第三十一話 混沌の娘
クラーグと名乗った彼女は右手に魔剣を携え、此方に向かってくる。
俺は彼女に見惚れて居た為に、気が付けばその魔剣の一撃を貰っていた。
炎の魔剣による凶刃を受けて、ようやく意識が戻る。
悔しい事に、時の権力者達が女に溺れ失墜して行く気持ちが分かってしまった。
魅了の魔眼でも備えているのでは、と思ってしまうほど美しい瞳、流れるような艶の有る黒髪、一糸纏わぬ姿、何よりその芸術品のような容姿。
例え上半身だけだとしても、男なら誰でも見惚れてしまうだろう。
戦いの場では余計な感情が心の内から湧き上がる。
手を上げたくは無い、その黒髪に触れさせて欲しい、愛を囁かせて欲しい、その腕に抱かれたい、忘れていたどす黒い欲望がとめどなく溢れ出してくる。
下の蜘蛛が溶岩を吐き出し俺を焼き払おうとする。
それを回避し、余計な感情を振り払うようにハルバードの突きを放つ。
クラーグは痛みにより苦悶の表情を見せながらも俺に向き合う、その表情は俺に罪悪感を抱かせ追撃の手を止めてしまう。
その隙を逃さず、クラーグは炎の魔剣を振るう。
今度はその一撃を盾で受け止めるが、炎の熱は受け切れない。灼熱の炎は再び俺の身体を包む。
地面を転がりながら炎を消して行く。俺の装備では彼女の炎を受けきれず、攻撃を受けた場所が僅かに溶けていた。
どうやら、俺にとって彼女は傾国の美女らしく非常に戦い辛い。
不甲斐ない俺とは違い、同性だからかその美貌に当てられずに済んでいるミルドレットは、蜘蛛の腹をその包丁で斬りつけて行く。
その度に、その美しい顔を歪め痛みを堪えているクラーグ。
ミルドレットの奮闘を見ながら、覚悟を決める。
腰から刀を引き抜き自分の左手を貫く。
鋭い痛みによって迷いを断ち切り、心を鬼にする。
ハルバードにエンチャントを施し、クラーグの胴を突く。
彼女の絹のような肌が鮮血に染まるがもう躊躇わない。
彼女の下半身が後ろに大きく飛び退き周囲に溶岩を撒き始め、周辺の床が溶岩で埋まり足場が極端に制限される。
鎧の中が溶岩の熱でボイラーのようになっている、とてもじゃないが着ていられない。
鎧を脱ぎ去りハルバードを構え、彼女の動きを注視する。
彼女の下半身が溶岩を撒き散らしながら、勢い良く此方に飛び込んでくる。
その下を潜るように通り抜けながら、腰の刀でガラ空きの腹部を斬り裂く。身軽になった身体ならではの動きだ。
ミルドレットは俺の動きに合わせ共に背後に回り込む。
刀によって付けられた裂傷は、その傷口から大量の出血を強いる。
それによって足を止めたクラーグへエンチャントの施されたハルバードを振り下ろす。
魔力によって強化されたハルバードの刃は深々と彼女の下半身に突き刺さる。
その刃に向けてミルドレットが包丁を振り下ろし、更に傷を広げる。
彼女の上半身に追撃しようと、そのまま背中に飛び移ろうとした瞬間だった。
爆発。
轟音と共に彼女を中心にした爆風が俺たちを吹き飛ばす。
受け身をとってエスト瓶で爆風で貰った火傷を治しソウルから大剣を取り出す。
前を見るとミルドレットが炎の魔剣で斬り裂かれ、消えていく所だった。
クラーグは最早肩で息をしている、情けは掛けない。
大剣にエンチャントを施し、ソウルの矢を放つ。
放たれたソウルの矢は彼女の頭部に当たり身体が仰け反る。
彼女の動きが止まった際に一気に距離を詰め、下半身の蜘蛛の頭を大剣で地面に縫い付ける。
そして、蜘蛛の頭を足掛かりに痛みによって悲鳴を上げるクラーグの前に乗る。
-感傷だけど、別の形で出会いたかったよ…-
一息に刀を引き抜き、天の構えから彼女を袈裟斬りにする。
斬られた彼女は儚げな笑顔を俺に向け、ソウルとなって消えて行った。
刀を納刀し、目の前に落ちている彼女の魔剣を地面に突き刺し周囲の石を集め、簡素だが墓を建てる。
彼女の墓に祈りを捧げた後、俺は鐘を鳴らす為にその場を後にした。
使命の為に彼女を斬った、後悔してはいけない。斬った者も背負わなければならなくなった事を受け止めなければならないからだ。
目覚ましの鐘はすぐそこにあり、二度目となるため迷わず鐘を鳴らす。
二つ目の目覚ましの鐘が地の底から、ロードラン全域に響く。
その鐘の音に、それを聞いた者達は何を思うのか。
そして二つの鐘の音に導かれ、世界の蛇が目を覚ます。
彼らの目的は英雄の選定、それぞれの思いのまま鐘を鳴らした不死を唆す。
彼らによる導きは光か闇かーーー。
不死の騎士が彼女の住処を去った後、一人の旅人がその住処に入って行く。
旅人は不死の騎士が建てたクラーグの墓の前に立つ。
そして、放浪者の服装に身を包んだその旅人は、彼女の墓を薄ら笑いを浮かべながら蹴り壊し、墓標代わりの魔剣を引き抜く。
新たな力、その炎の魔剣を振り回し使い勝手を確かめる。
一通り振り回して満足したのか、放浪者は腰の曲剣と炎の魔剣を取り換える。
そして彼は狂気で満たされた笑みを浮かべながら高笑いをする。
以前に受けた屈辱をあの騎士に数倍にして返すために。
クラーグのソウル
混沌のデーモンと化したイザリスの魔女の娘クラーグのソウル。
特別な存在は特別なソウルを有する。
クラーグのソウルは混沌の諸相をなし、使用により莫大なソウルを獲得するか他に無い武器を生み出せる。