俺の名はタツキ。
かつては普通の日本人だったが、ひょんな事からこっちの世界に来て強力な力を手に入れた。
チート能力と言われるほどじゃないけど、十分に強い。
ただ、実戦経験が足りなくて、よくヘマをするのが玉にキズって感じかな。
昨今は政府の魔法使い弾圧政策が激化し、魔族がそれに乗じて動き出そうとしている不穏な世情。
そんな中で、俺は信頼できる冒険者のパートナーを探していた。
前世で孤独だった俺は、誰かと本気で組みたいと思っていた。
奴隷市場に足を運んだのは、そんな理由からだった。
奴隷なら裏切る事も無いだろうし。
そうやって市場を見て回る事しばらく、一番奥で一人の女性を見つけた。
長い黒髪を乱れさせ、首輪を付けられた美しい女性。
さっそく鑑定スキルを発動させる。
【名前:???】
【職業:???】
【スキル:???】
……ほとんど読めない。
でもかなり珍しい。
彼女の潜在能力の高さや数値は、ぼんやりと伝わってきた。
この人となら、強くなれるかもしれない。
俺は思わず声を掛けた。
「君……大丈夫か?」
彼女は静かに微笑んだ。
「無理するな、坊や。ここでは身の丈にあった買い物をするもんだぞ?」
その笑顔に、胸が締め付けられた。
俺は決めた。
絶対にこの人を買う。
しかし、値段はたしかに俺の想像を絶する高額だった。
そこで俺は必死にクエストをこなし、金策に走った。
他の客に先を越されそうになりながら、前金を払いながら何とか資金をかき集めた。
そして、再び奴隷市場へ。
結果、他の客に先を越されず、俺は何とか彼女を購入することができた。
「名前は……?」
俺が尋ねると、彼女は静かに首を振った。
「名前がないから、名付けてくれ」
俺は前世で飼っていた黒猫の名前を思い出した。
「……クロ。クロでいいか?」
彼女は少し驚いた顔をした後、優しく微笑んだ。
「クロ……悪くない名前だね。よろしく、タツキ」
クロを買ったその足で教会へ向かう。
高額な免罪寄付をして、クロが魔女では無い証明を受ける。
もちろん、その資金も予め確保しておいたものだ。
そうやってクロは魔術を、始めて行使できるようになった。
その日から、俺たちの冒険者生活が始まった。
奴隷という身分ではあったが、俺はクロを対等なパートナーとして扱った。
前衛の俺と、補助・後衛担当のクロ。
お互いの能力を補完し合い、任務をこなしていく。
クロは経験豊富で、俺の未熟な判断を優しくフォローしてくれた。
「タツキ、焦らないで。君はもっと強くなれるよ」
ある夜、キャンプで焚き火を囲みながら、俺は前世のことを打ち明けた。
「俺は……異世界から来た。前世の記憶があるんだ」
クロは静かに聞き、優しく微笑んだ。
「そうか。信じるよ。私も……似たようなものだから」
その言葉で、俺たちの絆はさらに深まった。
ある任務の後、俺は勇気を出して告白した。
「クロさん……実は、俺は君に一目惚れだった。奴隷市場で初めて見たときから……」
顔が熱くなる。
童貞の俺は、こんなこと言うだけで心臓が爆発しそうだった。
クロは少し驚いた顔をした後、柔らかく笑った。
「ふふ、タツキは正直だね……いいよ。君が望むなら」
その夜、俺たちは一つになった。
初めての夜だった。
俺はぎこちなく、震える手でクロを抱いた。
クロは優しく俺を受け入れてくれた。
「タツキ、いい子だね」
そう囁いてくれた。
「クロさん……俺、初めてで……すごく緊張してる……」
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
互いの体温が溶け合うような、静かで熱い時間。
俺はクロにすべてを捧げた。
クロはそれを、優しく受け入れてくれた。
それ以来、俺たちは恋人同士になった。
「クロさん……俺、身を固めたいんだ。家を買って、落ち着いた生活もしたい」
俺がそう言うと、クロは優しく微笑んだ。
「タツキがそうしたいなら、いいよ」
資金が必要になった。
俺は多少危険な依頼も受けることにした。
今回の任務は、反乱勢力の鎮圧参加。
しかしその実態は、冒険者は軍の尖兵扱い。
参加してみれば、単なる使い捨ての駒だった。
状況が不利になったとき、クロが撤退を進言した。
「タツキ、離脱しよう。このままじゃ危ない」
しかし俺は頑なに拒否した。
「ダメだ!途中離脱は違約金がある!俺がなんとかする!」
能力を過信して油断した俺は、敵の罠に嵌まった。
ピンチに陥り、死にかけた瞬間だ。
クロが俺の前に飛び出した。
「タツキ、逃げて!」
クロは自らの魔力で盾を張り、俺を押し出した。
しかし、敵の増援が現れた。
大柄な魔族だった。
体躯は大人二人分を超え、筋肉と角に覆われた怪物。
魔族はクロを一目見て、獰猛な笑みを浮かべた。
「ほう……女か。いい玩具だ」
クロは魔族の攻撃を何とか凌ごうとしたが、俺を守るために魔力を消耗しすぎていた。
魔族の巨大な腕がクロを捕らえ、地面に叩きつけた。
「ぐぅっ……!」
クロの苦痛の声が響く。
魔族はクロの体を玩具のように弄び始めた。
巨大な手で腕を捻り、爪で肌を裂き、角で突き刺す。
クロの悲鳴が戦場に木霊する。
「あああっ……!」
俺は脚の傷で動けず、ただそれを見ているしかなかった。
「クロさん……!?やめろ……やめろぉぉォォォォォォッ!!」
魔族は楽しげに笑いながら、クロの体を弄び続けた。
血が飛び散り、骨の折れる音が聞こえる。
クロは苦痛に顔を歪めながらも、最後に俺を見て微笑んだ。
「タツキ……逃げて…………」
その言葉を最後に、魔族の巨大な拳がクロの胸を貫いた。
クロの体がびくりと跳ね、血を吐きながら力なく崩れ落ちた。
魔族は満足げに笑い、今度は俺に向かってきた。
「次はお前だ」
巨大な足が俺の頭を踏み潰そうと振り下ろされる。
俺は動けず、ただ死を覚悟した。
その瞬間。
本軍の増援が到着した。
「魔族だ!囲め!」
多数の騎士と僧兵が魔族に殺到する。
数の力で圧倒され、魔族は怒りの咆哮を上げながらも、次第に追い詰められていった。
やがて魔族の首が落ち、巨体が地面に崩れ落ちる音が響いた。
俺は這うようにクロの遺体に近づき、抱きしめた。
温かかった体は急速に冷たくなり、血の匂いが鼻を突く。
「クロさん……クロさん……!」
俺は嗚咽した。
目の前で、無惨に嬲り殺されるクロの姿が、永遠に脳裏に焼き付いた。
「俺が……俺がもう少し強ければ……増援が来るまで耐えられたのに……クロさんを守れたのに……」
その瞬間、俺の中で何かが決定的に変わった。
“未熟さや弱さは罪だ”
俺は甘さを捨てた。
クロの死を糧に、一流の冒険者になるために精進を重ねた。
クロの死からしばらく後。
俺は若くして一流の冒険者となった。
剣の腕は誰にも引けを取らず、魔術の知識も深め、戦略的な判断力も身につけた。
多くの仲間が俺を”英雄”と呼ぶようになった。
しかし、心は癒えなかった。
夜の逢瀬で美しい女性の仲間を抱きながらも、
俺はいつもクロのことを思い出してしまう。
「クロさん……俺は君を殺したようなものだ。ダメだ、まだ君を忘れられない……」
俺は今も、クロの温もり、声、微笑みを忘れられない。
一流の冒険者になった今でもだ。
クロを守れなかった
あの日の無力感が、俺を苛み続けている。
クロ……
俺は君のおかげで強くなれた。
でも、君がいない世界は、永遠に虚しい。
♢
…ふう。
意識がフワッと浮上する感覚。
降下するジェットコースターみたいで、いまだに慣れない。
それはそうとして、体が……なんか小さい?
今回は……なんか違和感がすごい。
「……え?」
体を起こしてみて、ようやく気づいた。
手が小さい。
足が短い。
鏡代わりの水溜まりに映った自分の姿は——
幼女だった。
背の小さい、黒髪の可愛い女の子。
「…………あー、ミスった」
私は頭を抱えた。
複製体のラベルを間違えた。
大人用と子供用のスペアを入れ替えてしまっていたらしい。
まぁいいか。
今回はこれでいくか。
体を動かしてみる。
小さい体は軽いけど、魔力の制御が少し難しい。
まあ、慣れればどうにかなるだろう。
私は洞窟の壁に寄りかかり、ぼんやりと思い返した。
タツキとの日々……悪くなかったな。
不用心にそこら辺で寝ていたら、奴隷として売り飛ばされていたから驚いたもんだ。
そして奴隷市場でタツキと出会って、彼に買われたところから始まった。
最初はただの便利なパートナーだったのに、
あの熱血でシャイな少年は、すぐに私に夢中になった。
前世の話を聞いて、互いの絆が深まって……
そして、あの夜。
タツキが震える手で私を抱き、初めての夜を過ごした。
「クロさん……俺、初めてで……」
って、真っ赤になって言ってたっけ。
可愛かったな。
初めてがこんなクズで残念だったね。
ひとまず真名を隠蔽していた私は、彼に「クロ」という名前をもらって、恋人になった。
一緒に任務をこなし、笑い合い、夜を重ねた。
タツキは一生懸命で、善意にあふれていて……
でも、それが仇になった。
あの任務で、タツキが油断してピンチに陥った。
私は身を挺して彼を守った。
大柄な魔族に嬲られている最中も、タツキが動けず見ているだけの姿が、とても痛かった。
「タツキ……逃げて……」
最期にそう言って、微笑んだ。
彼が成長してくれるように。
「ふふ……タツキ、頑張ったね。立派な英雄になったかな?でも、心の傷はなかなか癒えないだろうね……まぁいいか。そこから先は彼の人生だ」
私は立ち上がり、小さな体で洞窟の出口に向かった。
幼女の姿で新しい人生を始めるなんて、久しぶりだなあ。
「次は……この姿で何をしようかな」
私は軽く笑って、歩き出した。