クロエダ探偵事務所   作:向花いかく

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第5話「Raiders」

 

 

 ルイは腕時計を見る。

 RRRでの聞き込みを終え、駐車場へと戻って来てから既にかなりの時間が経過しており、窓の外に見える陽は既に地平に沈もうとしていた。

 

 

「今日の調査は早めに切り上げて、甘い物でも買ってあげようと思っていたんだが……」

 

 

 ルイはトラックの助手席でそう呟きながら、彼女の傍若無人な助手を思い浮かべる。

 シグマは口の悪さと高圧的な態度で誤解されがちではあるが、根は素直で義理堅い性格あるとルイは評価していた。

 ルイの提案や助言に対して文句を言うことは珍しくないが、一度交わした約束や決定を反故にすることは滅多にないのである。

 

 しかし現在、事前に決めた合流時刻を大きく過ぎてもなお、シグマは姿を表していない。

 

 

「まさか賭博で時間を忘れる質ではないだろうし……また何処かで揉め事を起こしているんじゃないだろうね」

 

 

 彼の喧嘩っ早い性格が災いしていないかを心配しながらルイが窓の外を見つめていると、トラックの車載電話のベルが鳴った。

 

 

「こちらクロエダ探偵事務所。はい、私が所長のルイですが……」

 

 

 

 

 

「――病院? シグマが?」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ハア、ハア……()っちまった……」

 

 

 数多の種が存在するデミヒューマンは、長所はそれぞれの種によって異なれど、総合的な身体機能は間違いなく人間よりも上であり、人間の上位互換と言っても差し支えない生物であると言える。

 

 

「……さっさと金盗ってずらかるぞ。銃声を聞かれたかもしれねぇ」

 

 

 遺伝子操作によって生まれた存在であるため、倫理的に問題があると異を唱える者(純身主義者)も居るが、当時の逼迫(ひっぱく)した状況でそういった事を考慮することは困難であり、早急に人類の進化を強いられていた事情を鑑みると、止むを得なかったというのが定説である。

 

 

「どうした?」

 

 

 サイのような皮膚が丈夫な生物の遺伝子が組み込まれたデミヒューマンは衝撃や裂傷に強く、蜥蜴や山椒魚などの遺伝子と組み合わされたデミヒューマンには治癒能力が優れている種も存在する。

 

 

「コイツ、全然金持ってねえ」

 

 

 とはいえ、いかに優れているとはいえど、その能力は人間の延長線上であり、基となった生物そのままの能力を有している訳では無い。

 

 

「はぁ!? あの野郎ホラ吹きやがったな!」

 

 

 頑丈なデミヒューマンでも拳銃による至近距離からの射撃を防ぐことは不可能であり、心臓や大脳といった重要な器官が激しく損傷すれば、優れた治癒能力もかなわず死に至る。

 

 

「……仕方ねえ、今回は外れだ。行くぞ」

 

 

 故に男達は気づかなかった。

 

 

 

 裏路地を去ろうとする彼らの背後で、黒い影が音も無く起き上がった事に。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ルイはベッドに横たわる人影を見ながらため息を漏らす。

 

 

「……全く、一体どうしたらこんな事になるんだい?」

 

 

 ベッドの上には気絶した3人の男達がおり、いずれも全身の至る所に包帯が巻かれている。

 唯一包帯が少ない顔も、目の上や頬は内出血によって青く腫れあがっていた。

 

 

「俺様は悪くねえぞ。というか、先に言うことがあんだろ」

 

 

 ルイの隣で同じく男達を眺めていたシグマは、自身の(ひたい)を指差しながらルイへと顔を向ける。

 その黒い頭には、ガラスに石を投げたような白い蜘蛛の巣模様が浮かび上がっていた。

 

 

「なんだ、私に心配してほしかったのかい?」

 

「別にそうは言ってねえ」

 

 

 からかうような笑みを浮かべるルイに対し、鬱陶しいといった様子で返すシグマ。

 それを見たルイの笑みは、安堵と呆れが入り混じったものへと変化した。

 

 

「……心配はしてたさ。君がこの3人を病院送りにしたと聞かされるまではね」

 

 

 そう言いながら、ルイはシグマの頭に触れると「それにしても」と続ける。

 

 

「3対1とはいえ、君が手傷を負うとは意外だね。結構な手練れだったのかい?」

 

「2人組だと思ったら3人目がチャカ(拳銃)持ってやがったんだよ。分かってりゃ避けれた」

 

 

 鼻を鳴らしながらシグマは答えると、自身の頭に添えられていたルイの手を払い除ける。

 

 

「それに、こんなの半日も経てば消える。掠り傷だ」

 

「そもそも、君なら撒くくらい訳無いだろう。なぜ相手にしたんだい?」

 

 

 また挑発に乗ったのかと訊ねるルイに対し、シグマは不本意そうに返す。

 

 

「違え。コイツ等、最初から俺様目当てだったんだよ」

 

「……君目当て?」

 

 

 ルイは思わず聞き返す。

 

 

「俺様がカジノで稼いでいたのを知って狙ってきたらしい。が、俺様は店でコイツ等を見てねぇ。誰から聞いたか聞き出そうと――」

 

 

 シグマが話を続けようとした時、病室の扉が勢いよく開け放たれた。

 

 

「いやぁ、災難だったねシグマさん。ようやく確認がとれたよ」

 

 

 そう告げながら現れたのは官帽を被った中年の男性。その胸元には、ラクルガム都市圏警察のバッヂが輝いていた。

 男性は病室の中へと入ってきたところでようやくシグマの隣に居たルイの存在に気づく。

 

 

「おや、こちらの方は……」

 

「初めまして、ルイ・クロエダです」

 

 

 男性の疑問に答えるように、ルイは椅子から立ち上がり挨拶をする。クロエダ探偵事務所と書かれた名刺も手渡した。

 

 

「ご丁寧にどうも。俺はデヴィッド・カールソン。ラクルガム署で警部補をしている」

 

 

 そう名乗ったカールソンはルイをまじまじと見つめた後、「なるほど」と呟く。

 

 

「貴女がシグマさんの言っていた『ルイ』さんか」

 

「おや、シグマが私の事を?」

 

 

 ルイは訊ねながらシグマの方を見る。シグマはカールソンと目を合わせると、無言の圧を放ちながら首を軽く横に振った。

 

 

「ああ。君の事、とても自慢してたよ。とても聡明で頼りになるとね」

 

 

 しかし、カールソンの返答はその合図を無意味にするどころか、シグマの予想の斜め上のものだった。

 

 

「ハァ!? デタラメ言うな下等生物!」

 

「大体そんな感じじゃなかったか?」

 

「耳が腐ってんのか?」

 

 

 朗らかな表情で話すカールソンに対し、憤慨するシグマが詰め寄ろうとするが、間にルイが入り込んだ。

 

 

「シグマが私の事をなんと話したのかは気になるところだが……カールソン警部補。先程仰っていた確認が取れたというのは?」

 

 

 ルイがそう訊ねつつ余っていたスツールを差し出すと、カールソンはスチール脚にビニールが貼られただけの安っぽいそれに腰掛けた。

 

 

「あぁ、それは……彼らの身元だ。全員、窃盗や傷害の前科があった」

 

 

 そう簡潔に答えると、カールソンはベッドに横たわる3人を見ながら仔細を語り始めた。

 

 銃声が聞こえたという通報を受けてから向かった警官が目にしたのは路地裏に倒れ伏した2人の男と、もう1人の男の胸倉を掴むシグマだった。

 シグマは正当防衛を主張したが、状況的にどちらが被害者であるかの判断が難しかった為、主張の信憑性が明らかになるまでの間、病院での待機を要望されていたのである。

 調査の結果、男達にはそれぞれ複数の逮捕歴が存在し、盗みの常習犯であると判明したのであった。

 

 

「加えて彼らの住居を家宅捜索した結果、出所不明の大金が出てきた。余罪を含めて調査中だが、ここまで裏が取れればシグマさんは被害者と見て間違いないだろう」

 

「……大金?」

 

 

 ルイは思わずカールソンの言葉を繰り返した。

 

 

「ああ、150万ドル近い現金が鞄に入ってたそうだ。普通じゃない」

 

「ほらな、だから言ったじゃねえか」

 

 

 疑いが晴れたシグマがそう言って得意そうな顔をすると、横のルイが「シグマ」と名前を呼んで(たしな)めた。

 

 

「ご迷惑おかけしたのは事実だ。結果的にだが、犯人逮捕に大きな貢献もしてもらったしな」

 

 

 後ろ頭を掻き、苦笑いをしながらそう返すカールソン。

 

 

「無理にシグマの肩を持つ必要はありませんよ。()()()()()()()から良かったとはいえ、銃を持った相手に立ち向かうのは無謀と言わざるを得ない」

 

 

 それを聞いたシグマはなにか言いたげな顔をしていたが、実際に口を開くことはしなかった。

 ルイはそのままカールソンへと質問をする。

 

 

「彼らへの聴取は?」

 

「もちろん行う予定だが、まだ目覚めない上にもうこんな時間だ。明日か、それ以降になるだろうな」

 

 

 そう言いながらカールソンは窓の方をちらりと見る。既に陽は沈み、外の景色は闇に覆われていた。

 

 

「という事で、もう帰って頂いて大丈夫だ。強制ではないにも関わらず、遅い時間まで協力していただいたシグマさんには感謝してるよ」

 

「よく言うぜ。もし俺様が拒否していたら監視を付けるつもりだったんだろ? それも正確じゃねえか。どうせ俺様達が今日どのホテルを予約しているかまで、既に調べてるんだろうからな」

 

 

 シグマの矢継ぎ早な憎まれ口に対し、カールソンは申し訳なさそうな表情をしていたが、内容については否定も肯定もしなかった。

 その様子を見ていたシグマはフンと鼻を鳴らしたあと、椅子から立ち上がって病室を去ろうとしたが、ルイに片腕を掴まれる。

 

 

「もしよろしければ、明日以降の聴取の際に我々も同席しても?」

 

「はぁ?」

 

 

 カールソンへ向けられたルイの質問に対し、真っ先に反応したのはシグマだった。

 その表情から心底面倒臭がっている事は明らかだったが、腕を掴んでいたルイと目が合うと舌打ちをしながら目を逸らし、諦めたように黙り込んだ。

 

 

「当事者が揃っていたほうがこちらとしても都合がいい。むしろ、良いのか? 拠点はニューヴィークの方じゃ……」

 

 

 手に持ったルイの名刺を見ながら話すカールソン。

 

 

「心配はありませんよ。今週いっぱいはこちらに滞在する予定でしたから」

 

 

 そう告げたルイは一度シグマに視線を送ると、カールソンの方へと向き直り「そろそろお暇しましょう」と口にした。

 

 

「では、また後日」

 

「ああ」

 

「…………」

 

 

 立ち上がり一礼をして病室を後にするルイに対し、続くシグマは猫背でレザージャケットのポケットに手を突っ込んだまま、カールソンの方を見ることすらせず立ち去った。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 シグマは夜道を往くルイの後ろ姿を眺めていた。

 車道を次々と通り過ぎる車のヘッドライトに照らされ、その影が前から後ろへと繰り返し流れる様子が、歩道に映し出される。

 

 

(さっき)は色々と言ってしまったけど、今日はお手柄だったね」

 

 

 ルイが背中越しに語り掛ける。

 素直な賞賛の言葉に対し、シグマは問いかけで返す。

 

 

「……どういうつもりだ」

 

「どう、とは?」

 

 

 訊き返すルイに対し、シグマは舌打ちをすると「分かってんだろ」と小声でぼやく。

 

 

ポリ(警察)の言ってたアイツ等の家から見つかったって(カネ)の事だ」

 

「……確かに、その可能性は高い。偶然というには無理があるだろう」

 

 

 シグマの考えている事を予測した上で、肯定するように答えるルイ。それを聞いたシグマはその背中を睨みつけた。

 

 

「なら、今回の依頼は達成だ。これ以上首を突っ込む必要はなかったろ」

 

「ギャリティを後にしたザック氏は、手に入れた希望とも言える大金を強盗に奪われ、再び絶望し自殺した……確かにこれなら、遺体発見現場に大金が無かった理由も説明がつく」

 

 

 ルイは淡々と当時の状況を整理するように話す。しかし言葉とは裏腹に、あえてわざとらしく説明した時点で、その考察を彼女は暗に否定していた。

 ルイはそこで後ろを振り返り、シグマと顔を合わせる。

 

 

「君は、ギャリティで目立っていた自覚はあるかい?」

 

 

 ルイは唐突に脈略を無視した質問をした。

 シグマは質問された瞬間、スティーブンに絡まれた記憶がよみがえってきた。

 あの時気づかなかっただけで、彼以外にも自分に目を付けていた人物が居たのかもしれないとシグマは考える。

 

 

「……多少は」

 

「なら、私の目的も分かるだろう?」

 

 

 渋々といった様子で答えたシグマに対し、挑発的に問いかけるルイ。

 

 

「アイツ等の仲間……俺様の事をチクった()()を見つけるつもりだろ」

 

「ご名答。……まあ、()()とは限らないが」

 

「分からねえのは、その理由だ。たかが強盗仲間をパク(逮捕す)るために時間を使う意味は無え。そこはポリの領分だ。お前のお人好しに付き合うつもりは無えぞ」

 

 

 吐き捨てるように言うシグマに対し、ルイは目を閉じて軽く頷いた。

 一拍置いて目を開けると、親指を立てながら喋り始める。

 

 

「私が聴取への同席を決めた理由は3つある。1つ目は、彼らがザック氏から金を奪ったという確証をなるべく早く得るため。聴取の結果だけを後から聞くことも可能だが、依頼人を待たせる時間は少ない方が良いだろう?」

 

 

 そこまで言い終えると、ルイは次に人差し指を立てる。

 

 

「2つ目。これは勘だが……今回の依頼、何か違和感がある。彼らに君の情報を伝えた人物を知ることが出来れば、何かの取っ掛かりになりそうな気がするんだ」

 

 

 シグマはそれを聞き、呆れたような顔をする。

 

 

「根拠の無え話だ。だが……」

 

 

 実のところ、ルイのそういった勘が的中する事は往々にしてある。

 しかしそのような論理を欠いた蓋然性に縋る事を、シグマは良しとしていないために言い淀んだ。

 

 

「だが?」

 

「……何でもねえ。3つ目は?」

 

 

 シグマは誤魔化すように続きを催促する。

 

 

「3つ目は……」

 

 

 言いながら、ルイは人差し指と中指を揃え、シグマの額へと向けた。そのまま手首を軽く跳ね上げ、銃を撃つジェスチャーをした後、こう続ける。

 

 

「君が撃たれたというのに、何もしないでいられる程、私も冷静ではなかったというだけだよ」

 

 

 そう言って顎を引いたルイは、サングラスの隙間から琥珀色の瞳でシグマを見た。

 直に目が合ったシグマは、居心地が悪そうに目を逸らすと、「チッ」と舌打ち(了承)したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ところで」

 

 

 しばらく2人は会話をすること無く歩いていたが、思い出した様にルイが訊ねる。

 

 

「君に渡した軍資金だけど、幾らになったんだい? 君なら減らすことはないだろうとは思っていたが、まさか強盗に狙われるほど増やすのは、流石に私も予想外だったよ」

 

「よく数えてねえが、70クレジットは超えてたんじゃねえか」

 

 

 シグマが興味なさげに答える。

 

 

「それは良かった。今回の依頼は移動費だけでもそれなりにかかっているし、調査費用が増えるのは嬉しい誤算だ」

 

 

 そう言って、シグマの方に手を出すルイ。

 しかしシグマはその手を見つめるだけで、何も乗せようとはしない。

 

 

「……いや、無えぞ」

 

「何?」

 

「持って帰ってこいとまでは言ってなかっただろ。邪魔だったから、店を出る直前に適当なスロットに全部ぶち込んできた」

 

 

 それを聞いたルイは、病院から電話がかかってきた時でさえ見せなかった、意表を突かれたような表情を見せた。

 

 

「……しばらくは、甘い物はナシだね」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 消灯時間を過ぎ、暗く静かになった病室で男は目を覚ました。

 

 

「ここは……」

 

 

 困惑しつつも起き上がろうとするが、全身に走った鈍い痛みがそれを阻んだ。

 しかし、それがきっかけでここに至るまでの過程を男は思い出す。

 

 

「そうだ、アイツが……」

 

 

 と言いかけた所で、男はベッドの(かたわ)らに人が立っていることに気づいた。

 

 

「だ、誰だっ!?」

 

「……」

 

 

 男が大きな声を上げそうになると、その人物は手袋をした手で男の口を塞いだ。

 男はパニックになりかけたが、その顔をよく見てみると男の知るものであることに気づく。

 男が落ち着きを取り戻したのを確認すると、その口は開放された。

 

 

「お前……話が違うぞ! アイツは金なんて持ってなかった! その上9mmでドタマぶち抜いたってのに、生きていやがった! あの化け物は何なんだ!」

 

「……」

 

 

 男は口が解放されると、まくし立てる様に枕元の人物に詰め寄るが、声を掛けられた当人は沈黙を貫いていた。

 

 

「……まあいい、とりあえず俺達がここから逃げるのに手を貸せ。こうなったのもお前のせいだ。これくらい協力……おい、なんとか言ったらどうなん──」

 

 

 そこで再び男の口が塞がれる。

 先程と異なるのは、塞いだのが手袋ではなく折りたたまれた白いハンカチであったことである。

 

 

「────!」

 

 

 男はしばらく抗議するように藻掻きながら暴れていたが、次第にその動きは鈍くなり……

 

 

 

やがて、動かなくなった。

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