クロエダ探偵事務所   作:向花いかく

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第7話「Realize」

 

 

 ルイとシグマがウィードフラットへと着く頃には陽は大きく傾き、2人がカイトから伝えられたザックの妻──マーサ・オケイン・スタインの住所へと辿り着いた頃には、濃紫の空に浮かぶ雲は黄金色に染まっていた。

 

 

「ごめん下さい」

 

 

 ルイが呼び鈴を鳴らしながらそう声を掛けると、家のドアが開いた。

 中から現れたのは女性ではなく、若い青髪の青年。

 

 

「はいはいどちら様……って探偵のお姉さん?」

 

 

 2人の顔を見るなりそう発した青年の顔には、ルイも見覚えがあった。

 

 

「君は、ダイナーの……」

 

「ショウ・ライカって言います。昨日は自己紹介とかする感じじゃなかったっすもんね」

 

 

 そう名乗った青年──ショウは首の後ろに手を当てつつ訊ねる。

 

 

「どうしてウチに? てか家の場所教えてないですよね?」

 

「突然すまない、電話で事前にお伝えするつもりだったんだが、繋がらなくてね。住所は別の人から聞いたんだ」

 

 

 ルイがそう答えると、ショウは合点がいった様子で口を開く。

 

 

「あー……ウチ、最近こっちに越してきたんすけど、その直後から電話線が切れちゃって、今電話使えないんすよ」

 

 

 かれこれ1ヶ月もこの状態だと愚痴をこぼすショウに、ルイが問いかける。

 

 

「ここにはマーサ・オケイン・スタインという女性が住んでいると聞いて来たのだが……何故君が?」

 

 

 ルイは朗らかな雰囲気を崩さずに訊ねていたが、僅かに後退りした左足は、相手に悟られない範囲での警戒を示している。

 しかしそのような繊細な気配りは、露骨な態度で敵意を顕にする隣の助手によって完全に無駄となっていた。

 

 疑念の目を向けられていると理解したショウは、困惑した様子を見せながらも答える。

 

 

「えーっと、マーサは俺のお袋なんすけど……今は出かけてるんで」

 

「だが、先程君はライカと名乗らなかったかい?」

 

「あー……ライカはお袋の旧姓で、今はマーサ・オケイン・ライカって名乗ってるんすよ。ひと月くらい前に、親父と色々あって……」

 

 

 そう答えるショウからは気まずさが感じられるものの、動揺は見られなかった。

 

 

「……君はお父さんの事について、どのくらい知っているんだい?」

 

「気を遣う必要は無いっすよ。親父が会社でバカな事して、自殺したって事まで全部知ってます」

 

 

 最悪の場合、父親の死について今この場で知ることになるという事をルイは危惧していたが、ショウの態度は事情をある程度受け止めた上である事が判る。

 

 

「親父の事について訊いてくるって事は、お姉さ……クロエダさんが来たのもそれが理由すか」

 

 

 ショウのこれまでの様子からルイは、彼が父親の事をあまり良く思っていないという事が窺えた。

 

 

「ルイで構わないよ。確かに私達の調べ物は君のお父さんに関する事だが、もしかすると君が予想している内容とは少し異なるかもしれないな」

 

 

 それを聞いたショウは疑問符を浮かべ、首を僅かに傾げた。

 

 

「……どういう意味っすか?」

 

「詳しい話は、マーサさんが帰宅してからの方が良いだろう」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「それじゃあ親父は……」

 

「詳細は伝えられないですが現状、彼の死が自殺でないという可能性を示す根拠は依頼人であるエリカさんの証言のみ。とはいえ、ザックさんの解雇理由は依然として不明確な上に、この件の調査を始めてから我々の周りで不可解な事案が度々起きているのもまた事実」

 

 

 ルイがこれまでの経緯を語り終える。

 マーサが帰ってくる前から退屈そうにしていたシグマは、部屋の隅で棚に寄りかかって立ったまま眠っていた。

 ショウの隣に座っていたマーサは依然として言葉を発さなかった。

 その様子を見たルイは、サングラス越しに目を合わせて問いかける。

 

 

「マーサさん。貴女がザックさんの元を離れ、ショウ君と共にこの地へ引っ越してきたのは、彼が亡くなる前……でしたね?」

 

「……」

 

「彼は機密情報の漏洩について、終始否定していたはずです。少々酷な言い方かもしれませんが……何故彼の言い分を信じなかったのですか?」

 

 

 そう訊ねられ、俯いていたマーサの肩が跳ねた。

 ルイがその姿を暫く見つめながら調書用のメモ帳を取り出していると、マーサは漸く口を開いた。

 

 

「あの人はしばらくの間、解雇された事を私に秘密にしていたんです」

 

 

 クビになったという事実を自らの家族に告げるのが、ザックにとって辛い事であったというのは想像に難くない。

 それを先延ばしにしたことが彼の言葉の信憑性を下げてしまったのだろうかとルイは考えるが、そこで新たな疑問が浮かんだ。

 

 

「……貴女は、彼が解雇された事を事前に知っていたのですか?」

 

「2カ月くらい前、RRR(アールキューブ)の人が訪ねてきて──」

 

 

 マーサがそう言った瞬間、ルイは僅かに眉をひそめたが、そのまま聴くこと選んだ。

 

 

「あの人が機密書類を盗んだ可能性があるから、書斎を見せて欲しいと言ってきたんです」

 

「それに応じたのですか? 警察の家宅捜索では無いのですから、応じる必要は無かったでしょう」

 

 

 ルイの指摘にマーサは心苦しそうな表情を浮かべる。

 

 

「実は私も、少し引っかかっていた事があったんです」

 

「……というと?」

 

「会社の人達が訪ねてくる少し前に、あの人が結構な額のお金を現金で持って帰って来たことがあったんです」

 

 

 全く予想していなかった話題が飛び出し、メモをしていたルイの手が思わず止まる。

 

 

「その時は、付き合いで行ったカジノでたまたま勝てたと言っていました。でも──」

 

「もしかしたら、と?」

 

「……はい」

 

 

 当時のマーサの内心には、夫が私欲の為に悪事に手を染めておきながら、何事もないかのように振る舞っているのではないかという不信感が存在していた。

 

 

「彼等の調査で、何か証拠となるようなものは見つかったのですか?」

 

「いえ、家の中で写真を何枚か撮っていったぐらいでした。ただ、警戒される可能性があるので、此処に来たことはあの人には言わないで欲しいと」

 

 

 マーサの家を訪ねてきたのは、本当にRRRの人間だったのか。

 

 

「写真、ですか。具体的にはどの辺りを撮っていたんです?」

 

「あの人の書斎にあったデスクと……そこの棚ですね」

 

 

 そう言ってマーサはリビングの隅に視線を向け、ルイもそれを追う。

 

 

「棚の内容は当時とは違いますか?」

 

「いえ、引っ越す時に一度(から)にしましたが、概ね同じなはずです」

 

 

 マーサの答えを聞き、ルイは棚に置かれたものに1つずつ目を通していく。

 背表紙に年月日が記されたアルバム、年代物の旅行雑誌、映画のパンフレット。その隣にはお土産と思しき置物に……眠っているシグマ。

 同時に、張りつめた雰囲気を破るように気の抜けた欠伸の音が響いた。

 

 

「ん? なんで揃いも揃って俺様を見ていやがる?」

 

 

 苛立ちか眠気か、半眼で周囲を見回すシグマに対し、ルイは

黙って首を振った。

 シグマは動かしていた視線が自身の背後まで辿り着くと同時に、ルイの意図を察する。

 

 

「少しずれてくれればいいよ」

 

 

 最早シグマにとって寝起きに欠伸をするように、ルイの指示に従いながら舌打ちと溜息を漏らすのは当然のことになっていた。

 

 シグマが棚の前から移動すると、背後に置かれていたのは蓋が開きっぱなしになった小さな箱……そして、その内側に詰まったクッションと指輪だった。

 

 

「私のです。家事する時は外す必要があるので、毎日着けていたのは新婚の頃だけでしたよ」

 

 

 マーサが指輪を寂しさの籠もった目で見つめながら言う。

 ルイはそれを聞き、RRRでレジーが話していた事を思い出していた。

 

 

「……ザックさんのものは?」

 

「あの人は仕事に行くときも毎日着けてました。……でも、あの日は着けて無かったと警察の人が言ってました」

 

 

 ルイはそれを聞き、カイトから聞いたザックの遺留品を思い起こす。

 衣類、腕時計、靴、財布、ビジネスバック……確かに結婚指輪は無かった。

 

 

「ええ、私もそう聞いています……」

 

 

 微かな違和感。しかし、それ以上の何かをルイは見つけられずにいた。

 

 

「──なんだ? 流行ってんのかコレ?」

 

 

 唐突な呟きにルイが視線を手元から上げると、シグマがマーサの指輪を箱から取り出してつまみ上げていた。

 

 

「また君は、勝手に……」

 

 

 シグマを戒めようとしたルイの言葉は途中で消え、疑問へと変わる。

 

 

「……何が流行ってるって?」

 

「だからコレだっつってんだろ。昨日全く同じの見たぞ」

 

 

 シグマが指輪をつまんだまま、くるくると回しながら言う。

 すると突然マーサが立ち上がり、シグマに向かって問いかける。

 

 

「それに嵌まっていた宝石は、緑色でしたか!?」

 

 

 シグマは自身が持っている指輪を今一度見るが、そこには小さな赤い宝石が埋め込まれている。

 

 

「違え、コレと全く同じだ。他の指輪も着けてたが、緑は無かった」

 

「……なら、きっと見間違いですよ。それはオーダーメイドのペアリングですから」

 

「ああ? 俺様の目が信じられねえってのか?」

 

 

 憤るシグマとマーサの間に、ルイが割って入った。

 

 

「邪魔すんじゃ──」

 

「シグマ」

 

 

 ルイが言葉を遮り、名前を呼ぶ。

 その表情を見たシグマは睨みつけながらも「……なんだよ」と次の言葉を待った。

 

 

「君が昨日見たという指輪を着けていた人物、こんな顔だったかい?」

 

 

 そう言ってルイは懐から一人の男が写った写真を取り出した。

 写真の男はシグマの印象にある派手な服装とも異なり、一目で感じた軽薄そうな 雰囲気すら纏っていなかったが……その顔は、あの時サングラスを外した一瞬だけ見えた素顔──スティーブンのものと一致していた。

 

 

「なんでお前がアイツの写真を持ってるんだ」

 

「それは、肯定と捉えて良いのかな?」

 

「──ああ」

 

 

 シグマの返答を聞いた瞬間、天を仰ぐルイ。

 その反応を見ていたショウは、思わずルイがシグマに見せた写真を横から覗き込んだ。

 

 

「これって……ギャリティじゃないっすか」

 

「あぁん? それって……」

 

「彼の言う通り、カジノ『ギャリティ(GARITY)』の支配人兼オーナー、ギルアス・ギャリティだ」

 

 

 ルイはそう答えた後、天井に向けていた顔を下に向けると同時に大きく息を吐いた。

 暫くの間その状態で沈黙していたが、突如何かに気づいた様子で顔をあげ、マーサに問いかける。

 

 

「ザックさんの指輪に嵌まっていた宝石は、緑色だったと仰っていましたよね?」

 

「ええ、そうです……」

 

「その宝石は、このような色では無かったですか?」

 

 

 ルイが懐から取り出したのは、とあるカセットテープ。

 その中に巻かれたテープは、リーフグリーンの輝きを放っていた。

 

 

「こ、この色……! 同じ、同じです!」

 

「ハァ!? テメェこそ見間違えだろ、コイツは──」

 

「いや……バイタルだ」

 

 

 その単語を聞いた瞬間、シグマは閉口した。

 

 

「行こう、シグマ」

 

 

 言いながら、ルイは客間の椅子から立ち上がった。

 シグマは何処へと訊ねることもなく、玄関へ向かう彼女の後ろについて行く。

 

 

「お邪魔しました、マーサさん。少々気がかりな事があるので、お暇させていただきます」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 急な様子の変化についていけていないマーサの横から、ショウが問いかける。

 

 

「あの、バイタルって?」

 

「君のお父さんの指輪に使われていたであろう宝石……鉱石の名前だよ」

 

 

 ショウの問いに簡潔に答えると、ルイはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも以上に乱雑に駐められたトラックから、ルイとシグマが同時に飛び出す。

 しかしながら一歩ごとにその差は開いていき、階段を2歩で登り終えたシグマは真っ先に目的地──エリカ(依頼主)の部屋へとたどり着いた。

 金属製の蝶番がねじ切れる破壊音と共に、シグマは鍵のかかった玄関扉を開ける。

 

 

「おい! 居るか!」

 

 

 (クツ)箱のそばには(カバン)が立てかけてあり、一度外から帰ってきた形跡がある。

 しかし部屋の中には明かりが点いておらず、大声で呼びかけても返事は無い。

 キッチンのシンクの横には飲みかけのコップが置かれている。

 

 シグマがそこまで見終えたところで、ルイが部屋の中へと入ってきた。

 

 

「エリカさんに訴えられたらどうにもならないね、これは」

 

「ふん……いつもの事だろ」

 

 

 玄関の方を一瞥しながら言うルイにそう返すシグマ。

 ルイはそのまま部屋の中を見渡すと、電話台の隅にメモ帳とハサミが置かれている事に気づいた。

 表紙を開けてみれば、一番上のページに切り取られた形跡があある。

 ルイは、ハサミの入っていたであろう電話台の引き出しを開け、文房具等の中から鉛筆を1本見繕う。

 

 

「古典的な手だが、今はこれが一番早そうだ」

 

 

 そう言ってルイが切り取られた部分の下のページを鉛筆で擦ると、『25:00』という文字とともに、とある住所が浮かび上がった。

 壁にある時計を見れば、今の時刻は深夜0時。

 

 

「シグマ」

 

 

 その名を呼ばれると同時にシグマはルイを抱え上げ、トラックまで素早くトンボ返りした。

 猛々しい始動音と共に、トラックは走り始める。

 

 

「道案内は必要かな?」

 

「要らねェ」

 

 助手席のルイにそう返しながら、シグマはちらりとサイドミラーに視線を向ける。

 そこには先程から何度か見えていた同じ車が、距離を開けてついてきている。

 

 

「おい」

 

「気づいているよ。だが、優先すべきは彼女だ」

 

 

 ルイは前を向きながら答える。

 住宅街から離れていくと建物の数は段々とまばらになり、景色は夜の荒野へ変わってゆく。

 

 

「あれだ」

 

 

 周囲にほとんど何もないハイウェイを進むこと2時間。

 ルイは道中に現れた放棄されたであろう廃工場を指差す。

 その入り口には、探偵事務所を訪れた際にも見かけたエリカの車が駐められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明かりのない廃工場の通用扉が開かれ、真っ暗な内部に一筋の月光が差し込む。

 その根本を1つの小さな影が遮った。

 

 

「あのー……此処で合ってます?」

 

 

 エリカは声を掛けるが、広い空間に反響した自分の声しか聞こえない。

 

 

「やっぱり住所聞き間違えたかな……」

 

 

 そう呟きながら振り返り、光の差し込む入り口の方へと戻ろうした瞬間、背後の暗闇から伸びてきた手に口元を押さえられた。

 

 悲鳴をあげる事すら出来ないまま、瞬時に手足を拘束され工場奥へと運ばれる。

 身を捩ることしか出来ないエリカは、誰がこんな事をしているのか分からないまま、椅子に座らされたという事を理解する。

 いつの間にか入ってきた通用口も閉じられ、暗澹たる空間で背後に誰かの気配だけを感じながら時間が過ぎていく。

 

 

 

 恐怖と焦燥からパニックになりかけた時、工場内が強い光で照らし出される。

 エリカの視線の先には 、搬入用の巨大な正面シャッターを一人で横にスライドする、見覚えのあるトカゲ頭のデミヒューマンの姿があった。

 その背中はトラックのヘッドライトに照らされ、その光の中からもう一人の人影が現れる。

 

 

「お金で人の運命は変えられる……それが貴方の持論だったね」

 

 

 シャッターを開け放ったシグマの横に並び立つ人影──ルイが告げる。

 

 

「……ギルアス・ギャリティさん」

 

 

 拘束されたエリカの背後に立っていたその人物は、不敵な笑みを浮かべた。

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