第三十五話 巨人墓場
三人羽織を撃破した際に、彼のソウルと共に研究の結果が流れ込む。
注ぎ火の秘儀。注ぎ火にて、さらに大きく篝火を育て、より多くのエストを得るための秘儀。
聖職者が求める物だとペトルスから聞いた覚えがある。
考え事もそこそこに、棺桶の中から梯子で蓋の上に這い上がる。
巨人墓場と言うだけあって、周りは棺桶だらけ、かつ一寸先も見えない暗闇で非常に不気味だ。
そして、此処の最奥からは濃厚な死の気配、迂闊に立ち入れば不死人であっても”死”が訪れるであろう。
久々に感じる死の気配。
徐々に亡者化が進行して居るせいか、”死”に対する恐怖が無くなりつつあった俺は、それに当てられてしまい足が竦む。
今すぐ太陽の見える場所にまで逃げ帰りたいが、ペトルスの遺言がある。彼のお嬢様を助けるためにここまで来たのに怖いからとおめおめと帰れるものかと、頬を叩いて気合を入れる。
道中の敵が片付いて居るんだ。恐れることは無いさ。
手元に明かりが無いためにゆっくり足場を確認しながら、一歩ずつ踏みしめるようにペトルスから聞いた場所まで歩いて行く。
そこにはスキンヘッドの男が立って居た。
彼がパッチなのだろうな。
-こんな所までご苦労な事だな?-
-あんたも聖職者か何かか?-
俺はその言葉に首を振り否定の意を表す。
-なんだ、違うのか-
-だったら、イイモノがあるぜ?下を見てみろよ?-
もしや、聖女レアの事だろうか? 以前若い聖女からは人間性がたんまりと手に入ると聞いた覚えがある。
そうして彼の言う通り下を覗くと、
後ろから蹴り落とされた。
崖の下に着地すると上から下卑た笑いが聞こえてきた。
-アッハハハ‼︎-
-悪いな、あんたの装備はあんたが死んだ後俺が貰ってやるよ!!-
これほど清々しい悪人は見たことが無い。
ため息を尽きながら上に上がる方法を考えていると、周囲に遺体が転がっていて、その一体が頭蓋骨で出来たランタンを握っていた。
彼らの冥福を祈り十字を切った後ランタンを拝借する。
辺りを照らしながら帰り道を探していると、一人の少女が目に映った。彼女はひたすら祈りを捧げていた。
-君が聖女レアか?-
-ペトルスに頼まれて君を助けに来た-
彼の名を出した途端に彼女は顔を上げる。その顔は酷いもので、焦燥と絶望を合わせたような表情だった。
-彼は、彼は無事ですか⁈-
縋り付くように彼の安否を気遣う彼女に、俺は残酷な現実を突き付け無ければならない事が胸に重くのしかかる。
彼の遺品である古びたペンダントを彼女の手に渡し、首を横に振る。
-そう、ですか……-
震える手で彼の遺品を握り、声を殺して泣く彼女に、俺は何もしてやることが出来なかった。
彼女の涙を見ないように前を向く。
亡者となった聖女の護衛、ニコ、ヴィンス。
ニコは三日月斧を、ヴィンスはメイスを手に握っていた。
聖女を探しているのか、辺りを徘徊している彼らは徐々にこちらに向かってくる。俺がたどり着くまで彼女が見つからなかったのは幸運だな。
ソウルからハルバードを取り出し彼らに向けて構える。
彼らは最早屍肉喰らいの亡者だ。
それを救う方法は唯一つ。
彼らを殺す事だ。
杖を取り出し、音送りを放つ。
着弾と同時に発せられる笑い声に反応し彼らが此方に向かってくる。
先ずはニコからだ、彼の手に持っている斧はリーチが長い為に早い内に倒してしまった方が良さそうだったからだ。
ニコへ向けてハルバードの突きを放つ。
放たれた突きをニコは盾を構えそれを防ぐ。
しかし、ハルバードの槍が盾に接触した瞬間、それによって付けられた傷が燃え上がる。
炎の力が宿ったハルバードはそれによって傷付けられた場所を燃やし尽くす。
盾が燃え上がった事に驚いたのか慌て手を振り盾の炎を消そうとして居る。
そして、ニコの後ろから身を低くしながらメイスを振り上げ、俺の頭を潰そうとするヴィンス。
ハルバードを突き出した状態から、刀身を手首を使って回転させ、石突で彼の顎を打ち上げる。
打ち上げられた顎が燃え上がり、顔を抑えて転がるヴィンス。
燃える盾をそのままに三日月斧で殴りかかってくるニコ。
ハルバードでその足を払い転倒させた所に突きを放ち、彼を焼き上げる。
亡者の身体は炎に弱く、一気にその身体を燃やし尽くす。
そして、最後に立ち上がろうとするヴィンスの首を腰の剣で刎ね飛ばす。
血払いを済ませた武器を仕舞い、聖女の様子を確認しに行く。
彼女は泣き疲れて気を失ってしまったようだ。
大剣をソウルに仕舞ってから彼女を背負い、口にランタンを咥え、壁沿いに当てながら進んでいく。
そのまま進んで行くと細い通路の先に梯子が見えるのだが、目の前には骸骨の柱が現れる。
背負いながらは戦えないため、一旦彼女を降ろしハルバードを取り出す。
蠢く骨の柱にハルバードの刺突を放ち、骨の柱を燃やして行く。
松明のように燃え上がった柱はそのまま俺に向かって倒れこんで来た。
背後の聖女に火の粉が掛からないように盾で支え、灰になるまで耐える。
なんとか骨の柱を処理したが、支えていた左半身は火傷で酷い事になって居た。
エスト瓶で傷を癒し、聖女を背負い直す。
梯子を登った先にはパッチが待っていた。
-まだ、生きてやがったのか-
-しぶとい奴だ-
-だったら、俺が改めて引導を渡してやるよ‼︎-
パッチは木製の大盾を構え、その隙間から槍の刺突を放ってきた。
聖女を背負って居るため反撃できず逃げるだけしか出来ない。
悪あがきではあるが、足元の石ころを彼の槍を持つ手に蹴り付ける。
パッチは手を引っ込め、盾を構え直して居る。
だが、その隙に聖女を降ろし、大剣をソウルから取り出す。
大剣を両手で握り、陽の構えを取る。
暗いこの場所ではただでさえ間合いが測りづらい上、大剣の刀身も身体の後ろに隠している。
そして、彼の目には分からないように大剣にエンチャントを施してゆく。
どうやら彼は短気な性格らしく、痺れを切らせて槍を突き出して来た。
その槍にカウンターを合わせ、一撃で両断する。
パッチは慌てて大盾を構え、追撃に備えて居るが木製の盾ではエンチャントの施された大剣を受け止めるに至らず、あっさりと両断される。
尻餅を着き、後ろに後ずさる彼にトドメを刺そうと大剣を振り上げた時だった。
-ま、待ってくれ、降参だ-
切り捨てようとした凶刃を止めたのは彼の命乞いの声だった。
-俺は、指示された通りにやっただけだ-
-あの放浪者が居なけりゃ、あんたと戦う意味は無い‼︎-
-そもそも、あんたはまだ生きてる‼︎-
-ノーカウントだ‼︎ノーカウント‼︎-
-な? 分かるだろ? 同じ不死人じゃ無いか-
最早、呆れて物も言えなかった。
大剣を仕舞ってから、彼の前に立つ。
-失せろ、二度と俺の前にそのツラを晒すな-
俺は吐き捨てるように言った後、聖女を背負い地上を目指していった。
彼には斬る価値すら無い。