第二十話 新たな力
赤い霊体に殺された後、人間性を使って生身を取り戻してからもう一度下層に向かう。
さっきの赤い霊体、あれは一体何だったのだろうか?
普通の霊体は召喚された先に居る支配者を倒す事により、その役目を終え人間性を得て自分の世界へ帰還する。
だが、あの赤い霊体はこちらを助けるどころかこちらに襲いかかって来た。
赤い霊体、便宜上闇霊とでも言えば良いのだろうか。
どうやら彼は生身の不死者を襲い人間性を奪う事を目的にしているのか、その動きに迷いは無かった。
あの野郎は戦い慣れてやがった。
きっと、彼に襲われたのは俺だけでは無いのだろう。
やけに首を切る動作が手慣れていたからな。
下層に着き、襲いかかってくる野良犬を腰の剣で切り捨て、血痕からソウルを回収し盗賊達をどう倒すか頭を悩ませていた。
彼等は身軽で、集団での戦い方も心得ている。
辺りを見渡すがサインらしき物は見当たらない。
一度火炎壺あたりでも補充しに行くべきか?
そう思い至り、不死街へ足を向けた時だった。
-助けてくれ‼︎-
-誰か‼︎-
-誰か居ないのか‼︎-
必死に助けを求める叫び声が聞こえ、足を止めてしまう。
声の発生源はとある民家だった。
どうやら商人から買った鍵で開きそうだったので周りを警戒しながら扉を開ける。
-有り難う、助かった-
-ここに閉じ込められたまま出られなかったんだ-
-この礼は必ず返すよ-
彼はグリックスと言い自分の事を魔術師だと名乗った。
グリックスは一度祭祀場まで戻ると言っていたので、一緒に帰ることにする。
彼には一人でも帰れるからと一度断られたが、魔術に興味があり、その話を詳しく聞きたいと言ったら納得したようで祭祀場までの道中に魔術の使い方などを分かりやすく教えてくれた。
そうして、俺は今グリックスの前で深く頭を下げている。
-お願いします。俺に魔術を教えて下さい‼︎-
彼の説明を聞いている時に音送りと言う魔術があれば、これまで苦戦してきたような場所でもなんとか切り抜けられると思ったからだ。
君の頼みなら。と魔術を教えてくれる事となった。
魔術はただ知っているだけでは効力を発揮せず、キチンと記憶しなくては使用する事が出来ないらしい。
一説によると、この”記憶する”と言う行為はただの暗記では無く、魂の上に貼り付けるように覚えるような感覚らしい。
魔術とはソウルの力を使って使用するものなのだから魂に覚えこませるのかと納得しかけたが、どうも話は複雑らしく。
ソウルの力とは未知の力であり今だ解明されていない謎の物、故に人によっては見解が別れるらしく。
あるものは、魂に記憶するのだ。とか、
またあるものは、いやいやこんなものはただの暗記だ。とか、
いや杖に記憶させるのでは?とか色々あるらしい。
魔術師つっても一枚岩じゃ無いんだな。
呆れたような視線を感じたのか、グリックスは咳払いをして話を戻す。
要は自分のしっくりくる覚え方で構わないと言う。
それで良いのか?魔術師。
しかし、魔術を記憶する方法は変わらず篝火に触れて精神をリラックスさせる必要があるそうだ。
それと魔術にはそれぞれ使用回数のようなものが決まっているらしい。
と言うより。魔術、奇跡と言った特別な力には、全て使用回数が決まっているそうだ。
何故そんなものがあるのかは定かでは無いが、どんな魔術、奇跡にしろある一定の回数を使用すると発動出来なくなるらしい。
グリックスからの授業内容を思い出しながら魔術書に目を通していく。
魔法の矢 音送り 魔法の武器
じっくりと、これらの魔術を記憶していく。
篝火に触れているためか、余計な雑念が混じらずにスラスラと記憶されていく。
触媒である杖から試しに魔法の矢を放ってみる。
杖の先端に魔力と共にソウルが収束していく。
それが限界まで集まると質量を持った魔力の塊として射出される。
問題無く使用出来たな。
杖を見ながら魔術と言う非現実な物を扱っている事に僅かな感動と不安を感じる。
問題があるとすれば俺自身にある。
前世では英雄願望丸出しの男だった為に自分に酔ってしまわないか不安になって来た。
気にしても仕方ない。
”使える手段はなんでも使う”だったな。
早く先に進もう、足を止めて考え事をしているとろくな事が浮かばない。
改めてグリックスに礼を言い、下層へ向かう。
篝火に触れた所為で復活してしまった野良犬達を相手をするのに魔法の剣を使用する。
魔法の武器はエンチャントと呼ばれる魔術で、武器の刀身を魔法で強化し切れ味を高める技だ。
魔法の武器の効果は、刀身が青白く光ってからきっかり60秒。
野良犬の一匹が俺に飛び掛かって来るが、強化された剣で頭から尻尾にかけて真っ二つにする。
予想外の斬れ味に内心驚きが隠せない。
残りの二体も斬ってみるが、片手剣にもかかわらず骨ごと両断して見せた。
淡く光っている右手の剣を眺めながら、改めて魔術の力を思い知る。
教会ではあの三又槍の魔術師に散々苦しめられたから、強力だとは思っていたが、まさかこれ程とは。
これがあればあの闇霊とだってまともにやり合う事も出来るかもな。
あの歪みきった笑い顔が脳裏に蘇る。
次は負けない。
思わず拳に力がはいる。
俺はいずれまた出会うであろう、あの放浪者の事を思いながら山羊頭のデーモンへ足を進めて行った。