まあ、今更彼だけ生かすのも、ねぇ。
第九十四話 邪竜討伐
篝火で休む暇なくカラミットの追撃に向かう。
オーンスタインの身体に打ち込んだハルバードの切っ先は、いずれ取り出されてしまうだろう。
そうなった場合、認識出来無い速さで、地上を縦横無尽に暴れ回る彼と、残る四騎士との決戦が待っている。
その前に、せめてカラミットだけは始末しておきたかった。
奴の瞳は呪いを撒き散らす魔眼、一度その眼光に晒されれば、全身の力が抜け、かすり傷一つで絶命してしまう。
死ぬ事は構わないし痛みが倍になるのもどうでも良いが、問題はその魔眼に晒された場合、全身に力が入らなくなる事の方だ。
これの所為で、絶命前の一撃を彼らに浴びせる事すらできやしない。
死の瞬間が、最も有効打を打てるチャンス。
特に姿を認識出来ないキアランの場合、刺されて首を刎ねられる瞬間は確かにそこに居ることを認識できるのだ。
重要な一瞬、コンマ単位の刹那の時にこそ活路は見出せる。
それを完全に潰されてしまう以上、現状では彼が一番の脅威である事に変わりはない。
第一段階の撃墜は達成した。
第二段階の撃破を達成出来るように祈ろうか。
霧を越えながら、先ずオーンスタインの姿を確認する。
彼は自分の身体の中に腕を捩じ込み、ハルバードの切っ先を取り出そうとしているようだ。
背中の月明かりの大剣を引き抜き、オーンスタインの手元に光波を叩き込み、それを妨害する。
彼の光速の突撃が封じられた為、崖の上から彼ら全員に光波による絨毯爆撃を敢行する。
高低差がある為、マヌスの呪術や闇術は届かない。
鷹の目の狙撃も、彼の狙いが定まらないようにその周囲を重点的に爆破して行く。
暫くの間、アルトリウスが彼らの矢面に立ち、飛来する光波の悉くを防いで行く。
盾で防ぐのはまだわかる、剣で斬り払うのも普通だ。
だが、剣圧だけで爆風ごと光波を消し飛ばすとはな、この規格外め。
だが、地の利は俺にある。
この攻撃の為に修復の魔術を可能な限り記憶してきたのだ、このままカラミットを削り殺させて貰うぞ。
それに、他に目的もある。
それを達成するまでは、爆撃を辞めるわけには行かない。
爆撃を続けながら、途中で結晶エンチャントを施して火力を上げる。
急に威力が跳ね上がり、徐々に押されて行くアルトリウス。
しかし、攻勢は何時までも続かなかった。
何時の間にか光波の雨から抜け出したオーンスタインの突撃を胸に受け、攻撃が中断される。
鬱陶しい、少しは大人しくしていたらどうだ?
貫かれた胸をそのままに、槍を握り込む。
彼はその状態で、雷を放ち俺を消し炭にしようとする。
だが、足が止まった彼の何処が脅威なのだろうな?
彼の脅威はスピードだ。
圧倒的速度の暴力。
体重と膂力に重ねて振るわれるそれは、あらゆるものを粉砕する。
もっとも、この距離ではそれらは宝の持ち腐れだがね。
まだエンチャントの効力は残っている、だったら話は早い。
本来ならカラミットを討ってからゆっくりと対策を建てて行くつもりだったが、無防備に突っ込んできた彼を逃す必要は無いだろう。
彼の腹に月明かりの大剣の刃を突き刺し、その傷口から光波を使って跡形無く消し飛ばす。
彼が消滅したのは、俺が槍の雷によって灰になるのとほぼ同時だった。
篝火で装備を修繕しながら、さっきのオーンスタインの事を考える。
所詮、いくら強かろうが連中は泥人形。
戦い方や、戦闘経験までもを再現したとしても、彼ら四騎士の誇りや魂までも再現できるわけがない。
さっきの出来事は正にそれの体現だ、本物のオーンスタインならばあの様な選択はしなかった筈だ。
彼は四騎士の長、軽はずみな行動は出来るはずもない。
そうと分かれば恐れるに足らないな。
泥の模倣品には魂は宿らない。
そんな物では俺は終わらせられ無い。
霧を超えた先に待っていたのは、アルトリウスの兜割り。
足場ごと深淵の底に叩き落されたが、目的自体は達成しているのだから大丈夫だ。
辺りに渦巻いていた深淵の泥、それを消し飛ばす為の絨毯爆撃だ。
コレが有るだけで、汚染を防ぐために月明かりの大剣が封じられてしまう上に、足まで取られてしまう。
致命的な問題だったが、取り敢えずは解決する事が出来た。
もっとも、一時凌ぎにすぎないがね。
ともかく、今しばらくは汚染の心配はない、安心してカラミットを討つ事が出来る。
回り道などせず、一直線にカラミット目掛けて走り出す。
当然、カラミットは炎を吐くし、ゴーは狙撃をするだろう。
炎に関しては盾で何とかなる。
だが、ゴーの姿を語った泥人形、貴様の矢など二度と食らわん。
今にして思えば、何故こんな一撃を貰っていたのだろうか?
俺が見て、感嘆の声を漏らしたのはこんな機械的な狙撃だったのか?
いいや、違うな。
俺が見たものは、まさに神業だ。
あんな泥の塊とは似ても似つかぬ物、冷静に見れば当たるものか。
炎を突っ切りカラミットの口の中に光波を捩じ込み、炎を堰きとめる。
彼が魔眼を光らせると同時に、月明かりの大剣に魔力を込めながら、敢えてその眼光を食らう。
彼の魔眼に吸い寄せられ、その顔の前に浮かんだ瞬間。
背中の深淵歩きの大剣を魔眼に投げ付け、その眼を破壊する。
効力を発揮する前に魔眼を破壊され悲鳴をあげるカラミットの頭に至近距離で光波を叩き込み、鱗を破壊する。
剥き出しになった頭部から心臓までを深淵の大剣で斬り裂いて止めを刺す。
彼を形どっていた泥が、一斉に俺を包み込む。
成る程、俺を取り込む気か?
遠い、遠い昔に持っていた俺の英雄願望や色欲などを深淵の泥は巧みに呼び起こし、囁いてくる。
一つになれ。
力を与えよう。
我と共になれ。
欲望を叶えよう。
そういう彼らは、俺の目の前に異形ではない姿のクラーグを創り出す。
それだけでなく、彼女と俺の周りは何時の間にか荘厳な城となっていて、辺りには金銀財宝が山積みとなっている。
一糸纏わぬ姿をした彼女は、俺の頬に手を添え、微笑みながら唇を重ねようとする。
俺も彼女の手に、自分の手を重ね、そして………。
月明かりの大剣に臨界点以上まで溜めていた魔力を全て放出し、彼女諸共全てを消し飛ばす。
言っただろう?
俺の物は、毛筋一本、血液一滴足りとも渡さないと。
よもや忘れたとは言うまいな。
深淵の誘惑はこういう物となりました、人の欲望や心の闇を巧みに利用し取り込む。
闇の書が夢なら此方は贋作とでも呼べば良いのか。
闇の書は取り込まれても夢から脱出出来ますが、深淵は取り込まれ、その夢の手を取った時点で飲まれます。
▼しんえんは くらーぐをしょうかんした。
▼しかし、さいぼーぐにはきかなかった。