クロエダ探偵事務所   作:向花いかく

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第6話「Reaper」

 

 

 翌日、ラクルガム警察署の正面玄関から現れたのはルイとシグマの二人。

 額の蜘蛛の巣模様はすっかり無くなり、いつも通りの不機嫌顔なシグマに対し、ルイは珍しく神妙な面持ちだった。

 

 

「チッ……もう昼過ぎじゃねえか。手間取らせやがって」

 

「仕方ない。これでも、カールソン警部補のお陰で早く開放された方だろう……」

 

 

 愚痴を垂れるシグマをルイは宥めるが、その言葉に覇気は無い。

 

 

「あー腹が減った。先ずは昼メシだ昼メシ」

 

「ああうん、そうだね」

 

「……」

 

 

 生返事をするルイに、シグマは舌打ちしてため息を吐いた。

 

 

「……お前、しょうもない事考えてるだろ」

 

 

 それを聞いてルイはようやくシグマと目を合わせたが、すぐに視線を伏せて呟いた。

 

 

「……私のミスだ」

 

「んなわけねえだろ。思い上がるなよ」

 

 

 シグマは即座に否定したが、ルイは片手で顔を覆いながら話し続ける。

 

 

「口封じの可能性を考慮しなかったわけではない。しかし、病院……それも警察の目もある環境で実行されることはないだろうと可能性を切り捨ててしまった」

 

「答えが出てるじゃねえか。ポリ(警察)が無能だっただけだ」

 

「だが私は……」

 

「ゴチャゴチャごちゃごちゃ五月蝿(うるせ)えな。クズが3人死んだだけだろ。さっさと切り替えろ」

 

「クズって、いくら被害者とはいえ君ねぇ……」

 

 

 呆れたようにルイは眉尻を下げる。

 

 

「フン。俺様を襲った下等生物に相応しい末路だ」

 

「……先程、君の潔白を主張していた私の判断を疑いたくなってきたよ」

 

「別に助けろと言った覚えは無えぞ」

 

「ああ、確かにそうだね。後悔し始めているところだ」

 

 

 ルイはそう言いつつも、昨日までと変わらぬ遠慮の無いやりとりに釣られてか、ルイの顔の強張りは解けつつあった。

 

 

 ──これは君なりの励ましかい?

 

 

 本人に言えば確実に今以上に不機嫌になるであろうその問を、ルイが口にすることは無かった。

 

 

「あ? んだよ?」

 

「……いいや。なんでもない」

 

 

 そう言いつつも見つめてくるルイに対し、シグマは舌打ちをしながら「気色悪ぃ」と顔を逸らす。

 

 

「確かに、切り替えが必要という点については賛成だ。この件が今回の依頼と関係があるかは不明だが、彼等は明らかに他殺だった」

 

 

 そう言うとルイは、先程警察署で見聞きした内容を整理し始めた。

 

 

 

 殺害されたのは、ディック・ベネット、テレンス・W・ジュニア、ビリー・J・ベイバーの3名。

 昨日シグマを襲って返り討ちに遭い、気絶させられていた強盗未遂犯である。

 今朝、ベッドの上で死亡しているのを病室に訪れた看護婦に発見された。

 死亡推定時刻の前後は病室の前にいた見張りの交代時間と丁度重なっており、何者かが出入りした可能性は無くはないという。

 しかしいずれの遺体も、シグマが与えた以外の外傷は増えておらず、毒物等も検出されなかった。

 警察でも明確な死因は特定できず、他殺ではなく怪我による衰弱死が疑われたため、参考人としてルイとシグマは朝からラクルガム警察署に呼び出されていたのである。

 

 ルイは現場の写真から、ディック・ベネットのシーツにだけ若干の乱れがあったことを指摘し、彼が死亡前に一度覚醒していた、若しくは病室内に誰かが侵入していた可能性が高く、衰弱死であった場合あり得ないと主張した。

 彼等を診察した医師やカールソン警部補の後押しもあり、ルイの主張は認められ、ようやく解放されたのであった。

 

 

「状況証拠から、おそらく毒殺の可能性が高いだろうとは言っていたが、遺体から毒物は検出されなかったというのも事実だ」

 

「証拠が残らねえ毒を使ったんだろ」

 

 

 口を挟んだシグマに対してルイは首肯しつつも、その表情は完全に同意する様なものではなかった。

 

 

「確かに、死亡後に自然に分解されるような毒を使った可能性はある。いずれにせよこれ以上調べようのない死因をいくら推察しても答えは出ない。注目すべきは、その証拠の少なさだ」

 

 

 そこまで足元を見つめながら歩いていたルイは顔を上げ、シグマを見て問いかけた。

 

 

「彼ら3人を殺した人物……仮に"黒幕"と呼ぶが、その犯人像はどんなものだと思う?」

 

 

 シグマは僅かに考える素振りを見せたあと、結論を出した。

 

 

手練(てだ)れ……って事だろ」

 

「ああ。少なくともこれは、強盗という突発的で証拠が残りやすい犯罪を行っていた彼らの仲間が行ったものとは考えられない。もっと狡猾で用意周到、計画的な犯行だ」

 

 

 シグマの答えに同意し、ルイは続ける。

 

 

「"黒幕"が今回の実行犯なのか、更にそれを指示していたのかは不明だが……少なくとも警察、若しくは病院関係者か、それらと繋がりがある人物と見て良いだろう」

 

「"黒幕"とやらは、よっぽど正体がバレるのが怖いらしいな」

 

 

 シグマは半ば馬鹿にしたような口調で言った。

 しかし、それを聞いたルイは首を横に振る。

 

 

「いや、"黒幕"の行動は正体の発覚を恐れてのものではない。このような犯行を行える人物が、彼らへ強盗を指示した際に易々と正体を知られるような真似はしないだろう」

 

「はあ? なら奴らを口封じする理由が無えじゃねえか」

 

 

 ルイの考察に対し、シグマが疑義を唱えた。

 一歩前を歩いていたルイは、これを受けてしばらく黙っていたが、背中を向けたまま質問で返した。

 

 

「……君はこの殺人が、何のために行われたと考える?」

 

「そりゃあ、俺様から金を奪うよう指示した"黒幕"が、パク(捕まえ)られちまったアイツ等の口を…………ん?」

 

 

 そこまで言いかけたシグマが口を止めて首を傾げる。

 

 

「気づいたかい?」

 

「そもそも俺様を襲う理由が、無え……」

 

 

 見張りの交代のタイミングを把握していた事や特殊な毒物を使用した可能性を考慮すると、3人の殺害を企てた人物の社会的地位は決して低くない。

 強盗という行為の主目的は金品を奪う事、つまりその犯人像は金を必要としている人物ということになるが、これは黒幕のそれと一致しない。

 むしろ、その手段を悟らせず3人を殺害することに対し、糸目をつけていない。

 

 

「昨日、君がギャリティを去る時にお金を持っていなかったと聞いて、僅かに疑問を感じていたんだ。……だが、"黒幕"は君がクレジットを使い果たす所を見ていなかったのだろうと思っていた」

 

 

 駐車場へとたどり着いたルイ達は、話しながらトラックの駐めてある区画まで更に歩いてゆく。

 

 

「待て、その言い方だと"黒幕"の目的は……」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 カーゴトラックへ辿り着くと、それぞれが運転席と助手席に乗り込む。

 シグマはキーを回し、電源を入れる。予熱表示灯の消灯を待ちながら、ルイに目を向けた。

 ルイはシグマと目が合っていることを確認すると「これは推測だが」と前置きしてから言う。

 

 

「"黒幕"が彼等に命じたのは金品の強奪ではなく、君の殺害だ」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「もちろん強盗の実行犯である3人の目的は、君が持っていると伝えられた大金だっただろう。だが、殺して奪えという指示だったとすれば……」

 

「"黒幕"が知られたくなかったのは、その指示の内容って事か?」

 

 

 ルイは無言で頷いた後、話し始める。

 

 

「おそらく彼らは、強盗が成功していたとしても殺害されていただろう。"黒幕"に指示された時点で、既定事項だった可能性が高い」

 

「だが何故俺様を? まさか……」

 

「いや、君の殺害()()()()が目的ではなかっただろう」

 

 

 ルイはシグマが口にしようとした内容を察すると、先回りして回答する。

 

 

「なぜそう言える?」

 

あの程度(拳銃)で君を殺せると思っていた相手だ。君に少しでも詳しければ50口径のライフルぐらいは持たせるだろう」

 

「そういや……」

 

 

 シグマは客引きに扮したビリー・J・ベイバーに、デミヒューマン(下等生物)と呼ばれた事を思い出す。

 

 

「つまり、君が狙われた理由は──」

 

 

 その時、車載電話のベルが鳴った。

 

 

「こちらクロエダ探偵事務所」

 

 

 ルイは会話を即座に切り上げ、受話器に向けて応える。

 

 

『ルイさん! ようやく繋がった……!』

 

 

 受話器から漏れてきた喜びと安堵の声を聞いて、隣のシグマは顔をしかめた。

 

 

「カイト君か。すまない、今朝は少し予定外の出来事があって電話を取れなくてね」

 

『予定外……?』

 

「ああ。もしかするとそのうち君の耳にも入ってくるかもしれないが……今は説明を省こう。わざわざ連絡してくれたという事は、お願いしていた件かい?」

 

『はい! マーサ・オケイン・スタインさんは、ウィードフラットに住んでいるそうです。住所は……』

 

 

 そう言って、カイトはルイに住所を伝える。

 スタインという名字の通り、マーサは今回の依頼の発端であるザックの妻であった。

 

 

「ウィードフラット……家を出ていったと聞いていたが、思ったほど遠くへ行ったわけではなかったようだね」

 

 

 ウィードフラットはラクルガムの北東に位置する都市であり、その間の距離は車で2時間程。

 

 

「ありがとうカイト君。昼食を食べたら早速訪ねてみることにするよ」

 

『どういたしまして! 僕も昼休憩がそろそろ終わるので、そろそろ失礼します。では!』

 

 

 カイトの朗々とした挨拶を最後に通話は切れた。

 

 

「……ええと、君が狙われた理由についてだったね」

 

「もういい」

 

 

 受話器を置いたルイは通話の前の内容に戻ろうとしたが、シグマはそれを制止した。

 

 

「どうせまたお前の中で何か思いついたんだろうが、俺様は興味無い」

 

 

 「先程までは興味津々だったじゃないか」という言葉がルイの喉から出かかったが、カイトに会話を中断されたことで不機嫌になっているのだろうということは容易に想像がついた。

 

 

「メシ食いに行くんだろ。さっさとベルト締めろ」

 

「分かった。だが、その前に1つだけ聞いておきたい事がある」

 

 

 人差し指を立てたルイがそう言うと、シグマはうんざりとした表情を見せつつも「ンだよ?」と応える。

 

 

「君は昨日、ギャリティで何か有力な情報を得てはいないかい?」

 

「けっ……別に何も無えよ。お前の予想通りだろ」

 

 

 苛立ちを隠そうという姿勢は全く感じられない態度ではあるものの、シグマは率直に答える。

 

 

「死んだ奴について知ってる客はゼロ。んでもってそいつと会ったっつぅオーナーの野郎は不在で会えもしなかった。……そういや、依頼人の女とも少し話したな」

 

「エリカさんと?」

 

「オーナーが居ねえ事もアイツから聞いた。いろんな事業やってて凄えだとか熱弁してたが……そんくらいお前は調べてんだろ」

 

 

 そう言いながらシグマはキーを回し込むと、始動したエンジンが小刻みに車体を揺らした。

 

 

「ああ、私にも会う手段は無い。というより、私の知る限り最も新しい彼の情報はエリカさんのものだ」

 

「あん? 有名人なんだろ? 会えねえってのは分かるが、何処に居るのかすら分かんねぇのか?」

 

 

 シグマが怪訝そうに訊ねると、ルイは頷いた。

 

 

「彼の最近の動向はあまりオープンになっていないんだ。新聞などを遡ってみたが、半年ほど前の遺跡発掘への出資を最後にメディアへの露出を絶っているらしい」

 

「遺跡ィ? 考古学者の真似事までやってんのかソイツは」

 

「遺跡といっても、そこまで古いものじゃ無い。旧文明の崩壊した施設から物資を発掘するんだ」

 

 

 「このトラックだって、元はそうした旧文明の軍のものだよ」と言いながら、ルイはダッシュボードをポンポンと叩く。

 

 

「どうりで性能が低いわけだな。──で、お前が聞きたかったのはこんなどうでもいい事だけか?」

 

「そう悪く言う必要はないだろう。君も、このトラックもね。情報を得られなかったということもまた、重要な情報だ」

 

「……調子のいい事しか言えねえのかテメェは?」

 

 

 シグマは溜息を吐きながらアクセルを踏み込み、トラックを発車させる。

 

 

「とんでもない。本心だよ」

 

 

 そう答えたルイの表情は、サングラスで目元を隠したいつも通りの微笑だった。

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