──バイタル。
その名は通称でしかなく、正式な学名は存在しない。
終戦後、その標本を確保する試みは成功しておらず、公的な機関で研究された事が一度も無いからである。
曰く、人類を壊滅させた
曰く、永遠の命をもたらす賢者の石。
そして曰く──
「無限にエネルギーを生み出す、永久機関の核です」
ギルアスはそう言って左手に嵌めた指輪のリーフグリーンに輝く宝石を掲げる。
「それがただの宝石と勘違いされ、指輪に加工されているとは……なんと勿体ない事でしょうか」
「ザック・ロー・スタインの解雇と引き換えに、機密漏洩を公にしない選択をしたのは、君の会社だったわけだ。……いや。それ自体、その指輪を手に入れる為に用意した濡れ衣に過ぎないんだろう?」
ギルアスの演説を聞いていたルイは、訊ねながら腰に手を当てる所作と共にボタンを押した。
「これさえあれば、『
その返しは前者の問いに対しての肯定ともとれたが、後者に対しては触れていない。
「君はそれを手に入れる為なら、何人殺めてもいいと思ってるのかい?」
「殺める? 私は誰も手にかけてなどいませんよ」
ルイの問いかけに対してギルアスは両腕を広げ潔白を誇示するポーズをするが、目元には深い影が落ちていた。
「屁理屈捏ねやがって……」
シグマが口を開くと、ギルアスの態度が変わった。
「やあシグマ。元気だったかい? 確かに僕はスティーブンじゃない、ギルアス・ギャリティだ。その件は騙して悪かったね」
「いつまでシラを切るつもりだ、この大根野郎が。テメェがここに居る時点で他の4人も殺ったようなもんだろうがよ」
相も変わらぬシグマの口調に、ギルアスは苦笑する。
「私がここに居る事が何の証拠になると? エリカさんを誘拐し殺害したあなた達2人が、老朽化した建物の崩落に巻き込まれ死亡している所を、建て替え予定の土地を視察に来た私が偶然発見した。それだけの事ですよ」
「フン……一度失敗した癖に抜け抜けと」
これからの"運命"を語るギルアスに対し、シグマは挑戦的な笑みを浮かべる。
「だから私がここに来たんです」
氷のように温度のない言葉と共に、ギルアスは右手で懐から拳銃を抜き放ち、ルイ目掛けて発砲した。
その弾丸は瞬時に間に割り込んだシグマによって防がれる。
「見え見えなんだよ。来ると知ってりゃ、んなもの効くかよ」
シグマが煽るが、ギルアスはさして意外でもないといった様子で呟く。
「効きません、か。彼等が嘘をついていた訳では無いということですね」
「……君は他者を信用していないのかな」
ギルアスと同時に懐へ手を入れていたルイは、その姿勢のまま問いかける。
隣に立つシグマも、ギルアスの傍に座らされているエリカを考慮し攻勢を掛けられずにいる。
「いやいや、私にも信頼している人は居ますよ。ただ、強盗をするような人物の言葉は信じるに値しないというだけです」
「君も片棒を担いでいたという事は、気にも留めていないようだね」
「片棒? 違いますね。私は彼等の全てを掌握していたんです」
それまでの会話を聞いていたエリカは、自分の見ているものが信じられないといった表情で、隣に立つギルアスに視線を向けていた。
それを見たギルアスは、エリカに顔を向けて言う。
「君の事も信頼していたんですよ。今日ここに来てくれた事も含めてね。しかし──」
言いながらギルアスはルイ達の方に向き直る。
「誰にも言ってはいけないと約束したのに、こんな厄介な人達を連れてきてしまうとは」
ギルアスは"人達"と言ったものの、その視線の大半はシグマの方へ注がれている。
「ふっ、思えば君は正体を隠そうなどとは最初からしていませんでしたね」
「固定観念というものはいやはや恐ろしい」とギルアスは続ける。
「君はデミヒューマンなどではない。人類の
「……」
問いかけられた当人は、口を開かずただギルアスを睨んでいた。
「簡単なことさ。彼は敵などでは無いからだよ」
シグマは決して口にしないであろう事実を、ルイが代わりに語る。
「
「倫理観を持ち併せているかは問題ではありません。彼に人権は無い、後始末が付けやすくなったということです」
これ以上の意味はないといった様子で答えるギルアス。
「此処に来るまでの間に警察に通報は済ませてある。君だけならいくらでも言い逃れできるかもしれないが、このまま膠着状態が続けば、不利になるのは君だ」
「問題ありませんね。何故なら……今は膠着状態などでは無いからです」
その瞬間、両者の間に巨大な何かが落下してきた。
細身な金属製のボディに4つの爪が付いた1対のアーム、猛禽のような2本の脚、頭部のセンサーと思しきレンズはルイ達に向けられている。
一言で形容するならば、尻尾の無いシグマのような体型の機械がしゃがみ込むような姿勢でそこに居た。
「これは旧文明の軍事基地から発掘したものです」
落ちてきたそれに触れながらギルアスは語る。
「同時に見つかった資料から、高い性能を有していた試作機であることが分かりましたが、数度の試験運用の後に計画ごと放棄されていたようです。推測するに、その理由は──」
「燃費の悪さ。君はそう考えているわけだ」
ルイが言うと、ギルアスは目を細めた。
「ええ、それに加えてマイクロ波による無線電力伝送はロスが大きかった。しかし
その言葉と同時にルイ達に向けられていたレンズに光が灯り、機械が立ち上がる。
その
右アームの均等に配置された4つの爪が円状に回転を始め 、シグマへと向けられた手のひらの中央から閃光が放たれる。
「──ッ!?」
咄嗟に腕を交差させ、正面から受け止めたシグマが顔を歪めた。
手前に向けていた左腕の前腕は消失し、重ねていた右手の小指も千切れ飛んでいた。
「即死ではありませんが……効きましたね。資料によると許容できる使用エネルギーのほぼ全てを消費する奥の手だったのですが、そこは流石といった所でしょうか」
距離を取ると不味いと即座に判断したシグマは、発射口のある右アームを押しのけて懐へ走り込み、ボディに蹴りを放った。
しかしその衝撃は完全に吸収され、機体はよろめくどころかシグマの足に備わった鋭利な爪にも関わらず傷すらついていなかった。
カウンターにシグマは左アームに首元を掴まれ、100kgを優に超えるその身体がゆっくりと持ち上がる。
「おい!」
シグマが何かを訴えるように叫ぶ。
しかし無慈悲にもシグマの胸元に構えられた右アームは再び回転を始め、その中央が淡く発光を始める。
「どうです? これが旧文明より遥かに進んでいた技術の一端! バイタルは闇を恐れる我々という原始人に与えられた、松明なのですよ」
「私たちはバイタルの全てを理解したわけじゃない。君が火を点けたそれは、ダイナマイトの導火線かもしれないよ」
ルイはそう言ってテープレコーダーの録音を止めると、懐からカセットを取り出し、腰元で入れ替える。
そのリーフグリーンにテープが輝くカセットのラベルに書かれたタイトルは『
「──
*
再びあの閃光が放たれ、首を掴まれているシグマの四肢がだらりと垂れる。
「終わりましたね。後は……」
ギルアスはその時、ルイが腰に下げたテープレコーダーから流れる音色に気づいた。
「その光は……バイタル!?」
音の発生源であるレコーダーの窓からは、リーフグリーンの光が漏れ出ている。
その持ち主であるルイは真っすぐにシグマの背中を見つめており、それを追うようにギルアスは視線を向けた。
まるでシグマが背負うように、中空に光の輪が浮かんでいた。
「……ったく、勿体ぶるのも大概にしろよ」
シグマは苛ついた声で呟きながら首を掴んでいるアームを
先程は蹴りを入れられてもびくともしなかった機体が、掴み返された箇所から軋むような音を立ててひしゃげ始める。
危機を察しアームはシグマを解放するが、持ち上がっていた身体が地上に落ちると同時に、左アームは根元から引き千切られた。
先程とは対照的に、五体満足なシグマに対して隻腕となった試作機は大きく飛び退いてシグマから距離を取る。
ボディの背部が開き、バルカン砲が肩部に展開され、露出したハッチからは小型ミサイルが放たれる。
先程までの比較的音の小さなエネルギー兵器とは打って変わって、耳をつんざく轟音と共に実弾による弾幕攻撃へと転じたが、ルイのレコーダーから響く演奏も負けじと激しさを増してゆく。
「はっ! 出し惜しみしてたのはそっちもってか?」
攻撃によって発生した煙幕の中から、シグマの声が響き渡る。
「だが……もう遅ぇ!」
その叫びと共に、目にも留まらぬ速度で煙から飛び出したシグマは、右足を前に突き出し全身で蹴りを打ち込んだ。
そのまま両者は工場内の鉄骨柱を5、6本なぎ倒し、試作機がコンクリート壁にめり込んだところでようやく勢いを失った。
「何でコイツが放棄されていたかだと?」
シグマはボディ中央を貫通した右脚を引き抜き、火花を散らしながら尚も右アームを回転させようとする試作機の頭部を踏み潰した。
「俺様
完全に沈黙した試作機を尻目に、シグマはギルアスの方へ向き直って言う。
光差し込む工場の入り口から離れた位置に立つシグマの周囲にある光源は、その背後に浮かび上がる白い光輪のみであり、ギルアスの目に映るシグマの黒いシルエットは恐ろしさと同時に神々しさを放っていた。
「バイタルによって強化されていた
ギルアスが言い終える前に、距離が空いていたはずのシグマに右手の拳銃を蹴り上げられていた。
返す刀で先程のお返しとばかりにギルアスの首元を掴み、持ち上げる。
「くくっ……確かに私の見込みが甘かったですね。まさか、これほどとは……」
悔しさとも感嘆ともとれる呻きと共に、ギルアスは言う。
「1つ教えてください。君のような強さの軍勢相手に、人類はどうして勝てたんです?」
「……んなもん、俺様も知りてぇくらいだ」
ぶっきらぼうに答え、シグマはギルアスを気絶させた。
それを見届けたルイが曲の再生を止めると、シグマの背後の光輪は徐々に消えていく。
「ああ、身体が重ぇ……」
「本来の君に戻っただけだろう」
先程までの状態を惜しむように、わざとらしく気だるげな態度をとるシグマに対し、欠損が治っているだけプラスじゃないかとフォローするルイ。
それからしばらくしてパトカーのサイレン音が遠くから響いてくる頃には、空の端は明るくなり始めていた。