第二十二話 ペトルス
ペトルスの印象が守銭奴から親バカに変わり、未だに止まらないうちの子自慢を辟易しながら聞いていると、彼は急に神妙な顔をしながら俺にこう話した。
-彼女の護衛の二人は学生時代からの付き合いなのですが…-
-私はあまり良い友人とは思えません-
話題が変わったので、俺はすぐさまそれに飛びつき話を聞く。
-彼等は聖女の護衛になれた事を誇りに思っており、僅かではありますが自分に酔っている節がある-
-それだけならば、年長者である自分が引っ張って行けば良いだけなのですが、彼らはお嬢様の事を”神聖な聖女”と見ており、何処か一歩引いたような態度を取っている-
-お嬢様は立派になられた-
-しかし、それ故に誰かに頼る事をせず、手の届く全ての人を救いたいとお考えになっておられる-
-その思いは素晴らしい物です-
-しかし、それを実現するには人ひとりの背中では狭すぎるのですよ-
-それでも、無理に背負おうとすれば、いずれその背中の全てが零れ落ちてしまうでしょう-
-そうなった場合、一歩引いている彼等ではお嬢様を支えられますまい-
-私はお嬢様に一番大切な事を教え忘れました-
-それは人に頼ると言う事、助けを求める事です-
-もしかしたら、お嬢様には”聖女レア”としての友人は居ますが、”ただのレア”としての友人は居ないのかもしれません-
-今の彼女には心が折れてしまいそうな時に支えてくれる友人が必要なのです-
-私では、歳が離れ過ぎておりお嬢様の支えになれません-
-無理に支えようとすれば反対に重荷になってしまいお嬢様を苦しめてしまいます-
-ですので、貴方さえ良ければですがレアお嬢様の友人になって彼女を支えて差し上げて頂けないでしょうか-
そう言って彼は頭を下げた。
俺がどう答えるか迷っていると。
-ペトルス-
-そろそろ出発しますよ-
鈴を鳴らしたような凛とした声が聞こえる。
目の前に純白の修道服に身を纏った女性が映る。
神聖な、そして何処か儚い印象を受けた。
その瞳には強い意志が宿っている綺麗な瞳だった。
どうやら彼女達が旅立つようだ。
ペトルスは頭を上げ先ほどの話は忘れて下さいと言いながら彼女達の後を付いて行った。
先ほどのペトルスの台詞が頭に残る。
彼等が去った後、最下層に向かう道すがらそんな事を思う。
人ひとりの背中は狭すぎると言う言葉。
不死の使命を進む俺の背中には一体どれだけの物が背負われるのだろうか?
彼はおそらく俺の事も気に掛けてくれていたのだろう。
自分の為に戦っている訳ではなく、不死の使命に殉じているだけの俺は何処か彼女と被ったのかもしれない。
俺と彼女の違いは、友が居るか否か。
俺にはソラールがいる。
あの太陽馬鹿とは助け合おうと誓っている、俺が折れそうになればきっと助けてくれるだろう。
勿論、彼奴が折れそうならぶん殴ってでも立たせてやるつもりだ。
しかし、彼女にはそんな存在が居るのだろうか?
願わくは、彼女が折れてしまわないこと。
ペトルスの心配が杞憂で終わることだ。
今の俺にはそう願う事しか出来なかった。
水路を通り先へ進もうとすると商人に声をかけられた。
なんでも、新しい商品が手に入ったから買って欲しいそうだ。
それは、炭松脂と呼ばれるもの。
炭と松脂を混ぜた物では無く炭のように黒い松脂だからそう呼ばれているそうだ。
以前不死街で手に入れた物は黄金松脂と呼ばれる物らしい。
炭松脂は黄金松脂とは違い炎を纏う物だと。
商人のこの先役に立つからと勧めてくる熱意に負け、幾つか購入する。
最下層への扉を開く。
下水道の中の臭いが鼻をつく。
地下に漂う腐敗臭に顔を顰めるが、意を決して中へと足を踏み入れる。
入り口のそばにあった階段を下って行く。
その先には亡者達が松明を掲げながらウロウロとしていた。
背中の大剣を引き抜きその刀身に炭松脂を塗る。
松脂は燃え上がり、大剣は炎に包まれる。
左手に杖を取り出し、音送りを放ち亡者達を一箇所に集める。
階段の上から一箇所に集まる亡者達へと踏み込み、手に持つ大剣を横に振るう。
紅蓮に燃える炎の一閃を受けて亡者達の身体が纏めて燃え上がる。
魔術を覚えた事で多対一の戦いがとても戦い易くなったおかげでこの程度ならば苦労はしなくなった。
その事で自分が調子に乗らないように気を引き締めた後先へ進む。
進んだ先には大柄な亡者が巨大な中華包丁のようなもので何かの肉を叩いていた。
奴は俺に気付くとその手の包丁のような物を振り上げながら向かって来る。
燃える大剣を構え奴の振るう中華包丁を受け止める。
鍔迫り合いのような体勢になり地下に金属音が響く。
武器の質はこちらの方が上、更には亡者を一瞬で焼き尽くす特殊な炎に纏われている。
徐々に溶けて行く包丁に向けて、押し込むように大剣の刃へ力を入れる。
大剣の刃が半ばまで食い込んだ瞬間に全身の力を余さず使い包丁を両断する。
切断された包丁に驚愕している料理人の心臓を大剣で貫き絶命させる。
一息着いた後周りを調べていくとここは厨房のようだった。
周囲の敵を殲滅していると助けを呼ぶ声が聞こえてそちらに向かう。
食糧庫のような場所で一人の男が今まさに調理されようとしている所に出くわした。
踏み込むには遠過ぎて奴を斬る前に彼は殺されてしまう。
咄嗟に杖を取り出しソウルの矢を背中に放つ。
料理を始めようとした瞬間に水を刺された事に腹を立てたのか料理人の視線がこちらを向く。
俺は呆れながらも首を切るような動作を目の前の料理人に向けて行う。
沸騰した脳みそはただ力尽くで俺を料理することしか考えていないらしく、包丁をまっすぐに振り下ろして来た。
-雑な料理じゃ星は獲得出来ないぜ?-
目の前の亡者に皮肉を言いながら、単調な攻撃に合わせ、包丁をパリィした後心臓を貫く。
さて、と囚われの男に話を聞く事にしようか。