ってきて開口一番、そう口にした。

 男はアッシュグレーの髪をワックスで固め、ネイビーのスーツにネクタイをかっちりと締めた典型的なサラリーマンという風貌だった。

 

 

「いえいえ、こちらこそお忙しいところ突然すみません」

 

 

 ルイは座っていたソファから立ち上がると、社交辞令を述べた。

 

 

「少しですが、皆さんで召し上がってください」

 

「ああ、これはどうも」

 

 

 男に紙袋を渡しながら、ルイは男の首元にかけられた社員証を見る。

 名前の欄には「レジー・セント・バード」と書かれており、役職は課長であることが分かった。

 

 彼が部屋の最奥にある窓を背にした席に着くのを確認すると、ルイはそれに対面する入り口側の席に座った。

 

 

「では、お時間も限られていますから、早速本題から入らせていただきますね。記録を録らせて頂いても?」

 

「構わないよ」

 

 

 了承を得たルイは、腰に提げたテープレコーダーの録音ボタンを押し、話し始める。

 

 

「ザック・ロー・スタイン、という名に聞き覚えはありますか?」

 

 

 ルイが質問した瞬間、レジーは一瞬顔を強張らせたが、すぐに元の柔らかい表情へと戻った。

 

 

「えぇ、もちろん。彼はつい最近までここで働いていましたから」

 

 

 録音を意識してか、インタビュー開始前と比べて丁寧な言葉でレジーは答える。

 

 

「では先日、彼が亡くなった事はご存じで?」

 

「はい。同僚から教えられ、新聞を見て……とても驚きました」

 

 

 ルイはレジーの様子を観察するが、嘘を吐いているようには見えない。

 ただ、名前を出した時の反応を見るに、何も思うところが無いという訳でもない様子だった。

 故に、ルイは更に切り込んだ質問をする。

 

 

「驚いた、ですか。それほど意外な事だったのですか?」

 

「……どういう意味でしょう?」

 

 

 片眉を上げ、ルイを見つめるレジーの目には僅かな動揺が見られた。

 

 

「いえ、ただ……彼は解雇されていたそうではないですか。それが事実なら自暴自棄になる可能性も低くなかったのではと思いましてね」

 

 

 ルイの言葉を聞いたレジーは眉を(ひそ)める。

 

 

「……彼が亡くなった遠因が我々にあると?」

 

「そんなまさか。()()()()()()()()()()、解雇することが出来るのは認められた権利でしょう?」

 

 

 レジーの敵意を拭うように、即座に否定したルイはにっこりと笑顔を浮かべる。

 

 

「え……えぇ、そうですね」

 

 

 芝居がかった雰囲気のルイに対し、レジーは歯切れの悪い相槌を返した。

 

 

「お尋ねしたいのは、彼が解雇された理由です。彼が一体、何をしたというのです?」

 

「それは……」

 

 

 ルイが訊ねると、レジーは言い淀む。答えにくい質問であることは明らかだった。

 しかし先程のルイの言葉を肯定した手前、この質問を断るのは印象が悪いと感じているのか、レジーは難しい顔をする。

 

 

「記事にするのはこちらのタイミングで、という条件であればお教えします」

 

「……分かりました」

 

 

 レジーの提案を渋々といった様子で承諾するルイだが、そもそもルイは本当の記者ではない。この対話が記事となり日の目を見る日は、永遠に訪れないのである。

 

 

「彼の解雇理由は、弊社と取引していた企業の……機密情報の漏洩です」

 

 

 ここまでは、ルイが依頼人を通じて得た、ザック本人が語った内容と一致している。

 解雇理由については新聞記事には載っていなかったため、その信憑性を確かめる事は出来た。

 

 

「……驚いていないようですね。一応、表沙汰にはなっていないはずですが」

 

「実を言うと、噂だけは聞いていたんです」

 

 

 ルイは「憶測で記事を書く訳にはいきませんから」と続けた後、次の質問へ移る。

 

 

「なぜ、お相手の企業は事件を公にして、御社への責任追及を行わなかったのでしょう」

 

「双方による話し合いの結果です」

 

 

 レジーの返答を聞いて、ルイは考える。

 話し合いの末に表沙汰になる事を避けたという事は、お互いにとってメリットがあったということである。

 RRRにとってのメリットは至極単純。事件が公になれば、会社に対する信用や世間からの評判に大きく影響するであろうことは想像に難くない。それを避けることが出来るだけで大きなメリットと言えるだろう。

 しかし、相手側にとっては別だ。機密が漏洩した時点で、企業には何らかの損失が発生する。訴訟を起こすなりして、賠償金などを得たいと考えるのが普通だ。それをしないという事は、漏洩した情報が提訴する費用に見合うほど重要なものでなかったか、近いうちに公表するような情報であった可能性がある。

 

 これらを踏まえ、ルイは再度質問をする。

 

 

「漏洩した情報というのは、一体どのようなものだったのでしょう?」

 

「それを言う事は出来ませんよ。私が第二の犯人になってしまう」

 

 

 ルイの質問は一蹴される。

 だがこれはルイの予想通りの回答であった。

 

 ルイが本当に知りたいのはそこではない。

 

 

「犯人といえば……彼を告発したのは丁度あなたでしたよね?」

 

「そ、そんな話、どこで……」

 

 

 ルイに確証は無かった。

 しかし、レジーの反応を見ればそれは明らかだった。

 

 彼に助け船を出すと同時に、ルイは自身への詮索も阻止する。

 

 

「質問を変えましょう。彼が情報を漏洩をしたという根拠は何だったのですか?」

 

 

 確かに現場の様子を見れば、ザックは自殺したように見える。

 自殺と仮定した場合、そのきっかけとなったのはこの会社をクビになったことだろう。

 しかし、そもそも彼が解雇されるリスクを負ってまで情報漏洩を起こすメリットが見つからなかったのだ。

 

 

「……」

 

「まさか、これも開示できない情報だと?」

 

 

 顎を引いたルイの、サングラスの隙間から覗く琥珀の瞳に見つめられ、レジーの額から頬にかけて一滴の汗が流れる。

 

 

「し、知らないんだよ」

 

「知らない? 証拠もないのに彼は解雇されたというのですか?」

 

 

 ルイの問いかけに対し、レジーは逡巡(しゅんじゅん)する様子を見せていたが、暫くして口を開いた。

 

 

「……オフレコでなら」

 

「いいでしょう」

 

 

 レジーの要求に応じ、ルイはテープレコーダーの録音を停止する。

 記者ではないルイにとって、音声記録が手に入るかどうかはさして重要ではない。

 しかし、人は録音されているという状況から解放された時、その開放感から口が軽くなる。

 

 

「確かに、ザックが犯人じゃないかって上に報告したのは……俺だ。だけど、それから俺の(あずか)り知らない所であいつはクビになってた」

 

「……その話、もう少し詳しく聞かせて頂きませんか?」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

──1カ月前。

 

 

 その日大きな契約を控えていたRRRは、遅くまで事務作業を行っていた。

 レジー・セント・バードが同僚と共にオフィスを後にしたのは、時計の針が頂点を通り過ぎた頃だった。

 帰宅する途中、彼はとある物を自身のデスクに忘れてきたことに気づく。

 

 既に日付は変わっている。

 今更多少遅くなったところで、妻の小言の数が増える事もない。むしろ()()が無い方が何を言われるかわかったものではないとレジーは考えた。

 

 

 

 急いで職場に戻ると、目当てのものはすぐに見つかった。

 

 しかしその時、月明かりが差し込む薄暗いオフィスの奥から微かに物音がした。

 まだ残業していた社員がいたのかと思い、レジーは声をかける。

 

 

「誰だ?」

 

 

 もし同僚であれば、何かしらのリアクションがあるはずだが、そこにあるのは不気味な静寂だけだった。

 レジーは口を結び、音のした方向を睨みつける。

 そこにあるのは、重要な書類や金庫が保管してある部屋の扉であった。

 

 声をかけたのは失敗だったかと思いながら、レジーは足音を立てないようゆっくりと扉へ歩みを進める。

 

 警戒しながら扉を開け、中を確認する。

 

 そこには誰の姿もなく、部屋の中が荒らされた様子もなかった。

 レジーは額の汗を拭うと、軽く息を吐いた。

 

 

「気のせいか……」

 

 

 家鳴(やな)りか何かだろうと結論付け、レジーが振り返ったその時、オフィスの入口に動く人影を目撃した。

 

 

「おいっ!」

 

 

 咄嗟に走って追いかけるも、屋外へと出た時点で完全に見失ってしまった。

 

 

 

 レジーは荷物を回収するため、オフィスまで戻って来たとき、入口付近の床に何かが落ちていることに気がついた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「それが……」

 

「ああ、ザックの社員証だ」

 

 

 ルイの予想に答えるように、レジーが言った。

 

 

「翌日情報漏洩の話が下りてきて、すぐに思い当ったさ。すぐに上に報告もした」

 

「御社の社員証は、1人1枚しか配布されないのですか?」

 

「基本的にはそうだが……用紙自体はただの上質紙で、テンプレートに沿って印刷してあるだけだ。特別な物じゃないから、刷ろうと思えば誰でも刷れるものではあった」

 

 

 その夜にレジーが拾った社員証が、本当にザックのものであったかどうかを確かめる手段はない。

 

 

「それ以外に何か証拠が見つかったから、上は解雇に踏み切ったんだろう。だが実際、何が決め手でザックがクビになったのか、俺は聞かされてない」

 

「……」

 

 

 ルイは依頼人の話から、ザックの解雇は誰かによって情報漏洩の濡れ衣を偶然着せられたことで起きた、不幸な出来事であると予想していた。

 しかしレジーの証言から僅かな違和感を覚え、その予想が間違っているのではないかとルイは感じた。

 まるで、濡れ衣を着せられたから解雇されたのではなく、彼を解雇するために濡れ衣が用意されたような……

 

 

「ルイーザさん?」

 

 

 レジーが声を掛けると、黙ったまま考え込んでいたルイは顔を上げた。

 

 

「……お尋ねしたいのですが」

 

 

 そのまま、ルイはおもむろに質問を繰り出す。

 

 

「社内で、彼に対して恨みを持っていた社員などに心当たりは?」

 

「ザックと? いや、彼はあの一件以外まではトラブルとは無縁だったな」

 

 

 そう答えるレジーの言葉は、虚偽ではないとルイの勘は告げる。

 

 

「では、彼が起こした情報漏洩の被害に遭った企業というのは一体どこでしょう?」

 

「……ウチはザックの解雇と引き換えに、事を荒立てないよう配慮してもらった側だ。こちらの一存では明かせない」

 

 

 レジーの答えを聞いたルイは、目を閉じると軽く頷いた。

 そのままちらりと腕時計を見た後、口を開く。

 

 

「そろそろ3時ですね。いいお時間ですし、お暇致します。本日はありがとうございました」

 

「あ、ああ……」

 

 

 突然の申し出に戸惑うレジーをよそに、ルイは応接室の出口へ向かう。

 

 しかし、ドアの手前まで来たところで、何かを思い出した様子で「そうでした」と言い、人差し指を立てて振り返った。

 

 

「最後に1つだけ、お聞きしたことが」

 

「な、なんです?」

 

「人影を目撃した夜、あなたがした忘れ物とはなんだったのでしょう? あまり関係の無い話だとは思うのですが、気になってしまって」

 

 

 そう言って困り眉で笑みを浮かべるルイ。

 何かまた答えづらい質問されるのではないかと身構えていたレジーは肩をなでおろした。

 

 

「結婚指輪だよ。書類作業が多い日は汚さないように外してるんだが、着けずに帰ると家内に怒られるんでね」

 

「……そうでしたか。どうもありがとうございました」

 

 

 ルイは納得した様子を見せると、一礼して部屋を去った。

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