曇らせ魔女の復活記録   作:アスタロット

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case 1 騎士アドル

 

村はずれに、古い小屋がある。

 

そこに住むのは、長い黒髪を下ろした美しい魔法使いで、俺の師匠であるカーミラだった。

ある冬の夜、カーミラは村の外れで凍え死にかけていた幼い俺を見つけ拾ってくれた。

 

俺の名前はアドル。

両親は居ない。

乞食同然の生活を送っていた。

 

「……生きたい?」

 

カーミラは優しく微笑み、俺を抱き上げてくれた。

俺は初めて触れる温もりに、泣きながら頷いた。

 

それから数年。

 

小屋は二人の住処となった。

カーミラは俺にあらゆる事を教えてくれた。

読み書きや簡単な魔術、剣の扱いも少しだけ教えてくれた。

カーミラは決して母親と名乗らなかった。

だけど俺にとって彼女は紛れもない師であり、唯一の家族だった。

 

ある夜、暖炉の前でカーミラが本を読む横顔を、俺は盗み見るようになった。

 

美しい

優しい

 

でも、どこか遠い目をしている。

俺はいつしか、彼女のその遠い視線に、恋心を抱いていた。

 

「師匠……俺、いつか強くなって、師匠を守るよ」

 

「ふふっ!ありがとね。アドルが元気で強くなったら、私はそれで十分幸せだよ」

 

そんな日々は、永遠ではなかった。

 

 

俺が十五の歳を迎えた頃だ。

俺は村を出て騎士を目指した。

弱いままじゃ、彼女を守れないとおもったからだ。

カーミラは静かに微笑んだ。

 

「いってらっしゃい。いつでも帰っておいで。ここは君の家さ」

 

俺は涙を我慢して、村を出発した。

 

騎士団に志望した俺は、死物狂いで試験を受け入団した。

後で聞くと、驚くべき成績だったらしい。

孤児出身の努力家として認められ、戦場で幾度となく功を立て、二十歳になる頃には士官の地位を掴んでいた。

 

さらに数年後、魔法使いへの弾圧が始まった。

魔法使いは世に混沌を招く邪悪であると。

その弾圧の激化とともに、俺は粛清部隊の指揮官候補として名を上げた。

しかし出世するにつれ、俺の内心は少しずつおかしくなっていった。

 

“もう二度と弱い自分には戻らない”

 

そんな思いが、尊大な態度を育んでいたと思う。

 

そして二十五歳になったある日、俺は大きな決断をした。

 

里帰り。

 

小屋の中で、俺はカーミラの前に跪いた。

鎧をまとったままの姿で、熱い視線を向ける。

 

「師匠……いや、カーミラ。俺はずっと、貴女を想っていた。今、俺は騎士として地位を手に入れた。貴女を娶る。俺の妻として、共に生きよう」

 

カーミラは驚いた様子もなく、静かに首を振った。

 

「アドル……私はあなたの師だ。妻にはなれない」

 

俺の目算は外れた。

プライドが大きく傷ついた。

 

「……魔法使いとして告発するぞ。それでもいいのか?」

 

脅しだった。

本気ではなかった。

でも、カーミラはただ静かに微笑んだ。

 

「いいや。あなたの道を、邪魔したくない」

 

その瞬間、俺の心で何かが折れた。

 

次の瞬間

 

木造のドアを蹴破り、武装した粛清騎士たちが小屋に押し入った。

 

「アドル様の生家に、魔女が潜伏しているとの密命です!」

 

部下たちの声。

 

俺は「待て!」と叫んだが、声は届かなかった。

 

上役…ヴォルガン副団長の意図が、遅まきながら理解できた。

これは試験だった。

俺の忠誠を試す罠。

幹部候補生の身辺調査など、彼らには容易に違いない。

騎士団が彼女に辿り着く事など、尚更だ。

 

だが、カーミラは抵抗しなかった。

 

部下たちに押さえつけられ、縄をかけられる姿を、俺はただ見ていた。

 

「仕事なら…仕方ないね」

 

カーミラの最後の言葉。

それが、俺の心を決定的に砕いた。

 

その夜、彼女は騎士団の地下牢で残虐な拷問を受けた。

体を傷つけられ、魔法を封じられ、部下たちによる暴行を加えられた。

俺は隣の部屋で、その声を聞かされた。

止めに入ろうとしたが、足が動かない。

 

「今動けば、すべてを失う」

 

副団長の使者が囁いた。

 

「よく耐えた、アドル。貴様の忠誠は本物だ。次は、もっと大きな任務を任せる」

 

俺は無言で、拳を握りしめる事しか出来なかった。

 

翌日

 

カーミラが処刑台に送られた。

俺は一度も動けなかった。

 

彼女はボロボロの体で、静かに微笑んだまま、炎に包まれた。

俺はそれを側から見ていた。

 

部下や上司たちが「よくやった」と称える。

だが俺の表情は、きっと完全に凍りついていただろう。

 

 

その数ヶ月後。

 

俺は粛清部隊の正式な指揮官となった。

ヴォルガンから与えられた地位と権力は、確かに俺のものになった。

しかし俺の中で、何かが完全に壊れていた。

 

時々、俺はカーミラの住処に戻るようになった。

 

埃だらけの小屋。

一人、床に這いつくばる。

 

「……師匠」

 

声にならない言葉を紡ぐ。

指先が震える。

幻覚が現れる。

カーミラが微笑みながら近づいてくる。

 

「アドル……よく頑張ったね」

 

「痛い、助けて……アドル……」

 

俺は叫び、露出した地面を殴り、血を流した。

それでも幻は消えない。

外では、オレは”鬼の指揮官”として恐れられた。

 

魔法使いや異端を容赦なく狩る。

残虐な粛清を指揮する。

部下たちは俺の冷徹さに畏怖し、誰も近づけなかった。

しかし夜の小屋で、俺はただの少年に戻れる。

俺の意思が後悔に呑まれても、やめられない。

それが彼女との唯一の繋がり。

 

でも、もう二度と光は戻らないだろう事は分かっていた。

 

自ら手放してしまったから。

 

だが、そうやって今日も彼女の面影を追い続ける。

 

また会いたい。

 

 

 

 

……あー、また死んだか。

 

ふわっと浮上する感覚に、私は小さくため息をついた。

体が重い。

新しい肉体に魂が馴染むまではいつもこうだ。

 

予備として、秘密の洞窟にストックしておいた大量の複製体。

今回はちゃんと大人仕様で作っておいたから、幼児からやり直す面倒くささはない。

 

うむ、良かった良かった。

 

目を開けると、周囲は薄暗い洞窟。

魔法のランタンがぼんやり光ってる。

 

ためしに体を動かしてみる。

指先、腕、足。

うん、問題なし。

魔力もオッケー。

 

「ふう……今回は結構派手にやられたな。拷問に強姦に処刑か。アドル、頑張っちゃったね」

 

私は体を起こしながら、ぼんやり思い出す。

あの子、結局私を見捨てたんだよね。

地位と部下と組織を選んで。

 

まぁ、いいか。

 

私が犠牲になれば、アドルも組織で出世できるし。

私だって何度も死んでるし、一回くらい家族に殺されるのも経験値かなぁ、って感じ。

まあアドルが私を好きだったのは大いに驚いたけど。

 

現代日本で生きてた頃の記憶が、ふとよみがえる。

“人生クソゲー”みたいな感覚。

死んでは生き返ってを繰り返してるうちに、なんかルーチンみたいになっちゃった。

 

アドルは可愛かったけど……所詮、この世界の住人だもんね。

私みたいに”死んでもまたやり直せる”って感覚、持ってないんだろうな。

 

「アドル、ごめんね。師匠として、親として、ちゃんと育ててあげられなかったかも」

 

私は立ち上がって、洞窟の出口に向かった。

新しい…いや、いつもの人生を始めるために。

 

体は少し倦怠感があるけど、すぐに動ける。

 

次はもうちょっとのんびり暮らそうかな。

酒でも飲んで。

 

面倒だし、魔法使いへの弾圧が収まるまで、大人しくしていよう。

 

そう思いながら外に出る。

 

外の空気が、全身を冷たく撫で回して気持ちいい。

 

私は軽く伸びをして、森の奥へと歩き出した。

 

あ、やべ。

 

そういや服着てねえわ。

 

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