第八話 the Black Knight
あの後鎧を着直してから周囲の索敵に入る事にした。
篝火に触れるのは後の方がいいと判断したからだ。
このロードランは不思議な場所で時間や空間が何処もかしこも歪んでいるそうだ。
そして篝火に触れて居るとその歪みの流れの影響が無くなるらしい。
それの何処が問題かと言うと、倒したはずの亡者が復活してしまうのだ。
時間や空間の歪みのせいらしいが詳しい事は分からない。
時間が回帰するのか、はたまた並行世界の何処かにいる無傷の存在を補充してきているのか、こちら側が世界線を転々としているのか。
ただ、全員が全員復活するのかと言われるとどうにも違うらしい。
不死院に居たデーモンなど強力な力を持った者や希少生物などは篝火に触れても蘇る事は無いんだと。
階段を降りて行き、先程死闘を繰り広げた広場を見渡すと左側に通り道があり槍を持った亡者が二体とやたら木箱があった。
あの先に何か有るのだろうか?
警戒しながら槍を持つ兵士に近寄って行く。
よく槍は剣より三倍強いと言われるが、その理由の一つが剣には無いリーチである。
戦いにおいて距離感というものがいかに重要かは此処までの道中で嫌と言うほど教えられた。
盾を構え相手の隙を伺いつつ急所を突つく。単純ながら難しくそして効果的な戦法だ。
そしてそんな槍の扱い方を亡者となっても忘れていないのかきっちりと盾を構えてガードを固めている。
視線は俺に向けて常に隙を窺っている。
ジリジリとお互いに相手が動くのを待ちながら様子を窺う。
五分、十分と睨みあっていただろうか。
向こうが痺れを切らせて槍を大振りで振り回し始めた。
それを盾でいなしながら目の前まで肉薄する。
盾が邪魔だったので思い切り蹴り飛ばし胴を袈裟斬りにする。
無防備となっていた所への一撃だったからか、上手く仕留める事が出来た。
二体目の亡者に視線を合わせる。
彼は今の戦いを見ていただろうから、あちらから先に仕掛けては来ないはず。
完全に守りを固めながら間合いを詰めてくる。
しかも盾を蹴り飛ばそうにも一歩踏み出した途端に槍を使って後ろに下がらされる。
盾を構えながら足を踏ん張り腰を回して遠心力と体重を利用しながらの突き。
決して無視する事の出来ない威力なので鎧任せの強引なバックスタブも無理そうだ。
完全に間合いを奪われた。
槍によるチクチクとした攻撃で徐々に後ろに後退させられて行く。
俺の後ろに足場は無くこのまま力尽くで突き落とされたら命は無いだろう。
だがまだ手はある。
やれるかどうかは分からないが相手の突きはタイミングが分かり易い。
それを行うには呼吸を整え集中しなければならない。
彼も俺の動きを警戒しているのか足を止めたままこちらをジッと見つめている。
有難いな。彼奴に警戒心があったおかげで呼吸を合わせられる。
コンマ単位のたった一瞬が俺の生死を分けるんだ。自分を落ち着かせる時間が出来て良かった。
呼吸や心臓の音も収まり周りの音が遠くなるほど集中する。
視線は奴が槍を持つ腕に合わせる。
奴は何かあると悟ったのか盾を構えたまま動かず油断なく此方を見つめている。
そこで、俺は攻撃を誘うため盾を下ろしさぁどうした?と両手を広げ近付いて行く。
挑発に乗ったのか唯間合いに入ったからか、こちらの望み通り槍による突きを放ってくれた。
奴の突きには大きく分けて三つの動きがある。
一つ、盾を構えながら足を踏ん張る。
二つ、大きく槍を引き、弓の様に身体をしならせる。
三つ、そこから腰の回転と体重を加え一気に突き刺す。
これを確かめられたのは実力か幸運か。
一つ目で間合いを詰める。
二つ目で槍を見据える。
三つ目の腰が動き出したタイミングで槍に向かって盾を横薙ぎにする。
こうする事で勢いの着いた攻撃を受け流し、その反動で相手の体勢を崩す。
大きく弾かれた槍によって完全に無防備になった彼の肩を掴み心臓に対してしっかりと剣を突き立てて絶命させる。
この技はパリィと言われる技術で、相手の呼吸に合わせて攻撃を流し、そこに生まれた隙に致命打を与える事を目的としたものだ。
歴戦の戦士達は一太刀見ればこのパリィのタイミングを掴めるらしく、達人同士の戦いとはまさに一瞬の勝負らしい。
そんな域まで達するのは一体何時になるのか。少なくとも並みの努力では到底無理だろうな。
そうして木箱の先の階段を降りた所に居た商人から話を聞きながら商品に目を移す。
この街の下層には何処からか流れてきたのか山羊の頭をしたデーモンが住み着いて居るらしい。
情報量替わりにナイフを10本と火炎壷を5個と民家の鍵を買ってから来た道を戻って行き篝火に触れる。
篝火に触れながら次に向かう場所を見る。
細い通路が有りその先で亡者がウロウロして居た。
厄介なのが通路の隣に高台が有り、そこから火炎壺を投げて来ているのだ。
しかも爆炎により視界が遮られ通路の先の見通しが悪い。
鈍重な動きだと火達磨になってしまうな。
通路を素早く渡り亡者を相手にしなきゃ行けないのか。
鎧を外し身軽になったのを確認してから通路を見据える。
上から火炎壺を投げて来ているのは三体なので走り抜けられそうだ。
盾を構え一気に走り抜ける。
通路の先の建物内には斧を持った亡者が二体飛びかかってきた。
完全な不意打ちを食らって盾を弾かれる。後ろは爆炎が、前には亡者が居る。
逃げ道を探していると左下にベランダのような場所があり、飛び移れそうだった。
考える暇は無い。
振り上げられた斧を除けるようにベランダに飛び込む。
助かった。と思ったが目の前に見える者に息を飲む。
細い通路、その先に見える騎士。
全身を漆黒の鎧で包み、大剣を片手で持っていた。
尋常では無い威圧感を感じる。
あの竜とは違う別の強さを感じる。
種族としての強さでは無い、鍛え上げられた戦士のような幾多の苦難を乗り越えた英雄の様だと思った。
今の俺では絶対に勝てない。
彼は大剣を片手で持ち、盾を構えながら真っ直ぐ此方に向かって来る。
まともに打ち合うのはあり得ない。
パリィなどもってのほかだ。
盾を構えながら彼の横を抜け逃げるしか無い。
そんな俺の思考が分かり易いのか彼は速度を緩めず肩から突っ込んで来た。
圧倒的な質量を持った体当たりをくらい盾を吹き飛ばされた。
左腕が後ろに弾かれ大きく胴が開く。
そこに彼の持つ大剣の一撃が振り下ろされる。
抵抗など出来るはずがなく肩から腰に掛けて両断される。
身体に力が入らない。
瞼が重い。
血が吹き出す音が聞こえる。
ガシャガシャと黒い騎士は音を立て去って行く。
見事な一撃だった。
剣の軌道も、体当たりによる盾崩しも、こちらの思惑に対する判断も、長年の積み重ねなのだろう。
あれが戦い続けた者の剣なんだな。
視界がぼやけ始めやがって。
もう少し彼奴を目に焼き付けさせろよ全く。
いつの日か、俺もあんな風に慣れるのかな?
次会った時は必ず一矢報いてやる。